茶州から貴陽まで、琳麗と霄太師は多少なりと早めに帰還した。
もう深夜ということで、朝廷に寄るという霄太師とともに琳麗は後宮へと戻った。
霄太師は琳麗を後宮まで送ると、そのままどこかへと行ってしまった。きっと、待っていたであろう宋太傅の元へ行ったのだろう。
琳麗は、宋太傅への挨拶は明朝と考え、貴陽を発つ前に約束をした劉輝へと会いにいった。
夜食にと飲茶を持ち、劉輝の臥室へと向かった。ほのかに明かりが見え、起きているだろうと確信をする。
渡殿を歩き、衛士の間を抜けて玉扉の前にて声をかけた。



   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



臥室でぼう、としていた劉輝は久しぶりに聞く声に、立ち上がると自ら扉を開けた。
さすがにそれには驚いたらしく、琳麗は目を丸くしたのち、クスっと微笑した。


「どうなさいました、主上?」

「り、琳麗……帰って、きたのか?」


その問に琳麗は頭を下げ、答えた。


「長らくお暇を頂きまして、ありがとうございます。只今、戻りました」

「こ、ここではなんだ……入ってくれ…」

「よろしゅうございますか?」

「よい」


琳麗は立ち上がり、中へと入った。
劉輝は長椅子に座り、琳麗も促され腰を下ろした。


「……茶州はどうだった…」


連絡は届き、知ってはいるが見て来た琳麗の口から聞きたかった。


「見事でございました。新州牧二人は茶州を救いました」

「そうか」

「はい」

「無事なのだな」

「ええ、元気で今頃もまだ色々と二人で茶州の今後の事を考えていると思います」

「……すごいな…」


ボソリと呟く劉輝に琳麗は微笑したのだった。


「劉輝様、」

「なんだ?」

「出立前におっしゃっていた、二胡を聞かせて下さいますか?」


それはずっと前の約束。


「……まさか、それですぐここに来たのか?」

「はい」

「すぐ、用意をする! 待っててくれ」


劉輝は立ち上がり、二胡がしまわれていた棚を開け、手を伸ばした。


「そんなに慌てないで下さいませ」

「う、うむ。分かっておる……聴いてくれ」


琳麗に座るように促し、劉輝は二胡を持つとゆっくりと息を吐いた。
珠翠に教えてもらったように膝の上に乗せ、片手で弓を持ち、指で弦を押さえゆるやかに弓を滑らせて、旋律が静かに流れ始める。
琳麗は眼を閉じ、たゆたう二胡の音色はとても優しく、静かにそして少し淋しげだった。

それでも琳麗はただ黙ってその音色を聴いていた。


「……どう、だった?」


心配そうに訊いてくる劉輝に琳麗は微苦笑し「お上手でした」と答えた。



「随分、練習なさったようですね」

「うむ、琳麗がいつ帰って来てもいいように、珠翠の手が空いている時に教えてもらったりしていた」

「そうでしたか……遅くなりまして申し訳ございません」

「いや、よいのだ。それより、茶州への道程は大丈夫だったか? あのくそじじいに何かされなかったか?」

「くそじじい…って…。大丈夫でございましたよ。霄太師は優しくてとても頼りになりました」


にこにこ笑みを零す琳麗に劉輝はガバッと肩に手を置いた。


「琳麗っ! あのくされじじいに騙されてはならんぞっ!」

「騙されてなんておりませんよ。霄太師がどのような方かは分かっておりますし」

「そ、それもそうだな……」


以前、秀麗たちが貴陽を発ってからしばらく後、劉輝は霄太師からは見合い攻撃と、宋太傅からいきなり剣の稽古を持ち出された。しかもかなり強引に。
その後になって知ったが、劉輝は二人の暇潰しにされたらしく、それを琳麗が激しく叱りつけていたという。
そんな彼らを彼女は優しいとだけ評価するはずがない。
叱りつけた、という話を後から聞いた劉輝はとても嬉しくて堪らなかったのだ。まるで昔、清苑兄上に庇ってもらったみたいに。

まるで、姉がいたらこんな風にしてもらえるのではないか、と思う。
そうか、姉……と考えて、琳麗は一時期だが義姉であったのだ。秀麗が貴妃の時に。その時は全く知らなかったが。


「――――輝様、劉輝様? どうなされました?」


心配そうに見てくる琳麗にハッとした。


「いや、なんでも……」

「お疲れになられたのでは? もうお休みになられる時刻も過ぎていらっしゃいますし……」


寝台を整えながら話す琳麗に、劉輝は頷きながらもツイ、と袖を引っ張った。


「……劉輝様?」

「一緒にいてくれないか?」

「どうなさいました?」


劉輝は少しもじもじとしながら、琳麗を見た。


「一緒に寝ないか?」

「………………」

「あっ、変な意味ではなくてだなっ、その……」

「……眠るまで傍にいますから」

「琳麗も疲れているだろう、添い寝でいいから…」


琳麗はどうしようかと微苦笑した。静蘭に言われたのだ。他の男性と添い寝はしないで欲しいと。


「劉輝様、例え劉輝様が秀麗一筋だとしても、流石にそのようなことは出来ません。それに」

「それに?」

「静蘭に言われましたの、他の男性と軽々しく添い寝などしてはいけない、と」

「せ、静蘭にっ!?」

「はい……」


劉輝はあわわと慌てた。実は琳麗には一度添い寝をしてもらったことがあるのだ。
まさか、それを知られた!?と不安げに琳麗を見ると微苦笑していた。


「大丈夫です、以前一緒に寝たことは秘密にいたしましょう」


口元に人差し指を当て、笑う琳麗に劉輝は「はい」と素直に答えたのだった。


「さ、お休みになって下さい。眠るまでお傍におりますから」

「……ありがとう、なのだ」

「いいえ」


琳麗はそう言うと二胡を手に取り、ゆっくりと弓を引いていく。
静かな音が部屋を満たしていく。
琳麗の音色は秀麗と似てはいるが、やはり違うと思いながら劉輝はまどろみ、眠りへと落ちていった。


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蒼天の華 / 恋する蝶のように