泥中の蓮のようであれば良かった:後編

ONEPIECE

 彼女の姿は人には見えないが、見聞色の覇気を極めた者には稀に見えるようだった。
 ぷかぷかと空に浮き、ただ海を眺めている。自分はマリィ・・という名である、はずだ。だが、長い月日を過ごしていると自分は本当に『マリィ』であったのだろうか、と思わせられる。彼女には昼も夜もない。
 この・・世界の私・は既に死んでいる。
 ここ・・に来た時に違和感があった。数多の枝分かれた世界へ移動は自分でも選べるものではなかった。
 エースを生かしたい
 己の存在意義はもはやそれなのだろう……幾度となく干渉しようにもなにも出来ないで、ただただむざむざとエースを見殺しにする自分はもうエースを愛する資格などないだろう。それでも望んだのだ、エースが死なない世界があれば良いのと。その望みが運命を抗えるものだと、行く先々で思い知らされる。
 しかし、この世界に来た時に今までなかったことが起きた。もしかしたら、と思えた。小さな頃、私は人攫いにあった事があると祖父に聞かされたことがあったが、それが目の前で起きたのだ。結果的には同じではなく、と母は殺された。
 父のドラゴンは母との遺体を前に膝を落としていた。どこかも分からない教会の中で、ルフィの泣き声だけが響き、祖父が「ルフィはわしに任せろ」と言って去っていった。

『……お母さん』

 空に浮かぶ私はただ呟いた。最初の記憶にもあまり面識はない母は、こんな姿をしていたのか、と棺を見つめる。隣の小さな棺には幼いがいる。そこで違和感を感じた。見られている、どこから?と振り向いた時、父・ドラゴンがこちらを見つめていた。

「………マリィ…?」

『………………ぇ?』

「…マリィ、なのか?」

『………………みえ、るんですか?』

「……………あぁ…」

『?!』

 何故視えるのか?ましてや、私をマリィと認識出来るはずはない、私は、と己の姿を見た。ほら、指先も子供ではなく、大人の姿の筈なのに。だが彼には子供の姿で視えているという。声は聞こえないらしいが、唇を読んでいるらしい。
 甦ったのか?と訊いてくる彼にかぶりを振った。違う、私はあなたの娘だけれど、あなたの娘ではない。
 どういうことだ?と問い質したいドラゴンではあったが、教会の誰かか来て「お時間です」と伝えてきた。ルフィやガープはと思ったが既に教会から出て行ったらしい。
 ドラゴンは一人だけで母とを埋葬した、モンキー姓は彫られずに墓標には母と私の名前と年代が彫られた。自分の墓に手を合わせるなんて不思議だった。ドラゴンがそれを見て、フッと口端を上げていたことは知らなかった。
 そのままそこにいられる訳もなく、ドラゴンが「着いてきてくれ」と言うからマリィはぷかぷか浮きながら付いていった。時折、ドラゴンが確かめるように振り向くものだから、道行く人がなにかあるのかと何人か振り向いていたりした。
 どこかの宿へと入ると、ドラゴンは用心しているのか鍵をかけ、カーテンも閉めた。ソファに促されるものの、何年も浮いている自分にはもう人としての生活は向かないだろうが、座るような素振りをする。重力はないからソファの感触などは分かるはずもない。

「…………まずは、どういうことなのか、教えてもらえないだろうか…?」

『…………』

 長い沈黙の後、ドラゴンが戸惑いながら質問してきたが、マリィにとっても想定外の事になんと言ったらいいのか分からずにいた。
 ただ、先ほども伝えたように、自分はあなたの娘であって、娘ではない・・・・・・・・・、・・・・・

「それは、どういう……」

『………私はこの世界の、モンキー・D・マリィではないのです』

「この世界……?」

『はい。私は………気の遠くなる時間を過ごしながら、色々な、違う世界から来ました』

「違う世界……」

『私は、確かにあなたと同じ、モンキー・D・ドラゴンの娘として生を受け、祖父ガープにルフィとともにフーシャ村に預けられて生きていました』

「フーシャ村は確かに父の故郷だな」

 自分も幼い頃に育ったというドラゴンに、そうなのか、と思いつつ、そこから自分とルフィがどう育ち、誰に預けられて、海へ出たと話していった。誰かと会話をするのもいつぶりなのかも分からない。

「………君とルフィが海賊に……」

『私はルフィとは別に、三年早く、エースとともに海へ出ました』

 内容にはエースとサボの話もしたし、別の世界のとはいえ、恋人の話をするのは気まずかったし、ドラゴンも眉間に皺を増やしていた。

『何度も、何度もエースを助けたかったのですが、助けられなくて……』

「どうしてそこまで……」

『はじめは、ただ、エースに生きて欲しかったんです。エースが生きてても良いって、生まれてきて良かったと思ってくれたならいいと……でも何があっても、エースが海賊になってもならなくても、海軍になっても、エースは処刑されて……』

 きっと私は狂っているのかもしれない、エースに執着しすぎている。それ故かどこの世界のという存在は早々にいなくなるのだ。今回もそうなのだとしたら申し訳ない。

『………私は、ただ、エースに生きていて欲しいだけなんです』

 そんなに願ってはいけない事なんだろうか。じわりと眦が潤む。

「………それほど、愛しているのか」

『……エースを愛してました………今となっては執着でしょう……』

「………………今まで、誰か……私やルフィとか会話は出来たのかね?」

『………いいえ、こうして干渉出来たのは初めてです』

「………………………………」

 なにか考えているのかドラゴンは黙ってしまった。しかし、どうして今回は干渉出来たのだろうか。

「今までは出来なかったのだな… 」

『はい………っ!』

 マリィはドラゴンが何を言いたいのか察してしまい、ドラゴンもため息を吐いた。

『もしかして……今度こそ……』

 生かせるかもしれない?
 そんな希望を持ち合わせていると、目の前のドラゴンが話しかけてきた。

「君はこれからどうするのだ?」

『………しばらくはルフィの傍にいます』

「ルフィの?」

『はい……いつもそうしていたので』

 ルフィならもしかして私が視えるのではないか?と思いながら、見守っていた。どこまでが同じで、どこから分岐するのかもずっと見てきた。

「……そうか……もし、私に出来ることがあれば協力しよう」

『……なら、──────』

「……分かった、そうしよう」

『ありがとうございます』

 微笑むにドラゴンはただ眸を伏せたのだった。次の瞬間にはその場に彼女の姿はなかった。

(………ルフィの所へ行ったのか…)

 ドラゴンは、カーテンを開けると真っ赤な夕陽が海へと沈んでいくのが見えたのだった。




 気がつけば、細い晦日月が空に浮かぶ。新月まで後一日。明日、いや、もう今夜になるのか、何か出来たとしてもきっとあの戦争は止める術はない。それでも可能性を少しでもなくせれば、と思う。

 深夜、モビー・ディック号ではどこか緊迫した気配があった。あの女の通りに、サッチが悪魔の実を手にしていたのだ。
 マルコが「どうしたんだ、それ」と聞けば、仕入れた野菜の中に入っていたらしい。ちょうど持っていた所へティーチが現れた。一瞬、ヤツが瞠目したのを見逃さながった。だが、ティーチはいつも通りにサッチにチェリーパイをリクエストをして食堂から出ていく。
 サッチもティーチを見ていた、少しだけ険しい顔をしている。マルコはサッチにボソリと呟くと、そのままオヤジの元へと足を運んだ。
 深夜、新月の為に船内も灯りが無い場所は真っ暗であった。

「サッチ〜」

「どうした、ティーチ?」

「飯前に持ってた果物・・はどうした?」

 小さな灯りを持ち、食堂に現れたティーチにサッチは驚くもいつものようにニヤニヤと笑顔を見せた。

「んん、あぁ、アレか、確かここに」

 ゴソゴソと果物等を入れている木箱を漁ると、サッチを押し退けるようにティーチは押し込んだ。

「な、なんだ、どうしたティーチ?」

「ゼハハハハハ……この実はおれが貰うぜ?いいよなぁ、親友?」

 ナイフを頸動脈に押しつけてくるティーチに、サッチはやはりと顔を歪めた。親友だった筈だ、朝までは気の良い仲間だったのに。夢で見た通りだ、最悪だ!と思った瞬間、ティーチが吹っ飛んだ。

「何してやがる、ティーチ」

「これはこれはマルコ隊長じゃねぇか……それに各隊長までおそろいとはよぉ」

 見れば、ズラリと並ぶ各隊長たちがいる。皆、ティーチに向けて敵意を表していた。夕方オヤジの部屋で言われた事は本当になってしまった。

『今夜、ティーチがサッチを狙うかもしれん』

『は?』

『悪魔の実、持ってただろ、サッチ』

『あぁ、小箱に入ってた』

『それを狙ってたんだよぃ、ティーチは』

『……まさか、』

 否定したい気持ちはあった。しかし毎日殺される夢を見る以上、疑心暗鬼になるには十分だった。そんな夢を見る罪悪感もあったが、ティーチの眼を見て、サッチはあぁ、正夢になるのか…と失望する。
 サッチはオヤジたちに夢の話をすると、今夜の対策を練ったのだった。悪魔の実はすり替えた、ただあのティーチがそれに騙されるかが不明だ。そういう時には頭が回るのだ。

「ゼハハハハハ!俺はこれさえ手に入れば……んん?サッチぃ〜、本物はどこにやったぁ?」

「チッ!」

 やはり気づかれたか!と誰もが思った。本物も木箱に入ったままだ。木は森に隠せという、灯台下暗しだ。思わず視線を向けてしまったせいか、厭な笑いと共にティーチが手を伸ばす。

「ヤミヤミの実、寄越せぇ!!」

 ティーチはその実を掴み、ゼハハハハハ!と嗤う。マルコたちが食べるのを阻止しようとした時に、サクッと実を噛じる音がした。

((((食われた!!))))

 誰もが絶望したが、当のティーチが怒号をあげた。

「誰だぁぁ〜〜、誰が食いやがったぁぁ!!」

「……は?」

「な、?」

 ティーチが持つ悪魔の実には確かに噛った跡がある。マルコやサッチたちは困惑した。誰も食べてなどいないのだから!
 怒り狂ったティーチはナイフを振り回しながら、その場から逃走する。エースはあまりの騒がしさに起き出してきたが、仲間が傷を負っているのを見て、何があったのか聞いてきた。

「おい!何があったんだ?!」

「ティーチが……」

「おい!エースには!」

「は?ティーチがどうかしたのか?!サッチ、首から血ぃ出てんぞ!!」

「エース……いや、大丈夫だ」

「そうは見えねぇ………ティーチ、ティーチがやったのか?!」

 マズイ、これではあの夢の通りにエースがティーチを追いかけてしまう。

「待て!エースっ!!」

「うるせぇ!!仲間を殺そうとしたんだろ?!ティーチが!」

「頭を冷やせ!エース!!」

 報告として皆が白ひげの部屋に集まるも、エースは興奮していた。サッチは医務室へ手当てをしている。

「どんな理由があろうとも許せる訳ねぇだろ!おれの隊の部下だ!!隊長としてティーチを捕まえてくる!」

「サッチも無事だ!追わなくていいんだ!!」

「よくねぇだろ!!こんなの!!」

「エース…いいんだ、今回だけは……」

「アイツは仲間を殺そうとしたんだぞ!何十年もあんたの世話になっといて、その顔にドロを塗ろうとしたんだぞ!ケジメをつけてやる!!」

「おい待て!!戻れ、エース!!」

 バタバタと隊長たちが追いかけるも、エースは飛び出して行ってしまい、白ひげは空を見つめる。

「小娘……なぜ出てこない」

 わざわざ夢にまで干渉してきて、警告してきた女が此処で姿を見せないのは何故かと白ひげは妙な気分になる。
 まして、息子らの話によれば『ヤミヤミの実』は噛じられた音がしたらしいが、当のティーチは「誰が噛った!!」と怒り狂っていたという。『ヤミヤミの実』を見てはいないから判断は出来ないが、ティーチが能力者になっていないのであれば良いだろうと思う。しかし、油断は出来ない。

『どうしてもエースは海軍によって処刑される』

 そんな運命などクソ喰らえだ!と壁を殴る。白ひげ海賊団の仲間に手を出せばどうなるかなんて海軍とて知っているだろう。
 息子をそう簡単に死なせる訳にはいかねぇだろう。

「あの無鉄砲が留まってくれればいいんだがな…」





 どこまでもどこまでも続く暗闇に女は打ちのめされていた。
 どんなに手を伸ばしても、ぶつかるものすらない。自分の姿すら見えない、音すら聞こえない暗闇にマリィ・・は上を仰ぐも、本当にそれが上なのかも分からない。
 彼女は白ひげの船での事件を見ていた。警告したにも関わらずに、やはり起きてしまったのだ。サッチの死は回避出来たのは良かった。しかし、思わずといった形で、マリィ・・は『ヤミヤミの実』を噛ってしまったのだ。ティーチが食べようと口へ運ぼうとしたほんの一瞬、少しでも回避したくて、噛ってしまったのである。
 悪魔の実はひとくち目を食べた人間が呪われる。つまり、自分が『ヤミヤミの実』を食べて闇人間になってしまったようだ。………幽体でも食べられるのか、と驚いたものの、その時からずっとこの闇の中に閉ざされている。
 確かにもう自分は飲食も睡眠すらもいらないが、こう真っ暗では現実はどうなっているか分からないままだ。

(………あの時、サッチさんは怪我を負ってはいたけど、致命傷というものではなかった…)

 どうなったのだろうか。自分が実を噛った時にはもう暗闇に閉じ込められているから、彼らは無事なのかさえも分からない。
 エースも……出ていってないよね……とただ願うばかりだ。しかし、願ったところで決められた運命はには抗えない。
 今回は初めて干渉することが出来た。味方も作ったし、やれることはやった。それでも不安になってしまうのだ。

(………………エース…)

(………エース…)

(…エース……)

(お願いだから、もう、死なないで!!)

 ズズズッと背中に痛みが走る。この苦しみはまた移動するのだろうか。エースはどうなったのだろうか。涙なんて枯れただろうと毎回思うも、それでも痛みはある。
 またダメだったのだろうか……もう、エースは救えないのだろうか……。
 ようやく干渉出来たのに……。

(いやだ!助けたい!!)

 そう願った瞬間、暗闇を斬ったように空が弾け、投げ出された。え?と思った瞬間、目の前で爆発が起きたと同時に、赫い炎が見えた。

「お前は昔からそうさ、ルフィ!」

「!」

「「「ウオォォオオォ!!!」」」

「おれの言う事もろくに聞かねェで、無茶ばっかりしやがって!!」

「エース〜〜!!」

「「「エース〜〜〜〜〜!!!」」」

『!?』

 処刑台が崩れ、炎のトンネルにはルフィとエースの姿があった。マリィは驚いてその場に留まろうとすれば、背中に違和感を感じた。そこには真っ黒な翼が付いていた。飛ぼうと思えば、バサバサッと羽ばたいた。今までにないことに呆然としつつも、彼女は上空から戦場を見つめた。
 どこか、どこかに逃げ道があるはずだ。
 エースとルフィは海兵たちを倒しながら、逃げまどっている。視てきたものはどこへ逃げても赤犬たちが追ってくること。どうにか足止めを…と考えた時に、マリィは己の力を思い出した。
 戦場では白ひげが覚悟を決めている。出来るならば彼も救いたい……エースを救えるならば、彼もだ!!マリィはいったん眸を閉じると、息を吐いた。
 すぐには使えないだろうけど、足止めは出来る。後は彼が来てくれることを願うばかりだ。

「“海賊王”ゴールド・ロジャー “革命家”ドラゴン!!この二人の息子達が義兄弟とは恐れ入ったわい………!!貴様らの血筋はすでに“大罪”だ!!!誰を取り逃がそうが、貴様ら兄弟・・・・・だけは絶対に逃がさん!!」

『あ……っ!』

 赤犬がエースたちに迫っているのを見て、マリィは急降下した。間に合って!!

「!」

「よう見ちょれ……」

「…おい!!待て!!ルフィ!!!」

 赤犬の拳がルフィへと下ろされかけた瞬間、赤犬の足元が黒くなり沈みだした。

「……なんじゃあぁぁこりゃあぁぁ!」

 たたらを踏み、体勢が崩れたその一瞬をついて、ジンベエがルフィとエースを抱え、距離を取る。誰もが何が起きているのかと赤犬を見ていると、ズズズズズとまるで渦潮のように海兵たちを地の底へ沈み込もうとしていた。

「な、なんだ……?」

「………っ!今のうちに逃げるんじゃ、二人共!!」

「オヤジも!!」

 どうやら海兵たちだけがあの黒い渦に足を取られているようだ。これならばオヤジも!と白ひげ海賊団は願う。
 しかし、マリンフォードここを死に場所と決めた白ひげは戻る気はなかった、なかったのだが、目の前に現れた小娘によって、黒い渦で飛ばされた。

「?!」

「お、オヤジ?!」

「お、おい!あの女っ!!」

 誰かが指差した方を見ると、黒い翼の女が浮いていた。
 無論、エースもルフィもそちらを見た。兄弟が彼女と目が合うと、ふわりと笑顔を向けられた。それ・・に二人は何故か胸をが苦しくなる。

 なんで、なんで、そこに……?!

 知らない、知らない女なのに、何故か二人は手を伸ばした。

『……生きて!』

 聞き覚えのない声が聞こえた気がした。知らないのにどこか懐かしい、愛おしい声に兄弟二人は彼女の元へと走ろうとした瞬間、暴風が吹き荒れる。そう簡単に人は飛ぶものではないが、どこかの船に叩きつけられる。

「エース!!エースの弟!!」

「無事か?!」

「大丈夫か、エースさん、ルフィくん!」

「なんだ、この風?!」

 急な天候に、不自然さを感じる!誰かの能力か?と思っていると、ルフィと一緒に脱獄したイワンコフが「ドラゴンが来っチャブル?!」と声を上げた。
 ニューカマーランドの住民たちも奪った軍艦に乗り込み、白ひげ海賊団も傘下の船に乗っている。
 どうにか黒い渦から抜け出した大将たちはそれでも海賊たちを追いかけようとするも、急な雨に能力は使えない。そして、狙いを変えたのだろう。
 宙に浮く、黒い翼を生やした女が元凶だと気づいたらしい。
 能力は使えないが、戦えないわけではない。拳を、剣を、銃などを向ける。
 ルフィは「やめろぉぉぉ!」と声を張り上げるが、体力の限界からか倒れ込んでしまった。エースも女が気になったが、ルフィの方が心配だった。「大丈夫か?!おれのせいで無茶しやがって!」と声を荒らげた。そこへ潜水艦が出てきて、医者だと言う男が麦わらを預けろ!貴様も乗れ!とジンベエ共々三人は、女を気にしながらも移動する。エースはギリギリまで見ているとどこからか声が聞こえた。

「おい、早くしろ!!」

「あ、あぁ……」

 後ろ髪を引かれる思いでハッチを閉めようとした時に耳元に声が届いた。

『今度こそ生きて………エース、あいし──』

 バツン!とそれが途絶えた瞬間、エースは涙を滔々と流していた。胸に穴が空いた気がして、息を吸えなくなり、ハートの海賊団は慌てたのだった。



『…………エース、愛してる…』

 海軍を壊滅する気はない。足止めが出来ればそれで良かったのだが、悪魔の実を食べた代償か、または世界の運命を歪めた代償か、彼女の身体は通るはずのない、剣や弾丸が突き刺さっていた。

「おんどりゃあ、貴様のせいで海賊を逃がしたんじゃあ」

 睨みつけてくる赤犬に剣で刺されるも、彼女からは血は流れない。そこへ、不死鳥マルコが女を助けようと来るも、海兵たちが一斉に襲いかかっている為になす術がない。その時、また雷鳴と暴風雨がマリンフォードを襲う。
 そこに現れた人物に、赤犬を始め海兵たちが驚愕する。ガープもまた己の息子・・の姿に瞠目した。

「ドラゴン?!」

「この娘は返してもらうぞ」

「?!」

 ドラゴンは剣や弾丸が撃たれた娘を抱き上げると、風に乗り、姿を消した。途端、先ほどまでの暴風雨は勢いをなくし、崩れたマリンフォードだけが残ったのだった。
 マルコは驚きながらも、娘を連れていったドラゴンを追いかけた。ドラゴンはイワンコフたちが乗る軍艦につくと、娘を抱きしめている。

「………マリィ…」

「ドラゴン、どうしちゃったブル?このー娘は誰なっチャブルよ?」

 マルコも船へと降りるが誰もなにも言わなかった。

「おい、アンタ、革命家ドラゴンだよな?その娘は知り合いか?」

「────わたしの、娘だ」

「はぁ?コイツが?!」

「娘?!麦わらボーイ以外にも子供がいたの?!」

 マルコは彼女が誰かは知らないが、普通の人間ではなく、違う世界線から来たことを知っている。

「………娘は、とある人物を救いたい一心でここ・・まできたのだ……」

 マルコはその言葉に思い出した。肉親一人だけが自分を認識出来ている、と。そして、ドラゴンもまた彼女は違う世界から来たことを知っているのだと。

「……彼女の願いは叶ったのか…?」

「…………それは君も知っているだろう?」

「……あぁ、………彼女の願いは叶ったよぃ…」

「…………ゆっくり休むといい……君の願いはとうとう運命に勝ったのだから」

 ドラゴンは動かない娘に触れる。今まで触れることが出来なかった娘を撫でる。運命を捻じ曲げたからか、はたまた代償か、彼女はどうしても眼を覚まさなかった。
 二度もを失くすのは辛いものがある。
 マルコは様子を見つつ、彼女の素性を聞くと目頭を抑えた。夢で見たではないか、彼女はエースの恋人だったことを思い出した。棺を前に嘆いていた娘は、エースを本当に愛していた。羨ましく思えるくらいに彼女はエースを愛し、娘を愛していた。詳細を聞き、エースには伝えないことを約束して、マルコはオヤジたちの船へと戻った。傷を負っている彼らも心配だ。
 もうドラゴンに会うことはないだろう、とマルコは挨拶をする。彼の能力で助けられもしたからだ。ドラゴンは「娘に頼まれたからだ」とだけ答えた。
 近くで聞いていたイワンコフは、眠る娘を見やる。たった一日で革命軍総司令官の素性を知りながら、娘の情熱は父譲りなのかと、思えた。
 好きな男の為に、世界を超えて、どんなになろうとも生きて欲しいなんて、愛以外なにもないのだから。
 満足そうに眠る娘はやりきったのだろう。とても幸せそうに笑っている。

 願いが届くならば、彼ら・・がまたいつの日が出会えることを祈りながら、船はカマバッカ王国へと向かった。


END


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