【2】
エースは戦場に立っていた。・・・・・・・・・・・・。
「…………ここは…」
周りを見渡せば、見覚えがある海賊と海兵が闘っている。『エース・・・』は振り向いた先に自分・・の姿を瞠目する。──ここ・・は前世の、あの時の戦場だ。
ルフィが、オヤジが、仲間が、傷つき、命をかけながらも己を助けにきてくれて、いつ死んでもいいと思って生きてきた自分は、ようやく自分は生きていてもいいのだと、生きたいのだと思った時、泣いてしまう程嬉しかったことを思い出す。
欲しかったのは名声ではなく、すぐ傍にあったのに、名声そんなもの欲しがって馬鹿じゃないか、と今更ながら思う。ルフィが無茶をし、ジジイと対峙した時、なんで、二人が戦わなくてはならないのかと思った。あの時、ジジイは途中で躊躇したのを憶えているし、傍らのセンゴクが「しょせん貴様も人の親だ」と言っていた。
ルフィ弟に、仲間に助けられながら、逃走を図る。白ひげオヤジが覚悟を決めた時、赤犬の挑発にノッてしまったのは今でも情けない。だけど赤犬は未だに赦せねぇ。ただ見ているのも辛くて手を出そうにも仲間だろうが、海兵だろうが触れることはない。赤犬と対峙した己がいたが、奴がルフィに狙いを定め、マグマグの実の能力を使い拳で貫こうとしたのを助けた記憶が蘇る。
ルフィに伝言を遺した間際に、マリィが現れた。最期の最期に愛しい彼女に抱きしめられた。幸せにしたかったのに出来なかったのに彼女はおれ・・の傍にいるだけで幸せなのだと言ってくれた。ここでもおれ・・は無い物ねだりばかりしていたのだと思った。彼女が泣く姿など見たくない、自分の後もきちんと生きて欲しいと願いながら、自己満足で逝ってしまった。
しかし、赤犬の足元が黒くズブズブと沈んていき、体勢を崩していくのが見えた。
は?と思いつつ、攻撃がこないのをジンベエがエースとルフィを抱え、距離を取る。周りの海兵たちも同じようにズズズズズとまるで渦潮のよう地の底へ沈み込もうとしていた。
この能力って…。冷静になりつつ周りをみる。この能力はティーチが使っていた『ヤミヤミの実』の能力だ。しかし、『エース』の記憶・・ではこんな事はなかった。自分は赤犬の拳を食らい、死んでしまったのだから。
ならば、これはなんなのだろう。
疑問を抱きながら、事は進んでいく。
「………っ!今のうちに逃げるんじゃ、二人共!!」
「オヤジも!!」
誰かが叫んだ先、白ひげオヤジを見ると、そこには黒い翼を生やしたマリィ・・の姿があった。彼女・・はどうやったのか白ひげオヤジを仲間の元へと飛ばした。
「お、おい!あの女っ!!」
その声に、戦場・・にいるエースとルフィもそちらを見た。二人をみたマリィ・・が微笑む。
不意に『エース』の胸にが苦しくなる。
なんで、なんで、そこに……?!・・・、・・・、・・・……?!
『エース』は彼女へ手を伸ばした。
『……生きて!』
マリィの声に『エース』も、戦場にいる・・・・・エースとルフィも走り出そうとしたが暴風に阻まれ、それどころか吹き飛ばされ、船の甲板に叩きつけられる。
気づけば、仲間たちは奪った軍艦や傘下の海賊船に乗り込んでいるし、白ひげオヤジも船に乗っていた。重傷を負いつつ白ひげオヤジがマルコに何か指示をしているが、『エース』は彼女・・の方が気になった。
海賊たちに逃げられ、急な暴風雨に海兵たちは狙いを変えたのか、宙に浮いたままの彼女を向く。剣を、銃を向けている。
「やめろ……やめろ!!」
『エース』はマリィの近くへと走るが誰も彼もぶつかるどころか触れることすら出来ない。
遠くからルフィが「やめろぉぉぉ!」と声を張り上げるが、まだ未熟な覇気は体力の限界からか、威力はなかった。
どこからか潜水艦が現れ、ルフィやジンベエ、そしてエースおれを乗せ、潜航しようとしている。
それをみていたであろうマリィ・・の口が動いた。
『今度こそ生きて………エース、愛してる』
その瞬間、バツン!と何かが強制的に切られたのがわかった。
かばっ!とエースは掛かっていたブランケットを剥ぎ取った。
どくん、どくん、と大きな鼓動が全身からしているような気がしてならない。震える身体を抱きしめながら、今見たのはなんだ?と頭を抱える。
知らない記憶・・・・・・に混乱する。
あんなことがあったはずはない。自分は確かに赤犬からの拳を受けて死んだはずなのに、助かった記憶などないはすだ。
──では、今見た・・・記憶モノはなんだ?よりにもよってマリィが『ヤミヤミの実』の能力者になっており、自分たちを庇い……そして、そして──どうなったのだろうか。
ぎりり、と奥歯を噛みしめ、エースは起き上がるとキッチンへと降りた。誰もいないはずのそこにはこの家の家主の一人であるおじさんドラゴンの姿があった。
「……ぁ、お、おかえり」
「あぁ、起こしてしまったか?」
「いや……ちょっと夢見が悪くて……」
「ふむ。確かに顔色があまり良くないな」
前世むかしはともかく、おじさんドラゴンとは親戚としては仲良くしている。マリィに関しては互いになんとなく難しい気がしなくはないか、彼はエースやマリィの気持ちを第一に考えてくれている。
「……ドラゴンおじさん、」
「?」
「聞きたいことがあるんだ……」
エースの切羽詰まった様子に、ドラゴンはリビングへと促した。彼から「前世むかしの夢を見た」と言われた時は今更どうした?と首を傾げた。
しかし、彼が確認するかのように聞かされた話が、まさかのもう一つの世界線での頂上戦争のことだと思わなかった。
「おれ・・は確かに、あの戦争で死んだ、はず、だよな……」
記憶の混濁でぐったりとした様子のエースに、ドラゴンも頭を抱える。何故、彼がそれ・・を見ることが出来たのかさえ、分からない。
ドラゴンはその事は言う気はなかった。あの世界ではルフィも、エースも彼女に会う事はなかった世界だからだ。ガープにもマリィは見えてなかった・・・・・・・・・・・・・・・。
知る者は、マルコと白ひげくらいだろう。だが、白ひげは生きたマリィ・・と会ったことはない。
話すべきか、否か。
「……まず、ひとつ」
ドラゴンの言葉にエースは顔をあげた。
「これはあの子・・・の意思であるという事を分かって欲しい」
「?」
「そして、決して己を責めないで欲しい」
エースはドラゴンの言葉に頷くと、彼は深呼吸をした。そして、エースがみた夢は事実だと告げた。
「……は?」
ドラゴンは言うつもりはなかった。言えずに済むならどんなにラクだろうと思えるが、先にエースが死亡した後の事を話さなければならない。
「まずは、どこから話すべきか……」
彼の様子を見つつ、ぽつりぽつりと簡潔に話していく。
エースが持つ前世の記憶も事実であったこと。
エースの死後、マリィがエースの遺児を産んだこと。
マリィの愛する気持ちが彼女をヒト・・で無くしたこと。
エースを生かすという願いの為、平行世界へ渡り続けたこと。
ざっくりと話せば、当のエースは顔を真っ青どころか真っ白にさせていた。
「…………つまり、おれは何度もマリィを遺していったのか……」
「そうではない…………君のせいではない…そもそも君たちが会った世界線は多くはない」
「だけどっ!おれは……」
頭を抱えるエースにドラゴンは頭に手を乗せる。
「先に言っただろう。それを実行したのはあの子・・・の意思であると」
「でも、アンタはそれでいいのか?!自分の娘が、あんな、あんな風に……」
見た夢は、起きた事だと知る。最期まで診れなかったのはその先を知らないからだ。でも海兵たちに囲まれた彼女・・には戦う意思はなかった。
「あの子・・・は私が助けた。…………君をやっと助けられたと笑って逝ったよ」
「………っ」
どんな形であろうと何度でもどうしてもエース彼を好きになる。
かつて、何故そう彼に拘るのかと訊ねたことがあった。彼女は「分からない」「もう執着に近い」と言うものの、「それでも、」と言い放った言葉に彼女の一途さとほんの少しの恐さにたじろいたものだ。
「先ほども言ったが、決して己を責めるな。あの子・・・の覚悟を、意思を無駄にさせないでくれ」
「……おれはっ………マリィを愛してる………だけど、アイツ・・・をあんな、あんな風にさせて……おれ、マリィを好きで、いていいのか?」
「…………なら、マリィへの気持ちは断ち切れるのか?」
エースの気持ちも分からなくもない。自分が逝った後、己の愛する者が、遺される者がどうなるかなど、死んだ者には何も出来ない。
エースの子を産むと決めたのは彼女・・の意志であり、彼女・・が勝手にしたことだ。それと同じに彼女・・が世界線を渡り、エースを助けるというのも彼女が決めたことであり、誰かに頼まれたものでもなんでもない。
助けたいという思いに駆られ、ただ、愛する者への己の願いの為だけに彼女はいくつもの世界を渡った。いくつもの、とドラゴンは聞かされたがその記憶はない。
なにをしてもどうしてもエースが死ぬという運命を見てきた彼女はその願いはいつしか執着だと言っていたが、それでもあの時・・・、彼女は彼に向かって「愛してる」と笑顔を向けた。
自分以外、彼女を認識した者はいなかった世界で彼女は本懐を遂げた。白ひげ海賊団には何人か彼女を見た者がいたか、素性など知るのは一名のみ。時間とともに皆が忘れゆく存在に、ドラゴンだけは彼女を忘れずにいようとした。
後々、ルフィと再会した際に、兄弟だと紹介されたエース、そして、記憶を失っていたというもう一人の兄弟であるサボの姿を見て、彼女が言っていた世界ではこの光景はなかったのだと思うと切なくなった。
涙ぐむ自分を彼らは親子、兄弟が再会出来たのが嬉しいのか、と勘違いしてくれたせいもあり、平気でウソをついた。無論、ルフィと会えたことは喜ばしいことだったが。
ドラゴンはエースをジッと見つめる。前世むかし、娘が命をかけてまで愛した男は、頭を抱えままだ。今世の娘と前世の娘は同じであって同じではない。今世は今世、前世は前世なのだ。
前世の記憶がある自分たちは、前世むかしのこともごちゃまぜになるから、余計に相手への思いが厄介になる。サボなんかは、ルフィを含め、エースに対しても注意している。前世むかし、記憶喪失だったとはいえ親友で兄弟だったエースを助けにいけなかったことを悔やんだままだ。
「………………むり、だ…」
「…………」
「おれは、マリィへの想いを無かったことには出来ねぇ……」
顔をあげたエースはとても高校生がするような顔ではない。それでもドラゴンは問い詰める。
「エース、前世は前世、今世は今世。今のマリィは前世のマリィと同じであって同じじゃない、と前も言ったが」
覚えているか?という前に「分かってる!」と遮られた。
「何度も考えた、悩んだ。違うと、おれの・・・マリィとは違うんだと、あの時・・・もずっと考えた……でも、マリィはマリィで……おれは、いまのマリィもちゃんと好きだ」
中学に入った時に、改めてエース、サボ、ルフィに、これから広がるあろう世界の為に諌めたこともあった。ルフィはあっけらかんと「分かってっけど、ねーちゃんはねーちゃんだ!」と言いのけた。
さすがにエースとサボは悩んだようだが、結局は「好きになる」という答えで、どんな事をしても、彼と彼女は惹かれ合うのかとドラゴンは項垂れた。
もし、そのような関係になるとしても節度ある関係を、と願ったが、まだ・・彼らはそのような関係ではないのでドラゴンは安堵していた。
しかし、ここに来てエースが知るはずもない記憶を夢で見るとはなんだろうか、と訝しげに思う。何かあったのか?と聞けば、原因はルフィだった。うっかり口を滑らせたらしく、ドラゴンは頭を抱えた。ついでにルフィが言おうとしたのはその事だと告げれば、「アイツ知ってたのか?」と驚いていた。
「ルフィに悪気はないんだ……ルフィとは記憶が戻ってから話している。どこまでを知っているのか、知りたかったからな」
ただ、変なことろで勘がいいのか、隠していたことがバレてしまった。幼いながら「それだけじゃねーだろ、とーちゃん」と真っ直ぐ見つめてくるルフィに伊達に『海賊王』になった訳ではないのだな、と思ってしまった。
ルフィも聞いた時「おれにそんな記憶ねェぞ・・・・・・・・」と言っていた。ルフィはエースの最期にねーちゃんが現れたとだけ言っていた。他の世界線の話もなかった。
でも、とルフィは胸に手を当てながら、モヤモヤするとは言っていたのは、無意識だったのかもしれない。エースが生き残る事が出来た世界線では、ルフィとマリィは死別しているからだ。しかし、彼女はどの世界線でも早々に死んでしまい、ルフィの傍に漂ってエースと出会うのを待っていたという。
よくもまぁ、初めて見えたのがドラゴン私だったのかは分からないが、もし、ルフィが見えていたとしたら、ルフィもまた何度も姉が消えるのを見ていたのかもしれない。そう思うと弟を悲しませたくない彼女の思いがどこかにあったのかもしれない。
ついつい、色々と考えているうちにエースの事を疎かにしてしまった。
「……ドラゴンおじさん…」
「……………なんだ?」
「おれ、マリィのこと、好きでいていいか…?」
「…………なぜ、私に訊く」
散々あきらめないと、好きだと言っていたのに、今更何故訊くのか。
「……今も前世むかしも、マリィはドラゴンおじさんの大事な娘だから、さ。なんていうか、おれは悲しませてばかりいて……それでも、好きで……手放したくない……今度こそ、一生傍にいたい、って思ってる……」
前世むかしも、一生傍にいたい、生きているだけで幸せだといってくれた彼女。『海賊』である以上、難しいことで、手放したくない、手放せないと思っていたのに、結局は手放してしまった。
自分の死後、彼女が後を追う事がなかったのは己の子を孕んでいたからだと聞き、我ながら情けないと思いながらも、それでも彼女が生きていたという事実に安堵した。ルフィはもちろん、元白ひげ海賊団のマルコたち、デュースたち、時には赤髪海賊団が手助けしていたという。
ガープのジジイもひ孫の可愛さに何が何でも守り、指輪も彼女に渡していたと知った。ルフィやサボたちが話してくれなかった話も聞き、エースは(そりゃ言えねぇよな…)の苦笑いした。知った所で死者であるエースには何も出来ないのだから。
でも、聞けて、良かったとも思う。
「……おじさん、教えてくれてありがとう、ございます」
「…マリィに関しては、一番はあの子の気持ち次第だ。だが、前世むかしを理由に無理やりだけはやめてくれ」
「分かってる!そんなマリィの気持ちじゃないのを手に入れても違うからさ」
「……手には入れるのか…」
「父親のアンタに言うのもあれだけど、やっぱりおれにはマリィしかいねぇからさ……」
ちゃんとマリィが好きになってくれるように努力するよ!と笑うエースに、ドラゴンは調子が狂う。
娘もらいます発言されて、笑顔でいられるほど穏和ではないのだ。
「…………せいぜい、振られないように」
それはそれで構わないが、などと思いながらいると、ルフィの似たような笑い方をする。「おやすみなさい……ありがとうございました」と礼を述べたエースを見送り、自分も部屋へと戻ると、シャワーを浴びてから眠りについたのは夜中の二時を過ぎていたのかもしれない。