弐
琳麗は蒼明宮である場所をサラサラと歩いていた。
不意に視界に入った紅色の着物に、どうしたのだろうかと声を掛けた。
「叔父様、そんなところで何をしていらっしゃるのですか?」
途端、物陰に隠れていたのかビクッとする気配を感じ、琳麗はくるりと振り向いた。
「こんにちは、黎深叔父様」
「り、りりり琳麗っ!」
見れば黎深は包みを持ってウロウロしていたのだ。
「それは……どうなさいましたの?」
「ここここれは…」
「おや、黎深に琳麗殿ではないですか?」
「悠舜!」
「悠舜さん、お話はお済みですか?」
「ええ。それより、こんなところでどうしたんです? 黎深」
「こ、これを秀麗に渡してくれ! 私の名を明かさずに親切で優しくて素敵な人からだと。『こっちの方がずっと美味しい』からとな」
「……は?」
「いいか! 分かったか、親切で優しくて素敵な人からの贈り物だぞ!」
そう言った刹那、黎深はぴゅうっとどこかへ行ってしまった。
それに琳麗も悠舜も呆然としてしまう。
互いに一体なにが?と思っていると声を掛けられた。
「悠舜さん! 姉様!」
振り向けば、そこには秀麗の姿がありこちらに近寄って来た。
「え? ああ、秀麗殿。私に会いたいと言付けをなさったのはあなたでしたか」
「あぁ、それで」
琳麗と悠舜は黎深から手渡された包みと秀麗を見比べて、納得した。
その様子に秀麗はやや首を傾げ訊いてきた。
「……悠舜さん、姉様? その包みがどうかしたんですか?」
それに琳麗は苦笑し、悠舜は何とも言えない顔をした。
悠舜にしてはなんとも珍しい、苦笑半分、呆れ半分の笑顔で――ついと手にした包みを秀麗に差し出したのだった。
「……預かりものなのです。とある人からあなたへ贈り物だそうですよ」
「え? 私にですか? 誰からです?」
琳麗は苦笑するしかなく、悠舜はどう言ったものか考え
「おかしな人ですが、あやしい人ではありません」
「そうそう、受け取ってあげて秀麗」
「姉様? 知ってる方?」
「よく状況はわかりませんが、『こっちの方がずっと美味しい』だそうです」
「は?」
とりあえず悠舜からそれを受け取ったが、秀麗は包みからのぞいているものを見て眉を上げていた。
「どうかした、秀麗?」
「う、うーん……」
ごそごそと巾着から出されたのは蜜柑。そして包みに入っていたのも蜜柑だ。
「こっちの蜜柑はどうしたの?」
「出掛ける前に玖琅叔父様がいらして、下さったのだけど……」
その名前に琳麗も悠舜も『あぁ、なるほど』と二度目の納得をした。
「どうして、今日はこんなに蜜柑を頂くのかしら?」
小首を傾げる秀麗に、琳麗も悠舜も何度目かの苦笑をした。
「そういえば悠舜さん、吏部尚書って紅一族のかたなんですか?」
不意にもたらされた質問に琳麗も悠舜も動揺したが、すかさず笑顔でごまかした。
「おや、なぜですか?」
「同期が吏部に在籍してるんですけど、なんだかお仕事をあんまりしない、しょうがない人みたいで。噂じゃ、絳攸様もいつもたくさんお仕事押しつけられてるとかって……。姉様、知ってる?」
「…………」
「それで、どうかしたの?」
悠舜は嘘がつけず黙っていたら、琳麗が秀麗に先を促した。
「その、今、うちに玖琅叔父様……紅家の叔父様がいらっしゃってて……うちの父と違って、すごく優しくてしっかりしていて素敵なかたなんですけど、その方を通じて『お仕事をちゃんとしてください』とかってお願いするのって……やっぱり出過ぎ……ですよね…」
琳麗は秀麗がそう言った瞬間、飛ぶように駆けていった黎深の姿を見た。それは悠舜も同じらしい。
(……これで絳攸様たち、お仕事から解放だわ……)
自分が言いに行くよりも叔父だよ。と名乗れない分、秀麗の言葉は黎深にはうってつけだ。
傍らで微笑みながら秀麗の優しさに悠舜が笑うのを見て、琳麗も笑みを深めた。
そこへ侍官がやって来て、霄太師が琳麗を呼んでると告げた。
「紅州牧、鄭州尹。それでは御前失礼します」
琳麗が頭を下げれば、髪飾りがシャランと音を立てた。
もう秀麗の方が身分が上なので、琳麗は頭を下げ、その場を離れたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お呼びとのこと、参上いたしまし……何をなさっておいでですか?」
侍官に伴われ、朝廷三師である霄太師の室へ参れば、なぜか霄太師と葉医師の取っ組み合いに眉を潜めた。
「……り、琳麗殿」
「……琳麗嬢ちゃん」
二人は何をしているのか互いに膝を突きあい、お前が言え!だのなんだの言っている。
葉医師にドンと突かれ、霄太師はやれやれとばかりにこちらを向いた。
が、その真摯な眼差しに琳麗はコクンと息を飲む。
「琳麗殿、秀麗殿と共に銀髪の輩には決して近づいてはならぬぞ」
それに琳麗は眼を見張った。
――銀髪の輩……それは『縹 璃桜』を差していたからだ。
なぜ、と思いながらも琳麗は頭を下げた。
「ご忠告痛み入ります」
もうすぐ、何かが動きだそうとしていた。
第一幕 終
あとがき
お久しぶりでございます。
ようやく『心は藍よりも深く』に突入いたしました。
ここからはかなり端折っていくかもしれません。
更新が鈍亀といいよりはカタツムリ並みで申し訳ございません!
2009/11/27