02
それからというもの蜜柑は夜毎あの王子が気になり、お城の近くに行きました。
「…元気になったんやろか…?」
なんだか心配で眺めていると、バルコニーにあの王子様が現われ蜜柑はホッとしたのも束の間、あの寂しげな紅いの瞳が気になりました。
「……なんで、あんな哀しげなんやろ…」
それからしばらくの間、蜜柑は何度も王子様を盗見にしますが、やはり元気がないのが心配で仕方ありません。
「……はぁ…………はぁ…」
「……さっきから何なのよ、そのため息は」
大岩に背中合わせに座っていた蛍から、いい加減にしろといわんばかりの事を言われ、蜜柑は相談しようかと悩みました。
「っあんな、蛍!!……あ〜〜やっぱ、なんでもあらへん…」
「何か気になる事があるんじゃないの?」
「うっ…あの…な?その…」
どう話したらいいのかと蜜柑は迷っていた。
『助けた王子がいつも寂しげな瞳をしてて気になる』などと言ってしまったら、人間と接触した事がばれてしまう。
自分は、この海底の国の姫であり禁忌を犯したのだ。
それでも、あの人間を放っておくなんて蜜柑の性格上出来なかった。
寂しげな瞳が頭の中でちらつき、気にせずにはいられないくらい、まるであの王子に焦がれているようだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ため息をつき、海の中を泳ぐ蜜柑の元に黒い影を引き摺りながら仮面をつけた魔法使いが現れた。
蜜柑はびくりっとし声を張り上げた。
「あ、アンタはっ!!魔法使いのペルソナっ!?なんでこんなトコロに」
魔法使いは、フッと口元を歪ませると
「ふっ、ドコにいようが私の勝手だろう?お姫さま」
「アンタは、追放されたんやろっ?ココはっ……」
「ココは私のテリトリーさ、そういう貴様こそなぜここにいる?」
ココは国の領域であると言おうとするが、仮面の魔法使い―ペルソナは蜜柑の言葉を遮った。
「えっ?あっ…ウチいつのまにっ…」
蜜柑はペルソナの言葉を聞き、キョロキョロと周りを見渡しました。
自分のいる場所は、城より遥かに離れてしまいペルソナの領域・つまり一般の人魚は近づかない場所に来てしまっていたののです。
ペルソナは不敵な笑いをすると
「何か、考え事がなければ好き好んでこの場所には来るまい。さては、何か…誰にも言えないような悩みがあるのだな?お姫さま」
蜜柑はペルソナの言葉にドキリっとしました。
「べっ…別にウチはっ…悩みなんて……」
「ほぅ?そうは見えないが。あるなら願いをかなえてやってもいい。対価が必要だがな」
蜜柑は『対価』と聞き、どきどきしながら質問しました。
「それって…命とかなん?」
「いや、願いの重さによるがな」
「気になることがあるねん。地上の王子様の事なんやけど…」
蜜柑は、この魔法使いに陸の王子の事を話し始めました。
ペルソナはその話を聞き、前々から欲しかった力を持つ王子の話だと知り、言葉巧みに蜜柑を操ります。
「……なるほど…その王子は困った力があるせいで悩んでいるんだな」
「力?」
「人には本来ない力だ。それがその王子の命をも縮め、翳りを落としているのだ」
「そんな、可哀相や!どうにか出来へんの?」
蜜柑は、どうにかしてあげたいと思い声を張り上げました。
ペルソナはにやりと笑うと
「その力を取りのぞけば、きっと王子も明るくなるだろう」
「取るって言うても…」
「きみが取ってあげればよい。私が行ってやれればいいのだが無理なんだ。」
蜜柑はペルソナの言葉に驚愕しました。
「ウチが?せやかて、地上やで?」
「しばらくの間、人間の足を与えよう。それなら出来るだろう?」
「ウチが人間に?」
「あぁ、イヤなら王子はそれまでだ。人間になるというならしばらくの間だしな、ただし足を獲る為に対価が必要となる」
「対価…」
蜜柑は、ごくんと生唾を飲み込みました。
「そう、きみの場合「声」だ」
「声…?」
「もちろん、人魚に戻ったとき声も戻る」
それを聞き、蜜柑はどきどきとなる心臓を抑えました。
「あの王子が元気になるん?」
「あぁ、彼を蝕んでいる力さえ取りのぞけば」
「人魚に戻れるんやよね?」
「あぁ、もちろん」
「なら、ウチやる。あの王子が元気に笑っているのがみたい」
蜜柑が決意すると、ペルソナはどこからともなく洋紙を取出しました。
「ならば契約だ。サインを」
出された巻紙に蜜柑はサインをすると、ペルソナは大きなナベに材料を投げ込んでいく。
「さぁ、対価として声を。歌えっ!!声と引き替えに足を与えよう」
「〜〜♪〜あ〜♪」
声はみるみる内に貝殻へと飲み込まれていく。と同時に苦しさとヒレが割ける感覚が押し寄せてくる。
「これに王子の力を取るんだ」
気を失いかけている目の前に指輪を渡され、蜜柑はそのまま瞳を閉じた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ザザーン…と打ち寄せる波に蜜柑は身体を揺らされていた。
いつもなら気にもしない海流が身体に当たり、ひりひりと痛いような感覚と、海の中には存在しない風が頬を撫でていく。
眩しさに目が眩む中、瞳を開けると自分は裸であり、足がある事にびっくりしました。
「…っ……!!……!?」
驚き声を出そうとしましたが、声が出ずふとみると指輪がはめられていました。
(……ウチ…人間になっとる…)
片足を上げてみると、それは不思議な感覚でした。と、そこへ物音が聞こえたのか誰かがやって来ました。
「誰だっ!?こんなところで何をしてっ………」
「…っ!?」
蜜柑は振り返ると、あの王子様が呆然としていました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
朝焼けの中、この国の王子である棗は散歩をしていた。
色々な事に嫌気がさしていた。だが、一番嫌なモノは自分自身…この自分の身体を蝕む妖しき『この力』
朝、起きたらこの力が消えてないか…と願いながも無駄に終わる日々
そんな事を思いを抱き、浜辺へと気晴らしに来るのが日課になっていた。
海を眺めるとちっぽけな自分をギリギリで落ち着かせていた。
さくさく…と浜辺を歩いていると波の音以外に水音が聞こえてきた。
王子は不思議に思い、水音のする方へと足を向ける。
――人の気配…? 朝からいったい誰が…と思い、岩場から声を掛けた。
「誰だっ!?こんなところで何をしてっ………」
「…っ!?」
目の前に飛び込んで来たのは、栗色の長い髪の全裸の少女がいた。
唖然として、眺めていると彼女はわたわたと慌てながら長い髪で身体を隠そうとしていた。
その様子を見ていた棗は着ていた上着を脱ぎ、差し出した。
「…お前、見ない顔だな」
少女は、上着を受け取りながらニコリと笑った。
なにか不自然さに気付いた棗は確認するかのように
「お前………声が出ないのか…?」
聞いてみると、少女は『うんうん』とすごい勢いで頷いてみせた。
棗は、少女を眺めるといきなり抱き上げた。
「声の出ないヤツを…(まして全裸の少女を)さすがに放っておくわけにはいかねぇからな…」
呟き、城へと足を向けた。蜜柑はきょとんとすると
(………優しいんやな…)
そう思いつつ、自分がどんなに恥ずかしい状況か分かっていませんでした。
(※抱っこされた事で忘れている)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
やがて、城へと着くと近くにいた女官を呼び付け
「こいつに風呂と服を与えろ。終わったら連れてこい」
と命じ、長い階段を上がっていってしまいました。
蜜柑は、大きなバスタブに入れられ女官らにゴシゴシを洗われていく。
「王子様が女の方を連れてくるなんて…」
「初めてよね」
長い黒髪の女官とややウェーブのかかった女官は、めずらしい事もあるんだね。などと雑談をしながらも蜜柑を洗い、キャッキャッと楽しげながら蜜柑へとドレスを選んでいく。
蜜柑は、二人が選んでくれたピンク色のドレスを身に纏いドキドキしていた。
(…こんなん着るの初めてやっ…)
潮に晒された栗色の髪もキレイに櫛で梳かれ、さらさらと流れていく。
気が付けば、女官二人は蜜柑がこんなにキレイな女性と知り、顔を赤くしていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
支度が整い、通された部屋には棗王子と執事であろう眼鏡をかけた中年男性がいた。
王子は、蜜柑をみると呟いた。
「……へぇ、みれるもんだな」
執事は眼鏡をくいっと上げると蜜柑へ向かって
「王子様の手前であり、お前は助けられたのだろう、口は利けなくとも礼くらい出来るだろう!!」
などと厳しい事を言われ、蜜柑は慌ててドレスの裾を掴み女官たちに教えられたのかお辞儀をした。
「…口が利けない割りには言っている事は分かるらしいな…」
王子は座っていた椅子から立ち上がり、ツカツカと蜜柑に近づくとくいっと顎を掴んで顔を眺めた。
(…な、ななな…!?)
美しくも妖しい紅いの瞳に見つめられ、蜜柑は不覚にも真っ赤になってしまった。
「……似ている…」
ボソリと囁かれた言葉に蜜柑はびくりっと反応した。
それを感じ取った王子は
「………お前っ……いや、あの女は歌っていた…口が利けないお前とは違う……か…」
などと呟いている王子に、蜜柑は(…ウチなんやけどな…)などと苦笑するしかなかった。
事実、現在の蜜柑は声を代わりとして人間界にいるのだから…。と思っていると、棗王子は蜜柑の腕を掴み
「お待ち下さい。王子!!」
「煩いっ!!俺はそんな話聞きたくもない!!」
蜜柑が苦笑している間に、執事と口論をしたらしく、王子は真紅の瞳で一睨みするとそのまま広間から出ていった。
ずんずん…と腕を掴まれたまま蜜柑は必死になり、棗についていった。
やがて、庭先へと出ると噴水のところでようやく棗が止まり、そのまま腰を掛けた。
蜜柑はオロオロしつつも、隣に腰を降ろし俯いている棗を覗き込んだ。
「…………なんだよ」
「(…えっと…どないしたのかと思て…)」
「……喋れないんだったな…」
「(あっ…そやった…)」
蜜柑は思い出したように、口をぽかんと開けてしまうと、棗はくっ…と笑いだした。