ゆらゆらと波に揺られているような、でも優しく大切に扱うその腕は知っていた。
夢心地で眼を開けば、薄紫色の髪が見える。


「せぇらん…」


いつからだろう、気になったのは。あの茶太保の事件の後から、意識していたのかもしれない。
知らない振りをずっとしてきていたけれど、そう考えた時にはきっと特別な好きになっていた。
明日にはまた離れてしまう。それを考えたのも、願ったのも自分自身。それでも離れるのはとても淋しくて、恋しくなる。
言うつもりなんてなかった。まだ、言えない。言ってはいけないはずなのに。
気持ちは言葉で、するりと出てしまった。


「……好き、よ」


静蘭の頬に伸ばした手が掴まれる。ぎゅっと強く、優しく。


「……本当、ですか?」

「…………」

「琳麗様?」

「……水、ある…?」

「あっ、今、持って来ます」


パタンと出て行った静蘭を見送り、琳麗は額に手を乗せた。


「……違うでしょ…」


ボソッと呟いた声は、やけに大きく聞こえた。

違う、言いたかったのはそうではない。まだ、言うには早過ぎる。

琳麗は身体を起こし、結っていた髪を下ろした。さらりと流れる髪は月明かりを遮る。


「……今日は満月だっけ…」


月の光りが庭院の木々に注ぎ、地面には濃い影が落ちている。
琳麗は扉を開け、庭院へと降りていった。
水を持ち、室に戻ればそこに琳麗の姿がなく、静蘭は室内を見渡した。
そして、窓の外、月光を浴びて佇む琳麗の姿を見つけると肩掛けを持ち、外へと出て行った。




   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



薄蒼の世界は、昔から好きだった。小さい頃はあまり夜更かしを出来なかったが、満月の夜は身体がとても安らいでいた気がする。


「風邪を引いてしまいますよ」


ふわり、と肩掛けが掛けられる。


「静蘭……」

「お部屋にいらっしゃらないので驚きました。お水、お持ち致しましたよ」

「あ、ありがとう……」

「いえ」

「「…………」」


先程のせいか、妙な空気が二人の間に流れていた。
静蘭はさっきの言葉の真意を知りたいと思い、琳麗は聞かれたらどうしようかと悩んでいた。


「……え、と、秀麗たち、は……?」

「まだだと思います。祭りはまだ続いてますし」


確かに風に乗ってお囃子の音や喧騒が遠くに聞こえる。


「……そ、そう…あ、月、綺麗ね」

「……はい…」


ちぐはぐなやり取りにどうしようかと考えても、考えても答えは見つからない。


「琳麗様」

「……な、なに?」

「――先程、好きとおっしゃったのは本気にしてよろしいので」

「……っ!」


直球で来た。琳麗は眼を見開き、すかさず顔を背けるも静蘭は強引に前を向かせた。


「琳麗様」

「あっ…あの……」


どうしよう、とぐるぐると頭が回りそうになる。
言ってしまっても、いいんだろうか?
彼は、困らないだろうか?

つんと鼻の奥がなり、涙が込み上げてきそうになる。それを必死に抑えようとするが、そう簡単には直るはずもない。


「琳麗様?」


すっと大きい手が頬に触れ、包んでいく。


「あ、あの……私…私……」


静蘭はそれを我慢強く待っていた。
ここで自分から言ってしまえばいいものを、なぜか彼女の口から聞きたいという思いが優り、ついつい待ってしまう。
だが、潤う瞳と、赤く染まる頬にこちらが我慢しきれなくなる。



「琳麗様、私もあなたが好きですよ。ずっと前から、ずっとお慕いして参りました」

「……静蘭…」


さらり、と流れる髪を頬を滑らせて手で耳にかけた。


「…………あの、ね」

「はい」

「私、も…その、静蘭の事が……好き、よ…」


真っ赤になりながら応えてくれた琳麗に、静蘭は身を屈めてようとした時


「で、でもね! あの、覚えてる? 気になる人がいるっていうか、声をかけてくる……」

「……以前、言ってた話ですか?……まだ聞こえてくるのですか?」

「……えぇ…静蘭?」


引き寄せられ、優しく抱きしめられていた。見上げれば、真っ直ぐな眼が自分を見ていた。


「――前にも言いましたが、そのような得体の知れない者に心を寄せないで下さい。私は、あなたが誰よりも大事で、誰よりも愛しく、誰にも渡したくありません」

「せっ――――」


さらりと指が髪をすいていったと思えば、口唇を塞がれた。それは――優しく、熱く、恋人の口吻け。


「……せぇ、らん…」

「どうか、囚われないで下さい」


琳麗は落ち着けるよう、胸に手を当て、眼を閉じた。
静蘭の事は、好きだ。きっとそれは家族としてではなく、特別な意味だと琳麗は気付いていた。
でも、このまま、あの声を聞きながら過ごしていいのだろうか?
静蘭が横にいるというのに、誰か分かりもしない人の愛の言葉を受け入れるなんて……。


「琳麗様?」

「静蘭、少し時間をくれないかしら?」


突然の言葉に静蘭が驚くのを見ながらも、琳麗は続けた。
逃げる訳にはいかないような気がするから。
そう思い、その事を目の前にいる彼に告げた。


「では、約束して下さいますか?」

「なに?」

「危ないことはしないと」

「……努力は、するわ」

「琳麗様」

「だって、どうなるか……分からないわ」

「…………分かりました。でも無茶はしないで下さい」


真っ直ぐ見てくる琳麗に、静蘭は止められないことを分かったような気がした。きっと彼女自身が決着をつけなくてはならないのだろう。


「あと……」

「なに?」

「それが終わりましたら、私のモノになって下さいますか?」


もう一度抱き寄せ、顔を上に向かせて親指で口唇をなぞった。
琳麗は驚き、頬を赤らめて微笑した。静蘭はそれを見て、再び口唇を重ねた。


月が照らす二人の影は、暫くのあいだ重なり続けていた。




   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



翌朝、暗いうちに琳麗は琥漣の城門前にいた。
そこには琳麗の他に見送りで来ていた秀麗、影月、静蘭、燕青、香鈴、悠舜の姿があった。


「姉様、大丈夫なの? やっぱり、馬車用意したほうが…」

「大丈夫よ、それに早く帰らないとね」

「で、でも」

「あら、似合わない?」

「ううん、似合っているし、とても格好いいわ」


そう琳麗はなぜか男装をしていた。しかもかなり凛々しい。


「ですが、琳麗様。やはりお一人でというのは」

「あら、一人じゃないわよ」


そう言うとカラカラと軒が走ってきた。
皆が振り返るとぎょっとしたのだ。そこにいるのはこんな場所にいるはずもない人物――朝廷三師である霄太師であった。


「「「「なっ、ななな…!?」」」」

「みんなには言ってなかったけど、茶州には霄太師と一緒に来たのよ」


ニコッと笑う琳麗をよそに秀麗たちは驚きの声を上げたのだった。




皆に別れを告げ、見えなくなるまで手を振ると琳麗は霄太師に頭を下げた。


「今回は、私を同行させて下さいましてありがとうございました」

「気にせんでよいですじゃ。英姫も助かったようですしのう、わしも琳麗殿と旅が出来て嬉しいわい」

「ところで金華で待っているのではなかったのですか?」

「英姫が倒れたと聞いてのぉ、見舞いに来たんじゃが、邪魔だと追い返されたんじゃ。さっさと琳麗殿を連れて貴陽に帰れと、な。
 何か大変な事があったようじゃが、無事でなりより。色々心配なこともあるじゃろうから、金華からは早足で帰りましょうぞ」

「そうでございますね」


英姫から借りた軒の中で、琳麗は霄太師の言葉に頷いたのだった。

そして、もう一度琥漣の方角を見て、胸元を押さえながら前を向いた。


次に会えるのは、いつかしら?


そう思った。



END
-初恋成就大奔放!-




あとがき

一体いつぶりの更新なんでしょうか。
ようやく終わりました、幕間その3。
最後の最後でようやくくっついた?のか怪しい感じです。
静蘭ともうちょっといちゃいちゃさせようと思いながら、お預け状態(笑)
貴陽に帰って来たら、甘々にしたいな、と思いつつどうしようかなと考えてます。

ご拝読ありがとうございました!


2008/10/19


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蒼天の華 / 恋する蝶のように