玖
ゆらゆらと波に揺られているような、でも優しく大切に扱うその腕は知っていた。
夢心地で眼を開けば、薄紫色の髪が見える。
「せぇらん…」
いつからだろう、気になったのは。あの茶太保の事件の後から、意識していたのかもしれない。
知らない振りをずっとしてきていたけれど、そう考えた時にはきっと特別な好きになっていた。
明日にはまた離れてしまう。それを考えたのも、願ったのも自分自身。それでも離れるのはとても淋しくて、恋しくなる。
言うつもりなんてなかった。まだ、言えない。言ってはいけないはずなのに。
気持ちは言葉で、するりと出てしまった。
「……好き、よ」
静蘭の頬に伸ばした手が掴まれる。ぎゅっと強く、優しく。
「……本当、ですか?」
「…………」
「琳麗様?」
「……水、ある…?」
「あっ、今、持って来ます」
パタンと出て行った静蘭を見送り、琳麗は額に手を乗せた。
「……違うでしょ…」
ボソッと呟いた声は、やけに大きく聞こえた。
違う、言いたかったのはそうではない。まだ、言うには早過ぎる。
琳麗は身体を起こし、結っていた髪を下ろした。さらりと流れる髪は月明かりを遮る。
「……今日は満月だっけ…」
月の光りが庭院の木々に注ぎ、地面には濃い影が落ちている。
琳麗は扉を開け、庭院へと降りていった。
水を持ち、室に戻ればそこに琳麗の姿がなく、静蘭は室内を見渡した。
そして、窓の外、月光を浴びて佇む琳麗の姿を見つけると肩掛けを持ち、外へと出て行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
薄蒼の世界は、昔から好きだった。小さい頃はあまり夜更かしを出来なかったが、満月の夜は身体がとても安らいでいた気がする。
「風邪を引いてしまいますよ」
ふわり、と肩掛けが掛けられる。
「静蘭……」
「お部屋にいらっしゃらないので驚きました。お水、お持ち致しましたよ」
「あ、ありがとう……」
「いえ」
「「…………」」
先程のせいか、妙な空気が二人の間に流れていた。
静蘭はさっきの言葉の真意を知りたいと思い、琳麗は聞かれたらどうしようかと悩んでいた。
「……え、と、秀麗たち、は……?」
「まだだと思います。祭りはまだ続いてますし」
確かに風に乗ってお囃子の音や喧騒が遠くに聞こえる。
「……そ、そう…あ、月、綺麗ね」
「……はい…」
ちぐはぐなやり取りにどうしようかと考えても、考えても答えは見つからない。
「琳麗様」
「……な、なに?」
「――先程、好きとおっしゃったのは本気にしてよろしいので」
「……っ!」
直球で来た。琳麗は眼を見開き、すかさず顔を背けるも静蘭は強引に前を向かせた。
「琳麗様」
「あっ…あの……」
どうしよう、とぐるぐると頭が回りそうになる。
言ってしまっても、いいんだろうか?
彼は、困らないだろうか?
つんと鼻の奥がなり、涙が込み上げてきそうになる。それを必死に抑えようとするが、そう簡単には直るはずもない。
「琳麗様?」
すっと大きい手が頬に触れ、包んでいく。
「あ、あの……私…私……」
静蘭はそれを我慢強く待っていた。
ここで自分から言ってしまえばいいものを、なぜか彼女の口から聞きたいという思いが優り、ついつい待ってしまう。
だが、潤う瞳と、赤く染まる頬にこちらが我慢しきれなくなる。
「琳麗様、私もあなたが好きですよ。ずっと前から、ずっとお慕いして参りました」
「……静蘭…」
さらり、と流れる髪を頬を滑らせて手で耳にかけた。
「…………あの、ね」
「はい」
「私、も…その、静蘭の事が……好き、よ…」
真っ赤になりながら応えてくれた琳麗に、静蘭は身を屈めてようとした時
「で、でもね! あの、覚えてる? 気になる人がいるっていうか、声をかけてくる……」
「……以前、言ってた話ですか?……まだ聞こえてくるのですか?」
「……えぇ…静蘭?」
引き寄せられ、優しく抱きしめられていた。見上げれば、真っ直ぐな眼が自分を見ていた。
「――前にも言いましたが、そのような得体の知れない者に心を寄せないで下さい。私は、あなたが誰よりも大事で、誰よりも愛しく、誰にも渡したくありません」
「せっ――――」
さらりと指が髪をすいていったと思えば、口唇を塞がれた。それは――優しく、熱く、恋人の口吻け。
「……せぇ、らん…」
「どうか、囚われないで下さい」
琳麗は落ち着けるよう、胸に手を当て、眼を閉じた。
静蘭の事は、好きだ。きっとそれは家族としてではなく、特別な意味だと琳麗は気付いていた。
でも、このまま、あの声を聞きながら過ごしていいのだろうか?
静蘭が横にいるというのに、誰か分かりもしない人の愛の言葉を受け入れるなんて……。
「琳麗様?」
「静蘭、少し時間をくれないかしら?」
突然の言葉に静蘭が驚くのを見ながらも、琳麗は続けた。
逃げる訳にはいかないような気がするから。
そう思い、その事を目の前にいる彼に告げた。
「では、約束して下さいますか?」
「なに?」
「危ないことはしないと」
「……努力は、するわ」
「琳麗様」
「だって、どうなるか……分からないわ」
「…………分かりました。でも無茶はしないで下さい」
真っ直ぐ見てくる琳麗に、静蘭は止められないことを分かったような気がした。きっと彼女自身が決着をつけなくてはならないのだろう。
「あと……」
「なに?」
「それが終わりましたら、私のモノになって下さいますか?」
もう一度抱き寄せ、顔を上に向かせて親指で口唇をなぞった。
琳麗は驚き、頬を赤らめて微笑した。静蘭はそれを見て、再び口唇を重ねた。
月が照らす二人の影は、暫くのあいだ重なり続けていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝、暗いうちに琳麗は琥漣の城門前にいた。
そこには琳麗の他に見送りで来ていた秀麗、影月、静蘭、燕青、香鈴、悠舜の姿があった。
「姉様、大丈夫なの? やっぱり、馬車用意したほうが…」
「大丈夫よ、それに早く帰らないとね」
「で、でも」
「あら、似合わない?」
「ううん、似合っているし、とても格好いいわ」
そう琳麗はなぜか男装をしていた。しかもかなり凛々しい。
「ですが、琳麗様。やはりお一人でというのは」
「あら、一人じゃないわよ」
そう言うとカラカラと軒が走ってきた。
皆が振り返るとぎょっとしたのだ。そこにいるのはこんな場所にいるはずもない人物――朝廷三師である霄太師であった。
「「「「なっ、ななな…!?」」」」
「みんなには言ってなかったけど、茶州には霄太師と一緒に来たのよ」
ニコッと笑う琳麗をよそに秀麗たちは驚きの声を上げたのだった。
皆に別れを告げ、見えなくなるまで手を振ると琳麗は霄太師に頭を下げた。
「今回は、私を同行させて下さいましてありがとうございました」
「気にせんでよいですじゃ。英姫も助かったようですしのう、わしも琳麗殿と旅が出来て嬉しいわい」
「ところで金華で待っているのではなかったのですか?」
「英姫が倒れたと聞いてのぉ、見舞いに来たんじゃが、邪魔だと追い返されたんじゃ。さっさと琳麗殿を連れて貴陽に帰れと、な。
何か大変な事があったようじゃが、無事でなりより。色々心配なこともあるじゃろうから、金華からは早足で帰りましょうぞ」
「そうでございますね」
英姫から借りた軒の中で、琳麗は霄太師の言葉に頷いたのだった。
そして、もう一度琥漣の方角を見て、胸元を押さえながら前を向いた。
次に会えるのは、いつかしら?
そう思った。
END
-初恋成就大奔放!-
あとがき
一体いつぶりの更新なんでしょうか。
ようやく終わりました、幕間その3。
最後の最後でようやくくっついた?のか怪しい感じです。
静蘭ともうちょっといちゃいちゃさせようと思いながら、お預け状態(笑)
貴陽に帰って来たら、甘々にしたいな、と思いつつどうしようかなと考えてます。
ご拝読ありがとうございました!
2008/10/19