歓迎の宴が終わり、秀麗と静蘭は琳麗が横になっている室へと眠っていた。


「姉様っ!」

「お嬢様、眠っているようです」

「ほ、本当にっ!?」


やや青白い顔で寝ている琳麗に秀麗は少し焦った。
静蘭は宥めるように秀麗を落ち着かせようとしたが、その貌に一年半前の事を思い出す。
茶太保の事件の折り、怪我をして意識が戻った時も彼女はこうして眠っていた。
一週間目にして目を覚ました時には、秀麗は涙目になり、静蘭も報せを受け、怪我をした足を引きずりながら訪れれば無事でいる姿にホッとしたものだ。


「秀麗さん、大丈夫ですよ。ただ眠っているだけですから」


影月が琳麗の様子を見て、焦る秀麗に言うと「……そぅ…」とホッとした。


「お嬢様、影月くんもここは私が見ておりますから、今夜はもうお休みになって下さい」

「で、でも……」

「大丈夫です。琳麗様が起きましたらお知らせいたします」

「…………じゃあ、何かあったら教えてね」

「はい」


二人が退室するのを見送り、静蘭は椅子を引きずって寝台の横へと置いた。
ようやく、じっくり見ることの出来る琳麗の頬に手を滑らせ、ホッと息をつく。
此処にいるという感覚に安堵した。琳麗が茶州に来ているという話を聞いてから一月以上経ち、何処にいるかさえ定かではなかった。それが、ようやく手の触れる場所にいると思うと心が穏やかになる。


「……琳麗、様…」


貴陽を発ってから随分経っていて、きちんと顔を合わせたのは実に三ヶ月ぶりであった。
離れることに多少の不安があった。自分がいない間に誰か他の男が現れ、奪われやしないか、などといつもの自分からは考えられない弱気さが出そうになっていた。
それでも大丈夫だ、と信じようとしたのは

『きちんと、待っているから。秀麗と静蘭が帰る場所を父様と待っているわ』

待っている、と言ってくれたのを信じていたからだ。


「……ん、…」

「琳麗様? お目覚めになりましたか?」

「……せぇらん…」


手を翳しながら目を覚ました琳麗に静蘭は声をかける。
ゆっくりと起き上がるそぶりをしたので背中に手を入れ、上体を起こした。


「お水、飲みますか?」

「ありがとう…………おいし…」


喉が渇いていたのかコクコクと飲む姿を見入ってしまう。惚れた弱みとはいえ濡れそぼった赤い口唇が目に入る。


「……まさか、ずっと付いててくれた、とか?」


飲み終えたのだろう、空の茶碗の縁を指先でなぞりながら、上目遣いで見られてしまった。


「いいえ、宴には出ました。終わってからはここにいましたが、つい先程からです」

「そっか、よかった。ちゃんと宴に出たのであれば。開いて下さった皆様に悪いからね」


にこっと笑った後、琳麗はふぅと息を吐いた。


「琳麗様」

「分かっているわ、約束したものね。まずは茶州に来たのはちょっとした届け物があったからなの。英姫様には前からお会いする約束があったから、ちょうど良くて」

「あの晩、震えていたのは?」


理由はきちんと聞きたかったがこれ以上追求しても話さないであろう、と静蘭は知っている。
約束していたのはあの時、急に震え出したことに違和感があったからだ。
琳麗は目を伏せ、少しだけその睫毛が震えたのを静蘭は見逃さなかった。眉を潜め、そっと琳麗の手に触れた。



「大丈夫よ。――――声が、聞こえたの」

「声、以前話して下さった、新月の夜などに聞こえるというのですか?」

「よく覚えてるわね。今まではね、探して欲しいみたいな事を言われていたのだけど……」

「けど?」


聞き返してくる静蘭に琳麗は肩を竦める。口にするのは本当になりそうで怖い気がするのだ。


「……私を迎えに来る、と……そう言っていた……」


途端、腕を引っ張られ静蘭の腕の中にいた。
トクン、トクンと心臓の音が耳に響き、ゆっくりと瞳を閉じた。さらり、と梳く手の心地良さに甘えるように頬を擦り寄せた。


「せぃ、らん……」

「大丈夫です。あなたを渡したりなんかいたしません。私がお守りいたします……守らせて下さい、琳麗様」

「……いつも守ってもらっているのに、これ以上静蘭に頼るのは……」

「言ったでしょう、甘えて下さいと。遠慮なさらないで、琳麗様」

「でも……んぅっ…」


そんな得体のしれない事に巻き込んでいいのかと躊躇をすれば、それは柔らかな口唇によって阻まれた。
頬を掴まれ、目の前にある瞳を伏せた静蘭の顔に驚愕した。しかし、それに抵抗することもなく琳麗はそっと裾を掴んみ、瞳を閉じた。
さっきまでの、ほんの少しの恐怖がゆっくりと和らいでいくのが分かった。



   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



静蘭は腕の中で安心しきって眠る琳麗を眺め、目を緩めた。サラリ、と髪を梳き、愛おしむように髪に口付けを落とす。
接吻に拒否されるかもしれないと思いながらも震える琳麗を抱きしめ、安心させる為にと柔らかい口唇を奪った。
否、安心させる為ではなく彼女の中にいる訳の分からない者を追い出す為だったというほうがいいだろうか?
どちらにせよ、自分以外の者が彼女の中に大きく占めているのがなにより許せなかった。
触れるだけの接吻だったが、安心したのか、何回か啄む内に縋っていた手がポトっと寝台に落ちた。見れば頬が赤くなったまま、スースーと規則的な寝息が聞こえてきた。
この状況で寝るとは、と考えたが意識されすぎていたら接吻した時点で何か出方があったであろう。

静蘭は琳麗を横たわらせ、白い頬を眺めた。蝋燭の灯りが揺らぎ、時折、翳る。そっとひと撫ですれば、くすぐったいのか頬を擦り寄せてきた。それに思わず微笑したのち、目を細める。

(………………声、か)

一体、何が。などと思いながら、静蘭はその知らぬ声の主に対し、布告をする。

(――何であろうと、彼女は渡しはしない、)




   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



翌朝、琳麗が目を覚ませば寝台の周りには、静蘭はもちろんの事、秀麗、影月、香鈴、燕青、そして悠舜の姿があった。


「姉様、大丈夫?」

「大丈夫ですかー? 琳麗さん」

「大丈夫でございますか? 琳麗様」

「大丈夫かー? 琳麗姫さん」

「大丈夫ですか? 琳麗殿」


口々にそう言われ、琳麗は苦笑してしまう。体力がないのは朔洵に英気を少し渡してしまった上に、瘴気を自身に移してしまったからだ。
瘴気の方は『破魔』である『干將』で払ったものの英気が足りなくて、それを蓄えようと身体が睡眠を欲するのだ。ただ眠いだけであるのだが、彼らには心配の種のようである。


「えぇ、大丈夫よ」

「大丈夫って、姉様! ずっと寝てばかりよ!?」

「ちょっと睡眠不足なだけだから、平気よ」


一番形相を変えて言う秀麗に琳麗は微苦笑してしまう。まあ、仕方のないことなのだか、まさか朔洵の瘴気を自身に移したとも言えないので、寝不足としかいえない。


「でも、本当に大丈夫ですか? 寝不足以外他は大丈夫なようですが……」


医学知識のある影月が診たが、確かに『寝不足』なだけなのだ。あんなに寝ていて『寝過ぎ』ではなく『寝不足』というのに小首を傾げる。


「ただ眠いだけだから、大丈夫! だから仕事して下さい。色々大変なんでしょう?」


着任したとはいえ、やることは山積みである。茶家の再興は別として、色々とやることはあるのだ。まして、秀麗と影月は一から勉強をし、州牧としての責務を全うしなくてはならない。


「そう、だけど……」

「あと、一日二日寝ていれば体力も戻るだろうから、大丈夫!」

「……分かったわ。姉様、体調が悪くなったら早く言ってね!」


縋るように見てくる秀麗の頭を撫で、琳麗は微笑んだ。


「大丈夫。秀麗を遺したりしないから」

「……ぅん…」


その様を静蘭と燕青は眉を潜めて眺めていた。秀麗が何を心配しているか分かっているからだ。


「香鈴、姉様に付いててくれる?」

「もちろんでございますわっ!」

「ありがとう、香鈴」


秀麗からの頼み事に香鈴は声を上げて返事をした。琳麗は苦笑混じりでいたのは言うまでもないなかったが、みんなはそれで頷いたのだった。




   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



数日が経ち、琳麗の体力も元通りになった夜のことだった。まだまだゴタゴタしていたので、みんなしてずっと城に泊まりっぱなしだった。


「うーん……これ、どうなっているのかしら?」


仕事熱心な妹、もとい新茶州州牧の一人、紅 秀麗は書翰を見ながら小首を傾げた。
傍らの琳麗はその様子を見ながら、日用品の整理をしていた。


「どうかしたの?」

「んー…ちょっと分からない所があって、悠舜さんに聞かないと分からなそうだわ」

「悠舜さんなら、静蘭と燕青さんとて別室にいるはずだわ。でも、秀麗」

「な、なに? 姉様」

「今日はそれぐらいにしてもう寝たら? ちょーっと目の下に隈が出来てるわよ」

「だ、大丈夫よ!」


目の下に手を当てながら秀麗は首を横に振る。その様子に琳麗は少しだけ眉を寄せた。
寝る間も惜しみ仕事をするのは州牧として、だけではない。眠れずにいるのだ。


「秀麗、いいから。今夜はそれを解決したらもう寝なさい。ね?」

大して身長が変わらないのにも関わらず、そっと抱きしめてくれる姉に秀麗はそっと擦り寄った。


「……わかったわ…」

「いい子ね」


頭を撫でられて、少し照れ臭かった。もうそんな子供ではないのに、いつだって姉の手は温かくて優しい。


「とりあえず、これを悠舜さんに聞いてくるわ」

「はいはい、ちゃんと寝るのよ」

「はーい」


返事を聞きながら、琳麗は肩を竦めた。きっとまだ寝ることはない。そう思いながら琳麗は途中だった片付けを始めたのだった。


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蒼天の華 / 恋する蝶のように