弐
三日後――。
満天の星のなかで、二胡の二重奏の音色が高く遠く響いていた。
火が、赤々と、天を衝くように燃えている。
秀麗と燕青が最後の遺体を運んで、葉医師が火を点けたのは、月が中天を過ぎる前。それから数刻――衰えることなく燃え盛る炎の熱は、今が冬ということさえ忘れさせた。
「……ごめんなさい…みんな一睡もせずに頑張ったんだけど…間に合わなかった…」
「……秀麗のせいではないわ…」
「力及ばないことだってあるさ。半分以上が無事切開を終えることが出来たんだから」
「…そうね…葉医師たちのおかげね」
「これだけは言えるぞ。ただの一つとして、失敗はなかった。あれ以上の事は、誰にもできん……わしにもな。奇跡と言っていい…」
「本当に……これだけの人を救えたことが奇跡なんですね」
未だ二胡を弾く琳麗に目を向けると赤々と燃える炎を見上げている。
「……奇跡…」
「全くだ。正直、葉医師以外当てにならんと思ってたんだが……謝らないとな」
「シュウランのお母さんもまだ危機を脱した訳ではないけれど、悪い病気を取り出してくれてありがとうって何度も泣きながら…」
琳麗はフッと弾いていた二胡の手を止めて、秀麗の膝の上で寝ているシュウランに毛布を掛けた。
「姉様……姉様は大丈夫?」
「私は大丈夫よ。ほら秀麗も掛けて」
「私より、リオウくんに掛けてあげて……」
秀麗が毛布を掛けようとしたら、ぱちりと目を開けた。
眠っていた訳ではなく二胡を聞いていたらしい。
「リオウくん、寒くない?」
「……ない。自分たちの心配したらどうだ」
毛布を突き返された秀麗は小さく笑い、琳麗も微笑した。
「いろいろ手伝ってくれたから、疲れたでしょう。眠ったら」
秀麗が頭を撫でると、リオウは鼻の頭に皺を寄せた。けれど何も言わず、また目を閉じた。
「手を尽くして下さって、本当に、ありがとうございました、葉医師……」
「まだ礼は早いじゃろ。秀麗嬢ちゃん、夜が明けたら、石榮村に行く気じゃろ」
秀麗は苦笑いした。
「……はい」
「よし、小僧どもは置いて行くとして、わしだけ連れてけ。――発病しないとかいうのを信じてふらふら山に入っちまった村人が、まだ残ってるんじゃろ。――もちろん、琳麗嬢ちゃんもじゃ」
「姉様も!?」
「琳麗嬢ちゃんは誰よりも優秀なわしの助手じゃ」
「…………」
秀麗と燕青は顔を見合せ、深々と葉医師と琳麗に頭を下げた。
「お願い、します」
(……葉医師…)
琳麗は葉医師を見つめた。
そして、目を伏せた。
彼は知っているのだろうか、琳麗がここへ来た理由を。
おいで、早く
待ちわびているよ
愛する我が姫
風に乗り、声が囁く。琳麗は天を見上げた。
星が瞬くのが見えた。
いつの間にか、葉医師は眠ってしまい。燕青が毛布を掛けていた。
燕青は琳麗を見つめて声を掛けた。
「……女の人ってさ、いざってときほんと肝据わるよなー」
時に若い医者たちを怒鳴り飛ばして、時に励まして慰めて温かいご飯とお茶を届け出、一緒に泣いて。そして、三日間、お医者とともに縫合をしつづけてくれた。
「……琳麗姫さんなんか、最初っから切開に立ち合うわ、縫合をしまくるわ、適わねぇよなー。
おばちゃんたちのあの針さばきすげぇ感動したよ。ナニワザ!? って感じ。俺、あの刺繍とかって実はどっかの木になっててさ、商人がもいで売ってんじゃねーかって本気で思ってたんだけどさ、ほんっとうに人間が自分で縫ってたんだな。しかもすげぇ速いし。そこらにいるおばちゃんたちはただのおばちゃんじゃないんだなぁ」
「「…………」」
「……ねぇ燕青、きっと『超うまい饅頭のなる木』とかあると思ってるんでしょ」
「『散らかった室を一瞬で綺麗にしてくれる不思議な枝』とかも?」
クスクス笑う姉妹に燕青は笑って肯定した。
琳麗は温かい飲み物を取りに行くと言って、その場を離れた。
虎林城は誰もが疲れ切り、この数日の不夜城が嘘のように眠りに沈んでいた。
琳麗は眠っている患者さんの元へいく、付き添って眠る人々に毛布を掛けていく。
目を伏せる琳麗は指を組み、皆が元気になるよう祈ったのだった。
遠くから聞こえる秀麗の弾く二胡の音と、風の音を耳にする。
琳麗はそっと口ずさむ、鎮魂歌を、秀麗の二胡に合わせてそれは星の中へ吸い込まれていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝、秀麗、燕青、葉医師と琳麗が馬車へと荷物を詰めた。
丙太守が柴 凜から預かった器具を葉医師に渡した。
出発しようとした時、城からシュウランがかけて来た。
お母さんが目を覚ましたこと、そして石榮村についてきて、手伝うことを伝えた。
そうして、馬車に琳麗、葉医師、秀麗と子供二人、シュウランとリオウを乗せて、燕青は馭者台に落ち着く。
一度だけ秀麗とシュウランが丙太守に手を振り、二頭の馬が石榮村へと走りだした。
丙太守は、一人の護衛もなく駆けていく上司たちに向かって、最高礼をとった。
琳麗は目の前に座るリオウくんをじっと見つめた。
(……リオウ、か…)
同じ名前なのが気になるが、彼は大丈夫な気がして、琳麗は眸を閉じた。
もうすぐ、もうすぐ、逢えるだろうと思って。
続
あとがき
色々端折ったりなんだり。
次は龍蓮も出ます。静蘭は微妙です。
2010/11/01