01
戦国の世、武家の女や子供たちは同盟の道具に過ぎなかった。
「申し訳ない…儂に力がないばかりに…」
「えぇんよ、爺様。父上や母上が亡くなってしまったのであれば…こうなるのも致し方ないですから…」
「おのれ…日向家め。当主がいなくなったと知り、領地ばかりか、まだこんな姫までも寄越せとはっ…軽く見られたわい…」
「佐倉家の為にもウチは平気ですから…爺様は安心して下さい…」
「おぉっ…いじらしいのぅ蜜柑…」
先頃、この佐倉家当主は妻と共に流行病にて他界してしまった。
そこへ領地をそっくり頂いてしまおうと、まわりの武家大名が押し寄せその中でも勢力を誇る日向家が、名前を残す代わりにと一人娘であった蜜柑姫を寄越せと言って来た。
むろん隠居した蜜柑の祖父は健在していたが、すでに老体の為に力は見えていた。
家臣どもも負ける戦ならばと苦渋の決断と佐倉家の為にと、ご隠居と忘れ形見である蜜柑姫に政略結婚を押しつけてきた。
蜜柑姫とて武家の娘、世の習わしを知らない年令ではなく、この頃の娘としては未だに嫁ぎ先も決まってはいなかった。
ただ、目の前で悔しがる祖父を宥める為にはそう言うしかなかったのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
―数日後、早々に婚礼の準備が整い、姫は庭先にて桜の木を眺めていた。
「姫様」
「ん?あぁ…蛍かいな…どうかしたん?」
蜜柑付きの侍女でもあり、乳母子として一緒に育った蛍に話し掛けられ、蜜柑は振り返った。
「やはり、気が進まないのですか?」
「うーん…どんな相手かも分からんし、噂ではすごい暴君と聞いてるから怖いなぁって思うとる…」
「確かに…日向家のご嫡男の棗様にはよい噂はお聞きになさいません。しかし、あの乃木家のご嫡男、流架様とはご親友で在られますので、噂なんてのも怪しいですが…」
乃木家の流架と聞き、蜜柑はびっくりした。
「えぇっ!?あの流架様と親友なんっ!?」
「姫、言葉遣いが…」
「せやかて、あの流架様やろ!?あんなに温和でお優しい方の親友が暴君やなんて…信じられへん…」
乃木家嫡男、流架は蜜柑の幼なじみであり、両親が健在であれば流架と蜜柑が結婚し、同盟を結んでいた大名家だった。
しかし、この度の縁談は日向家が強引に勧めてきたのだ。
乃木家ですら逆らう事が出来ない為、蜜柑との政略結婚が成立したのである。
「そっか…流架様のご親友なら、少しホッとしたわ」
「そうでございますか。あ、姫。そろそろご準備下さいませ。後三刻半には日向家の方々が参られますゆえ。お湯をお浸かり下さい」
「分かった。ありがとうな蛍」
蛍が一礼し、その場を去ると蜜柑はまたピンク色の空を眺めた。
きっと…大丈夫や。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
蜜柑は湯に浸かり花婿を出迎える準備をし、城中は祝宴の準備に大賑わいだった。
蜜柑は、真っ白の白無垢を着、髪を整えて座り待っていた。
やがて、騒がしくなり先駆けによって日向家の棗が城に着いた事が報告された。
がやがやと一段と騒がしくなり、蜜柑は婿殿が来たと分かると教えられた通り三つ指にて頭を深々と下げた。
「日向家ご嫡男、棗君のお成りにございます」
座敷に入って来たのは、蜜柑とほぼ同じ年令、黒髪の端正な顔立ちの若君だった。
蜜柑はそっと顔をあげると、あまりの冷たい瞳にどきりっとした。
「………………」
「あっ…お初にお目にかかります。佐倉蜜柑と申します。遠路遥々お疲れさまでございます」
蜜柑があいさつを済すと、棗の方は
「俺が日向棗だ。見知りおくように」
そっけない態度をとり、蜜柑の上座へどかりっと座った。
(……この人と…夫婦になるんかい…)
蜜柑は、結婚の儀式中にそんな事を思い、心の中でため息をついた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夜になると初夜の為の寝所が整えられ、蜜柑姫はどきどきと早鐘のように響き渡る心臓を抑えようと必死だった。
純白の単衣を身に纏い、絹張り行灯の柔らかい光が灯された部屋にて婿を待っていた。
サッと障子が開き、蜜柑は慌てて手をついた。
ドカッと棗は夜具を挟んで蜜柑の前に座るとそのまま横になってしまった。
(……えっ?)
キョトンとする蜜柑に、横になったまま棗は語りだした。
「この度の縁組…俺は認めない」
「はっ?」
突然の言葉に蜜柑は、目を丸くした。
この縁組は、そもそも佐倉家の領地を獲るため日向家が強引に運んできた話ではないか。
それを認めない。とはどういう事なのか?
ちらりと横目で見られ、蜜柑はますます困惑してしまう。
(………試されているのだろうか…?)
何に?と聞かれれば蜜柑にもよくは分からないが、この棗の態度は正にそんな感じがした。