ONEPIECE

 覇気で気絶させてしまったマリィの傍には、この船の船医が付いていた。
 それを一目みてから、シャンクスは幹部たちと、マルコたち隊長、そして元スペード海賊団の船医であったデュースが集まっていた。

「で、お前の言うことは本当なのか?」

シャンクスからの問いと共に、誰もがデュースを見ている。

「は、はい……。マリィが、言ってたんですが…」

「デュース、あの女がエースの女っつうのは本当かよい?」

「え、あ、はい。マリィはエースと一緒に海を出たそうで……付き合ってました」



 デュースはほんの三年前の事を──そう、初めてマリィと会った時を思い出す。
 漂流した無人島、ジクシスでメラメラの実を食べたエースと共に脱出してから、なんとか有人島に辿り着いた。
 そこでエースに、供に海に出た仲間がいると聞いた。一緒に漂着はしなかったが「アイツなら、きっと大丈夫だ」と少しだけそわそわしていたが、まずは船をなんとかしようという話になった。
 仲間も増えたが、海賊とはいえ、堅気には手は出さない、出す気はないエースは蔓延る海賊船を倒し、宝も船も奪取していく。
 そして、始まりと終わりの町──ローグタウンを目指した。そこで、初めて彼女と相対した。

「マリィっ!!」

「エースっ!!良かった、無事だったのね!!」

 上陸した際に、エースはきっとこっちにいるはずだ。と根拠のない事を言い、ずんずんと歩いていく。そして、いきなり走り出したエースを船員が追いかけていけば、ある女の子に声を掛けた。括った黒髪を靡かせ振り向いた彼女はとにかく可愛いというしかなかった。そんな女の子が自分たちの船長と抱き合っている。

「ずっと待ってたのに、なかなか来ないから心配してたのよ」

 ぐいっ!とエースの頬を引っ張りながらも、会えた嬉しさからなのか、眦に涙が見えた。

「あはははは、ワリぃな!でもここに来るまで仲間も増えたぜぇ!」

 エースがこちらに向けて指差してくるのを、彼女は辿ってこちらを見た。

「仲間?」

「あぁ、船も手に入れたぜ!それと、」

 エースは彼女から少し離れると、身体を炎で包んだ。

「え、エース、燃え……え、?」

「俺も食ったんだ、悪魔の実!」

 何故かサムズアップして報告するエースに、なんか浮かれてんな。と思う。

(……あぁ、エースも嬉しいのか…)

 弟の話ばかりやたら嬉しく楽しそうだったが、彼女の話をする時はやたら愛おしそうに話していたのを思い出す。
 悪魔の実を食べた弟がいるからか、彼女も慣れたかのような、普通の人とはさほど驚いてはいない。

「もう、ルフィだけじゃなくてエースまで悪魔の実を食べたなんて、みんなびっくりするんじゃない??」

 みんな、とは誰なのか。というか、そんな反応なのか。
 ただ見ていると、彼女はこちらを見た。じぃーと見つめられて、照れない訳がない。

「初めまして、私マリィです!」

「………………可愛い…」

 思わず出た言葉に「へ?」と首を傾げて、それがまた可愛いと思えた。すると彼女の後ろにいたエースは見せつけるように、目の前の彼女に抱きついた。

「ちょっと、エース!苦しい!!」

「久しぶりなんだからいいだろ」

「はいはい。みんな船員なの?」

「あ、あぁ」

「そっか。私もエースの船の一員だから、これからよろしくね」

 彼女の白い両手が俺の手を掴んだことに、エースが「あ!」と声を張り上げた事がなんだか面白くなってしまった。
 他の船員も同じ事を思ったのか、なんだかニヤニヤしている。

「そうだ!迎えに来てくれたんだよね?荷物の準備してくるわ!」

 ついでに仕事辞めてくる!と勢いが良すぎる気がする。大丈夫なんだろうかとなるが、エースが「俺も行く!」と彼女を追いかけた。いや、追いかけようとして、足を止めた。

「…………おぃ、言っとくが、マリィは俺んだかんな!手ェ出したら燃やすぞ!」

ジロリ、とこちらに牽制すると彼女を追っていった。

「「「……………………」」」

 あの、エースが……何処となく来る者拒わぬ去るもの追わずの、あのエースが。
 プッ、と誰かが吹き出せば、そこに笑いが起きた。
 マリィはエースが迎えに来るまでという条件で住み込みの仕事をしていたらしく「迎えに来てくれたので今日で辞めます!」と言って、自分の荷物とともに故郷を出る際に知り合いから"挨拶用"にと貰った遥々酒の樽を持ってきた。
 それを見たエースが「さすがマリィだぜ!」と抱きついている。──なんだあのバカップルは!所構わず何故かイチャついている二人に段々と苛立ったのは仕方ない。
 新しい船に補給物資を積みながら、マリィの部屋はと考えたが他にも女海賊が一名いた為に、男部屋、女部屋を振り分けも出来た。なによりまだコックがいなかったからおばちゃんに作って貰っていたが、マリィが「口に合うか分からないけど」と作ってくれることになった。ありがたい。
 船長室はあるにはあるが、エースは書類整理なんてしないから他の船員がやる。最早執務室だが、船長室の奥には船長が寝る部屋があった。
 二人がそこで寝る事も多々あったりして、目のやり場に困る事もあった。早急に執務室は変えた。
 仲睦まじいが、マリィは弱い訳ではなかった。多分、案外、意外と強いんだと思う。だが、エースが彼女に対して過保護だったのだろう。戦闘もあまり前に出さないようにさせていた。なにしろ戦闘となったら、真っ先に出ていく船長だったから、後方はマリィに任せるという感じに思わせていたし。
 ただ、一度だけ、マリィが重体に陥ったことがある。新世界で、どこかの海賊船をやり合い、マリィが毒が塗られた剣で刺された為にエースがキレた。そして、彼女の容態に一番焦りを見せたのだ。──きっと怖くなったのだろう。眠る彼女の傍にずっといたが、三日も目を覚まさなかった彼女を失うのではないか、と。
 そこからのエースは鬼気迫る勢いで、マリィと弟の友達だという赤髪のシャンクスのナワバリの島へとマリィを置いてきてしまったのだ。それからは、機嫌が悪かったが、ジンベエとの決闘に、白ひげとの決闘……目まぐるしく日々が過ぎていった。

 デュースや元スペード海賊団の船員はマリィを心配していたが、白ひげ海賊団に入ってから、まさかエースが彼女に会いにいっていたとは思わなかった。言えよ!と思った。なんだかんだと離れることはなかった二人だったが……まさか、子供が出来ているとは思わなかった。いや、スペード海賊団時代もイチャイチャしていたが……。



 はぁ、とため息を吐いてからデュースはマルコたちにエースと彼女のことを説明した。そして、マリィが妊娠していることも。
 マルコたち隊長たちは「そんな相手がいたのかよぃ」「末っ子のくせに生意気だな」「エースのくせに」などと言っている。まぁ、気持ちは分かる。
 シャンクスたちは苦笑いをしている。そりゃそうか、彼らはスペード海賊団以外で二人を見たことがある人たちなのだ。

「まぁ、うちに挨拶に来た時も似たようなもんだったな…」

「赤髪に挨拶?」

 マルコが聞き返せば、あぁ、とあの時の事を語り出す。



 冬島に一人で現れたエースに、新人ルーキーが生意気にも自分たちに挨拶だと?と思った。変にグダグダな口上になんなんだ?と思っていれば、マキノ、と聞き覚えのある名前を出した。持ってきた土産もマキノの遥々酒だという。
 最終的には、弟──ルフィが命の恩人だと話していたから、お礼に来たと、シャンクス含め幹部たちが「それを先に言え!」と怒鳴った。
 宴をしよう!となり、彼のクルーを呼びに行かせれば、「エース!」と昔に聞いた時よりは大人になった声が聞こえた。

「マリィ!」

 先にやってるぜ、と言わんばかりに酒を上げるエースにその女は拳骨を落とした。

「イテェな!」

「私も一緒に行くっていったじゃない!」

「うるせぇな」

「──な、」

「まずはお前も挨拶しろよ」

 目の前で猫のケンカのようにきゃいきゃいやり始めたのを、笑いながら見ていれば、気づいたであろうマリィは顔を真っ赤にしていた。うん、可愛いな。小さい頃も可愛かったが、大人になった。

「シャンクス!みんな、お久しぶりです!」

「おぉ、マリィすっかり大人になったなぁ」

「あんなに小さかったのになぁ」

「いやぁ、あの頃も可愛かったが、随分と綺麗になったなぁ」

「え、えへへぇ…」

 照れているのか笑うマリィに、まぁ、まず座れと促せば、エースがマリィを膝に乗せた事に幹部たちは驚いた。

「ちょ、エース!」

「いいから、ここに座れ!ほら、酒だ」

 飲みすぎるなよと言いながら、マリィの口へと瓶をつける。

「だーっはっはっはっ!マリィ、どーせなら俺の膝に乗れ」

「お頭…」

 からかうように言えば、隣のベックマンは咎めるようにシャンクスを止めた。
 明らかな牽制に幹部たちは、若い…としか思えなかった。

「私はここで大丈夫よ」

 にっこりと笑うマリィに背後のエースが口の端をあげている。どうやら扱いが上手いようだ。


「マリィとルフィが英雄ガープの孫だったとはなぁ〜」

「言ってなかったっけ?」

「聞いてねぇよ!」

 ヤソップに頭をグリグリされながら、笑うマリィを眺めながら、エースが語った。

「おれたち義兄弟は誓ったんです。十七になったら海に出ると」

「マリィもか?別に海賊に興味はなかっただろ」

「あー、私は誓ってないの」

「ん?」

「私がエースに会った時は、もうルフィたちはその義兄弟になってた!」

 一緒に山賊に預けられてたのではないのか?とシャンクスたちが首を傾げているとマリィは少し悲しげに答えた。

「…シャンクスたちが村からいなくなってから、おじいちゃんが来てね……ルフィは海兵にする為に鍛えるとか言って、コルボ山に連れてったけど、私は連れてかれなかったの…」

「じゃあ、フーシャ村にいたのか?」

 幹部の言葉に首を横に振る。

「おじいちゃんに、マリンフォードに連れてかれたの」

「マリンフォードに?」

 マリィは苦笑いしながら、続きを語った。
 祖父曰く、可愛いから人攫いに狙われる可能性がある。曰く、孫に愛されたいガープが手元に置きたがった。
 なんじゃそら、と言いたい。孫に愛されたいとはなんだ??と皆苦笑いせざるおえない。だが、人攫いというのには理解出来た。シャンクスたちがフーシャ村に逗留していた時に、話で村の子供が人攫いに連れて行かれたが、海兵がブッ飛ばして壊滅させたというのを聞いた事があった。
 だからこそ、初対面でのルフィの態度やマリィが隠れながら見てくる様子に納得した。そうか、攫われたのはマリィであり、取り戻したのはガープであったのか。

「でも、マリンフォードでも色々あって、フーシャ村に帰れたの!それでルフィに会いたくてマキノさんに連れてってもらったら、エースたちに出会ったんだ!」

 色々って何があったのか…多分あまり聞いてはいけないと察した海賊たちは、戻れて良かったなぁ〜と笑った。

「じゃあ、なんでマリィは今海賊やってんだ?」

 話を戻すかのように幹部が問えば、マリィとエースは顔を合わせる。あぁ、察した。特に答えなくていいや!と誰かが言った。
 マリィがジョッキに口をつけ、アハハハ、とエースが笑いながらいる。甘酸っぺぇ!

「エース、マリィ、お前たち、歳は……」

 シャンクスの問いにエースが答えると、四皇は指折り数えはじめた。

「つーと、ルフィは……」

「俺たちのみっつ下だから、じき海に出ますよ。すぐに追いついてくるはず」

「だといいなァ」

 シャンクスはエースを見て、やさしく笑った。マリィも楽しそうに笑っているのをみて、エースはマリィからジョッキを取り上げた。

「あ、エース、返して!」

「ダメだ、飲みすぎてる」

「そんなことないもん!」

「………はぁ、すみません、水ありますか?」

 二人のやり取りにホンゴウが水を差し出した。幹部たちは笑ってしまう。
 随分仲が良いもんだ、と思ってしまう。まだまだ若い二人だ。しかし、次第にマリィは口数が少なくなり、エースに凭れたまま小さな寝息を上げていた。

「ハハ、寝ちまったようだな」

「……アンタたちに会うの楽しみにしてたからなぁ」

「お、それは嬉しいなァ」

 寝顔は昔のように無邪気とはいかないが、少し幼く見えるもんだ。──娘と変わらない少女の姿に、あの子は今はどんなだろう、なんて一瞬想いを馳せる。
 エースがやれやれと言いながら、抱きかかえるように腕の中にマリィをしまう。

「……エース、」

「はい?」

「マリィは俺たちの友達・・だ。もし、泣かせたり、悲しませたりしたら、只じゃあおかねぇからな」

「……分かってる。大丈夫だ」

 愛おしそうに彼女をみて答えるエースに、野暮なことを言っちまったな、と謝罪しながら、そこからまたエースとは話を続けた。

 宴も酣という時をすぎ、んぅ…とうめき声をあげて起きたのはマリィだ。
 目を擦りすぎじゃないかと、ぐしぐしとやった後に、ぽぅっとこちらを見たかと思えば「やだっ、私っ!!」と顔を真っ赤にした。

「な、なんで、起こしてくれなかったのよ、エース!!」

「気持ち良さそうに寝てたのはマリィだろ!」

「だってエース暖かいし…じゃなくてぇ…」

 恥ずかしそうにこちらを見ながら、マリィは「せっかく会えたのに寝ちゃうなんて、ごめんね…」と謝って来た。うん、その仕草可愛すぎるだろう。

「いや、いいさ」

「つい、嬉しくて飲みすぎた…」

「俺たちもマリィと酒が飲めるなんて思わなかったし、嬉しかったぞ」

 笑ってやれば、また可愛らしく笑った。

「さて、そろそろ船に戻るぜ、マリィ」

「え?もう?!」

「他の奴らも結構飲んだし、そろそろお開きだ」

 残念…と呟くマリィにシャンクスは笑いながら頭を撫でてやる。

「まぁ、また次があるさ」

「……分かった、またね。シャンクスたち」

 友人・・として、な。と言えば、ありがとうと笑うマリィに次いでとばかりに連絡先を教えておいた。これも『スペード海賊団』にではなく、マリィ個人にでだ。
 エースに連れられて、去っていく若い友人を眺めて、シャンクスはベックマンと少し語ったのだった。

 随分とマリィに関しては威嚇するエースを面白いと思い、揶揄うマネをしてしまったもんだ、とシャンクスは思い出した。
 まぁ、渡した連絡先に直ぐに鳴るとは思わなかったが。



「赤髪?」

 つい最近の過去に思いを馳せれば、マルコがこちらを見ている。

「いや、まぁ、なんだ…言える事はエースはあの子を大事にしていた事は確かだな」

「……そうか…」

 マルコは眸を閉じる。まだオヤジもエースも失ってから時間は経っていない。
 自分たちでさえ、辛いというのに、あの女はどんなに辛いだろうか。死に目に会えたのは良かったのか、悪かったのか。心が壊れても可笑しくはない。まして、妊娠してるとくればどんなことになるか分からない。

「しかし…」

 誰かが呟いた。

「もし、エースとの子供が生まれたとしたらとんでもねぇな…」

「! そうだな…」

 エースは海賊王ゴールド・ロジャーの息子であり、危険視されて処刑されかかったのだ。と、言うことは、まだ海賊王の血は続いていくという事だ。まして、エースの弟──麦わらのルフィの実姉という事は、彼女は革命家ドラゴンの娘という事になる。

「……とんでもねぇ、血筋だな……」

 もし、生まれてくるとすれば、海賊王の孫であり、海軍の英雄の曾孫で革命家の孫………狙われない訳が無い。義理とはいえ、白ひげの孫にも当たるというのがなんとも、サラブレッド過ぎる。

「……あぁ、このまま降ろす訳にはいかないな…」

 それが無ければ、生まれ故郷に帰るなり、元の場所へ戻り、ひっそり暮らす事も出来たであろう。だが、妊娠している時点で彼女が宿す生を知られたら、生命はないだろう。
 あの戦争で何人が、彼女を知っただろうか──海軍では祖父のガープは気づいたであろう、後はどうなのかは分からない。

「まずは、白ひげとエースを葬る場所を目指そう。彼女の事はそれからだ」

「……あぁ」

 優先させるべきは、亡くなった者たちを見送ってやることだ。


-4-

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