ONEPIECE

 産後の経過は順調で、所謂床上げというのも済ませた。女性の元にはこの島をナワバリにしている赤髪海賊団の大頭を始め、幹部たちがしばしの別れに来ていた。

「……この手紙をマキノさんと村長さん……ダダンさんに渡して下さい。マキノさんに言えば分かるから」

「あぁ、必ず渡そう」

「お願いします」

 シャンクスはマリィから渡された手紙を懐にしまうと、ベビーベッドに眠る赤ん坊を撫でた。途端に泣き出してしまった赤ん坊に焦ったのは言うまでもない。

「お、起こしちまったか?!」

「大丈夫、大丈夫。ちょっとびっくりしただけだよ」

「そ、そうか……。大丈夫だとは思うが、気をつけてくれ」

 心配そうに見てくるシャンクスにマリィは苦笑いしながら、自分の背後にいる彼らを見やる。

「彼らがいてくれるから」

「あぁ、こちらもロックスターに島の警護を頼むことにした」

 シャンクスが顔を向けた方を見ると、新入りだという赤い髪の男がこちらを見て、少しだけムスっとした態度で苦笑せざるおえない。

「……こっちはデュースたちがいるし、大丈夫だよ?」

「いや、お前に何かあったらルフィやマキノさんたちに合わせる顔がねぇよ」

「………私、こう見えても強い方だよ?」

「ハハハ、それは分かるんだがなァ……今はそんな事を考えずに、エマとの時間を大事にしてやれ」

ぽんぽん、と軽く頭に触れ、シャンクスは赤ん坊──エマをもう一度眺めてから、黒いマントを翻した。

「なぁに、一年もかからんさ」

「気をつけて……みんなによろしくね」

「あぁ……本当に行かなくていいんだな?」

 最終確認のようにシャンクスが訊いてくる。まだ生まれたばかりの赤子を連れて船旅をするのは無理がある。

「うん……ごめんね、気をつけて」

 もう一度頭を撫でられると、今度こそ彼らは家から去っていく。手を振り、赤髪海賊団を見送ると先程までの騒がしさが嘘のようだ。ロックスターさんは港まで見送るのだろう。

「マリィ、休んでいていいぞ」

 エマもまた眠っているし。そう言ってくるデュースにマリィはへらり、と笑った。
 先月からここに暮らすことになったマリィと娘のエマ────そして、マリィが以前所属していた元スペード海賊団の船員の数人が今、この家にいる。筆頭は副船長でもあったデュースである。

「デュースまで過保護だなんて」

 ふふっと笑うマリィに以前のような明るさが戻ってきたことをデュースは、嬉しく思う。
 出産後、この家にはお忍びという形で、赤髪海賊団の大頭、幹部たち、元白ひげ海賊団一番隊隊長マルコが何度か出入りしていた。
 それは目の前の彼女が、赤髪海賊団の友達であり、白ひげ海賊団二番隊隊長の子供を産んだからである。
半年前の頂上戦争により、二番隊隊長 火拳のエースが命を落とした。
 彼と彼女は幼い頃から一緒に育ち、愛を育み、エースが海賊になる際に彼女を連れ出したという。
 エースを船長としたスペード海賊団に最初から加入していたデュースは二人の仲睦まじい姿を見てきた。
新世界に入ってからは、エースにより彼女は船から降ろされてしまったが、それでも縁が切れる二人ではなかったらしく、エースが正式に白ひげ海賊団に加入してからも二人の関係は続いていたようだ。
 エースは白ひげ海賊団の中で、仲間殺しをした大罪人を追っていった。その際、まさか彼女に会っていたとは思わなかった。情報収集もあったのだとは思いたい。
 だが、そこから先、エースはその裏切り者の大罪人により返り討ちに遭い、海軍に囚われてしまった。
 白ひげの逆鱗に触れ、エースを救出すべく、海軍本部と白ひげ海賊団の全面戦争が起きたのは記憶に新しい。
 エースという人間は非常に魅力的な人間だった、とデュースは今でも思う。
 彼の為に、傘下の海賊はもちろん、元王下七武海のジンベエすら救出に現れた。一番思いがけないのはエースの義弟、麦わらのルフィだっただろう。だが、狙われた弟を庇い、エースは生命を散らしてしまった。その時、この彼女も戦場にいた、ギリギリでエースと邂逅を果たし、泣く泣くその場を離れざるおけなくなった、エースの最愛なる恋人だった。
 その彼女がまさか子を宿しているなんて、きっと誰も思わなかった。
 彼女の身柄は戦争を終わらせに現れた赤髪海賊団によって救われた。エースの、ひいては、海賊王の血筋を守る為、もしくは友人である彼女を守る為だったのかも知れない。
 マリィはベビーベッドの傍らの椅子に腰を降ろして、娘のエマを愛おしそうに眺めてる。それだけで本当に幸せそうだ。
 自分からすれば、そんなに変化はないとは思うのだが、彼女からすれば毎日毎日それはそれは変化があり、それを見つける度に笑みが深くなる。

 赤髪の旦那はマリィの代わりにわざわざ東の海イーストブルーへと向かった。
 エースは幼い頃、赤髪の旦那に会ったことはないと言っていたが、知り合いがいるんだろうか。

「エースから」

「ん?」

「エースから、幼い頃は赤髪の旦那には会った事ないって聞いたけど、共通の知り合いがいるのか?」

 マリィがエマに指先を握られているのを見ながら訊ねれば、彼女はあぁ、と頷いた。

「そうだね、私とルフィがエースに会ったのはシャンクスたちが旅立ってからだったから」

「じゃあ、」

「私とルフィがお世話になった人がいてね、酒場の店主さんなの。シャンクスたちも村に逗留していた頃、よくそこで飲み食いしていて……素敵なお姉さんなの」

「へぇ」

「シャンクスたちが旅立って、ルフィがコルボ山に預けられてからエースに出会ったのよ。ルフィという繋がりでその店主さんがよく山にきてはルフィやエースの面倒を見てくれたんだって……きっとエースの初恋のマキノさんだと思うなぁ」

「はぁぁぁぁぁ?!え、エースの初恋?!アイツの初恋はお前じゃないのか?!」

「………私の初恋はエースだけど、エースは違うと思うよ」

 懐かしそうに笑うマリィにデュースは驚いた。あんなにベタベタしていて、エースの初恋は別とか思わないだろう。
 エースは礼儀作法もその人に教えてもらったの。優しい眸でその事を語るマリィに、あのエースが礼儀作法を、なんて思ってしまう。確かに初めて会った時も風貌の割にはきちんと挨拶してたな、なんて思い出した。

「ん?マリィは一緒じゃなかったのか?」

 彼女の話し振りにどこか違和感があった。

「あれ?話した事なかったっけ? 私はルフィとは別々に預けられたの……」

 懐かしいなぁと想いを馳せる彼女に、聞いてもいいか?と問えば、大したことはないよと笑った。



 シャンクスたちがもう戻らないと出航してから、フーシャ村は変わらず平和だった。
 少し寂しそうだったルフィだったが、やはり子供。元気にマリィと一緒に村を走り回ったり、村長さんたまに叱られたりした。
 ある日、おじいちゃんやって来るまでは。

「げぇ!じぃちゃん!!」

「おじいちゃん!」

「おぅおぅ、ルフィにマリィ!元気にしとったかぁ!」

 軍艦を率いてフーシャ村に帰還したガープは久々に会った愛する孫たちを抱きしめた。

「ぎぇぇ!じぃちゃん、くるしい!!」

「おじいちゃん…おヒゲいたぃ〜」

「ぶぁっはっはっはっ!よし、ルフィ、修行じゃ!マリィちゃんは危ないから村で待っといてくれ」

「えぇーー!」

「ねーちゃん!たすけ「ルフィ、お姉ちゃんに助けを求めるなんて、立派な海兵にはなれんぞ!!」かいへいにはならねぇぞ!おれはかいぞくになるんだ!」

「…………はァ?!」

 ゴチン!!と凄い音と共に、ルフィが地面に沈んでる。殴られたのだ。

「る、ルフィ!!!」

「何を言っとるんじゃ、ルフィ〜〜!!ええい!修行じゃ!根性叩き直してやるわい!!!」

 ガープはルフィを掴むとズンズンと山に行ってしまった。マリィはルフィを追いかけようとするが、村長とマキノに止められてしまったのである。
 ぐすぐすと泣くマリィをマキノがよしよしと慰める姿は村民をほっこりさせ、ガープの部下たちもほっこりしたのは二人は知らない。
 数日戻ってこないガープとルフィを気にしていたマリィだったが、ようやくガープが戻ってきた。

「おじいちゃん!」

 駆け寄る孫娘にガープは厳つい顔からデレぇと顔を緩めた。可愛い可愛い孫娘を抱き上げると、村長とマキノに軽く説明をした。

「ルフィはダダンに預けた。マリィは連れていく」

「ガープ!いきなり何を言ってるんじゃ!!まして、ルフィをダダン……ダダンってもしやダダン一家か?!山賊の?!正気か、お前っ!!」

「まっ、待って、ガープさん!マリィをどこに連れて行くの?!」

「山賊?!おじいちゃん!ルフィは?ルフィはどこなの?!」

「マリィはマリンフォードに連れて行くわい」

 マリィは事態が分からず、ただルフィと離ればなれになることに涙ぐむ。村長はガープの行動に慣れているのか、頭を押さえている。
 うわぁん!と泣くマリィを連れて、ガープは自分の軍艦に戻り、マリンフォードへと向かった。
 因みに軍艦の中ではマリィはガープしか頼る者はいないが、急に連れて来られては流石にガープに対して怒っていた。
 暫くの間はおじいちゃんの補佐官だという、ボガードさんって人が面倒をみてくれていた。

「マリィちゃん、すまんかった!だがのう、マリィちゃんは可愛いから、また人攫いにあったりしたら、わしは、わしは……」

 孫娘に抱きつきながら、おいおいと涙をするガープに部下たちはドン引きしつつ、孫に弱いんだ、この人……と感想を持たれてしまったガープだったが、孫が可愛いのだから仕方ない。
 無事にマリンフォードに着いたガープはマリィを抱っこし、意気揚々と海軍本部へと入る。誰もが、子供?誰?誘拐?とガープとマリィを振り向き、二度見する者が多いなか、勢いよく、センゴクの執務室を開く。

「戻ったぞい、センゴク!」

「ガープ貴様!休暇は……誰だ?」

「ぶわっはっはっはっ!可愛いじゃろ、可愛いじゃろ?わしの孫じゃ!!」

「貴様の孫だとぉぉぉ?!」

 センゴクの声にマリィは身体を震わせた。それを感じとったガープはさらに声を張り上げた。

「マリィちゃんが怖がってるじゃろぉが!!」

「えぇい!!貴様の声がうるさいわっ!!!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ、海軍元帥と中将に横やりを入れたのは彼らの同期である参謀のおつる中将だった。

「さっきから喧しいよ、アンタら!!……おや…?」

 部屋に入ってきたおつるはガープに抱きかかえられ、涙ぐむ少女に目がいく。

「ガープ、その子は誰だい?」

「おぉ!おつるちゃんか、可愛いじゃろ、わしの孫じゃ!!」

「アンタの孫?その子が?!」

 信じられないとばかりに、ガープとマリィの顔を見るおつるは、そもそも何故海軍本部にいるのかと問いかける。

「マリィちゃんは可愛すぎて、人攫いに遭うから連れてきた!」

 ぐっ!とサムズアップするガープに、どんな理由だ…となる。いや、確かに可愛らしい顔をしている。そもそもガープの孫ということは、もしかして、革命軍のリーダーであるドラゴンの子になるということはではないのか?おつるは頭を痛める。
 なんだって、こんな場所に連れてきたのか。

 ガープから降ろされた少女はガープのマントを掴みながら、こちらを見上げてくる。

「……あ、あの……モンキー・D・マリィです…」

 ぺこりときちんと挨拶をする姿に、本当にガープと血が繋がっているのか?と訝しんでしまう。それくらい礼儀正しい子供だ。

「わたしゃ、アンタのじいさんの同僚のおつるだよ、よろしく」

 きちんと目を合わせて挨拶してくれるおつるにマリィはホッとした表情を見せた。

「は、はい!よろしくお願いします」

「う〜〜ん、マリィちゃんが良い子でわしゃ嬉しい!!」

「本当に貴様の家族なのか?!」

「なぁにおぅ……しっかりわしの血筋じゃろが!!」

 またぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた二人に、おつるはため息をついた。
 マリィの手を引くと「あっちでお茶飲もうかね」とおつるの部屋に連れて行った。
 キョロキョロと珍しいのだろう、あちこち見る少女に、おつるは自分の孫を思い出す。

(可愛らしいねぇ)

 とてもあの同僚の孫とは思えない。
 マリィがおつるに懐くのに時間は掛からなかった。
 殺伐とした海軍本部であったが、可愛らしい少女は癒やしにはなった。────ただし、彼女が何者か知らない者にとってはの話である。

 マリィがマリンフォードに連れて来られてから三ヶ月は経過していた。勿論、離ればなれになったルフィも心配だし、フーシャ村のみんなにも会いたいが、子供の順応力は高いものだ。
 ガープは暫く書類の仕事が多いらしく、マリィは執務室の片隅で、文字の勉強や本を読んだりと大人しくしている子だった。
 たまにガープの弟子というやたら背の高い人が来ては適当にマリィの相手をしたり、ボガードが面倒を見ていた。他はおつるやセンゴクとくらいにしか会わないから、マリィは初めてあった厳ついおじさんに恐怖しかなかった。

「なんじゃあ、おぬしはァ」

 ガープに用事があったのだろう、尋ねた先にいたのは屋主ではなく、片隅でペンを持った少女だった。
 ジロリと見てくる男にマリィは怖いという感情しかない。

「わ、わたし……モンキー・D・マリィ…です……」

「…………あぁ、ガープ中将の孫ってぇこったァ、お前、ドラゴンの娘じゃなァ」

 明らかな敵意、憎んでいるような眼差しにマリィは震えるしかない。

「…………ぇ…」

「貴様の親が何者か知っとるのじゃけぇ?」

「親?」

「貴様の血筋は既に大罪じゃ」

「…大罪…?」

「なんじゃあ、知らんのかァ……貴様の父親は「サカズキぃぃぃ!!」」

 突然、目の前の男が壁に激突し、マリィは身を竦ませる。何が起きたか分からず、向けられた悪意にもう何がなんだか分からなくなり、大声をあげて泣き始めた。
 ただならない泣き声に近くにいた将校たちは慌てた。ガープと一緒にいたらしいセンゴクとおつるも、突然駆け出したガープを追って来たのだろう。部屋に入れば、泣きじゃくるマリィと、ガープによって壁に押しつけられているサカズキの姿に驚愕した。
 おつるは、すかさず泣くマリィを抱き上げて見せないようにした。センゴクも何事か、とガープとサカズキに怒鳴る。

「いったい、なんだというんだ!!」

「サカズキぃぃぃ!!!」

「なにするんじゃあ!!」

 年を取ったとはいえ、拳骨のガープと謂われる為にガープの殴る力は強い。自然ロギア系の能力者と言えど、武装色の覇気を纏う鉄拳は分が悪い。
 マリィは泣くだけで何が起こったのかはさっぱり分からなかった。おつるによって部屋から離れ、ボガードに預けられていた。
 ただもう怖くて、ルフィに会いたい、帰りたいと泣き暮らしていたらしい。
 記憶は曖昧だが、後からガープが戻り、マリィを抱きしめては「マリィは何も悪くないんじゃ」と慰めてくれた気がする。
 今思えば、あれは大将サカズキであり、マリィが革命家ドラゴンの娘だと分かって言ったのだろう。まだ何も知らない少女に血筋だけで大罪だと宣ったのだ。
 ドラゴンとマリィは親子であっても、マリィには父の記憶はほぼない。ルフィは父親がいるのかさえ知らないのではないかと思っていた。


「……そんな感じで、フーシャ村に帰れたんだ」

「……あー、嫌な記憶思い出させて悪い…」

 謝ってくるデュースにマリィは気にしないで、と伝える。確かにあまり思い出したくは無い記憶だ。
 当時は「大罪」と言われ、自分はいちゃいけないのか、と散々泣いたものだった。
 ほとんど知らない父親が何をしていたのか、自分は関係ないのに…とガープに言えば抱っこされて慰められた。
 ようやくフーシャ村に帰ってこれたのは、ルフィと離ればなれになってから半年以上経っていた。

「ねーちゃん!!……ね"ーぢゃ"ん"!!」

 マキノさんと村長さんに無理を言って連れて行ってもらったコルボ山にある山賊の山小屋で、抱きついてくるルフィに再会し、そこでルフィの義兄弟になったエースとサボに出会ったのだった。
 抱きついてくるルフィの向こうから、睨んでくるエースにマリィは「だれ?」と呟いた。
 それがルフィの耳に届いたのだろう、ルフィはガバっと顔をあげると嬉しそうに告げてきた。

「ねーちゃん!オレの兄ちゃんたちだ!」

「……え?」

 何を突然言い出すのか分からずにいると、金髪の男の子が近寄ってきた。

「ハハハ、ルフィ驚いてるぞ。オレはサボ、ルフィとは兄弟になったんだ。よろしくな、ルフィのねーちゃん」

「????」

 訳が分からないとはこういうことなのか、とマリィは思った。
 ルフィは自分の弟であり、自分にはルフィの他に兄弟はいない。もちろん、ルフィにも姉だけだったはずなのに。マリィは分からずにルフィを見る。
 それに気づいたルフィはニシシと笑いながら教えてくれた。

「エースが盃を交わすと兄弟になれるっていうから、俺たち盃を交わして兄弟になったんだぜ、凄いだろォ!」

 自慢げに話すルフィがかわいくて、思わず撫でてしまうが、マリィはふらふらとその場を離れた。
 自分がいない間に弟には兄弟が出来ていて、自分はなんだか知らないおじさんに「大罪」とまで言われて、マリィは悲しくなった。ルフィに会いたかったのに、ルフィは楽しそうにしていたことが、マリィを孤独にさせたのだった。


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