【5】
「ああああああの!エ、エース?!」
真っ赤になって狼狽えるマリィをぎゅうぎゅうと抱きしめるエースに、サボとルフィは呆気に取られたものの、すぐにルフィが「エース!!」と飛びかかった。相変わらずのシスコンである。
「うわっ!ルフィ、危ねぇだろ!!」
マリィを抱きかかえたまま、ルフィを躱すエースはどことなく慣れた感じに見えてしまう。
「いつまでねーちゃんを抱きしめてんだよ!!」
「お前が飛びかかってくるから、下手に離せねぇんだよ!!」
「いいから、ねーちゃん離せ!!」
キーキーとまるで猿のように騒ぐルフィに、エースは渋々といった感じでマリィを離すと、ルフィがすかさずマリィに抱きついた。
「おぃ!ルフィ!!」
「ねーちゃん、大丈夫か?!」
「…う、うん……大丈夫…」
ちらりとエースを見ては、顔を逸らしている。エースからは見えないかもしれないが、頬を赤くしているマリィは可愛らしかった。
先程のエースの告白をどうすればいいのか、と言った感じでチラチラとエースを見ては頬を赤く染めたりしているのを見て、サボは胸の奥がツキンと痛くなった気がした。
前世むかしの事もあって、マリィには気持ちは告げないと決めていたのは彼女・・がエースしか見ていなかったせいもあった。彼女のことは好きだが、二人が想い合ったのならば、間には入れないと確信を得ていた。
パチリ、とマリィと目が合い、サボはなんとか笑ってみせるが、顔が引きつったのが分かる。困った顔をするマリィを見てしまい、ガシガシと頭を掻くしかなかった。
(……しくじった…)
バレてなくはないとは思っていたが、マリィは無意識に自分の事を恋愛対象とみていないのは理解していた。
前世で好意を見せていたはずだが、彼女は見向きはしなかったし、求婚も断られた。悔しかったし、苦い思いをしたものだ。
自分が記憶喪失になっていた十年もの間、エースと彼女は愛を育んでいた。二人の間には娘も生まれていた。マリィにもエースにも似た娘はルフィにとても懐いていたし、ルフィもとても可愛がっていた。一人で苦労していたであろうマリィが娘を抱えて嬉しそうな顔をしていたのを思い出す。
その笑顔に、子どもを慈しむ姿に、終わったと思っていた気持ちが膨れ上がった。
エースが死んだ直後、探しにも行かず、会いにも行かずに『メラメラの実』を探していた。彼女が独りで頑張っているとは知りもしないで。否、会うのが怖かったのかもしれない。
ルフィと再会し、話す暇がなかったとはいえ何故聞かなかったのだろう。聞くのが怖かったからなのか。ドラゴンさんが無事だと言っていたからそれを信じていたからかもしれない。
どこで、どうやって、無事に過ごしていたのかは今となってはなにも言えない。
ルフィが海賊王の称号を得た時、世界は混乱の中であったが、世界政府、主に天竜人は倒された。革命を成し遂げ、自由を愛する海賊王は大海賊時代を終わらせたのだった。
『サボ!エースのとこに行こう!』
ルフィにせがまれ、エースの眠る地で宴会が催された。麦わらの一味、赤髪海賊団、傘下や元白ひげ海賊団、革命軍の一部。何故呼んだのか、ガープにダダン、マキノたちもいた。そして、ずっと会えずにいた初恋の相手──マリィがいた。
『ねーちゃんっ!!エマ!!』
ルフィは幼い頃と変わらずに人目を憚らず彼女へと抱きつき、そして傍らの女の子を抱き上げると頰にキスをしていた。
驚いているのは革命軍くらいだろうか、ダダンたちも驚いてはいるが、それはルフィの行動にであって、その子は誰?というものではなかった。
ガープのジイさんがずるい!と怒鳴り、ドラゴンさんもルフィを抓ったりしていた。モンキー一家勢揃いのなか、彼女がこちらを見た。
『サボ!』
こちらに駆け寄って抱きついてくる様に勢いはないが、ルフィそっくりである。『会いたかった』と言ってくれる彼女に会うのは何年ぶりだろうか。あの頃の幼さなどもうない綺麗な女性と成っていたマリィに胸が締めつけられた。
しかし、次の瞬間、モンキー三世代に取り合いされていた少女がマリィを引っ張ったのだ、『ママ』と呼びながら。
『……ママ』
『サボ!会うの初めてだったよな、ねーちゃんとエースの子どもだぞ!!』
少女を抱き上げながら話すルフィと笑うマリィ、そして、こちらを見つめてくる──エマと呼ばれる少女に驚いたのだった。エースとそんな関係だったことも、子どもが出来ていた事すらも知らずにいたのだから。
マリィは娘を抱っこすると、微笑みながら娘におれの事を紹介してくれた。
『パパの親友で兄弟よ』
『パパの?ルフィとおんなじ?』
『えぇ、そうよ』
『……………よ、よろしく』
『エマです』
『──おれはサボっていうんだ』
『よろしくね、サボ!』
マリィに似ているのに、どうしてか昔のエースを思い出してしまう。ルフィにも似ているような、でもエースにも似ている。その笑顔が。
『……一人でずっと育ててたのか…?エースは……?』
『………エースは知らないの』
『知らない?』
『知らないまま逝ってしまったから』
苦笑するマリィにサボは胸が苦しくなる。エースを助けに行けなかったこと、エースとルフィ、マリィを忘れてしまっていたこと、彼女は責めてる訳ではないのに苦しくなる。
『サボが生きてて良かった……』
口元を抑え涙ぐむ彼女に、そんな風にされる資格など無いと分かっているのに嬉しさと、責められているような感覚に陥る。
『きっと、エースも喜んでるね』
『……マリィ…』
笑う彼女に胸が締めつけられた。
おれが、おれじゃダメだろうか──。
彼女の支えとなり、共に小さいあの子を一緒に見守り、育てていけたらいいのに。気づいたら口に出していた。
『……おれも、一緒にその子を育てていってもいいか?』
『ありがとう、サボ。でも大丈夫だよ』
『いや、あの、』
『サボはまだまだする事があるでしょ、心配してくれてありがとう』
難なく拒否されてしまった。今思えば、負担にならない様に、との事かもしれないが、あっけらかんと返された事にショックを受けたのは仕方ないかもしれない。
気持ちをちゃんと言えずにいたのもある。振られてしまうのも怖かったからだった。
今世では失敗したくはなかったのに、マリィとエースを見ていると言えずにいたのは、子まで成したからだからか、無意識に惹かれているのがすぐに分かってしまったからだ。
あんな風に、エースの事で頰を染めるマリィの気持ちにすぐに気づいたけど、言わずにいたのは、意趣返しのようなものだ。
(簡単に初恋を昇華出来るもんでもねぇ)
親友で兄弟とはいえ、奪われるのは面白くないから、見ないフリをしている。
だが、それももう終わりだと分かってしまったのだった。
ルフィに阻止されたが耳が赤くなっているマリィの姿にエースは口の端を上げるしかない。
前世でも見たことがある様子に、変わらないんだな、と思ってしまう。同じであって同じではない。前世は前世だが、この想いは変わることはないようだ。
「ちょっとぉぉぉ〜昼ごはんよ〜〜!」
そう言って迎えにきたのはノジコたちである。そういえばさっきの騎馬戦で午前の部は終わったのだった。
ルフィは聞くなり「メシっ!!」と走っていくが、弁当は俺らが持っているんだぞ、と思ってしまう。マリィは「ルフィ…」と手を伸ばしていたが、ルフィは自分のベンチへと行ってしまった。
「俺らも行くか」
「えっ、あ、うん……」
こちらを見たマリィは少し照れながらも頷いた。サボも呼び、ノジコたちの方へと足を向けたのだった。
昼飯の時間、マリィはノジコの隣にずっといてエースと目が合う度に顔を赤くしては周囲に(((焦れったい…)))と思わせていた。ノジコもいい加減にしなさいよ、と呆れていたが、ニヤニヤしているエースを見て呆れさせたのだった。
お弁当を食べ終われば、マリィはノジコを引っ張り「ほら、準備しよう!」と連れ去って行ったのだった。
「ちょっ、まだ早いわよ?」
「いいから!!」
二人が校舎へ向かうのを見送りながら、誰もがエースを見る。デカい図体のくせに「あーー、かわいくてムリ…」とか言いながら両手で顔を覆っている。傍らのルフィが「ねーちゃんはいっつも可愛いぞ」とか言っているが、反対側のサボの様子がなんとも言い辛い。笑顔ではあるが、どこか貼り付けたような顔に周りが気を遣うしかない状態だからだ。
ウソップたちが内心、早く早く時間が過ぎますように!と願っていたりした。
「お、俺らも応援合戦の準備すっか……」
「そ、そうね。着替えないといけないわね」
ウソップとビビが気を遣い、お弁当タイムは終わりを告げたのだった。
応援合戦は騎馬戦に次ぐ体育祭の盛り上がりの一つである。互いに力を込めた応援合戦は生徒も見学している保護者たちも楽しみにしている。
応援団のメンバーは長ランを着て、声を張り上げている。時折、サボくんカッコいい〜!!と声が聞こえたり、相手チームのローに対して歓声が上がったりしている。
そして、曲と共にチアガールの衣装を纏った女子生徒のパフォーマンスに大きな拍手が上がる。流石に派手なことは出来ないがそれなりに大盛況であった。
マリィのチア衣装を見たエースたちは「あんな短いスカートで!」「ねーちゃん、パンツ見えてる!」「はぁぁぁぁ?!」などと大騒ぎをしている三兄弟がいて、スモーカー先生に注意をされていた。因みにパンツではなく短パンは着用しているのをサンジに説明されたルフィだった。
午後の競技も盛り上がって来たのは障害物競走の時だった。なんと最後に封筒が置かれており、借り物競走要素がプラスされていたからだ。借り物競走に用意していたのが余ったからという理由で。
突然の事に走者は唖然としながらも、紙に書かれた物を借りに走り出している。その光景を見た走者たちは何がくるのか考えながらスタートラインへと並ぶ。
マリィもそのうちの一人であった。同じグループには知り合いがいたから、緊張するね、なんて他愛もない話をしていると、先のグループで「尊敬する人」などとお題が出たようで、グランドは大盛りあがりである。
誰かが「好きな人」出たらどうしよう!と話しているのが聞こえた。そんな定番までくるのか、と思っていると順番がくる。
パァン!とスタートと合図で走り出したのだった。ハードルや平均台、網くぐり、跳び箱とクリアしていき、台の上にある封筒を開けると先に走っていた人が固まっている。
「?…………ぇ、」
マリィも封筒を開けて驚いた。こんなベタなお題があるとは……定番中の定番『好きな人』である。固まるのもムリはない。
──好きな人。
考える間もなく頭に浮かんだのはエースだった。さっきの告白の事もあるからか意識するのは当たり前である。
どうしよう、と思っていると次々と障害物をクリアした人たちが封筒の中身で固まっている。どうやらワザとなのか、面倒だったのか皆同じ『好きな人』だったようた。早くー!と同じチームから声がかかるも走者たちは戸惑うしかない。
お題が実況の放送席に伝わったのか、嬉々としてアナウンスがグランドに響いた。
『おおっとぉぉ!!どうやら今回のお題は定番中のド定番、好きな人だぁぁぁぁ!!』
ギャッツの声に生徒たちも盛り上がってきた。よりにもよって女子へのお題でこれを出すなんて、運営は何をしているのか!と走者たちは怒ってしまう。だが、競争は競争。クリアしなければならない。
女生徒の何人かがお目当ての生徒の元へと走り出していく。マリィもとりあえずクラスのテントへと走り出した。
「ちょっとマリィ、お題って……」
「ノジコ、一緒に「おれが行く!」ェ、エース……」
ノジコに手を伸ばそうとするが横から腕を掴まれた。違うクラスにも関わらずエースがいることに驚きながらも、言ってることに目を見開いた。
「行くぞ!」
「ちょっ、エースっっ!?」
ぐいっ!と腕を引かれる。その力強さに驚きながら、待って!!と声を掛ける。
「私、ノジコを連れて」
「女だろうと友達だろうとお前の好きな奴っていうお題は譲れねぇ!」
「ぇ、」
「言っただろ、おれはお前が好きだって」
「で、でも……」
「つべこべ言わずに行くぞ!」
そのままなぜか抱き上げられて走り出すと、わぁっ!とグランドが一層盛り上がる。きゃー!とかぎゃー!とか騒がしい。
視界にはルフィがゾロやサンジたちに取り押さえられてたり、サボは女の子たちに囲まれているようだし、違うチームの子たちも走り出している。
「ちょっ、エースっ!!走るから降ろしてっ!!」
「暴れんな!危ねえぞ」
「いや、だからなんで抱っこするのよ?!」
全校生徒はもちろん、観に来ている保護者たちにも見られている。実況は面白がっているし、たまったものではない。
『モンキー・D・マリィ選手、まさかのゴール・D・エースに抱えられて戻ってきたぁぁ!!とうとうくっついたのかー?!』
「ち、ちが…」
『場外では悔しそうにしている男子生徒、女子生徒が見えます!羨ましいぞ、コラァ!!』
「は?」
「マリィ、さっきからうるせーぞ」
「はぁぁ?!」
「ほれ、ゴールだ」
「え?」
気づけば、ゴールテープを切りゴールしていてマリィは驚くしかない。というか、場外からはヒューヒュー!と野次が飛び、お幸せに〜などの声も上がる。
おかしい、おかしいでしょ?!となるも係員が「ちゃんと走ってもらわないと」と苦言しながらも『好きな人』には疑問を抱かないらしく、1位となってしまった。
いつの間にか手を繋がれていて、横を見れば満面の笑みを浮かべたエースにマリィは今更ながら真っ赤になるしかなかった。途端、エースはマリィを抱きしめてしまい、ますますグランドには野次が飛んだ。それをシスコンであるルフィが許す筈もなく、止めていたウソップたちを退けて、掛かってきたが、アナウンスは『兄弟喧嘩は次の競技の邪魔になるので退場してからやってくれぇ!』という始末である。
ふらふらとクラスのテントに戻れば『おめでとう!』『やっとくっついたか』『やったね!』と声を掛けられてしまう。
「お疲れさん」
「ノジコ……なんで止めてくれないの!?」
「止めるもなにもエースが凄い勢いで行ったのを阻止出来るとでも?」
「…………うぅ…」
「ま、ちょうど良かったじゃない」
「……なにが?」
「気持ち、はっきりしてたじゃない。今更どう言ってもムリよ」
「………………」
「エースの事、好きでしょ」
「…………」
マリィは目を泳がせながらも、この幼馴染には前に言っていたから誤魔化しようがない事は分かっていた。だけどなんでこんな公開処刑のような形になるのか分からない。
「…………今日、どんな顔して帰ればいいの〜〜」
手で顔を覆いながら嘆くマリィに、テント内では((((否定はしないんだ……))))と思ったのだった。
因みにエースはルフィに詰め寄られていたし、なんなら保護者席にいたガープまでもがエースに詰めより、拳を振り上げていた。
父のドラゴンは額に手を当てては事の成り行きを当事者に任せることにしたのだった。