肆
その頃、秀麗が向かった室では、静蘭たちが酒盛りをしていた。
既に静蘭が悪酔いをして、茶 朔洵についてふるふると奮え、怒りながら叫び、悪態をついていた。
「〜〜〜〜っ、腹が立つっ! あの、クズめっ! ゴミめっ! 害虫めぇぇぇ〜〜!!」
燕青は突っ込みたいことが山ほどあったが、静蘭の怒りに触れないように、さらり、さらりと悠舜の助言により流していた。
そこへ、バタンと扉が開いた。
「お楽しみのところ、すみません。ちょっといいですか?」
ちらり、と顔を覗かせたのは秀麗だった。
「はーい、なんでしょう? 秀麗お嬢様〜?」
「誰だよっ!?」
「物凄い変わり身ですね」
静蘭の豹変ぶりに、燕青も悠舜も呆然とする。
「静蘭じゃないの。あ、悠舜様、ここ、ちょっと教えてもらいたいのですけど…」
「もう夜更けですよ。まだ仕事されていたんですか?」
「そうですよ、お嬢様。あんまり頑張り過ぎてもよくありませんよ。夜は寝るべきです」
「その通りだ。夜も寝ないで働いているようなら無理矢理寝かすからな」
三人に矢継ぎ早に言われ、秀麗は少しうろたえた。
「ぅ、分かってるわよ。徹夜なんてしないわ、今日はこれが終わってから寝るから」
「よろしければ、お嬢様。昔のように添い寝をして差し上げますよ、子守唄も歌って差し上げます」
「……いい、え、遠慮するわ…」
「ぇっ……」
軽く秀麗に拒まれ、静蘭は少し動揺する。
「珍しいわね、静蘭……酔ってるの…?」
「冗談ですよ」
「そぉ…? あ、悠舜様、ここの記録のここなんですけど……」
書翰を開き、悠舜に尋ねる姿を横目に静蘭はただただ見ているだけだった。
用事が終わったらしく秀麗は頭を下げた。
「――ありがとうございます。さすが悠舜様ですね。今後ともよろしくお願いします。お邪魔しました。……静蘭、あまり飲み過ぎないでね」
扉に向かい、振り向き様に静蘭を見ながら言えば、にっこりといつもの笑みで静蘭は答えた。
「えぇ、分かってますよ。お嬢様」
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
バタンと扉が閉まると共に静蘭はため息をついた。
「……本気だったのに…」
「…………飲み過ぎるな、か……もう遅いけどな」
がっくりしている静蘭を見て、燕青はポツリと呟いたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
静蘭たちがいる室から秀麗は小首を傾げつつ、室に戻った。パタンと扉を開ければ、琳麗がお茶を淹れて待っていた。
「ちょうどお茶が入ったわ」
ふわり、と湯気が揺らめき、琳麗が笑みを浮かべている姿は妹でありながらもウットリと目を惹く。
「どうしたの?」
「ぅ、ううん。なんでもないの!……あ、でも……」
「うん?」
「なんか、静蘭の様子がおかしかったかも」
卓子に書翰を置き、琳麗が淹れてくれたお茶を手に取る。菊茶のようだ。
「静蘭の?」
「うん、なんか、添い寝してくれるとか、子守唄を歌ってあげるとか……酔ってるのかしら」
「……確かに変ねぇ。酔ってたとしても珍しいわね」
「そうね。あ、姉様、これあと少しだからそれから寝るわ」
恐る恐る、というほどではないが、秀麗は姉を見上げて懇願するように言えば、じーっと琳麗に見つめられた。
「…………」
「…………」
「……分かったわ。無理しちゃ駄目よ。後で様子見に来るからね」
数拍したのち琳麗はため息をつきながら、やれやれといった風に秀麗を見る。まるで昨年の夏に頑張っていた劉輝を思い出す。
「あ、ありがとう! 姉様!」
「でもその案件だけよ。分かったわね」
琳麗は肩掛けを外し、秀麗の肩にかけてあげた。
「油断してると身体壊すからね」
「はい。あ、姉様……」
「なぁに?」
「いつまでここにいられるの?」
肩に掛かった少しの温かさに秀麗は頬を緩ませ、そうだ、というように琳麗を見上げた。
「そうねぇ、秋祭……。柴彰さんや悠舜さんに見てからでもって言われているから、それが終わったら貴陽に戻るわ……心配な事があるし…」
「え、なに?」
「ううん、なんでもないわ」
最後の科白は小さくて秀麗には聞こえていなかったようで、ホッとした。
何か、起こりそうな、いや、既に起こりかけているかもしれない。そんな予感がするのだ。
「そっか、秋祭終わったら、か」
「まさか、父様一人にする訳にはいかないからね」
しんみりさせないよう苦笑混じりで言えば、それはそうだ!と秀麗はハッと頭を上げたのだった。
顔を見合わせ、二人して微妙な顔をしたのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
邪魔をしないよう琳麗は室を出て、ほとほとと廊下を歩いた。目指す室は酒盛りをしている男性陣の室である。コンコン、と控えめに叩けばすぐに扉が開いた。
「あれ、琳麗姫さん?」
「こんばんは、燕青さん。静蘭の様子どう?」
開いた扉の隙間から室内を覗けば、そこには悠舜しかいなかった。
「こんばんは、琳麗殿。とりあえず中にお入り下さい」
「ありがとうございます。でも様子見に来ただけですから……と、静蘭は?」
燕青と悠舜は顔を見合わせた。
静蘭は酔いが回っているのか、秀麗と琳麗に近付く者には筍を投げ付けたり、竹槍を投げていたことをあらかた喋った揚句、突然「寝る」と言って出て行ったのだ。
ちなみに竹槍は琳麗に近づいた者への贈り物だ。
「……あ〜、静蘭は寝るっつって室に戻った、んだと思う…」
「そう……そんなに酔っていたの?」
「あぁ、なんつーか、普通ではないと思う……」
本人は素面だっ!と公言していたが、かなり質が悪過ぎる。
「じゃあ、心配だから見てくるわ」
「「えっ」」
「え?」
琳麗の言葉に燕青と悠舜は揃って声を上げた。互いに顔を見合わせ、目でだけで会話をする。
『おい、今、琳麗姫さんが静蘭の傍に云ったらやばくないかっ!?』
『……かなり危険でしょうね』
『これは止めるべきだよな!』
『そうですね、止めるべきです』
二人は頷き合い、琳麗を見た。
「琳麗姫さん、静蘭なら大丈夫だろうからさ、もう寝たら?」
「え、でも、心配だし、ちょっと見てくるわ。白湯とか必要だろうし。あ、そうだ!」
燕青が口を挟むこともなく琳麗はパンと手を合わせる。
「燕青さん、秀麗がそろそろ寝てる頃だと思うから、お願いしていいかしら?」
「へ? あ、うん。いいけど…」
「よかった、お願いします。それじゃ、私は静蘭を見てくるわね。悠舜さんも早くお休みになって下さいね」
「え、あ、はい」
「それじゃ、おやすみなさい」
にっこりと微笑んで、琳麗はパタパタと暗い廊下に消えていったのだった。あまりの彼女の調子に燕青も悠舜も口を挟む事が出来なかったのであった。