ONEPIECE

 とある島へ大きな海賊船が寄港した。その海賊団のナワバリである島の島民たちは、大頭たちが来てくれた!と喜び、海賊船のクルーたちを饗す一方、船医と複数の男たちに連れられたフードを被り、マントを羽織った人間が島の外れにある民家へと入っていったのを人々は気づかなかった。
 見覚えのある船医と、マスクの男に、背の高い髪型が特徴的な男三人は船医だというが、ただただ彼女を励ましている。待ち構えていた島の医師と産婆を見て、頷いた。
 前もって打診はしていたが、まさか島に着く前に産気付くとは思わなかった。
 ホンゴウとマルコ、そしてデュースは船医、元医学生だったとしても長年乗っていたのは海賊船であり、身重の女の対処など医学書を読んだくらいの知識しかない。
 出産の手伝いの経験などほぼない船医たちは、彼女が苦しむのをただ励ます事しか出来なかった。これがただの海賊船の船員であれば「我慢しやがれ!」言っただろう。
 医師と産婆は急いでベッドへ寝かされた妊婦を見て、驚いた。やけに若い女に、どこか詮索してしまいそうになるが、島民としては海賊旗に守られてるお陰で島は平和なのだ。
 はぁ、はぁ、と痛みを逃すように息をする彼女を見つめて、傍らの海賊船の船医に苦しむ間隔はどれくらいかと尋ねた。
 変なマスクをつけた男がメモを取り出し「今は五分置きくらいかと…」と答えた。
 彼が父親だろうか、と思うがどうやら違うらしい。

「まだ産まれそうにはないねぇ」

 産婆が口を開けば、三人は驚いた顔をした!こんなに苦しそうになのに?!早く助けてやってくれ!!と言いたそうにしている。

「まだ産むにはもっと広がってからじゃあないと赤ん坊が出てこれないんじゃ」

 子宮口が全開する前にいきみでもさせれば、裂けてしまうし、赤ん坊も妊婦も危険になる。

「ほれ!痛みがある時は腰を擦ってやるんじゃ」

「後はお湯を沸かしとかないとね」

「あぁ、冷たい手で擦ったりするんじゃないよ」

 次々と産婆から出される指示に、マルコは不死鳥の能力で痛みを逃す為に腰を擦ってやり、デュースはお湯を沸かしに連れていかれる。
 ホンゴウは「一先ずお頭たちに伝えてくる」と言って、民家から出ていった。
 傍にいた医師は妊婦に経過状態を訊ねながら、用紙に色々と書いていく。何かあった時のように輸血の準備もしてくると伝えると部屋から出ていく。

 マルコは妊婦──マリィは浅く息を吸っているのを眺めながら、二人きりになるのは初めてじゃないか、と気づいた。
 いつもこの女に会う時は、ホンゴウやデュース、シャンクスがいたのだ。
 白ひげ海賊団二番隊隊長 ポートガス・D・エースの子を宿す、エースの恋人だという。いつから?と尋ねれば、二人は東の海イーストブルーで育ち、一緒に海へ出たという。あの麦わらのルフィの姉だという。
 こんなごく普通のそれなりに可愛らしい容姿の娘が、海賊船に乗っていたというが、エースがオヤジに喧嘩を売った時には彼女はいなかった。違う女海賊はいたが彼女ではなかった。
 デュースが言うには、エースがジンベエと闘う少し前に船から降ろしたという。理由はエースが彼女を失いたくないという…。
 海賊旗を掲げ、海賊船に乗った以上彼女にはそれなりの覚悟はあっただろうに。

(……まぁ、分からないはないが…)

 だから、苛々が凄かったのか……いや、オヤジに負けっぱなしだった方が大きかっただろうが。ふむ、とマルコは彼女の腰を擦りすぎながら、気になった。

「なァ、聞きたいんだが…」

「…は、はぃ……?」

 どうやら今は陣痛の痛みはないようで、マリィはマルコを見つめた。

「お前さんは、エースを憎んじゃいないのかよぃ」

「……は?」

「あぁ、憎むというか、船から降ろされて文句はなかったのかよぃ」

 キョトンとした顔がどこか幼くみえたが、次の瞬間、バスっ!は何か凄い音がした。マットレスが沈み込んでいる。「は?」疑問符が頭に浮かぶが、彼女を纏う気が覇気じゃねぇか??と恐ろしくなる。

「…………文句なら、あったに決まっているじゃあないですか!!」

 さっきまで痛いと苦しんでいたのが嘘かのように思える。やべぇ、なにか地雷を踏んだか?ゴゴゴゴゴ…と娘が握る拳が黒くなる。武装色の覇気を纏わせてねぇか、これ……。

「そ、そうなのかよぃ……」

「〜〜、っ!」

 なにか言いたかったようだが、痛みがまた来たのか、シーツを固く握り陣痛に耐えている。先程よりは間隔が短くなっている。
 産婆とデュースが戻ってきた時に、産婆が彼女の股を広げ、確認している。頼むからいきなりは止めてくれよぃ……。
 船医とはいえ、野郎ばかりしか診てなかったんだぞ。妊婦、ましてや若い娘だ。しかし、彼女はそんな場合ではないのか、「痛い!!もっと強く擦って!!」と怒鳴り始めた。
 医師が戻り、産婆と共に「後1cm」といっている。最大10cmまで広がる子宮口はまだらしい。ここに来てから数時間は経過している。娘もひっきりなしにくる陣痛の痛みに、奥歯を噛んでいるのかギリギリと音が聞こえる。
 とりあえず、顎や歯を痛めるから、必要に応じて腰を擦り、再生の炎で少しだけ癒やしてやる。
 やがて、赤髪や赤髪の船医がやって来た。カモフラージュするにしてももう少し早く来いよと言いたい。
 初めて見た時はエースと恋人なんざ嘘だろ!と思ったが、窮地に立たされているからか、周りに気遣う余裕がないのか、ここぞとばかりに命令された。まぁとにかく腰を擦れ!というものだったが……。

「ほれほれ、そろそろ産まれるから大頭さんらは部屋から出ていておくれ」

 医師と産婆に促され、部屋から出ようとするが、何故か呼び止められた。

「お前さんは手伝っておくれ」

「はぁ?」

「お、おいおい医者!流石にマルコはダメだぞ!!」

 流石、赤髪分かってる!だよな、俺が立ち会うなんて可笑しすぎる!!

「なんかその青い炎使えそうだから!」

「「「………………」」」

 生命に関わる事だ……ましてやエースの子供が産まれるのだから仕方ないとはいえ、海賊を顎で使うな。しかし、マルコは頷くしかなかった。
 極力見ないように、娘の頭の方でとりあえず手を握ってやる。産婆らに「いきめ、いきめ!」と言われている。
 「…えーす…えーす…」と辿々しく、汗ばみながら娘は力を入れている。心細いだろうと思う。ずっと昔、二十年前以上、白ひげ海賊船で出産した女性がいたが、彼女には夫がいた。励まして、力強い男が傍にいた。
 出産の痛みなど男には永遠に分かるものではない。こんなに髪を乱し、痛みと苦しみを与えられてまで子を産むのが何故出来るのか。
 止めさせたくも、止めることも出来ない命懸けのものだ。だからこそ、やたらと綺麗に見えるのだろうか。

「今じゃ!」

 産婆の声と共に、握っている手に力が入る。悲鳴とも取れる声が部屋に響く。
 次の瞬間、産声が上がった。



 産婆からの声に力を込める。苦しい、苦しい……お腹の中からぐっ、ぐっ、圧迫されていて、熱い!と思った。力を抜いてしまえたらどんなにラクだろう、なんて思う。

「……えーす…えーす…」

 苦しくて涙が滲んでいく。もはや誰の手か分からないが力いっぱい握った。

『……もうすぐよ、がんばって』

 聞き慣れない声が聞こえた。産婆かと思ったが、違う。どこか優しい、女性の声だ。

『……マリィ、頑張れってくれ!』

 空耳か何かか、エースの声が聞こえた気がした瞬間、産婆の「今じゃ!」の声とともにぐわぁ!とした感覚と共に産声が上がった。
 力いっぱいの泣き声に「女の子だよ!」と聞こえる。

「……おんな、のこ……」

 真っ赤になりながら小さい赤ちゃんが力いっぱい泣いているのが目に入る。
 まだへその緒がついたまま、胸に抱かされた。

「……っ、あぁ……うまれて、きて、くれて…ありがとぉ…」

 泣いているからまだ瞳の色は分からないが、髪の色は黒髪。──あぁ、なんて、愛おしいのだろう……。
 しかし、まだじわじわと痛みの波がある。

「ほれ、まだあるよ」

 産婆に言われ、赤ちゃんは医師へ手渡された。へその緒を切られ、赤ちゃんは素早く身体を拭かれた後、検査をしている。気づけばマルコさんはそちらに行っている。
 産婆に促され、後産というのをさっきと同じようにタイミングに合わせて、出したのだった。
 身体を熱いタオルで拭かれて、ぐったりしていると、部屋の入口の方から歓声が上がっている。そちらに首を回すと、シャンクスたちが「おぉー!」「赤ん坊ちっちぇ〜!」などと騒いでいる。
 連れ回されたりしないよね……屈強な海賊たちの手に収まる我が子に先程とは違う動悸が起きる。
 産婆は「はいはいはいはい、おっぱいあげますから、赤ちゃん返してください」と赤ちゃんを取り上げた。

「……おっぱい…」

 誰かがボソリと呟き、皆がこちらを見た。
 こちらに来たそうな雰囲気だったが、流石産婆、「はいはいはいはい、今は出ていって下さい」と海賊たちをあしらった。
 未だに泣く赤ちゃんを渡された。
 小さい…なんてこんなに小さいのかと思う。掌に収まる頭を抱え、胸へと近づけて、口におっぱいを含ませれば、ちうちうと力いっぱい吸い始める。

「……いっ!」

 痛い……え、ちょ、待って!痛い、なんでこんなに痛いの!?
 ええェェェ!?と混乱していると、産婆は「初乳は痛いもんなんだよ、直に慣れていくし、今度は吸われないと痛いってのがあるからね」と簡単に言われた。
 産んだら痛みは終わりかと思っていたのに、まさかの違う痛みがあるなんて…と赤ちゃんを見つめる。

 ────可愛い…

 私とエースの子。
 無事に生まれてきてくれてありがとう…。
 これから先、ずっとお母さんが守るからね……。

「──あなたも、生まれてきて良かったのよ…」

 我が子を思い、エースを思う。
 エースだって生まれてきて良かったのだ。
 生まれてきて悪い人間などいない。
 エース…エース……。
 エースだって祝福されて生まれてきたに違いない……。
 何も知らない奴らの悪意がエースを苦しませたのだろうが、私もルフィもサボも他のみんなはエースが生きてくれていて、出会ってくれて、良かったに決まっている。

「……大好き…」

 ふわふわとした産毛に唇を何度も落とした。それは赤ちゃんとエースへの愛おしい想い。



 授乳が終わったのか、ようやくマリィに労いの言葉をかけようとシャンクスたちは部屋へ通された。
 先程見た赤ん坊はマリィの腕に抱かれ、あやされている。生まれたての赤ん坊はこんなにも小さいのか、と驚いた。
 それよりも驚いたのはマリィにだった。
 昔から可愛らしい子供で、大人になってからは綺麗になったと思っていたが、母親になったからか、すごく、美しいと思える。
 出産をした女は綺麗だと聞いたことがあるが、本当にそうなのか、と感心してしまう。きっとここにいるシャンクスたちは彼女のどこか神聖な美しさに目を奪われていた。

「……みんな…?」

「っ、マリィ、お疲れさん。よく頑張ったなァ」

「……うん、すごく痛かったよ…」

 えへへ…と笑いながらも、彼女の眼差しは柔しく我が子を見つめている。

「やっぱ痛いのか?」

「そりゃもう!───でも、」

「でも?」

「エースとの、子供だから頑張れた……」

 好きな人との子供じゃなければ、こんなのムリだよぉ…と笑うマリィにシャンクスは頭を撫でてやる。
あんなに小さかった女の子が、一丁前のイイ女になりやがった。

「赤ん坊、見せてくれ」

 白い御包みにくるまれた赤ん坊をまた抱っこさせてもらう。
 自分の娘が宝箱から出てきた時は二歳くらいだったから、この子より大分大きかった。あの時も小さいと思えたのに、生まれたてはこんなに小さいとは……。
 マリィに抱かれて、おっぱいも飲んだのか、もう泣き声ではなく、ただふにゃふにゃしてる子がただただ可愛いと思えた。
 ベックマンやホンゴウ、マルコもデュースも抱かせてもらいながら、その小ささ、軽さに驚く。それでもつい数時間前までは人間の胎内にいたというのも不思議で堪らない。
 彼女は嬉しそうに、涙ぐみながら赤ん坊を見つめている、ただそれだけで幸せそうだ。

「マリィ……あのな────」

 シャンクスは考えていた事を口にすれば、彼女は驚いていた。しかし、安堵したように涙を浮かべて「ありがとう…」と礼を述べた。



 ナワバリの島から赤髪海賊団の船がとある海域へ出航したのは一ヶ月後だった。

 島にはいつの間にか暮らしている親子の姿があった。年の頃はまだまだ若いが、赤ん坊を連れている。その子を胸に抱き、今日もまた柔らかな子守唄が村に響いていた。


-7-

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