壱
新年を迎え、今、宣政殿にて朝賀が行われていた。
始めは、茶家当主が到着し新年の新当主の挨拶が行われ、茶 克洵は紅藍両家の大物を釣り上げたという。
侍官から聞いた話しでは、前王すら叶わなかった――紅家当主、紅 黎深と藍家は当主ではないが、『藍 龍蓮』が臨席したらしい。
それには琳麗も驚きながらも、微笑んだ。
茶家新当主は強力な後ろ盾を手に入れたのだ。そして、今、王に謁見しているのは茶州州牧と州尹の二人。
それを考えると、秀麗に会いたい気持ちはあるものの、劉輝が心配で仕方なかった。
(きっと、野次馬も沢山来ていることだろう…)
物見高い官吏たちを考えるとため息が出そうになるが、琳麗は花瓶に花を生け、真っ赤な寒椿を突いた。
(どんなに綺麗になっているかしら…)
色々な経験は人を成長させていく、そしてそれを秀麗はこの数ヵ月で経験している。
琳麗はそう考えると可愛い妹に会えるのが待ち遠しくなりつつも、あの王が一人になるのが心配で宮城から出れずにいた。
(……静蘭が戻って来ているのに……会えるのはいつかしら…)
愛しい恋人を思い、彼もまた落ち込んでいるのではないかと思うと琳麗はいたたまれなくなった。
(今夜辺り、顔を出さなくちゃ)
久々に会えることを思うとやや沈んでいた気持ちが浮上し、琳麗は謁見が終わる時刻を見越して、お茶請けの支度をするのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「姉様っ!」
「秀麗っ!」
邸に帰ると父・邵可とお茶をしていた秀麗が、入って来た琳麗に飛び付くように抱きついてきた。
「お帰りなさい、秀麗。よーく顔を見せて」
一度はギュッと抱き締めたものの、琳麗は身体を離すと秀麗の頬に手を当てた。
予想していた以上に綺麗になっている秀麗を見て、微笑んだ。
茶州を発つ時はまだ暗い影を落としていたのに……それを誰が救ったのかは分からないが、感謝したくなった。
自分も関わっていたゆえに何も出来ず、しまいには貴陽へと帰還してしまったのだ。
「姉様?」
「ふふっ、綺麗になったわね。秀麗」
「な、何言ってるのよ! 姉様こそ相変わらず綺麗……だけど、なんか疲れてる?」
「ずっと王宮に詰めていたからね。一応、お正月の準備とかはしていたし、足りないものはなかった?」
「ごめんね、姉様! 一人で色々させちゃって……」
「大丈夫よ、秀麗。父様も色々手伝って下さったから、ね、父様」
邵可の方を振り向くと、誇らしげに頷く姿を見て、秀麗はやや不安に陥った。が今のところおかしなところはない。
荷物を置きに自室に行ったが、綺麗だったし、庖厨は邵可が父茶を淹れようとしたせいで物が散乱していた(これは秀麗の失敗だった)
使う室に関しては散らかってなどいない。
「……そ、そう…」
「ええ、だから大丈夫よ。さぁ、夕餉にしましょうか。王宮から少し頂いたのを詰めてきたのだけど」
琳麗は卓子の上に重箱を広げた。
そこには沢山の菜が並べられている。
「でも汁物は作った方がいいわね」
「私がっ…」
「大丈夫、私が作るから。たまにはいいでしょう? ご飯が作ってある生活」
クスッと笑みを浮かべ、琳麗は庖厨へと向かった。
有無を言わせないような姉に秀麗は椅子に座った。
「ところで――静蘭は? 姿が見えないけど」
「静蘭は白大将軍たちが迎えに来て出掛けて行ったよ」
「白大将軍たちが?」
「珍しいわよね、静蘭が飲みに行くなんて」
「……そう…」
白大将軍たちが……ということは『魔の宴』か。というと十日は帰って来れないかもね。
残念……と小さくため息を吐くと琳麗は庖厨へ温かい汁物を作りにいった。
秀麗が邵可に茶州でのことを話していると、扉が開き、湯気が立つ汁物を持った琳麗が入って来た。
「お待たせ。少し遅くなってしまったけれど頂きましょうか」
「そうだね。秀麗、そして琳麗、今年もよろしく頼むよ」
邵可の言葉に二人は「「こちらこそよろしくお願いします」」と口を揃えて言ったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
秀麗たちが帰って来てから数日後、秀麗はある案件を通す為に工部攻略にやきもきしているようだ。
この数日間、どんなに会おうとしていても工部の尚書と侍郎に会えずにいた。
秀麗たちが思案した案件は工部の他に戸部、礼部にも話をつけなくてはならないが、二つの部署とは話を通すことが出来たらしい。
数日前、奮発して高い美酒を持っていったら酒だけ巻き上げられたらしい。
その話を聞いて琳麗は困った顔をするしかなかった。
あの工部尚書と工部侍郎もなかなかアクの強い方々なのだ。しかも秀麗の国試受験、州牧派遣に最後まで反対した部署だからだ。
琳麗はため息をついて、秀麗があまり無茶しなければいいと思いながら、酒臭い朝廷三師の室を換気した。
「いくらお正月とはいえ、飲み過ぎでいらっしゃいますよ!」
その言葉に百官の長ともいう霄太師は白い髭を扱いた。
「琳麗殿も良かったらお飲みになっては如何かな」
「まだ仕事が残っておりますので遠慮いたします」
ぴしゃりと断られ、霄太師、宋太傅は長年の勘かこういう状態の女子には逆らわない方がいいと思ったのか、おとなしくしていた。
「夕餉までまだ時間がありますので、お茶を用意いたしますね」
おとなしくなった二人に琳麗はにこりと笑うとカチャカチャと茶器とお茶請けの準備をした。
コポポと急須から注がれた茶は菊茶だった。ふんわりと良い薫りが辺りを漂わせる。
酒の臭いも換気したおかげで、茶の薫りが楽しめた。
「そういえば、主上の様子はどうかね。琳麗殿」
「……いつもと変わりありませんわ」
「ふむ。まだあれ以来紅州牧とは会っていないようじゃな」
「そうみたいです。秀麗も里帰りした訳ではないですし、色々仕事で忙しいようです。……主上も仕事が山積みのようですし……」
そう言って、琳麗は茶とお茶請けの饅頭を卓子に置いた。
「主上のところにも差し入れて参りますので、失礼いたします」
退出の礼を取り、琳麗はサラサラと室から出ていった。
饅頭を口にした霄太師はそれがいつもの饅頭と違っていることに気付いたのだった。
(ほんに、優しい娘じゃ……)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
訪れた執務室からは、劉輝一人だけの気配を感じ、琳麗は首を傾げた。
とりあえず、扉を叩くと入室の許可が出て室に入った。
「琳麗ではないか」
「お茶をお持ち致しました、劉輝様」
持っていた筆をカタンと置き、劉輝は「頼む」と呟いたのだった。
「…………琳麗…」
そう呟いたものの劉輝は何も言わなかった。
コトリ、と置かれた饅頭を手にとり口にすると、懐かしい味が口に広がった。
「あの子は今日も工部攻略に勤しんでます」
「……そうか」
秀麗が工部尚書、侍郎に会えないのは知っていた。だが、それを手助けすることは劉輝には出来ない。いや、してはいけないのだ。
それではいつまで経っても彼女は認められないから。
「劉輝様が気に病むことはありません。あの子は官吏で州牧なのです。認めてもらうには彼女がなんとかしなければならないのです」
「……そうだな…」
もぐ、とまた饅頭を口にした。何度食べても美味しくて、懐かしい味だ。
いつまでも茶州のことばかり考えてはいられない。
劉輝にとっては彩雲国全てを考えなくてはならないのだから。
そして、これからのことも。
琳麗は悲しげな表情をする劉輝をただ見守るしかなかった。
(……王とはなんて孤独なモノなんだろうか……)
彼女に出来たことは、彼の愛しい人が作ったのを差し入れしたことだけだった。