壱
(今頃、秀麗キレてないといいけど…)
琳麗は籠に菓子と茶器類を手にしながら、回廊を進んでいた。
現在、邵可邸には二人の居候がいる。
二人とも彩七区にそれぞれ貴陽別邸をもっているのだが、龍蓮は「藍邸は風流でない」という意味不明な理由から。
克洵は茶 鴛洵死去以来、別邸が手入れされてないこと、先の朝賀の席で紅藍両家の大物を釣ったことで偉い方々からの文が届いていっぱいいっぱいになったようだ。
そして、その二人……いや龍蓮は克洵と秀麗に笛を聴かせると朝から宣言していた。
琳麗、邵可、静蘭は宮城に出仕しなくてはならず、秀麗が必死の思いで「行かないで」と眼で訴えていた。
がそんな秀麗の願いを妨げたのも龍蓮だった。
「秀麗、琳麗はこれからお茶も酌む事も出来ぬ愚兄其の四たちにお茶を出しに行かねばならぬのだ、下らないが仕方なく行かせてやれ」
「下らないって、アンタねーっ!」
「琳麗、気をつけるのだぞ」
「?、ありがとう龍蓮」
そう言って出仕し、琳麗は龍蓮が下らんといった相手へと茶を運ぶのであった。
執務室の扉を叩くと、顔を出したのは楸瑛だった。
「これは琳麗殿」
「少し休憩なさいませんか? 茶菓子をお持ちいたしました」
「ありがとう」
そう言って、身体をずらし中へと通してもらった。
そこにはニタニタと笑う王の姿が。
「劉輝様、ご機嫌なようですわね」
「りっ、琳麗!」
「秀麗殿に会いに行ったらしくてね」
「あぁ。風邪を召しませんでしたか? 秀麗が心配しておりましたよ」
「なにっ! 秀麗が?」
「ええ、この寒い季節に庭院で二人でいたなんて」
それを聞いた劉輝は「そっかあ、秀麗が心配…」とデレデレしていた。
琳麗は茶器を用意しながら、一人足りないことを楸瑛に確認をした。
「絳攸様はまだご出仕なさってないのですか?」
「いえ、主上にも先ほど訊かれましたが、もう出仕はしてますよ。吏部の仕事がたまりまくっていてとんでもないことになっているそうです」
「まぁ、そうなんですの? あとで叔父様に一言言わないと!」
“悪鬼巣窟”吏部の猛者たちでさえ入室を泣いて嫌がる吏部尚書室。
働き者の戸部尚書はかつて足を踏み入れた瞬間踵を返し、以後近寄りもしなくなったという。
『戸部尚書の仮面の下』と『吏部尚書の未処理仕事』は朝廷恐怖の二大代名詞として他の追随を許さない。
「……り、琳麗が言えば…なんとかなるかもな…」
「そ、そうですね……吏部尚書には邵可様か琳麗殿、秀麗殿ですね」
それは正に鶴の一声になるだろう。その言葉に琳麗はクスッと笑うのだった。
そのとき、入室しときた下官が恭しく訪問者を告げた。
「茶州州尹、鄭 悠舜様がお見えになりました」
劉輝は楸瑛も下がらせ、琳麗は二人に茶の支度のしてから下がろうとした。
「では、私もこれで」
「ああ、ご苦労であった。琳麗、あの件……すまないがよろしく頼む」
「……はい。では失礼いたします」
頭を下げ、扉近くにいる悠舜が進むのを見送ってから琳麗は執務室から退出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その頃、邵可邸では秀麗が全商連に出掛けるのと入れ違いに主である邵可と、その弟、紅 玖琅がいた。
邵可はお茶を淹れようとしたが、いつものごとくなかなか茶器が見つからない。しかも散らかしたが玖琅はそれを片付け、茶器を見つけた。
持ってきた蜜柑をお茶請けに二個とりだし、きちんと洗って小皿にのせ、かつお茶を二人分淹れた。
邵可は逆にもてなされ、まったりとお茶をいただき、無言の玖琅と会話をしていた。
そして、玖琅は一杯目の茶を飲み干すと、じろりと長兄を睨むように見据えた。
「別の吟味は終わりましたか、邵兄上」
惑わされることなく氷の視線でズバリ本題を突いてきた末弟に、邵可は内心で舌打ちした。
そう秀麗の縁談相手についてである。
だが、秀麗は結婚とか考えてなどいない。それは琳麗も同じことだった。
邵可は年頃の娘にしてはあまりに恋愛を意識しない娘達を考える。まだ琳麗は違うが。
秀麗は鈍感と言うより、おそらくは無意識に考えないようにしているのだ。
「……まあ、官吏になったこともあるけど、政略でもなんでも、自らの意志で申し込みにこない男に秀麗をやるわけにはいかないよ。
必要だと判断したから、私も黎深も縁談話に目を通したけど、最終的には秀麗次第だ。そしてそれは、多分――とても難しい。
琳麗も同じだ。いや琳麗の方がもっと可哀想だよ。琳麗には静蘭が…」
「シ 静蘭がかつて誰であれ、今は紅家家人。琳麗とは身分が違います」
「……それは私は問題とも思わないよ、玖琅。琳麗の幸せになるなら私は構わない」
「邵兄上!」
「琳麗は今、重臣たちが一目置く妃候補だ、彼女は望もうと望まないと、それが表面化した時、政略以外なんでもない」
「琳麗は紅家長姫です。彼女の立場上釣り合うのは藍家もしくは王家以外ないではないですか」
「……それでも、まだその話はまだ出ていない。下手に口に出さないでおいた方がいいよ」
「……」
その後、秀麗の話に戻ったのだった。