壱
秀麗たちは邪仙教に捕われている影月と村人たちを救い出す為に、石榮村へと向かっていた。
駆けに駆けて石榮村を目前にした秀麗たちは、村には入らず、少し手前で夜営をしていた。
「……じゃ、香鈴は、シュウランたちが石榮村にいるときにはこながったのね?」
「うん、そんな女の子は来なかったよー。はい、お野菜切ったよ」
「ありがとう、シュウラン」
琳麗は野菜を受け取り、シュウランの頭を撫でた。
夕餉の支度をしながら、捏ねていた生地の手をを止め、秀麗は眉を寄せた。
結局、虎林城にきた全商連の荷馬車の中に香鈴の姿はなかったのだ。
「あー……途中で荷馬車から降りて、一人で石榮村に駆けてったんだろな……」
リオウに薪割りや水汲みを手伝わせながら、燕青は溜息をついた。
ちなみに葉医師は、一人ご機嫌に酒を飲んでご飯の支度が出来るのを待っている。
「でも石榮村には、香鈴いなかったんでしょ?」
一度、先に石榮村の様子を見に行った燕青は、ちょっと顎を引くように頷いた。
「ああ、おっちゃんからじいちゃんまで三十人くらい復旧作業していたが、誰も香鈴みたいな娘さんは見てないってさ」
「じゃ、その女は村がポッカリ空白地帯になったときにうっかりきて、うっかり山に捕まったんだろ。“邪仙教”ってのはお前を生け贄にしたがってたんだからな」
リオウが馬車に積んでいた薪をおろしながら、ちらりと秀麗を見た。
リオウは本当に頭の回転が速い少年で、確かに秀麗と燕青もそれしか考えられなかった。
ただ、琳麗はそのリオウを見つめていた。その視線を感じたのか、リオウはこちらを真っ直ぐ向けて来た。黒燿石のような眸に、琳麗は一瞬何かを考え、ニコリと笑っただけにした。
「……確かに、それっきゃねーだろなぁ。間違いなく姫さんと勘違いされて“邪仙教”にとっつかまったな香鈴……うーん、助ける人数が一人増えたぞ」
「……」
燕青の言葉に、秀麗はふと沈思した。
琳麗はその様子を見つめ、ぐるぐると鍋を掻き回した。そして呟く。
「……香鈴は何をしているかしらね」
「姉様?」
「とりあえず、ご飯にしましょうか」
焚き火を囲んで、燕青は丙太守から預かってきた紙を広げた。
それは石榮村の住人に描いてもらった、榮山石採掘用の坑道を記した図面である。
「“邪仙教”は榮山石採掘用の坑道を利用してるっていってたよな」
「このどこかに影月くんたちがいるのね」
「あぁ」
「あの白い人たちね、ちょっと前から、なんかすっごい朝早くに荷車引いてどっかに行って帰ってくるようになったんだよ」
「毎朝出入りって、なんのために?」
秀麗は首を傾げ、琳麗はそちらを向いた。それは――
「死体の運び出し、か」
葉医師の鋭い言葉に、燕青は頷き、秀麗は顔色を変えた。
「……じゃ、やっぱり……?」
「……病気にならないって言葉を信じてついてっちまった村人たちのなかにも、あとから発症したやつがいるってことだ。発症してないやつも、かなり弱ってるだろな」
「いずれ動けなくなる人質なら逃げ出す心配もないし、私たちの動きも制限できるから」
秀麗は予想通りの事態にグッと拳を握ったが、それは暖かい手によって和らげられた。
「……手が痛くなるわよ」
「姉様…」
秀麗は琳麗の手を握ったままにした。
「……兵隊一人でも連れて乗り込んでりゃ、今頃がっちり人質楯にされてただろな……。姫さんが軍隊断ってくれたおかげだ、偉い。ありがと」
「……だめ。全員無事に助けられたら褒めてちょうだい」
秀麗は図面を見て色々、考えていると琳麗が口を開いた。
「秀麗は香鈴だったら何をしている?」
「姉様?」
「何か引っ掛かる事があるのでしょう、香鈴を助けることで」
「……私が香鈴なら…?」
「えぇ」
ゆらりと炎が揺らめくのを琳麗の背後に見ながら、秀麗は呟いた。
「そうだわ、シュウラン。毛布を掛けなさい。寒くなってきたから」
「えー、大丈夫だよ。琳麗お姉ちゃん」
「だーめ、凍えて風邪でも引いたら大変だわ。ほらみんなにも渡しましょ」
「はーい」
琳麗はそういって荷馬車の方へと歩いていってしまった。それをシュウランは手伝う、といって追っていく。
秀麗は炎を見つめ、琳麗に言われたことを反芻させる。
(私が香鈴なら……)
考えて、眼を閉じる。
何か糸口がつかめそうな気がするが、なんだか思いつかない。
非力な女の身で捕まって、それでも助かるために、何をしている?
一人では無理でも、助けがくると知っているなら、そのときのために何をしている?
眼を開けた秀麗は、ふと見るとリオウの手が酷いあかぎれがあるのに気付き、手をとった。
「今、あかぎれに効く薬塗ってあげるわね」
驚いたように手を抜きかけたリオウだが、やがて秀麗の手に指を預けた。
まるで今までしてもらったことがないみたいに、まじまじとそれを見ていていたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
毛布を引っ掛けたシュウランは燕青のところへいくと、図面をのぞきこんだ。
「……あれ、この地図ちょっと足りない…」
「足りない?」
「毎日色々探検して回ったから、あたしよく知ってるんだ。抜け道もあるんだよ、大人が通れないとこもいっぱい」
話すシュウランに、燕青は目を丸くした。
「マジで? じゃ、ちょっと教えてくれよ」
「いいよ」
シュウランによって付け足された図面をみながら、燕青は一点を差した。
「さっき煙が上がってたらのここらへんか…」
「煙?」
「あぁ、多分煮炊きの煙だろ」
「煮炊きの煙? そんなの前はなかったよね、リオウ?」
「……なかったな」
リオウは頷いて、火に薪を入れた。そんなリオウに琳麗は近づき、肩に毛布を掛けてあげた。
「平気だ」
「いいから掛けてらっしゃい。夜は寒いから、身体を温めておいた方がいいわ」
突き返されたが、琳麗が微笑するとリオウは何かを考えた後、それを受け取った。
琳麗はもう一つ毛布を持ち、山の方を見つめていた。
秀麗が何かを思いついたように燕青たちと話しているのを横目に、琳麗は星々が輝く天を見上げた。
作戦が決まったのだろう、秀麗がシュウランを心配しているが、彼女だにっこり笑って大丈夫と言っている。
(……強い子だわ)
そう思った矢先、琳麗は振り返った。同時にリオウも腰をあげ、呟く。
「……なにか、くる……」
燕青は“干將”を手にし、前へと出た。
微かな馬蹄の音に、秀麗はシュウランを後ろに隠した。
が、琳麗は燕青に近寄り、肩に手を置いて止めた。
「……大丈夫よ。――秀麗、」
「え、なんで……龍蓮!?」
単騎で駆けてきた人物を見た時、秀麗は仰天した。しかも普通の格好である。
汗だくで駆けてきた龍蓮は、秀麗を見留めると手綱を引き、馬から飛び降りた。
「ちょっとどうしたの? すごい普通の格好…」
「影月は……?」
龍蓮はいつもの様子とはまるで違った。ふらふらとして、秀麗にもたれかかるように倒れこんだ。
「“邪仙教”に捕まったわ……でも明日――明日、迎えに行くのよ」
「私は……影月を……」
「え……?」
「影月を……」
龍蓮はそれ以上言わなかった。
ただ、口唇を引き結んで、泣くのを必死に堪えていた。
バサッと龍蓮に毛布がかかり、そちらを見ると琳麗が微笑していた。
「龍蓮、疲れているでしょう。こちらに来て温かい物を口になさい」
「……琳麗…」
「……あなたのせいではないわ、龍蓮」
「……だが」
「大丈夫、……大丈夫よ…」
やがて龍蓮は琳麗に手を引かれ、焚き火の近くへと腰を下ろしたのだった。