参
「なんで……なんで? なんでそんなことするの。もう充分じゃない。何も悪いことしてないのに、お父さんもみんなも、死んじゃって、これ以上、どうしようっていうの。せっかく……せ…っかく、きて、くれたのに。お母さ……助けようと、してっ、くれ……ひと、なの、に」
石榮村の子供だ、と誰かが囁き、男たちが後じさる。
やめて、と涙の合間から小さく絞りだす声がした。
「やめてよ。もう、誰かが死ぬの、見たくないよぉ……っっ!!」
祈りのような叫びに琳麗も、秀麗も震えた。
琳麗は手にしていた短剣の柄を離し、秀麗の肩へと手を乗せた。それに震える手が重なる。
二人の胸にどん、と何かが突き抜けたような気がした。
十年前の、自分たちが、そこにいた。
倒れていく人々。死んでいく人々。何もできずに、明日が来ることにさえ脅えて。
(だれかたすけて)
どこかにいる『誰か』に、毎晩祈った。
もう、これ以上悲しい二胡を、鎮魂歌を、弾きたくない、歌いたくない。
一生懸命握った手から、力が失われていく瞬間の、心が砕けるようなあの想いを。
ああ、声が、聞こえる。
(…だめ、眼を閉じないで…)
(いや……死なないで……いやだよ……もういやぁ……!)
誰か救い出して。誰か、違う明日がくるよと言って。
もう大丈夫だよと、言ってくれる人を。
ただ、待って――そして。
「このクソガキ! わかんねぇのか。この女がお前の村めちゃくちゃにしたんだぜ。こいつ殺しゃあ全部良くなるんだよ!」
「――ちがうもんっっ!! そんなの嘘だもん。影月お兄ちゃんが言ったもん。あたしたちの村に来てくれる女の人は、絶対助けてくれるって!! あたし、影月お兄ちゃん信じてるもん!!」
影月、とポツリと燕青が呟いた。
「何も知らないくせに……影月お兄ちゃんがどんなに頑張ってけれたか、何も知らないくせに、勝手なこと言わないで! あたしは、勝手なことばっかり言うだけ言って、山に引きこもってなんにもしないヘンな集団も、簡単に誰かを殺すなんてあんたたちも信じない。あたしは、助けに来てくれた影月お兄ちゃんの言葉を信じるもん!! 本当に来てくれた、このお姉ちゃんを信じるもん!!」
琳麗はギュッと秀麗の手を握り、トンっと背中を押した。
その少女は秀麗を振り仰いだ。くしゃくしゃに顔を歪め、大きな瞳から涙があふれる。
「お姉ちゃ……お願い……あたしの、お母さんをたすけて…」
秀麗は膝をつき、少女の小さな頭を抱き寄せた。
十年前に、誰も言ってくれなかった言葉を、いま、彼女に――そして。
誰も言ってくれないなら、自分が言おうと思った、昔の自分に、姉様に向けて。
「「もう、大丈夫よ」」
後ろから琳麗の声が重なり、少女はいっぱいにためた大粒の涙をこぼし、秀麗にしがみついて泣いた。
そして、秀麗も泣きそうになるのを堪えた。
言って欲しいのはたったひとこと。
見捨てられていない。どうでもいいと思われていない。
そのことがわかる、たったひとこと。
『大丈夫』
「あり…がと……っ」
きてくれて、ありがとう。たくさんお薬送ってくれて、お医者さん連れてきてくれて。
見捨てないでくれて、ありがとう。
抱き合う二人を見ていた琳麗が短剣に手をかける。
「――うっせぇ!!」
男が爛々と目をぎらつかせ、剣を振りかざした。
「生意気な口利きやがってこのクソガキども! ぶっ殺してやる!!」
琳麗が剣を振り、燕青が踏み込んだ。
一瞬で間合いを詰め、棍で剣を跳ねとばし、男の首には短剣が迫っていた。琳麗は足払いをした。
男は地面に打ち倒され、燕青の足がその背を踏みつけて固い地面にはりつける。
「――どけよ」
低い声とともに、棍が地面を打つ音が、高く重く響き渡る。
燕青の裂帛の気迫が、男たちを打ち払う。
「そこをどけっつってんだろぉがっ!!」
雷に打たれたかのように、男たちがびくりと身を引いた。
そのとき、城門から馬が走り出てきた。
馬上にいる青年官吏の姿に、待っていた丙太守はぐっと拳を握りしめた。
「丙太守! 準備、すべて完了しました。お医師殿、すぐに治療にかかれます!! ご指示通り、女性たちの協力の承諾を頂きました。特に針仕事の得意な女性たち数十人、文通りの縫合法を完璧に覚え、煮沸した銀針に絹糸を通して待機しております!!」
秀麗ははじかれたように葉医師を振り返った。
「葉医師……」
「昔から、看病に関しちゃおなごの右に出るもんはおらんじゃろ。それにこれは琳麗嬢ちゃんの案なんじゃ」
「姉様……」
琳麗を見ると片目を瞑りながら、笑顔を向けられた。
秀麗以上にまったく寝耳に水で驚いたのは男たちの方だった。
そしと城門から出てきた恰幅のいい女たちは、ズラリと並び男たちを睨み付け、怒鳴り飛ばした。
彼女たちも始めは病が回るのを恐れていたが、先ほどの小さな女の子を見つめ、病気の母親の為にした行為に涙を堪えた。
自分だったら、助けてくれるってんなら藁にも縋ると。
女たちは男たちを大喝した。
そのあまりにも凄い光景に燕青は目を丸くすると「おばちゃん超カッコいい〜」としみじみ呟いた。
琳麗は苦笑していると葉医師を見つめた。
「さあそこをおどき! やるこた山ほどあるんだ。力仕事だって腐るほどね。尻蹴飛ばされないうちにきりきり働きな。そうだろお嬢ちゃん」
秀麗は胸が詰まって声が出なかった。だから代わりに深々と頭を下げた。
「葉医師」
「おうさ。んじゃ行こうかい、秀麗嬢ちゃん」
再び、馬へと乗り城門をくぐる。
「そういや、琳麗姫さん」
「なあに、燕青さん?」
「いくら姫さんが危ないからって、無茶しすぎだろ」
「そんなことないわよ」
「そんなことあるっつーの。姫さんもだけど、琳麗姫さんにもなんかあったら静蘭に殺されるっての、ったく」
「大丈夫よ」
「……静蘭も苦労するはずだぜ」
「……」
「どうかしたのか?」
「ん、なんか視線が……」
キョロキョロを辺りを見渡す。
どこからか視線を感じたが、誰も視えない。ただ、少年が秀麗を見ていたのが見えたのだった。
「珍しいんだろ…」
「なら、いいんだけど…」
「ほれ、早く行くぞ。十文字元髭太郎」
「葉のじっちゃん、もうそれやめてくれ……」
二人のやりとりに苦笑しながら、琳麗はもう一度辺りを見渡した。
どこか知っている気配を感じて。
あとがき
お待たせしました。3ヶ月ぶりの更新です。
色々端折ったりなんだりで、訳が分からなくなっていると思います。申し訳ない。
2010/10/21