弐
「静蘭、燕青さん」
「大丈夫ですか? 琳麗様」
「大丈夫かー? 琳麗姫さん」
入って来た青年二人に琳麗は微苦笑した。
「うん、大丈夫。心配かけてごめんなさい。ありがとう」
そう言ったのち、立ち上がろうとして琳麗の身体はふわりと浮いた。「え?」と思った時には静蘭の腕の中にすっぽりと収まっていたのだった。
「っせ、せせせ静蘭っ!?」
「なんですか、琳麗お嬢様」
にーっこりと笑う顔に、琳麗は静蘭が怒っているのを察した。
あたふたして燕青に助けを求めようとするが、顔の前で手を合わせられた。泣き出しそうな琳麗に燕青は悪いと思いながらもそうすることしか出来ない。
今ですら琳麗から助けを求められる燕青を見ながら、黒い気を纏いこちらをみていたのだ。
「軒を用意したからそれに乗っていくがよい。――琳麗、何かあったらまた来るのじゃぞ」
「あ、静蘭降ろして」
退出の礼をするのだと静蘭は一端琳麗を降ろした。
優雅な所作で貴婦人としてひけを取らない縹 英姫へ礼を述べたのだった。
「この度の事、私事で大変お世話になりました。そして、新たなる当主のご就任おめでとうございます」
「――いや、こちらこそ大変世話になった。ありがとう、琳麗」
静蘭も燕青も礼をすると、再び琳麗は抱きかかえられ、琥漣城へと連れて行かれるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
軒の乗った後も、静蘭は何かいいたげにじーっと琳麗を見ていた。その視線を受けながら琳麗は冷や汗をかきながら、うふふとごまかすように燕青にお礼を述べていた。
「改めて、燕青さん。文を届けて、約束を守ってくれて本当にありがとう。それと、」
ちらりと静蘭の方に視線を向け、燕青に近づき、耳元に囁いた。
「静蘭を支えてくれてありがとう」
「へっ?」
にっこりと微笑まれ、どこまでこの姫が知っているのだろうかと、思った矢先、べりっと剥がされたのだった。
「琳麗様、こんなコメツキバッタに近寄ったら汚れます」
「なっ、そんな言い方ないだろー! 静蘭っ!」
「煩い、黙ってろ」
「…………」
二人のやり取りを見て琳麗は苦笑した。やはり、燕青を前にすると本当の静蘭の姿が見れるようだ。
琳麗はクスッと微笑をすると、二人がこちらを見た。
「どうかしましたか? 琳麗様」
「琳麗姫さん?」
「静蘭って、燕青さんの前だとずいぶん口が悪いのね」
「こ、これは……」
「静蘭が本音を出せる相手がいて本当によかったわ」
反論しようとしたが、とても嬉しそうに笑うので静蘭は何も言えなかった。この後色々と追及したいことがあったのだが、それを削がされた気分だった。
黙った静蘭とにこにこと笑う琳麗を見て、燕青は実は秀麗よりも琳麗の方が遥かに強いんじゃないかと思ったのだった。
カラカラと走っていた軒はやがて、ギシッと音を出し止まった。州府である琥漣城に到着したようだ。
先に燕青が降り、次に静蘭。最後に静蘭が差し出した手を取り琳麗が降りた。
着任式も終わり、既に宴が始まっている。主役――までとはいかないが新州尹、専属武官が抜けてしまって悠舜は怒っているかもしれない。と燕青は思いゾッとした。
「俺、先に行って姫さんや影月たちに琳麗姫さんが来た事言ってくるから」
「ああ」
そういうと燕青はあっという間に城内へと走って行った。
静蘭は琳麗の手を取ったまま、歩いて行こうとしたが、そこで琳麗がよろけた。
「っ大丈夫ですか?」
「あれ? うん、大丈夫。ありがとう、静蘭」
琳麗はよろけた事に無自覚で小首を傾げながら、えへへ〜とごまかした。が、次の瞬間足を払われ、膝の下へ手が滑り込んで来た。
「静蘭っ!!」
「琳麗様、ごまかそうとしてもダメですよ。まだ身体が本調子ではないようですね」
「あー、大丈「夫なんかではないでしょう。まだ休んでいて下さいね」……はい」
有無を言わさぬ静蘭に琳麗はただただ頬を染めながら、腕の中で小さくなったのでした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
無理矢理静蘭に寝台のある室へ運ばれ横にさせらると、燕青から話を聞いたのか、秀麗が飛び込んで来た上に、影月君まで来て琳麗は額に手を宛てた。
心配かけてしまったのはこっちだが……。
「姉様っ!」
「琳麗さんっ!」
「こーら、主役がこんな所に来てないで戻りなさい」
「でも、姉様っ……」
「大丈夫、今度はいなくならないから。ね? せっかく二人を迎えての宴なんだから、みなさんに失礼よ」
秀麗は色々言いたかったが、琳麗の言葉に詰まる。事実、秀麗と影月を迎えての歓迎会なのだ。
「秀麗、影月くん。よく頑張ったね。無事に着任してホッとしたわ」
「……っ」
二人は顔を見合わせた。そして、色々な事があったんだとつくづく思いながら微苦笑した。
「うん、ありがとう。姉様」
「ありがとうございますー、琳麗さん」
「……あまり、無理はしないでね」
これからまだまだ大変なんだから、と笑う琳麗に二人は頷いて宴へと戻っていった。琳麗は傍らにいる静蘭を見た。
「静蘭も宴に顔出しなさいよ。私は一人でも平気だから」
「しかし……」
「大丈夫、ちゃんといるから。後で話もするし、約束したでしょう?」
「……そうでしたね。わかりました、では後で」
「ええ」
寝るまでいるつもりだった静蘭だったが、琳麗に促され宴に出席する為に室を後にした。
一人になってどこか遠くから聞こえてくる祝いの喧騒を耳にしながら、琳麗は昨夜の事を思い返し、朔洵はどうなったのか気になった。
普通に考えれば致死量の毒を煽っていたのだから、生きているという見込みはない。だが、毒は統べて打ち消した。
遺体がなかったと英姫から聞いて、彼は生きていると思う。――自ら生きたいと願っていたのだから。秀麗を想って……。
(……死なれては困るのよね、秀麗の為にも…)
このままでは秀麗は朔洵を殺したと自身を責めるであろう。
確かに彼を生かすのも殺すのも、秀麗にしか出来なかった。そして、秀麗は彼が死んだと思っている。いや、まだ捜索はしていると聞いたからわからないが……。
(……あの男がそう簡単に見つかるかしら?)
見つかった場合は亡くなっているだろう、見つからなかった場合は……そこまで考えて琳麗はため息を吐いた。
(……生きてる可能性はかなり高いわよね)
なんといっても瘴気は取り除いたし、彼は生きたいと望んだのだから。
色々考えて横になったせいか、琳麗の瞼が少し重くなり、やがて規則正しい寝息が室内に静かに聞こえていた。
第一幕/終
あとがき
長編、お待たせいたしました、お久しぶりです。
前回の話ではすんごい中途半端なところで終わらせてしまいましたが、これに繋げようとしての事です。かなり無理矢理な話の繋げ方ですが、もう本当にどーするんだ?と自問してます。
さて、相変わらず夢らしくない話で申し訳ないです、第二幕で多少静蘭といちゃつく……かもしれません。早めに更新出来たら……と思いますが、ちょっとどうなるか分かりませんので気長にお待ち頂ければ幸いです。
2007/12/2