肆
数日後、琳麗は秀麗たちを捜して街中を歩いていた。
秀麗は今日は休日という事で、香鈴と春姫と共に三人で街へ出ている。
春姫が克洵との相性をよく当たるという占い師に視てもらう、という名目で秀麗のことを占って良いことを言って貰おうとしているのだ。
琳麗は掃除を済ませたら、追い掛けると言ったものの途中で柴凜に会って、また茶葉を頂いてたりした。
「すみません。いつもありがとうございます」
「いや、気にしないでくれ。編み物の出来を見て貰いたかったのだから」
「ふふ、もう完璧でいらっしゃいます。凜さんの想いがきちんと込められていて……きっと届きますよ」
「……そう言われると期待してしまうな。もう今回で諦めようと思っているのに」
「…………」
「すまない、こんな事を言われても困るだけだね」
「いいえ、凜さんがお決めになった事を私は変えられませんから。他人から言われて変えられるならば長年想ってはいられないはず。
もし変えられるとしたならばあの方だけです」
そう言うと凜は肩を竦めた。
「琳麗殿は私より年下なのにしっかりしておいでだ。琳麗殿は誰かに贈り物は?」
「……私は、皆さんに。新州牧たちをお願いします、という想いで作らせて頂きました。――姉馬鹿ですけど」
フフッと笑うと凜も笑った。
「確かに姉馬鹿でいらっしゃるな」
「ええ、どうしても心配してしまうのです。困難な道に進んだのもありますが」
「反対だったので?」
「いいえ、秀麗が決めたことです。離れ離れになるのは解っておりましたし、なにより彼女は『官吏』としていくのです。それでもやはり心配なのです、姉として、家族として」
「あなたは姉であり、また母なのですね」
凜の言葉に琳麗は苦笑するのだった。
そんな事を話しているうちに時間が過ぎ、凜は仕事へ行くと言い、琳麗は忘れかけていた占者の事を思い出した。
それを凜に話すと偽占者がいると聞き、途中まで軒に乗せてもらった。
凜に礼を言い、秀麗たちを捜す途中、なぜか分からないが何人かの男性に声をかけられたりしたが、いつもの如く琳麗は天然でそれをかわしていった。
ようやく香鈴と春姫の姿を見つけた。しかし、なにやら春姫の様子のおかしいことが遠目でも分かった。
(……秀麗は?)
なにやら胸騒ぎがして、キョロりと彼女たちの周りをみると、藍染めの頭巾を被り、外衣を纏っている――占者がいた。
ゾクッと背中に汗が流れるのを感じながら、その占者は秀麗に触れようとしていた。近寄らせてはならないと直感が動いた。
瞬間、琳麗は突風を起こした。
秀麗がよろけてたたらを踏むと、一気に雲が流れ、空一面が黒い雲に覆われる。
次いで一拍のち、何の前触れもなく滝のような土砂降りになった。道行く人が突然の豪雨に悲鳴を上げて大路を駆け出した。
遠雷が聞こえたせいか、秀麗はいつもの如く悲鳴を上げ、走っていったようで、春姫を引っ張りながら香鈴が追い掛けているのが視界に映った。黒い鞠も負けじと追い掛けていった。
そして――占者が秀麗を見つめた後、こちらを振り返った。
眼が合った訳ではない――雨が降り視界が悪いはずなのに琳麗は後退りした。
ガクガクと手が震えてるのを知りながら、ギュッと震えを止めるように握った。
――囚われてはならない
そう警鐘がなる。
ゆっくりと音もなく近寄る男が琳麗に手を伸ばした瞬間――ドーンっ!と凄まじい雷が天を割った。
「母様っ!?」
なぜか分からないが、琳麗はそう叫んで天を見上げた。
見れば、藍染めの占者はその場からいなくなっていた。
ドクドクとなる胸を押さえながら、琳麗は雨の中を立っていた。そして通り掛かった凜の軒に乗せてもらい、走り逃げていた秀麗たちを拾い州牧邸へと戻ったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
びしょ濡れになった秀麗たちを先に湯に入れ、琳麗は凜を持て成していた。
「何度もご迷惑をおかけして申し訳ありません」
お茶を淹れ、お茶請けを出しながら琳麗は頭を下げる。
不思議と琳麗は濡れておらず、走り逃げていた秀麗たちの方がびしょ濡れだったので先に湯に浸からせたのだ。
「気にしなくていいよ。琳麗殿も濡れているよ」
「大丈夫です、それほどではありませんから」
そんな事を話していると、急いで上がったのか秀麗が濡れた髪のまま室へ入って来た。
「り、凜さん……ご迷惑をおかけしてすみません」
申し訳なさそうに秀麗は凜に詫びたのだった。
湯殿で香鈴から、走っているところを仕事途中の凜と同乗していら琳麗が発見し、慌てて軒に乗せて連れてきてくれた、と聞いたのだ。
それを聞き、恥ずかしさと詫びる気持ちが大きくなり、すぐに湯から上がったのだった。香鈴と、ふらふらしていた春姫はまだ湯につかっている。
琳麗と同じことを言う秀麗に凜は微笑した。
「その、お仕事の途中だったんじゃ……」
「いやいや。個人的な仕事の依頼だったし、帰宅するとこだったから気にしないでくれ」
そう話しながら、僅かに影が過ぎったのを秀麗は見留めた。
「何か、懸案ですか?」
「……いや、まあ、気になることがあってね。春姫殿が湯から上がったら、少々英姫殿に取り次いでもらおうかな」
その言葉に秀麗の前にお茶を置いていた琳麗の手が僅かに止まった。
琳麗の頭の中に先程の、藍染めの占者が過ぎる。あれは、もしかして……。
秀麗が濡れた髪のままでいたせいか、凜は乾いた布で拭っていた。秀麗はおとなしくするしかなく、じっとしていた。
ふと、姉を見ればなにやら様子がおかしかった。秀麗が声をかけようとしたとき凜が口を開いた。
「それにしても、琳麗殿に占いに出掛けたと訊いたが、私にひとこと言ってくれたら良かったのに」
「え、どうしてですか」
「秋祭りの風習のせいで、この時期恋占いを頼む女性が爆発的に増えるんだよ」
「もしかしてイカサマ占い師も!?」
「その通り。だから占うなら信用のおける者を選んだほうがいい。商売柄、伝手だけはあるから、言ってくれたらきちんとしたところに姫君がたをご案内できたのだけれど」
「あーっ! じゃああの占い師も絶対詐欺師だわ! おかしいと思ったのよ。
今回ばかりは雷に感謝するわ。香鈴と春姫さんが嫌な思いしたあげくお金払うなんて冗談じゃないわ!!」
「お、落ち着いて、秀麗」
カッカと怒る秀麗に、琳麗が宥めた。凜は苦笑しながら訊ねた。どうやら遅かったらしい。
「どんな占い師だったのかな。このところ、依頼された仕事の関係でちょっとばかり琥漣の占者には詳しくてね。
言ってごらん。もしかしたら高名な占者だったかもしれないぞ」
「でも、周りには人っ子一人いなかったですよ」
「そうね、私が見かけた時は秀麗と、離れて香鈴と春姫さんしかいなかったわね」
異様だった、と琳麗は感じた。
「姉様、見てたの?」
「え、ええ。でもすぐに雨が降って来たから秀麗に声を掛けようとしても行ってしまって…」
苦笑すると、秀麗はやや顔を赤くした。雷のせいもあって、混乱していたのだ。
「だ、だってすごい突風があって…雷が鳴ったから。でも香鈴と春姫さんは、巷で評判の占者だって言ってたけれど、絶対その人のフリをして藍染めの衣着てただけの詐欺師――」
凜に向かって話すと、髪を拭っていた手が、ピタリと止まった。
「……今、『藍染めの占者』と、言ったかな」
「はい」
「琳麗殿も同じ人を見たのかい?」
「……ええ、藍染めの頭巾を目深に被っていたようで顔までは見えなかったですが」
「……凜さん?」
考えるように黙った凜を秀麗は心配そうに見た。琳麗もまた考えるように黙るが、ハッとして扉を見た。
「秀麗様っ!!」
春姫と一緒に湯につかっていた香鈴が、血相を変えて駆け込んできたのだ。
「春姫様が、春姫様の様子がおかしいんですの――!」
香鈴の声に琳麗は急いで湯殿へと向かった。
もしかしたら、と思い、春姫の元へ行くと、暗示がかけられているのか瞳に感情がなくなっていた。
朝、会った時には生き生きとしていたはずなのに。
「……春姫…さん」
――見つかったのだ。