琳麗は蒼明宮である場所をサラサラと歩いていた。
不意に視界に入った紅色の着物に、どうしたのだろうかと声を掛けた。


「叔父様、そんなところで何をしていらっしゃるのですか?」


途端、物陰に隠れていたのかビクッとする気配を感じ、琳麗はくるりと振り向いた。


「こんにちは、黎深叔父様」

「り、りりり琳麗っ!」


見れば黎深は包みを持ってウロウロしていたのだ。


「それは……どうなさいましたの?」

「ここここれは…」

「おや、黎深に琳麗殿ではないですか?」

「悠舜!」

「悠舜さん、お話はお済みですか?」

「ええ。それより、こんなところでどうしたんです? 黎深」

「こ、これを秀麗に渡してくれ! 私の名を明かさずに親切で優しくて素敵な人からだと。『こっちの方がずっと美味しい』からとな」

「……は?」

「いいか! 分かったか、親切で優しくて素敵な人からの贈り物だぞ!」


そう言った刹那、黎深はぴゅうっとどこかへ行ってしまった。
それに琳麗も悠舜も呆然としてしまう。
互いに一体なにが?と思っていると声を掛けられた。


「悠舜さん! 姉様!」


振り向けば、そこには秀麗の姿がありこちらに近寄って来た。


「え? ああ、秀麗殿。私に会いたいと言付けをなさったのはあなたでしたか」

「あぁ、それで」


琳麗と悠舜は黎深から手渡された包みと秀麗を見比べて、納得した。
その様子に秀麗はやや首を傾げ訊いてきた。


「……悠舜さん、姉様? その包みがどうかしたんですか?」



それに琳麗は苦笑し、悠舜は何とも言えない顔をした。
悠舜にしてはなんとも珍しい、苦笑半分、呆れ半分の笑顔で――ついと手にした包みを秀麗に差し出したのだった。


「……預かりものなのです。とある人からあなたへ贈り物だそうですよ」

「え? 私にですか? 誰からです?」


琳麗は苦笑するしかなく、悠舜はどう言ったものか考え


「おかしな人ですが、あやしい人ではありません」

「そうそう、受け取ってあげて秀麗」

「姉様? 知ってる方?」

「よく状況はわかりませんが、『こっちの方がずっと美味しい』だそうです」

「は?」


とりあえず悠舜からそれを受け取ったが、秀麗は包みからのぞいているものを見て眉を上げていた。


「どうかした、秀麗?」

「う、うーん……」


ごそごそと巾着から出されたのは蜜柑。そして包みに入っていたのも蜜柑だ。


「こっちの蜜柑はどうしたの?」

「出掛ける前に玖琅叔父様がいらして、下さったのだけど……」


その名前に琳麗も悠舜も『あぁ、なるほど』と二度目の納得をした。


「どうして、今日はこんなに蜜柑を頂くのかしら?」


小首を傾げる秀麗に、琳麗も悠舜も何度目かの苦笑をした。


「そういえば悠舜さん、吏部尚書って紅一族のかたなんですか?」


不意にもたらされた質問に琳麗も悠舜も動揺したが、すかさず笑顔でごまかした。


「おや、なぜですか?」

「同期が吏部に在籍してるんですけど、なんだかお仕事をあんまりしない、しょうがない人みたいで。噂じゃ、絳攸様もいつもたくさんお仕事押しつけられてるとかって……。姉様、知ってる?」

「…………」

「それで、どうかしたの?」


悠舜は嘘がつけず黙っていたら、琳麗が秀麗に先を促した。


「その、今、うちに玖琅叔父様……紅家の叔父様がいらっしゃってて……うちの父と違って、すごく優しくてしっかりしていて素敵なかたなんですけど、その方を通じて『お仕事をちゃんとしてください』とかってお願いするのって……やっぱり出過ぎ……ですよね…」


琳麗は秀麗がそう言った瞬間、飛ぶように駆けていった黎深の姿を見た。それは悠舜も同じらしい。


(……これで絳攸様たち、お仕事から解放だわ……)


自分が言いに行くよりも叔父だよ。と名乗れない分、秀麗の言葉は黎深にはうってつけだ。
傍らで微笑みながら秀麗の優しさに悠舜が笑うのを見て、琳麗も笑みを深めた。
そこへ侍官がやって来て、霄太師が琳麗を呼んでると告げた。


「紅州牧、鄭州尹。それでは御前失礼します」


琳麗が頭を下げれば、髪飾りがシャランと音を立てた。
もう秀麗の方が身分が上なので、琳麗は頭を下げ、その場を離れたのだった。



   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「お呼びとのこと、参上いたしまし……何をなさっておいでですか?」


侍官に伴われ、朝廷三師である霄太師の室へ参れば、なぜか霄太師と葉医師の取っ組み合いに眉を潜めた。


「……り、琳麗殿」

「……琳麗嬢ちゃん」


二人は何をしているのか互いに膝を突きあい、お前が言え!だのなんだの言っている。
葉医師にドンと突かれ、霄太師はやれやれとばかりにこちらを向いた。
が、その真摯な眼差しに琳麗はコクンと息を飲む。


「琳麗殿、秀麗殿と共に銀髪の輩には決して近づいてはならぬぞ」


それに琳麗は眼を見張った。
――銀髪の輩……それは『縹 璃桜』を差していたからだ。
なぜ、と思いながらも琳麗は頭を下げた。


「ご忠告痛み入ります」


もうすぐ、何かが動きだそうとしていた。



第一幕 終



あとがき

お久しぶりでございます。
ようやく『心は藍よりも深く』に突入いたしました。
ここからはかなり端折っていくかもしれません。
更新が鈍亀といいよりはカタツムリ並みで申し訳ございません!


2009/11/27


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蒼天の華 / 恋する蝶のように