プロローグ
突然だがおれには所謂前世の記憶というのがある。前世では、おれは海賊として生き、くいのない人生を歩んだ。享年二十歳とだいぶ生き急いでいたが、当時唯一の兄弟であるルフィを守れたことに全く悔いはなかった。あるとすれば、ルフィの夢の果てを見れなかったこと、それと恋人の彼女を置いていってしまったことだっただろう。
前世では既に死んでいたクソ親父とおれを生んで死んでしまったオフクロに育てられ、五歳で記憶が蘇ったのは、前世での兄弟と再会したからだと思う。
「マリィちゃん、ルフィ、お前たちの再従兄弟じゃぞ」
「エース、あなたの再従兄弟にあたるのよ」
「元気そうな子たちだな!」
親戚の家に行くぞ!と連れて来られた家で、初めて会ったはずなのに、どこか懐かしい気持ちになったのは何故か、泣きそうになったのは何故か…考えた刹那
「うわぁぁぁん!!!!」
「っ?!」
勢いよく飛びついてきたルフィの反動で、二人揃って倒れたと同時に、記憶が入ってきた。一気に蘇る記憶におれもルフィもそこから発熱し、寝込んでしまったが。次に目を覚ました時、隣で眠るルフィを見てから、こちらを見てくるマリィと目が合った。
「っ、」
「おみずのむ?」
「……あぁ…」
にこっ!と笑う顔は前世でも見たことがある、幼い頃の彼女の顔だった。はい、と渡されたコップに口をつけながら、彼女はルフィの方を看ている。
どうやら、彼女には記憶がないようで、おれは思わず涙を零してしまった。ガキの身体に引っ張られたのか、なんなのかはわからない。ただ、彼女に忘れられているという事実にはらはらと涙が出ていた。
それに気づいたマリィは驚きながら、あたふたして、部屋の角にあったティッシュ箱を持ってきた。
「どこかいたい?」
「…………」
「むりしないで?」
「…………ゔん…」
幼いのに聞いてくることが昔となんら変わりがない。間違えようもないくらいに彼女は彼女だった。
「………わりぃ…」
「だいじょうぶだよ。それにしてもルフィがごめんね」
「……あやまることねぇよ…」
「でも、なんでとびかかったんだろ…?」
「……べつにかまわねぇって」
「エースくんって、やさしいんだね!」
マリィはルフィの行動に驚いたいたが、気にしてないと言えば、きょとんとしてから、また笑ってくれた。
「わたし、マリィ。よろしくね」
「……おれはエース…だ…」
うん!と笑う彼女に前世では自分で名前を告げていなかったから、改めて口にすれば「おぼえたよ!」と言ってくれた。
当時、おれとマリィは五歳、ルフィはニ歳で言葉も若干たどたどしかったが、きちんと意思疎通は取れるし、ルフィも記憶が戻ったせいか、にしし!と笑うとエース、エースと引っ付いてきたのだった。
それから度々、休みの日はクソ親父に連れられてルフィの家に訪れることが増えた。
ただどうしてもルフィと一緒に遊んでいると、うるさいから二人は庭で遊んでろ!とよくジジイに追い出された。相変わらずマリィを溺愛しているのか、彼女はジジイに抱っこされたままだし、なんならオフクロと一緒に話しているのを庭から眺めていた。
「エース、どうしたんだ?」
「……なぁ、なんでマリィは憶えてないんだろうな…?」
「…………とーちゃんが言うには、多分悪魔の実のせいじゃねぇかって言ってたぞ」
「とーちゃん?」
ルフィのとーちゃんと言えば、あまり会ったことはないし、前世でも会うことはなかった革命家ドラゴンだ。どうやらルフィは前世、きちんと父親と会ったようだ。
「あぁ、とーちゃんも前世むかしは悪魔の実食ってたんだ」
「……へぇ…」
そういえば、クソ親父とジジイは能力者ではなかったな、と思いつつ、よくあの世界であの強さでいれたと思う。
「じゃあ、悪魔の実食ってたヤツは覚えてるのか?」
「たぶん!」
「そうか」
ならば、白ひげオヤジやマルコたちに会えば分かるかもしれない。と思うと少し嬉しくなる反面、前世での自分のやらかしのせいでみんなに迷惑かけたことを思い出す。しかし
「エース!わりぃとか思わない方がいいからな!あの時、みんなはエースを助けたかった、それだけなんだからな!」
小さいクセに一丁前な事をいうルフィに「ナマイキだな」と頭を撫でる。
「うるせー!おれはエースより長生きしたんだからな!」
「ちゃんと夢を叶えられてすごいな、お前は」
「へへ!仲間みんながいてくれたからだ!」
にしし!と笑うルフィを撫でていると、カラカラカラと掃き出し窓が開いた。
「ルフィ、エースくん、ジュースだって」
「おれ、グレープジュースがいい!」
「……あぁ」
マリィがお盆にお菓子とジュースを乗せて、コップを運んできたことで、ルフィは「ねーちゃん!」と前世と同じように抱きついていた。
「ルフィ、はしゃがないで」
溢れるから!と注意しながらも先にルフィのコップにジュースを注ぐのは弟だからなんだろうか。はい、どうぞ。と渡されたコップを手にルフィは「やったー」と声をあげてゴクゴクと飲んでいる。
「はい、エースくんも」
「……あぁ…」
手渡されたコップを受け取り、礼を言うと、彼女はニコッ!と笑顔を返してくれるようになった。ただ、まだ前のような笑顔ではないことに少しだけがっかりしてしまう。前だって仲良くなるのに時間はかかったし、彼女は何も憶えていないのだから、またひとつひとつ積み重ねていかなくてはならないのだ。
幼い身体だが、記憶があるというだけで、彼女への欲求はだいぶ大きい。
「…………はぁ…」
小さなため息を吐き、ルフィがおかわり!おかわり!と彼女にベタベタしてるのを見ると、昔のようだな、と思ってしまう。ただ、やはりべったりくっついてるのにムカついたのは言うまでも無かった。
でも慣れ親しんでくると、いつしか「エースくん」だったのが「エース」と呼ばれるようになり、エースもマリィに対して、身構えないようになっていた。
記憶がないなら、また自分を好きになってもらえればいいし、自分は彼女を好きであるのは変わらないのだから。
「ルフィ、エース、お菓子出来たよ!」
今日もモンキー邸に遊びにきていたエースはルフィとともに広い庭で遊んでいた。前のようにガープによる無茶苦茶な修行がある訳では無いが、無性に身体を動かしたくなる二人は庭にアスレチックを作ってもらい(ジジイたちの手造り)走り回っていた。
オフクロと一緒にクッキーを作っていたマリィは、トレイに出来上がったクッキーを持ってきた。
「うまほ〜〜!!」
テーブルに並べられたクッキーなどのお菓子にルフィはジャンプしながら、喜んでいる。自分だって、好きな子の手作りは嬉しいに決まってる。
その様子をみたルージュはあらあらと微笑ましく眺めている。
「エースはあまり甘いの好きじゃないんでしょ?これ、ジンジャークッキーだよ」
「……あぁ、ありがと…」
手渡されたクッキーを受取り、口へと運ぶ。サクッとした食感と、甘くない味に、「うまいな」と言えば、ふふ、と笑うと「良かった」というマリィが可愛くて、エースは顔を赤くするしかなかった。
「また作るね!」
「あぁ」
変わらない笑顔に、エースはぐっと息が詰まるときがくる。幼いが見慣れた笑顔を目にするようになると、エースは心乱れてしまう。前世で自分は彼女を置いて逝ってしまったのに、こんなのでいいのだろうか。おれは、彼女を好きでいていいのだろうか……。ふと、そんな気がしてしまう。
自分が死んだ後の事は知らない、彼女の事を知りたいのだが、ルフィやおじさんドラゴンは教えてはくれないのだ。まさか死んだりしたのか、と心配したがそうではないという。自分以外の誰かのモノになったのだろうか、と思っているとドラゴンが一言「あの子は一途すぎる」とだけ教えてくれた。
それを信じるのであれば、彼女は独り身だったのだろう。醜い思いが胸に宿る。彼女の幸せを望んでいれば、そんなこと思うのだが、何故か良かった…と思った。人としてやはりどこか欠陥があるんじゃないか、と思ってしまう。
ルフィは海賊王になり、ドラゴンも革命を成功させたという。天竜人を人間にし、世界貴族の制度も無くしたという。無論革命はそれだけでは終わらない。収束するまでにもっと時間がかかるものだったらしい。革命軍No.2がだいぶ頑張ったという。ルフィはすげぇんだ!と褒めるくらいすごい奴らしく、会ってみてぇとは思ってはいた。
月日が流れ、十歳を過ぎた頃、エースはモンキー家に預けられる事になった。理由はクソ親父がオフクロを連れて、遺跡の発掘をするとかで海外に行くからだという。
「ガープ、エースを預けてもいいか?」
「え〜〜……いーよ」
あっさりした会話になんとなくムカついたのはいうまでもない。こいつら、前世で本当に敵対していたのか?というくらい、気が合っている。
そうして、モンキー家に住むようになると同時にドラゴンが引き取りたい子供がいると言い出し、ジジイが「隠し子か?」などと言っていたのを思い出す。
だが、そこで紹介されたのは、前世で、盃を交わした兄弟のサボだった。
「……さ、ぼ?」
「……エー、ス………」
「サボ〜〜〜?!」
サボはおれ達とドラゴンを交互に見るが、ルフィが先にサボに抱きついていた。
ドターンとルフィを支えきれずにサボは後ろに倒れてしまったが、サボは「アハハハハハ!」と声を上げた。
「ご、ごめん!サボ!!大丈夫か?」
「あぁ……大丈夫だ、ルフィ」
ルフィの背中をポンポンと軽く叩きながら返事をするサボへと手を伸ばす。
「大丈夫か、サボ」
「〜〜〜〜っエー、ス、なんだな……」
「あぁ、久しぶりだな、サボ!」
腕を引っ張るとそのまま抱きついてきたサボと抱き合い、ルフィもまたひっついてきて、おいおいと三人で泣いてしまっていた。
「落ち着いたか?」
暫く泣いて、三人揃ってしゃっくりが出ていて、苦笑いをしているとドラゴンがこちらを見ていた。
「ドラゴンさん!エースの事、教えてくださいよ!!」
「べつに構わんだろう」
「泣いてしまったじゃないですか!」
「恥ずかしがることはない」
いくらドラゴンが連れてきたとはいえ、ずいぶん気安いなと思っていると、ルフィが教えてくれた。
実は、サボは前世では死んではおらず、記憶喪失だったという。天竜人に撃たれた後、助けられていたとか。ただ、記憶を取り戻したのはあの戦争の後で、ルフィとの再会も二年後だったという。
「記憶、喪失……」
「え、エース……ごめん……助けに行けなくて……」
「……なんだよ、お前………生きてたんだな……良かった……ルフィ、お前一人じゃなかったんだな……」
傍らのルフィの頭を撫でてやれば、ルフィは涙目になりながら「ゔん!」と頷いた。サボは申し訳なさそうにしていたが、生きていた事にエースは良かった良かったとサボの背中を叩いた。
「……エース…」
話を聞けば、ドラゴン率いる革命軍のNo.2がサボだったようで、通りでやたら褒めていた訳だ、と納得してしまった。
後、『メラメラの実』をサボは食べたという。王下七武海の一人だったドフラミンゴが実を手を入れたらしく、闘技場での賞品にしてしまい、なかなかの乱闘だったという。二人はそこで再会したというのも、サボはサボで『メラメラの実』を手に入れようとし、ルフィもおれの『メラメラの実』を誰かに食われるのは嫌だったから、欲しかったという。
「なんだ、お前ら、おれのこと大好きかよ」
「「だいすきに決まってんだろ!!」」
揶揄からかうように言えば、二人は当たり前のように言うもんだからエースは苦笑してしまう。二人もつられて笑っていた。
「ただいま〜」
「帰ったぞい」
「あ、ねーちゃん!」
ジジイと出かけていたマリィの帰宅に、ルフィは玄関へと駆けていく。
ねーちゃん、という言葉にサボは狼狽えた。
「ねーちゃんって……マリィのことか?」
「あ、あぁ……」
「ウソだろ、会えるのか……」
「サボ……マリィに記憶はねぇぞ」
信じられないという感じでそわそわするサボにエースはどこか焦燥感を覚えてしまう。思わず彼女には記憶はないと伝えると、がっかりしている。
「……そ、そうなのか……え、じゃあ、ルフィやエースのことも…」
「憶えてねぇ……けど、前となんら変わりはねぇよ」
そう、前世と変わりなくマリィとルフィは仲が良い姉弟だ。自分とはどうだろうか、と思うが悪くは思われてはいないし、上手くいってるとは思っている。
「…………へぇー」
「サボ?」
「エースはマリィのこと好きなんだな」
どこか挑発的な様子に、思い出した。そうだ、多分、サボもそうだったはずだ。
「…………あぁ、好きだ」
「っ!……はは、そんなはっきり言うとは思わなかった……」
「……だって、お前も好きだっただろ?」
「へ?あ、なん、」
「なんとなく……」
「あ、あー……まぁ、うん……気づかれてたのかよ……」
サボの態度とか手紙に書かれていたから…と話せば、サボは「おれのバカ……」恥ずかしいというばかりに頭を掻いていた。
「サボ〜〜、ねーちゃんだ……どうしたんだ?」
「?」
ルフィがマリィだけを連れてリビングに入ると、しゃがみ込むサボを見て、首を傾げていた。マリィも不思議そうに見ている。
「ルフィ!それと、っ!!」
サボがマリィの名前を呼ぼうとして慌てていた。まだ名乗っていないのにいきなり呼ぶのはどうかと思ったらしい。
だが、そこにルフィたちを追ってきたガープが現れた。
「誰じゃ?」
「前に言っていた、後見人になった子だ」
「あ〜〜、そんな事言っとったな」
ほぅ、といった感じで見てくるガープに、前世むかししごかれた記憶が蘇りながらもサボは「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「んー、よろしく」
軽いガープに、エースを見るも首を振られるだけだ。サボはガープの傍にいるマリィに目を向けると、マリィがこちらをみたままだった。
「あ!私、マリィです。これからよろしくね」
「オレはサボ、よろしくな、マリィ」
「うん」
ニコッと笑うとマリィは、荷物部屋に置いてくるね!とリビングから出ていった。
はぁ…と深呼吸をするサボにどうした?と訊くと「マリィが可愛い」と言い出した。
すると横で聞いていたルフィがポロッと口を滑らした。
「前世むかし、サボはねーちゃんにきゅうこんして振られたよな〜」
「は?」
「ルフィ!それは……いや、エース、前世むかしの話だし、ふ、振られたからさ」
ルフィはあ、やべ!と手で口を覆うが、サボはあああぁぁぁと悲鳴をあげている。
(きゅうこんって……求婚のことか?)
自分がやれなかったことをまさか兄弟がしていたとは思わなかった。指輪、用意していたのはジジイに託したが、渡してくれたんだろうか、と思い込んでいると、肩に手が置かれた。
「ドラゴンおじさん」
「マリィは誰とも結婚していない」
どうやら、拳を握っていたのを殴るのでは?と思われたらしい。ヤバい、マリィに関しては自制が利かなくなりそうだ。
「サボ、なんかワリぃ…」
「いや、なんか安心した!」
「安心?」
「エースがマリィを好きなままでいてくれて……その、悔しいけど、なんか嬉しくて…」
サボは何を思い出してそう言っているのだろうか……。こんな執着に近い愛情なんて。マリィに嫌がられたらどうしたらいいのかわからない。学校でも持て余してしまいそうなのに。エースはこれからの生活を思うと息を吐いたのだった。