琳麗は吏部の仕事が終わったと聞き、頑張った吏部官吏たちへお茶を運んだ。


(……なんだか皆さん、大丈夫かしら…)


口から魂魄が飛んでいったかのような、吏部官吏たち。
仕事をしても、ある意味被害が大きい吏部尚書である叔父に琳麗は吏部官吏たちに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

回廊を歩いて行くと空気に変化を感じ、琳麗は足を止めた。


(……これは、?)


曇天からはらはらと雪が舞い、ひゅう、と頬を切るような凍えた風にハッとした。
衣の裾を持ち上げ、回廊を音もなく一気に走る。


(……っ、秀麗!)


走り辿り着いたその場所には、秀麗の姿はなく、父――邵可と珠翠、そして舞い散る雪のなかでも冴え冴えときらめく銀髪の男が立っていた。
珠翠の顔が今にも倒れそうなほど青ざめているのが分かる。


「父様、珠翠っ!」

「っ、琳麗!?」

「り、琳麗様……」


声を上げると邵可と珠翠は走ってくる琳麗を見た。そして、ゆっくりと縹 璃桜が振り返る。


「……これは、久しぶりというべきでしょうか『紅 琳麗』殿」

「縹、璃桜……」

「まさか、あなたが紅家にいようと思いませんでした。以前お会いした時は、挨拶出来ませんでしたね」


ゆっくりとその薄い口唇が笑みに綻び、闇夜のような漆黒の眸はまっすぐ琳麗を見つめた。
琳麗はその『氷の微笑』に負けじと見つめ返すがそれに邵可が間に入った。


「――娘たちの前に、二度と姿を現すな」

「そうはいかない。見つかった今、私も姉も手に入れるだけだよ、邵可」


璃桜はそういって再び微笑すると、コツコツと回廊の向こうに、月と彩雲華を散らした夜明けの衣を翻して消えていった。
異能を操る神祗の血族の縹家当主、縹 璃桜。


「琳麗!」


邵可はジッと璃桜を見つめたままの琳麗に声を掛けた。


「姿を見せるとは……大丈夫かい?」

「……これで三度目になるから、それでも」


少し震える手を見つめ、背中に冷や汗を感じた。
それを見た邵可はぐっとその手を握り締める。温かいその手に琳麗は心を落ち着かせた。


「そういえば、秀麗は!? 秀麗も彼に会ったのでしょう? だから私……」

「秀麗は先に行かせたよ。……全く、ヤツが貴陽に来るなんて思わなかった」


チッと舌打ちをしそうな父の姿を見て、琳麗は嫌な予感がするのを覚えた。
それは茶州から帰る前に起きた騒動にも関連して。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


父たちと別れ、琳麗は霄太師のもとへある方から頂いた茶菓子を持ち、回廊を歩いていると悠舜に声を掛けられた。


「琳麗殿」

「鄭州尹、どうかなさいましたか?」


回廊の脇へと移り、頭を下げ、琳麗は悠舜に答えた。


「お忙しいところ、申し訳ございません。秀麗殿がどちらにいらっしゃるか分かりますか?」

「大丈夫です。秀麗は、そうですね……多分府庫にいるかと」

「府庫ですか、ありがとうございます」

「いえ、御前失礼いたします」


一礼をし、悠舜が先に行ったのを見送り、室へと向かったのだった。


「失礼いたします。お茶をお持ちいたしました」

「おぉ、ありがたいですな」


こう寒くては身体が冷えてしまうので、という霄太師に琳麗は微笑しながら熱いお茶を淹れた。


「どうぞ」


スッと出したのは緑茶と黒芋羊羮。
その組み合わせに霄太師は口を出した。


「これは、旨そうな黒芋羊羮ですのぅ」

「黒州州牧、櫂瑜様から戴きました」

「……櫂瑜、殿からですか」

「はい。お茶をお届けに参りましたら、お土産ですと渡されましたので」

「何か、言ってましたかな…」


霄太師は芋羊羮をじっと眺めながら、呟いた。


「いえ、大したことは。相変わらず、美しいですね。とお言葉を戴きましたが、ドキドキしますね」

「…………」

「そうそう、霄太師はお元気ですか、と聞かれましたがお会いになっていないのですか?」

「い、いや……その…うむ、琳麗殿は気になさらんで結構ですぞ…」


霄太師はそう言うと緑茶をズズッと啜ったのだった。


「ところで琳麗殿。なにもされませんでしたか」

「大丈夫です、父が傍にいましたから」


誰に、とは言わずとも誰のことかは分かったのだった。


「……気をつけて下さい」


霄太師は小さな声でそう呟いたのだった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


ざわざわと内朝が騒がしいのを感じた琳麗は、傍らの霄太師に訊ねた。


「……何か、起きたのでしょうか…」

「ふむ……琳麗殿はどう見ますかな」

「嫌な……予感が致します」


数日前からなにやら胸が騒ついていて、何も起こらなければ良いと願っていたものの、この直感は小さな頃からあまり外れたことはない。
琳麗がそう言うと、霄太師はふむ。と頷き、口を開いた。


「茶州虎林郡の邑で奇妙な病が流行っていて、杜州牧が単身そこへ向かい、『邪仙教』という集団が病を利用して村人に恐怖心を煽っている、という知らせがあったようですじゃ」


琳麗は眼を見開いた。嫌な予感はこれか、と。それを見た霄太師は顎髭を扱きながら、琳麗を見た。


「琳麗殿に頼みがあります、葉 棕庚を呼んで来て下さらんか」

「……葉医師を、ですか?」

「早めに呼んだ方が手間を省けるじゃろうて」

「分かりました。直ぐに行ってまいります」


琳麗は頭を下げ、退出するとその足で車宿りまで行くと、馭者に頼んで軒を早急に走らせたのだった。


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蒼天の華 / 恋する蝶のように