秀麗と影月が滞りなく、着任式を終えた時、その場に琳麗の姿はなかった。


「姉様、どこに行ったのかしら」

「そーですよね」


昨夜までは誰もが琳麗の姿を一度は目撃し、言葉も交わしていたというのに茶家のごたごたの時、いや、悠舜を助けに牢獄搭へ行った後にはどこにも姿がなかった。
最後に会ったのは、影月、燕青、柴彰、そして静蘭だった。秀麗といえば、英姫が監禁されていた隠し室で見た以来会っていない。
と、そこへ茶家当主として式に参列した克洵と春姫が面会を申し込んで来た。


「この度は茶州州牧ご着任、おめでとうございます。茶家を代表いたしまして、ここにお祝いのご挨拶を申し上げます」


秀麗たちの前で二人は跪拝をした。


「ありがとうございます、克洵さん、春姫さん」

「いえ、本当におめでとうございます」


二人は立ち上がり、にこにこと笑みを浮かべていた。そして、静蘭を見て思い出したようにハッとしたのだった。


「克洵様、静蘭さんに文を」

「あ、そうだったね! 静蘭さん、これを」


ごそごそと袷から文を取り出すと、克洵はそれを静蘭に手渡した。静蘭は小首を傾げながら、文を受け取ったものの、不思議そうに眺めていた。


「え、と……これは?」

「英姫大叔母様から、陛下より宝剣を下賜された武官に渡して欲しいと言われまして、その、僕にもよくは……」

「縹 英姫殿から……?」


春姫の方も見るが、克洵同様小首を傾げていた。


「私も、よくは……」


意味がわからないとばかりに静蘭はその文を広げた。秀麗たちも気になっていたらしく、静蘭を見ていると、突然、室から出て行ってしまった。


「えっ、静蘭っ!?」


呼び止めようとしたが、あっという間に行ってしまい、秀麗は慌てた。


「俺が見てくるよ」


ポンっと秀麗の頭を軽く叩いたあと、悠舜に頼むなー。と行って燕青は静蘭を追い掛けたのだった。




   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



駆けていく静蘭を燕青はなんとか、捕まえ腕を引っ張った。


「離せ」

「どしたんだよ、いきなり」

「煩い、私は茶家に行く」

「なんかあったのか? 英姫ばーちゃんからなんて……あ、もしかして琳麗姫さんのことか?」


ツカツカと歩いていた足が、急に止まった。静蘭は掴んでる燕青をギロリ、と見た。


「……なんで分かった」

「え、なんでって……そのー」

「貴様っ、琳麗様が英姫殿のところにいたことを知っていたのかっ!?」

「あ、あはは……なんとなく、そーかなーって……」


笑ってごまかそうとしたが、静蘭の眦はますますキリキリと上がっていく。燕青は、やっべぇ、すげー怒ってると背中に冷たい何かが流れそうになった。


「――あとでたっぷりと聞いてやる。とにかく今は茶家に行ってくる」

「おい、だからなんでだよ。琳麗姫さんになんかあったのか?」

「なにやら目覚めないらしい……詳しくは判らないが、"干將"を持ってきて欲しいとあった」

「え、なんで?」

「わからん。だが、"干將"は破魔だから、何かあるのかもしれん」


わざわざ「琳麗姫を目覚めさせる為」にと書いてあったのだ。
二人はとにかく茶家へと急いだのであった。




   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



昨日の今日で、まだ州軍の兵たちが茶家のあちらこちらにいた。あの大堂は撤去され、床下からは爆薬などが仕掛けられていたのである。
静蘭たちは侍女に案内され、英姫の室へ行くと初めて会う彼女に礼をされた。


「よう来て下さった。こちらじゃ」


年老いていてもその姿は気品に満ちていた。
隣室に二人が入った途端、何かが良くない気を感じ取った。眉を潜めながら、前を見ると寝台の上に横になっている琳麗を見つけた。


「琳麗様っ!」

「どうしたんですか? 琳麗姫さん」

「少しばかり妖が纏わりついているらしくてな、なかなか目を覚まさぬのじゃ。"干將"は「破魔」ゆえに少しばかり凪いでくれれば、邪気を払えるかもしれんのでの」


だから、必要だったのじゃ。との英姫の言葉に静蘭は少し震えた干將を鞘から抜き、眠っているらしい琳麗の上で邪気を払うように凪いだ。
見えない何かを斬るように、しかし、ゆっくりと凪いでいくと、始めに入った時の空気の重さがなくなっていく。そして、瞼が微かに動き、眠っていた琳麗が瞳を開けた。
定まらない目線はゆっくりと回りを見渡し、とろけるような笑顔を見せた。


「……琳麗様?」

「琳麗姫さん?」

「……せぇらん…? えんせ…さん?」


とろんとした眼差しで見上げてくる視線に、名前を呼ばれただけにも関わらず、静蘭もそして燕青すらも顔を赤くした。


「大丈夫かえ、琳麗?」

「英姫、様……私……?」


あれ?と小さく小首を傾げそうな琳麗に、英姫は話すのを手で制すると静蘭と燕青を見た。


「少しの間、室から出ておれ。すぐにすむ」


静蘭はどうしようかと思ったが、燕青は英姫の恐ろしさを知っていたので、静蘭の肩を掴むとそそくさと室から出たのだった。



「おい、燕青」

「大丈夫だって、英姫ばーちゃんはおっかねーけどな……あーでも……」


燕青が口元を押さえながら、なにやらにやけているのを見て静蘭は怪訝そうに眉を寄せた。


「でも、なんだ?」

「いや、やっぱ、琳麗姫さん美人だわ。あんな表情されると見てるだけで照れるなー」

「…………」


さっきの寝起きの表情を思い出し、さすがの燕青も少なからず照れてしまう。
あの表情にあの口調は静蘭にとって犯罪的なモノだった。しかし、見たのは自分だけではない。その事実と、今目の前で妙な笑いをする燕青に静蘭は苛ついて剣を向けたのだった。


「うぉっ!! 何すんだー静蘭っ!」

「……五月蝿い、コメツキバッタ」


妙な嫉妬を向けられ、燕青は苦笑しながら剣先を避けたのだった。
すったもんだとしている二人の気配を室の外に感じながら、琳麗は英姫に注意を受けていた。


「よいか、今度このような真似をしたらそなたが危険なのじゃぞ。幸い『破魔』である『干將』があった故邪気は払えたが……全く自分に瘴気を移すなどと」

「…………申し訳ございません。ですが、あのまま死なせる訳にはいかなかったのです」


しょぼんとする琳麗に、英姫は近づき頬に手を添えた。


「そなたは優しいのぅ。しかし、無事に目覚めてよかったわ。あの腐れ外道に任せるのも嫌だったからな」


ふん、と鼻を鳴らす姿を見て琳麗は微苦笑した。


「……そういえば、霄太師は……?」

「あやつなら先に金華で待ってるそうじゃ。じゃが、ひとつきは琥漣で新州牧たちと過ごしていくとよい。もうすぐ祭があるからの」

「お祭り……まぁ、それは楽しそうですね」

「そうじゃな。さて、此処に留まるか? それとも浪 燕青たちと琥漣城へ行くか? 州牧着任式は終わったようじゃが」


その言葉に琳麗は「え?」と止まった。そして、がっかりしたのか俯いたのだった。

(……着任式が終わったなんて…せっかくの秀麗たちの晴れ姿が……)

父様や劉輝様たちに報告しようと思っていたのに……。と琳麗は落ち込んだのだった。


「どうかしたのかえ?」

「……い、いいえ。えと、琥漣城へ、まずは秀麗たちの無事な姿を見たいですから」

「そうか」


呟くと隣室へと向かい、扉を開くとさっき隣に追いやられた燕青と静蘭が顔を出した。


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蒼天の華 / 恋する蝶のように