伍
仕事を終えて帰ってきた静蘭、影月、燕青そして克洵は春姫の様子に驚いた。
感情の封じられた瞳。手を引けば歩く。口許に水差しを向けると嚥下する。
けれどそこに、何一つ春姫自身の意思はなかった。まるで生ける人形のように。
琳麗たちは彼らに説明し終わると、燕青は難しい顔で春姫を見ていた。
「――で、春姫はこんなんなっちまったわけか……」
「……すまない。こんなことになるとは」
凜はぐっと口唇を噛み締めた。そんな凜を燕青は「凜姫のせいじゃねーよ」と言った。
そして、英姫から藍染めの占者が入都したら教えてくれと依頼されていたことを話した。
しかし、城門で張っていたにも関わらず藍染めの占者はいつの間にか、琥漣の街へと入っていた。
そして、柴凜が情報を集めようと、ツテのある有力な占者を何軒か当たったが、嘘をつかれていた。
誰もが口を揃えて『藍染めの占者』の行方を占えないと、出来ないというのだ。
話を聞いていた琳麗は春姫を見て、脳裏にあの男を思い浮かべた。
きっと、英姫様のところへは行ってはいけないはずである。春姫がこちらに来た後、英姫からなぜか帰ってはいけない。と文が来たのだ。
その時から予期しておくべきだったと琳麗は思う。
春姫が『声』を発揮したとき、琳麗も感じたのだ。傍にいた英姫を見れば、産毛が一斉に逆立ったようである。
その時、ボソリと呟いた言葉は琳麗の耳に聞こえていた。
『……見つかったかもしれぬ…』
英姫はあの異能の一族、縹家出身である。昔、異能を持ちながらも茶 鴛洵と婚姻を結んだ。
異能を持つ縹家の娘は生娘であること。故にそれを危惧したのであろう。
だから、あれほどまでに克洵と春姫の初夜をせっついたのだ。
小さく溜め息をつきながら、琳麗は皆の話を聞いていた。
春姫を見ようとする占者が一人もいない、柴凜が伝手を駆使して依頼したが、誰一人として応じなかったのだ。
「……やはり、ダメです」
つきっきりで春姫を看ていた影月は、力無く肩を落とした。
「薬ではどうにもなりません。暗示の類のようですが……僕はそちらには詳しくないんです」
その手に詳しい占者は全員黙秘状態を貫いている。
「英姫さんは何ておっしゃってるの? 何か知っているから気をつけてたんでしょう?」
秀麗の言葉を聞きながら、静蘭が眉根を寄せていることに琳麗は気付いた。
きっと静蘭も相手が誰であるか、分かったのだろう。心当たりがあるはずだ。
「……三日、とだけ言いました」
克洵の穏やかな声に、琳麗は彼を見た。
「頑張って、三日でなんとかしろ、と」
「……そ、それだけ? なんでこうなったとかは?」
「どうしても言えない事情があるんだと思います。多分三日というのも、いい加減な数字ではないと思います。何か理由があってそういったのだと思います」
英姫の様子は、いつもとは違っていた。まるでそうなることを予期していたかのように瞑目し、同時に何かを気にするようにピリピリと気を張っていた。
なにかと戦っているかのような英姫に克洵は何も訊かなかった。そして、託された文があった。誰にも見つからないように、と言われ今はまだ渡せない。
克洵は英姫が三日でなんとかしろと言うのなら、そうするだけだ。と人形のようにぼんやり座る春姫の頬をそっと撫でた。
「三日で、なんとかします」
そう言い切る彼には諦めの影は一片もない。あの気の弱さも。
秀麗たちは力強く頷いた。
「そうよね。なんとかしましょう」
「ええ」
「わ、わ、わたくしが占いをしたいとか申したせいですもの。何でもいたしますわ!」
香鈴が泣きそうな顔で両拳を握りしめる。そんな香鈴の肩に琳麗は手を置いた。
柴凜も厳しい顔で首肯すると、踵を返した。
「私も、すぐに暗示面などに詳しい伝手を当たってみよう。必要なものがあったら連絡してくれ。全商連の名にかけて即刻揃えさせる」
「僕も、今から催眠関係の本をあさってきます」
「お前はどうする? 静蘭」
燕青の飄々とした声に、琳麗は流石だな。と感心した。
伊達に十年州牧をしていたからなのか、静蘭のことを完璧に見抜いていたようだ。
その様子に静蘭は溜息をついた。
「……『藍染めの占者』捜しに手勢を割こう。それと、この邸の警護も強化する」
「ありがとうございます、静蘭さん」
深々と頭を下げる克洵に、静蘭は苦笑していた。
「早々と後ろ向きになるのがお前の悪いくせだよなー。克洵見習えよ」
「……お前は脳天気すぎるがな」
克洵は春姫の頬をもう一度撫でると、決然と拳を握りしめた。
「何が何だかさっぱりよくわかりませんが、ぼく頑張ります」
……正直な青年だ、とその場の誰もが思った。
春姫は室へと克洵と香鈴に手を引かれ連れて行かれ、影月と秀麗は早速本を物色した。
燕青、静蘭、琳麗は門まで柴凜を見送り、再び邸内へと入ると克洵が立っていた。
「どうした、克洵? 春姫の傍にいなくていーのか」
「はい…その琳麗さんにお話が……」
「私に?」
「はい…それでその……」
ちらり、と燕青と静蘭を見る克洵に琳麗は苦笑した。どうやら、二人に聞かれてはまずいらしい。
「じゃあ、あちらで」
「あっ、はい。すみません……」
「じゃあ、後で夜食持っていきますね」
まだ仕事をするであろう二人に言って、琳麗は克洵を庭院へと促した。
二人はジっとその後ろ姿を見ていたのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
庭院に出ると秋の夜風が冷たく、リーリーと虫の音が聞こえる。
「あ、あの……これ、を大伯母上から預かりました」
袷から出された文を受け取り、琳麗はそっとそれを開き読む。
『そなたも気をつけなさい』
ただそれだけで、琳麗はやはりと悟った。
あの『藍染めの占者』は縹家の者。――ならば異能を、風を操ったのを見られた以上琳麗も危うい。
あれほど父様母様に貴陽を出てはいけないと言われたのに、やはり貴陽と違い、他州は見つかりやすいようだ。
「……あ、あのっ……春姫に関する事でも書かれて…?」
「……いえ、ただ気をつけろ。との事です」
「……そう、ですか……すみません」
あからさまにがっかりする克洵に琳麗は苦笑する。
「――克洵さん。春姫さんのことはあなたに掛かってます」
克洵はハッと顔を上げた。
「あなたはなにをするべきかわかっていますか?」
克洵は英姫と同じ事を言う琳麗をジッと見つめ返した。同じように「もちろんです」と答えると、また英姫と同じように微笑んだのだった。
「……頑張りましょう。私も手伝いますから」
「あ、ありがとうございます」
微笑する琳麗を見て、克洵はホッとしながら「戻りましょう」と言われ邸内へと入ったのだった。
同じ歳なのに、彼女はとても落ち着いていて羨ましいと思ってしまう克洵だった。