捌
秋祭り当日――。
にぎやかに笑いさざめく夜の街を琳麗は秀麗たちと一緒に見て回っていた。
「春姫さんが良くなって、本当に良かったわ……それにしても、どうやったのかしら……?」
「本当にね」
「静蘭、影月くんたちに護衛ついてる?」
「ええ。大丈夫ですよ、野暮なことはしないよう厳命してありますから」
傍らにいる静蘭に訊くとそう答えた。両脇にいる静蘭と燕青は琳麗と秀麗の護衛と警邏を兼ねて歩いていた。
影月は香鈴と一緒に祭りを見て回っているのだ。
「ふっ…青春だなぁ。野郎どもをふんじばって極悪官吏に書翰持って追っ掛けられてた俺ん時とはエライ違いだぜ」
「追い掛けられるようなことをしていたからだろう。自業自得だ」
静蘭がバッサリと切り捨て、琳麗と秀麗は顔を見合わせ、クスリと笑った。そこへ声をかけられた。
「紅 琳麗様でいらっしゃいますか?」
静蘭がやや前へ出るが、琳麗は静蘭の腕に手をおいて、大丈夫だと促した。
「なんでしょう?」
「とある方の命によりお迎えに参りました」
深々と頭を下げる従者に琳麗は「分かりました」と告げた。
くるりと振り向くと、琳麗は微笑した。
「ちょっと行って来るわ」
「姉様っ!? ちょ、誰が呼んでいるか分からないのよ!」
「私も行きます」
そう言う静蘭に琳麗は顔を横に振った。
「大丈夫よ、静蘭は秀麗をお願いね。秀麗、あなたも楽しみなさいよ」
「姉様……」
「じゃ、後でね」
手を振り、琳麗は従者に付いていくのを三人は見送った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
従者に連れられ、小路にあった軒に乗ると、車輪がカラカラと動き始め――茶家本邸へと向かった。
本邸には今、英姫が倒れていると聞いていた。客間に通され、暫く待っているとサラサラと衣擦れの音と供に扉が開いた。
「英姫様、大丈夫なのですか?」
入って来た英姫に琳麗は心配そうに近づいた。倒れたと聞いていたのにこのように立ち上がって来るとは。
「そなたを臥所に呼ぶ訳にはいかぬ」
「そんなこと気になさらないで下さいませ」
琳麗は手を引き、英姫を椅子へと座らせた。
お囃子の音が聞こえてくるのを耳にしながら、琳麗も椅子へ腰掛けた。
「大丈夫でいらっしゃいますか?」
茶器があるので、手を伸ばし茶を淹れた。スッと英姫の前へと差し出す。
「大丈夫じゃ、と言いたいが流石に疲れたわ」
「……お聞きしてもよろしいですか?」
「……そなたの言いたい事は分かっておる。あれは……あの方は縹家当主、縹 璃桜様。お会いになりましたか?」
「……ええ」
でも彼は自分や春姫よりも秀麗に興味を持っていたような気がする。
「気をつけて帰りや」
「大丈夫です。金華で霄太師が待っておりますから」
「ふん、あんの狐狸妖怪爺……琳麗が危ないというのに動きもせんとは」
相変わらず、霄太師のことになると辛口になるようだ。
「琳麗、好きな男はおるか?」
「――唐突ですね。春姫さんの事があったからですか?」
「そうじゃ、そなた力を使ったであろう……そなたも危険であろう」
そうでなくとも琳麗はかの『姫君』なのだ。縹家は全力で捉えようとするに違いない。
『異能』であろうとなかろうと眼をつけられている。
「好きな男と早く繋がりを持つがよい」
例え、それがほんの少し時間稼ぎだとしても。
「……努力してみます」
「そなたなら大丈夫じゃ」
琳麗は微笑するしかなかった。
その後、英姫の体調を優先して琳麗は別れの挨拶も兼ねて、茶家本邸を後にした。
軒で街まで送ってもらい、お囃子を聞きながら琳麗は祭りの中を歩いていた。
「おやっ? そこにおわすのは紅州牧のお姉さんでは?」
「あなたは……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
茶州の秋祭りも終わりに近づき、茶家の当主夫婦もなんとかなり、鄭州尹も柴凜殿も落ち着いたようだった。
静蘭は、秀麗から戴いた飾り房を持ちながら、琳麗の姿を探していた。
「……全く、どこにいったのか」
彼女が何者かに連れて行かれた後、付いて行こうとしたが、燕青に止められた。
あの使いの者は茶家の、縹 英姫の使いだと言い、大丈夫だと言った。確かに縹 英姫殿なら心配はない。
しかし、先程あの従者に会えば琳麗を送って来たというので静蘭はあちこち走り回っていた。
この人込みの上、彼女がふらふら歩くのは心配この上ない。静蘭は辺りを見渡しながら、また歩き始めると、後ろから呼び止められた。
「静蘭。いたぜ、琳麗姫さんっ!」
「どこにだ」
その言葉にくるりと振り向き、訊くと燕青はやや困った風に頬をかいた。
「あ、あの、な――…」
言いにくそうに放たれた言葉を聞き、静蘭は速足で琳麗がいる場所へと向かった。
その時の表情は、怖かったと後に燕青が語ったとかどうとか。
「琳麗様っ!」
琳麗がいた場所は、よりにもよって茶州軍の酒盛りの場であった。
静蘭が来た事に、州軍の武官たちはハッとして琳麗の傍から離れた。
見れば、黒髪をさらりと流したまま、すぅすぅとあどけない表情で寝ている。
静蘭は額に手を当てて、ため息をついた。
(……なんって、無防備なんです…貴方は…)
そして、ゆっくりと琳麗に近づくと腕を回し、スッと持ち上げた。
その様を見ていた武官たちはあまりの美しさに呆然としていたが、静蘭が呟いた声音にゾクッとした。
「……誰が、飲ませたんですか…?」
辺りをジロリと眺めるも、彼らは静蘭の恐ろしさに口を噤んだ。ふるふると皆が首を横に振る。
「…………まあ、いいです」
とりあえず、今は琳麗を横にさせるのが先だと思いながら、静蘭は踵を返した。
秀麗や影月、燕青たちはまだ祭りを楽しんでいるので、静蘭は燕青に託けをして州牧邸へと向かった。
さらさらと流れた髪がゆらゆらと揺れている。月が出ていて明るいが薄蒼い世界はどこか幻想的で。
こんな風に琳麗を間近で見るのは今夜限り。明日には彼女は貴陽へと帰っていくのだ。
離れて、秀麗お嬢様を守ると決めたのは自分自身、しかし、目の前にいる人をみると離したくなどなかった。
「……琳麗、様…」
呟き、静蘭は邸へと入った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
琳麗が当てられた室に入れば、こざっぱりしている。荷物も既に纏まれていて、すぐにでも出立出来そうだった。
寝台へ琳麗を降ろすと、「…んっ」と声が洩れた。
トロトロとした瞼がゆっくりと開き、とろんとした双眸が静蘭を捉えた。
「琳麗様、大丈夫ですか?」
「……せぇらん?」
「今、お水をお持ちいたします――――琳麗様?」
危うく理性を失わないように、離れようとしたが裾を掴まれた。
見れば、甘えた声、潤んだ瞳、軽く開いた艶やかな口唇で見つめてくる。
「せぇらん…」
喉が渇き、ゴクン、と唾液を溜飲する。
金縛りにあったかのように動けずにいた。そして、白く細い手は静蘭へと伸び――。
「……好き、よ」