【7】
エースとマリィの話はあっと言う間に広まったらしい。サボのスマホには友人らからの通知が絶えず、苛々で握り潰してしまいそうになった。
階下ではエースがガープやドラゴンにグチグチ言われていたし拳骨やら制裁をされていた。マリィが庇ったこともあり、二人とも仕方ないといった感じで終わった。しかし意外にも彼らは二人の仲を認めた挙げ句に、結婚することまで許してしまったから驚いてしまった。
無論、エースもマリィも事の成り行きに驚いていたが、ルフィまでもが認めてしまったのは前世の事があるからなんだろう。記憶のあるドラゴンさんとルフィは言わずもがなあの子にまた会いたいのだろう。
(──溺愛してたもんなぁ… )
無論自分もだが、特にルフィには懐いていた。ドラゴンさんもマリィたちとは小さな頃から既に会ってなかったと言っていたから、幼い頃のマリィに似たあの子と過ごせたのが嬉しかったのだろう。
ガープはなんだかんだとエースを可愛がっていたし(親戚というのもあるのだろうけど)グチグチ言いながらも認めてしまっていたから、手に負えない。
いきなり降って湧いた婚約話に当人たちも驚いていたし、なんならルフィは女の子産んでくれ!とか露骨に言っていて、エースもマリィも話についていけないって感じだった。
こんなにトントン拍子で話が進むなんて、前世の繋がりがそこまで深いのかと思ってしまう。エースは言わずもがな、マリィは無意識にエースを気にしていたのに気づいたのはいつだっただろうか。この家に引き取られてから暫くの間はまたエースとルフィに会えた喜びでいっぱいだったし、ましてマリィと同じ屋根の下で暮らせるなんて思ってもみなかった。否、ドラゴンさんに引き取られるにあたり、もしかしたら彼女に会えるのを期待していた。
だが、そこには既にエースの姿があった。親戚として過ごしていた二人……ルフィも加えれば三人の時間がそこにはあった。
エースとルフィは俺の事を憶えていたが、マリィには前世の記憶はない。だからイチから知り合いになったものの彼女は無意識にエースを気にしていることに気づいてしまった。ルフィを優先しているが、目線はエースに向けられていた。
その瞬間、あ、ダメだ……二人は結ばれるのだ、と理解ってしまった。
エースの気持ちは分かりやすくて、マリィもエースから向けられる感情に分からない筈もないのに、なかなか進展しなかった。だからこそ仄かに期待していた。確率はマイナスでない以上自分にもチャンスはあるんじゃないか、と。
だけど、エースと自分と接する時の態度で、見込みがないのも嫌というほど察してしまえた。ルフィにするように愛情はあるが、親愛だ。恋情なんて欠片はなく、それは全てエースに注がれていた。
少し困らせるかのように接近しても、するりと躱されていたし、オレからの気持ちに気づいても『そんなはずはない』『ありえない』とばかりだった。
──まぁ、気持ちは告げないと決めたのは自分だけどな…。
サボはガシガシと頭を掻きながら、階下の騒ぎを階段の上から頬づえでどこか冷めた目で見ていたのだった。
「はァ………まいったぜ…」
階段を上がりながらエースはガープとドラゴン、それにルフィに色々と言われて疲れてしまった。ようやくマリィと恋人になれたものの、彼女を溺愛する彼らとのやり取りは骨が折れる。
マリィに「私が相手をするからエース休んでいいよ」と言われ、彼女だけに任せるのもどうかと思うが「大丈夫。そろそろお風呂入ったらどうかな?」と言われた。彼女からのアシストに乗り、ようやく解放されたのだった。
「…………お疲れさん」
「っサボ!……おどかすなよ…」
急に声がかかり驚けば、そこにサボの姿があった。
「散々だったみたいだな…」
「……ぁあ、ルフィとジジイはともかく、あんなにドラゴンおじさんから懇々と言われるなんて思ってなかった……」
「ドラゴンさん、なんだかんだと我が子第一だからな」
「……そうだったのか」
サボの言い方からして、それは前世むかしからのようである。マリィもルフィも前世むかしは父親の存在を知らなかったようだが、気にしてはいたのだと思うと自分とは同じで違っていて良かったと思える。あの後、きっと会えたのだろうと思っていると、部屋にサボも入ってきた。
どうかしたのかと思い、名前を呼ぼうも振り向けば、鋭い拳が飛んできた。
「……チッ」
「おい、サボっ!」
咄嗟に避ければ、舌打ちをするサボにエースは怒鳴ったのは仕方がない。だが、次の拳はなんなくエースの頬へと撃ち込まれた。
「……っぐ!」
「……避けねぇか」
「…………っあぁ、こればっかはしょうがねぇからな」
口の端が切れて、鉄の味がする。一方的に殴られるのは嫌だが今回ばかりは仕方がない。同じ家で暮らしているのだから、意識しない訳もない。サボもマリィに惚れていた事を。
ただひとつ違うと言えば、マリィはサボに対してはルフィと同じだった。無論、エースに対してもそう接していたが、向けられる感情に違いがあったのが今なら分かる。エースに対してマリィは気持ちを隠しながらいた。エースもマリィに対しては素っ気なくしつつも真綿に包むようにして、誰からも邪魔されないようにしていた。それにマリィは恥ずかしながらも気のあるそぶりで応えてくれていた。
サボに関してはマリィがアピールされても全く気にしなかったものだから、わざとなのかと思ったりしていた。時折気にしていたりしたが、そん時はエースもちょっかい出したりして、サボの事を考えさせないようにしたものだ。
──邪魔したからなぁ…
色んな事が相俟ってサボが怒るのは仕方がない。彼女に関してはルフィだろうが、ジジイたちだろうが、今度こそ手を離す気なんてないからだ。
「……じゃあ、もう一発、良いよな?」
前髪で隠れた目がギラリと睨み、鬼のような形相に「あぁ」と頷く。一発でいいのか、と思いながらも一段と重い一撃が腹へと当たった。
「…………ッテェ…」
「……マリィを泣かせたら問答無用で奪うからな!」
首元を掴み凄んでくるサボにエースは頷いた。兄弟に手を掛けるなんてサボらしくもないが、それほどマリィに想いを寄せていたのだろう。これが兄弟で親友でなければ、きっとどんな手段も問わずにマリィを奪い取りそうである。
「……やらねぇよ」
「…………そうしてくれよ、」
彼女が哀しむ姿は見たくないからな、とエースの肩に両手を置きながら話すサボに頷いた。前世で悲しませてしまったことはどうすることも出来ない。だからこそ今世では絶対手放さないつもりだ。
「当たり前だ」
「……それはそれでムカつくけどな」
「いてぇな!おいっ!」
しっかりと答えれば、それが苛立だせたのか頬を抓られた。あの馬鹿力で。振り払えば、真っ直ぐに見てくるサボが呟いた。
「…………俺だって、マリィの事好きなのに…」
ギリリ、と拳を握るサボにエースは何も言えずにいたのだった。
思わず吐露した言葉に偽りはなかった。そう、俺だって前世むかしから彼女を好きだった。なんなら前世では先に好きになったのは俺だったはずなのに……。早いもの勝ちではないが、もし、もしもあの時クズ父親に連れ戻されなければ、あの時出航するのではなくエースたちの元へ戻っていれば、あの時記憶喪失になってなければ、マリィはどちらを選んでいたのだろうか─。
そんな“もしも”を考えては嫌悪していた。でも考えられずにはいられないくらいには彼女の事を好きだった、忘れられなかった。今世でもスタートラインにすら立てずに家族愛に甘んじていた。
──つまりはそういうこと、なんだよな…
どうやっても、彼らは互いに恋をするのだろう。前世からの結びつきが強いのかもしれない。
分かってはいたが、失恋という苦い思いが全身に行き渡るようでこんなに泣きそうになるのかと思う。エースも大事だが、マリィの事も本当に好きだったのだと改めて思い知ったのだった。
エースがなんとも言えない顔をしている。何か言おうとして、口を開くも何も言えないとばかりに口を閉じる。パクパクと口を開けては閉じるを繰り返していた。
謝ろうものならまたぶん殴ってやろうと思いながらも、ガリガリと頭を掻いたエースが申し訳なさそうに、でもこちらをしっかりと見据えてきた。
「その…マリィの事だけどよ……サボが前世まえからマリィを好きだったのは憶えてるし、聞いたけど……なんつーか、マリィの事は誰にも譲れねぇんだ」
「…………」
「サボがいなくなって、ルフィとマリィと三人で過ごした……最初はサボが大事にしてたし、ルフィのねーちゃんだし……あと守らねぇとって思ってた」
「……守る?」
なんとなく違和感があって繰り返した。するとエースが「あぁ…」と口を開いた。
「初めてマリィがコルボ山に来た時に、聞いたんだよ──マリィが狙われてるって、今覚えば、革命家ドラゴンの娘ってのもあったんだろうな」
「……は?」
「ん?」
なんでもないことのように話すエースにサボは唖然とする。マリィが狙われていた?誰に?ドラゴンさんの娘だから?──いったい、何の話だ?
そう思っていると、エースが教えてくれた。
初めてマリィがダダンの家に来た時、村長とダダンの話を偶然聞いたこと。マリィが何年も前に連れ去られそうになったこと。キレたガープの爺さんが人攫いを一網打尽にしたという。
マリィから「自分は生きていていいのか」と訊ねられたのは海軍で色々言われたからだという。これもガープの孫=ドラゴンの娘だと知っている輩に色々言われた。その頃はドラゴンさんの存在を知らず、犯罪者の娘と言われたのを後々聞いた。
「アイツ弱いクセにルフィルフィだったし、ルフィもねーちゃんねーちゃんで大事にしていたから、俺が守ってやんねぇとどうにもならなかったからよ」
ルフィを第一に大事にしていたが、マリィとの距離が縮まるのは早かった。時には三人で駆け回り、マリィも身体を鍛えていたのを知り、エースもルフィも彼女の鍛錬に付き合ったり、ルフィの兄として、姉として、ルフィを育てていったという。
自分の知らない間に彼らは仲を深めていったのを聞かされ、そりゃ互いに男女を意識するのは当たり前だと思った。すぐ傍に同じ年の異性がいるのだ。エースは逞しく精悍で、マリィは優しく魅力的だ。
今世の二人の出会いは五歳からで大体を一緒に過ごしていたらしい。そして十歳で同じ屋根の下で暮らすようになった。前世はあんな閉鎖された場所だ、意識してしまうのも仕方ない。それにマリィが狙われていたことは勿論、エースと同じように「生きていていいのか」なんて言って悩んでいたなんて知らなかった。
……めちゃくちゃ悔しい…。
サボは二人の関係に嫉妬しながら、この苦い思いをどうしたら良いのかと思う。前世では革命軍の活動が忙しくて、恋だのなんだのに現を抜かしている暇はなかった。寝る前にふと思い出しては切なさに胸を痛めていた。
今はどうすれば良いのだろうか、しかし、前世のせいか諦めきれないがどこかで諦めていたのかもしれない。矛盾だが、二人はきっとそうなるのではないか、とどこかで思っていたのかもしれない。
マリィからの線引きに、越えていけないボーダーラインがあったのを感じとっていたのだろう。優しいがどこか遠慮があったような気もしなくない。変な妄想だとしてもエースとの違いが確かにあったのだ。
彼女は無意識にしろ、意図的だったにしろ、またエースを選んだ。それが事実。
黙ってしまったサボにエースは頭を掻いた。こればかりはどうすることも出来ないからだ。
コンコンとドアをノックされ、廊下から声をかけられた。
「エース、お風呂入った?」
「マリィ、あ、まだ、だ…」
一階から上がってきたマリィの問いかけに、エースもサボも戸惑った。カチャリとドアが開き、顔を見せたマリィがサボもいたんだ、と笑顔を見せた。
「エース、早くお風呂入………どうしたの?!その頬!!」
「こ、これはちょっと……気にすんな…」
「え?…そんな気にするよ!」
まずい。という感情しかなかった
傍らのサボを見ればなんとも言えない顔をしていた。マリィが横のサボを見るとびくり、と身体を震わせた。
マズイ、マズイ、マズイ、マズイ……。
「…サボがや「おれが頼んだんだ!」……え?」
「その…マリィと本当に付き合うのとか、結婚の話が出て、信じられなくて、ホントかどうかを確かめたくて、さ……」
「………」
エースは自分でも変な言い訳をしていると思いながらも、夢心地であるのは本当だった。交際を認めて貰うどころか、結婚の話までが早すぎるのだ。
あのジジイやドラゴンが相手だからだ。ルフィは応援はしてくれるだろうが、シスコンであるのは事実だから。
いくらマリィでもそんな言い訳が通用しないのは解っている。彼女はちらり、と横のサボを見つつ目の前のエースを見上げた。伸ばしてきた手は頬に触れてきた。
「大丈夫?」
「あぁ……大したことねぇ……」
「でも、血が……」
「大丈夫だって!」
本当はピリっと痛むが、そんな事は言える筈もない。心配そうに見つめてくる眸が前世むかしも今も何度も見たものだった。その度に心配すんなよ、と言ったが、複雑な顔をしているのはサボに殴ってもらったと言ったからだろう。我ながらなんつー言い訳なんだか…。
「だってよぉ、おれは嬉しくてたまんねぇんだよ」
手を伸ばしてマリィを抱きしめると「ェ、エースっ!」と非難めいた声がしたが、恥ずかしがるマリィの髪に顔を埋める。自分とは違うさらりとした髪といい香りに嬉しくなる。ジタバタと暴れるマリィを落ち着かせようとしたら、ゴスッ!と頭に衝撃がきた。
「…………エース、ラブシーンはおれが部屋を出てからしてくれよ」
「さ、サボっ!」
「うるせー!気ぃ利かせてさっさと出てけよ」
「へぇへぇ。マリィ、考え直すなら早いほうが良いからな?」
「考え直すことなんかねーし」
しっしっ、と追い払うフリをしつつ、サボが部屋から出れるようにしてやった。
「分かった、分かった」
そう言ってサボはなんとも言えない顔をしながら、部屋から出ていった。たぶん表情かおは見られていないと思うが。
ジタバタとしていたマリィはジトッとこちらを見ていた。
「……なんだよ、考え直すのか?」
「っ、そ、そんな訳ないじゃない……じゃなくて、サボの前で抱きしめることなくない?」
「なんで?見られたら困んのか?」
サボに見られたくねぇってか?
「そ、そうじゃなくて……恥ずかしいじゃ、ない…」
頬を赤らめたまま、少し拗ねるような表情かおにエースは「あ"〜〜」と変な声を出した。本人は「な、なに?!」と狼狽えているが、やる事なす事可愛くて堪らなくなる。わざとか?わざとなのか?!
強く抱きしめれば、そっと背中に手が回るのが分かった。あぁ、やはり、彼女を手放すことなんて出来ない。今度こそ二人で生きていきたい、そんな願いを抱きつつ彼女の顎を持ち上げると唇を重ねたのだった。