壱
虎林城に到着した一行は丙太守に案内され、患者たちに会うことになった。
案内された室には発病した村人たちが横たわっていた。
その光景に秀麗たちはもちろん、医者たちは呆然とした。
強い、死の臭いがたちこめる。
上腹部が脹らみ、肌は黄色みを帯び、ぼんやりと上を見上げるその白目まで黄色く濁っている。指は鉤のように曲がり、くるぶしには酷い浮腫みが出来ている。
葉医師は厳しい顔のまますぐに患者の一人に近寄り、注意深く手でざっと触診した。
「……やはり、肝か。湯は? 濃度の高い酒――茅炎白酒を運ばせたはずだが」
「隣の室に用意してあります。あとお申し付けの通り、清潔な布と服、上等な綿も」
「よし。身体洗って爪切って二の腕まで酒で洗い込んでから開始だ! いいか、手ぇ洗ったあと、絶対に顔や頭に触んなよ」
叫びながら、葉医師はすぐさま患者から離れ、とっとと着ていた服を脱ぎ始める。
琳麗はそれを受け取りながら、若い医師たちを見た。
彼らは顔を真っ青にしたまま、まだ患者たちを眺めている。
「そこに突っ立ったままのでくの坊どもは邪魔だから叩き出せ! 何しにきやがった!!」
打たれたように、医師たちが身をすくめた。彼らは顔を見合せ、葉医師がいる場所へと走りだした。
「ここは葉医師に任せときゃ大丈夫そうだな」
「ええ」
「秀麗」
「姉様」
「汚れた布と服がたくさん出るから、すぐに運んで村の女の人たちに洗濯してもらって」
琳麗は葉医師が脱いだ服を畳みながら、話しかける。
「じゃあ、私も用意するから後のこと頼んだわね」
「姉様、まさか切開する訳じゃないわよね…」
心配そうに聞いてくる秀麗に琳麗は微苦笑しながら、首を横に振る。
「私は縫合を手伝うのよ。さっ、私も行かなくちゃ。村の女の人たちも身体洗ったりしてもらわなくちゃならないから。女の方々はどちらへ?」
顔を丙太守に向けると、隣室にいることを伝えられ、琳麗はそちらに向かった。
「……なんつーか、琳麗姫さんもすげぇよな」
「姉様はああ見えて凄く強いのよ。さ、私たちもやる事を始めましょう! 運び込まれた荷物は?」
「こちらです」
丙太守に案内され、秀麗と燕青は柴 凜と協力して物品の手配へと駆け回り始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
琳麗は村の女人たちに身体を洗って、髪をきっちりくくり、髪一本落ちないようにひっつめるように頼んだ。
無論、琳麗の美しい長い髪は括り上げ、布で覆った。
琳麗がその室に入ると葉医師が医者たちを振り返って言っていた。
「いいか。俺が最初にやるのをまず見てろ。一発で手順と措置をたたき込め。貴陽で散々手順はやりこませたはずだ。あとは、俺がやるのを見て頭ん中と現実すりあわせろ。――いいか、相手は目ぇ開けてんだ。今までとは違う。相手は生きてるってことを、絶対忘れんなよ」
口元をぎゅっと布で覆い、まるで魚屋の魚のように患者が並べられた台の片端に立つ。
琳麗は患者の頭へと移動し、葉医師は患者のその目を覗き込み、目元を優しく和ませた。
「頑張りましたね」
「ああ、よく今まで頑張ったな。偉かったぞ。もう大丈夫だ、次には元気になってるからな」
患者が、ゆっくりと目を瞬いた。拍子に、ポロリとその眸から涙が一筋、こぼれ落ちた。
琳麗は清潔な布で涙を拭い、優しく微笑んだ。
安心させるように、大丈夫だと言い聞かせるように優しく。
煮沸の終わった特殊小刀をはじめとする器具が次々と並べられる。
「――切開を開始する」
葉医師の声が、その場に響いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
脇に置かれた皿に、摘出した袋が置かれた。
女性たちが呼ばれ、初めて剥き出しになった体内に青ざめる。
「まずは俺がやるから見ていてくれ」
思わず気を失って倒れたりする女性がいたが、日々庖厨で生きた動物をさばいていることもあり、大丈夫なようだった。
琳麗は、葉医師から縫合を頼まれ、腹を縫い合わせていく。
滑らかに動き、針は瞬く間に肉の内側を縫う。
女性たちはそれを伺っていた。
「へぇ、上手いもんだね」
「本当に牛か馬と一緒だ」
「まぁ、そんなもんじゃな」
結び目が結ばれ、ぷつんと糸が断ち切られる。
「さすが琳麗嬢ちゃんじゃ。わしより断然うまい。」
「包帯を」
琳麗が他の女性たちに言っていると、葉医師が指示をだした。
「薬師! 増血剤と体力つけさせる薬、それと眠り薬と毛布を用意しろ! 安逸の効がある香があったら焚いとけ。安心して眠らせろ。
鍼師は終わった患者にはあまり手を出すな。切開でどれだけ体力がおちてるかしれん。少しの刺激でも身体に負担をかけるのは避けろ。さぁ――これで全部だ」
葉医師は最初から最後まで無言を通した医者たちを見た。
誰かが、微かに身じろぎした。次に言われる言葉を誰もが覚悟した。
最初の患者が運ばれていくのを見送り、葉医師は血のついた服を脱いだ。
「出来ると思った者だけ戻ってくればいい。腹カッ切っただけで気絶されちゃあ、迷惑この上ないからな」
「……っ」
医者たちは戸惑い、何も言えずにいた。
「時間をやる。よーく考えろ。次の患者を運んで同じように麻酔を頼む」
「「はい」」
「引き続き、わしが切開する」
次の指示を出し、葉医師は琳麗を見上げた。
「すまんが、頼んだぞ。琳麗嬢ちゃん」
「私で出来ることならば。血のついた布や服はすぐに着替えて、洗って下さい」
琳麗も縫合の際、血のついた服を脱ぎ、それを役人へ渡したのだった。
若い医者たちは青ざめながらその場から出ていったのだった。
琳麗は出て行った医者たちを見つめ、役人の方に託けをした。
「昨日、葉医師が太守様に早文を出して頼んでおりましたことを彼らにお伝え下さい。葉医師からの伝言も『そこへ行って病巣摘出の練習をしてこい』ただし『出来ると思ったら戻れ。思えなかったら来るな』だそうです。……よろしくお願いします」
琳麗は役人に頭を下げると、身体を洗いに行ったのだった。
縫合と後の処置は女性たちに順番にしてもらい、若い医者たちを待った。
だが午を過ぎても、誰一人戻ってこなかった。
「……大丈夫ですか?」
「ああ」
また一人執刀を終え、患者が運ばれていった。
そして入れ違うかのように、若い医者たちが入って来た。
ただの一人も、欠けることなく。
琳麗と葉医師は微笑んだ。
「……ああ――その顔なら、患者を任せられる。よく、頑張ったな。軽度の患者は向こうから寝かせてある。数えられることは教えた。最後の一つも自力で手に入れたな。――行け」
医師たちはただ頷くと、ぎゅっと口元を布で覆い、患者の台に立った。