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そこへ降り立った時には既に戦いは収まりようもない程に狂気に満ちていた。
倒れ込む海賊や海軍の姿に、マリィは躊躇するも、一番遠くにある処刑台は崩れていてエースの姿はなかった。
(まさか、もう?!)
しかし、それならば何故こんなにも戦いは続いているのだろうか。
「マリィ、あそこ!」
その方角を見れば、火柱があがっている。──エースだ、エースが枷から外れて戦っているのだ。
「エースっ!!」
走り出したマリィに、そばにいた奴らが慌てて追いかける。祖父が溺愛していたからとはいえ、マリィとてコルボ山でエースたちと走り回っていたのだ。(良い顔はされなかったが)
だが、足が早いとはいっても、今はマリィの身体に負担を掛けさせる訳にはいかず、デュースは慌てる。このまま戦場に彼女を放り込むわけにはいかなかった。
それでも長い黒髪が靡いているの追いかけ、元スペード海賊団の面々が周りを追い払うように走り出した。
『ルフィ!!』
弟を呼ぶエースの声に、この場に弟がいるのかとマリィはぎょっとしながら、足を早めた瞬間、目に飛び込んできたのは海兵によってエースが打ち抜かれた姿だった。
『エースがやられたァ〜〜〜!!!』
『赤犬を止めろォ〜〜〜!!!』
怒号と叫びにマリィは、足を止めた。
「……な、んで……」
「マリィ!!」
エースが、あのエースが……信じられないとばかりに、マリィはまた足を早めた。
すぐそこにエースが、ルフィがいる。だから傍に行こうとするが、デュースを始め、周りが止めようとする。
「いや、離して!エース、早くエースの所に…」
「マリィ!大人しくしてくれ、興奮するな!!」
『急げ、船医!!』
その声にデュースはマリィより早くエースたちの元へと走る。見知った船員が道を開けるが、戦闘に加わっていた船医に対し、エースが『無駄だ!!!』と声をあげている。
守るかのようにエースの周りには海賊たちが囲っている。それをマリィは合間をぬって彼らの傍についたのは、エースがルフィによりかかりながら会話していた。
エースの身体からは血が溢れている。
不意にルフィが『ねーちゃんはどーすんだよ!!』と叫んだ。
エースが、『……マリィ…』と呟き、『……一目…会いてえ、な…』と答えたのに、マリィは声を張り上げた。
「エースっ!!ルフィっっ!!」
突然現れた黒いフードを被った女に周りにいた海賊たちは驚きを隠せなかった。
一体、どこから、誰だ…となりながらも、彼女がフラフラと二人に近づく。
「ね"ーぢゃん"!!」
「……マリィ……」
ルフィが号泣している、エースがはくはくと息も絶えるように名を呼んだ。
マリィはすかさず、二人を抱きしめる。
「ね"ーぢゃん"!!ね"ーぢゃん"!!エーズがァァ」
「……マリィ…なんで、こんな、トコ…に…」
「…アンタが、私を置いていく、からじゃない……」
「……なんで、オメェは……守られてて、くれねぇんだよ……」
「それなら、どうして、私を連れ出したのよ……そしたら……」
「……マリィ……ごめん、な…」
「謝らないで……あやまら、ない、で…よ……」
「マリィ……、オレ、は…お前をしあわせにでき、なかった……」
「……なに、言ってるのよ……私は、……私はエースが生きていれば、それだけで、幸せなのに…」
「っ!」
「……ルフィを、守ってくれてありがとう…エース……大好き、よ」
「……マリィ…………おれ、も……だ……」
ふらり、とエースの身体が傾く。限界だったのを一瞬、ほんの一瞬だけ『マリィ』という心残りに無理やり引き延ばした。
傾いた身体は支えきれずに倒れ込む。
「エース……?」
落ちていた、エースのビブルカードがジュッ!と跡形もなく消えた。
『『『エース〜〜〜〜!!!』』』
ルフィは精神が崩壊したのか、声にならない声をあげている。マリィはエースを支えきれず地べたに座り込みながら、時が止まったかのように、膝元で口元を上げて眠るエースの顔を見て、涙を流している。
「エース………」
ポクッと何かがお腹を蹴ったのを感じた。
間に合ったのだろうか、彼に伝わっただろうか。まだ冷たくならない身体は『この子』を感じただろうか。ギュッとエースの頭を抱え込むようにするも、それは許されなかった。
「おいマリィ!!このままじゃ、ダメだ、逃げるぞ!!」
「…ぁ、」
マリィを抱えたのは魚人のウォレスだ。
見れば、追撃するかのようにエースを撃った海軍がこちらに迫りくる。狙いはルフィなのか、どちらなのかは分からない。
海軍からすればルフィであろうが、エースの傍らにいた女の正体に気づいた者は、海軍ではガープのみだ。
白ひげ海賊団がルフィを守るように海軍へ攻撃をする。誰かがルフィを担いで走っていくのをマリィもまた担がれながら見ていた。マリィの傍にはまだ元スペード海賊団が周りを固め、守ってくれていた。
「エース、エースが……」
まだそこに…と手を伸ばすも、それを許してはくれなかった。
「なん、で…」
「分かってくれ、マリィ!今はアンタと弟を逃さないと…」
元スペード海賊団の面々はマリィがルフィの実姉である事は知っている。ルフィの事で、俺の弟は凄い!と自慢するエースとルフィは私の弟なのよ!とどうでも良いケンカを見せられていた元スペード海賊団は呆れながら見ていたのだから。
新入りがエースとマリィは兄妹なのかと誤解するくらいに、その場にはいない『弟』を大事にし、語っていたのだ。
エース船長が『違う違う、マリィは俺の女だ』と悪びれることもなく言えば、マリィは『エースが私のよ!』と惚気全開で見せつけられたものだ。だが、今はそんな懐古に触れている場合ではない。
味方である白ひげ海賊団の一部も今抱えられている女はエースの女だと認識したのか、彼女の事も守りながら、走り、海軍と戦っていた。
激しく揺れる大地に振り返れば、広場が真っ二つに裂け、白ひげが向こう側に立っていた。
海賊たちは、急いで船に乗り込み、湾頭につけている。しかし、さすが海軍本部というべきか、次々と攻撃を緩めることはない。地下道があるのか、海兵が現れてくるのをマリィは目撃する。
先程の広場だった方でも何か動きがあるのか、戦力が二部に分かれているのが分かる。白ひげを討ち取ったのか、誰かが騒いでいるし、ルフィを追っているのか、海軍──大将たちが、逃げ出す海賊へ攻撃をし続ける。戦場がますます狂気で満ちていく。
(なん、で……終わらないの……)
声が、意識が、消えていってしまう。苦しい……。
「……もう、やめて……」
呟くも声は届かない。しかし、そこで、戦場が一瞬止まる。なんだろう、マリィがその方角を見ると、久しぶりに見た海賊の姿があった。
「……シャン、クス…」
いつの間に、いつの間に現れたのだろうか、海兵や海軍たちが驚いている。
『"赤髪のシャンクス"だァ!!』
『赤髪海賊団だァ〜〜〜!!!』
シャンクスたちが現れてくれたからか、ルフィは逃げられそうだった。それでも攻撃は止まなかった。生きて、ルフィ…。マリィはそう願いながら、どうなるのかと思っていると、見知った人が現れた。
「マリィ、大丈夫か…」
「……ホンゴウ、さん…」
「お頭の近くへ行こう。とりあえず海軍には見つからないようにそのままフードは被っておけ」
赤髪海賊団の船医、ホンゴウに言われ、身を隠すようにそのままウォレスによって、安全圏まで運ばれた。
シャンクスたちがいる方では、何か揉めているが、このまま戦争をするつもりなら、自分たちが相手になる!と言っている。
「全員───この場は俺の顔を立てて貰おう」
毅然とした態度が、赤髪のシャンクスという海賊の凄さを物語っている。
「"白ひげ" "エース" 二人の弔いはおれ達に任せて貰う。戦いの映像は世に発信されていたんだ…!!これ以上、そいつらの死を晒す様なマネはさせない!!」
「何を!!?この二人の首を晒してこそ海軍の勝鬨は上がるのだ「構わん」!?」
「元帥殿……!?」
「お前なら…いい。赤髪…責任は私が取る」
「すまん」
「負傷者の手当てを急げ…!!」
「戦争は……!!!終わりだァ!!!」
頂上戦争は終わりを告げた。そう、終わったのだ。ただ、マリィはそれをただ聞き流していた。
フラつきながら、エースが倒れている方へと手を伸ばす。それに気づいたのだろう、シャンクスたちが駆け寄ってきた。
「マリィ!!」
「無事か?今はまだあちらに姿を見せるな!」
「……シャンクス………えーす、が……」
終わった、終わったのに、エースはここにはいない。マリィの瞳からボロボロと涙が溢れてきていた。
「……るふぃ、が……」
「………マリィ、今は少しだけ眠ってくれ」
シャンクスが沈痛そうな顔をし、そう言ったかと思うとピリッと身体が反応した。覇気だ、と思うも目の前が真っ暗になったのだった。
バランスを崩したマリィの身体を支えたのはシャンクスだ。シャンクスは、マリィの傍にいた男たちを見て気づいた。以前、エースが自分たちに"挨拶"に来た時にいた元スペード海賊団の船員たちだと。
「マリィをしばらく頼む」
彼らならば、マリィの事は分かるだろうと少しだけ安堵した。この戦場で彼女を知る者がいるのだから。
指示をしなくてはならなかったシャンクスはマルコと共に白ひげ海賊団たちにも指示をしていく。怪我人や死傷者、なにより、エースと白ひげの遺体を運ばなくてはならない。
デュースたち、否、デュースは重要事項をまだ伝えてはいない。しかし、この場に人が多すぎる。白ひげ海賊団にも、特に海軍側には知られてはいけないのは分かっている。懸念すべきは、ずっとこちらに視線を向けてくる"英雄"ガープ中将であろう。気づいているのだ、ここに孫娘であるマリィがいる事を。
ふと、デュースは思った。初めてマリィと会った時にやたらエースとの距離が近いから、当たり前のように恋人なのだと思った。女連れで海賊かよ、と思わなかった訳ではない。事実、彼女はエースの恋人であったのだが、果たして、それをあのガープ中将は知っていたのか。話を聞けば、かなりマリィを溺愛していたと聞いたし、そもそも海軍である自分の身内が海賊になるなんて許していたのだろうか。
そんな風に思うとマリィのフードを引っ張り見えないようにしたのだった。
庇い合い、支え合いながら、船に乗り込む海賊たちの姿を眺めながら、自分たちも促された。しかし、マリィをこのまま乗せる訳にはいかない。
デュースは、赤髪という格上の格上である海賊に話しかけるのを躊躇していると、先程マリィに話しかけてきた、赤髪海賊団の船医がそれに気づいた。
「どうした、マリィが目を覚ましたか?」
「い、いえ……その……彼女の事で話があります」
格上との違いに身体が震えそうになりながら、ある事を伝えると、彼は待ってろ!とマルコやシャンクスがいる方へと行く。
「それは本当なのか、」
「さぁ…だが、ない話ではないだろう」
近づいて来た彼らの後ろにはマルコもいた。同じ医療チームに分けられているから顔も知られているはずだ。
「デュースじゃねぇかよぃ」
「マルコさん…」
「マリィの様子だが、話は本当か」
ジロリ、と威圧感がある顔がこちらを見ている。臆することはないんだ、と頷いた。
シャンクスは考えると、ホンゴウに声をかけた。
「ホンゴウ、マリィはウチの船に乗せてくれ。お前、船医なら一緒に付いててくれないか?」
とっさにマルコを見ると彼も頷いてくれたので、デュースは「は、はい」と答えた。
白ひげもエースの遺体もレッドフォース号──赤髪海賊団の船へと丁重に収められる。どう交渉したのか、エースのナイフや帽子、遺品が戻ってきた。ガープが纏めていたらしい。
それもまたそうだろう、好敵手であった男の息子と言えど、世間から隠し育てていたのだ、孫として。"家族"として、辛く無いはずはない。
「野郎ども、出港だ!!!」
粗方、怪我人も遺体も船に乗り、マリンフォードを後にしたのだった。