壱
採掘場に向かう最後の四叉路、龍蓮とはこの場で別れた。
琳麗は惹かれるように左の細い道へと向かう。
誰もいない細く長い道を進んでいく。
何も使っていないはずの道の突き当たりに、蝋燭が揺れていた。
琳麗は急き立てられるように奥の窟へと入ると、そこには、十五、六歳程の見かけない少年が一人、横たわっていた。
むせ返るような鉄の匂いと共に見つめる少年の姿に琳麗は涙を溢れさせた。
「――――あなた、だったのね」
呟き、琳麗はその少年へと近づき、頬に手を伸ばした。
伝わってくる哀しさ、愛しさ、様々な記憶が琳麗の涙を流させる。
ずっと待っていてくれたのだろう、何度生まれ変わり、探して、ようやく同じ刻を向えても彼女は彼のモノにはなることはない。
それでも『彼』は『彼女』を求め、彷徨っていたのだ。
カツン、と音がして琳麗はゆっくりと振り向いた。
そこには驚きの声を上げる男がいた。
「……な、なんだこりゃ」
「…………」
この男は――虎林城へ入城しようとした時に、村人を煽った男だった。
「テメェ、何してんだ!」
「…………」
琳麗は膝を立て、ゆっくりと振り向いた。
男――朱温はまた怒鳴り声をあげた。
「なんとか言いやがれ!」
「…………」
「クソッ!」
朱温が持っていた剣を振り上げた時、背後からガツン!と殴られた。
「…………リオウくん」
「こんなところで何をしている……っ! お前がやったのか」
リオウは朱温を蹴り飛ばし、気絶させた。横たわる少年を見て、一瞬動揺した後、黒い眸を琳麗へと向けた。
その頬に流れる涙に疑問を抱きながら、訊いた。
「……いいえ、呼ばれて来た時にはもう……」
「……呼ばれた…?」
「ずっと呼ばれていたのに……でもまだ間に合う…」
「お前……?」
リオウは琳麗の話す事に理解は出来なかったが、少年の首を持った。
「紅 秀麗を助けたいか」
「もちろんだわ――あなたは大丈夫、なの?」
「…………行くぞ」
リオウは坑道を歩いていく。琳麗はそれを無言で付いていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
いちばん奥の採掘場へ向かえば、琳麗は役者が揃っているのに気付くと同時に、床に円陣があるのが視えた。
(あれは……)
『あなたは、私と影月くんにも片棒を担がせたのよ。絶対に許せないわ。――捕らえて』
秀麗が、円陣の中に一歩、足を踏み出した。
「秀麗っ!」
琳麗が叫ぶと同時に、秀麗はリオウによって後ろから勢いよく腰をさらわれた。
殺気がなかったせいか、燕青もギリギリまで気付かなかった程の速さである。
「リオウ君!? それに姉様!?」
「琳麗様っ!?」
静蘭も琳麗の姿に驚いていた。
だが、秀麗たち以上に愕然としていたのは、“千夜”と縹家の術者たちだった。
“千夜”は、静蘭に剣を突き付けられているのにも構わず、立ち上がった。
「リオウ!? なんでお前がここに――いや、なぜ邪魔をした!」
「……馬鹿が!」
リオウは険しい顔のまま秀麗を離すと、右手に持っていたモノを無造作に投げた。
琳麗は悲しげな眸で一部始終をただ眺めていた。
鈍い音を立てて“千夜”の前に転がったのは、先ほど琳麗が見つけた少年の首だった。
皆が息を呑む中、“千夜”の眼がいっぱいに見開かれた。
「――ぼ…くの……首……お前がやったのかリオウ!?」
「違う。お前の身体を見つけたときには、すでに切り離されてた」
リオウは琳麗を一瞥した後、“千夜”を睨み付けるように見た。
「分からないのか、漣。あの室に行くとき、すでに見張りはいなかった。無論、あの女が行った時も」
その言葉にその場にいた人々が琳麗を見つめる。
「……姉様?」
「もう見張って、守る必要はないと、そこにいる術者たちは知ってたんだ。もうお前は元の身体には戻れない。身体は完全に死んだ。――お前の首を切り落として、帰る身体をなくしたのは誰だ?」
“千夜”――漣はゆっくりと、縹家の術者たちを見た。誰もが無言で、落ち着き払っている。
「……なんの、ために」
呆然とリオウに訊きはしたが、本当は答えはわかっていた。
そして、リオウはその通りの言葉を告げた。
「……お前は、捨て駒にされたんだ、漣。今回は、単なる様子見――うまくいけばもうけもの程度だったんだ。この二人を手に入れようとしたら、誰が、どこで、どう、動くか。それをあのひとは見たかったんだ。
少しつついて、相手がどんな布陣をもってるか。藍家の末も動いた。紅家も様子を窺っている。浪 燕青も静蘭も侮れない。中央には女官吏に反感を持っている者が多い。それだけわかれば充分。
“邪仙教”の話はやや大事になったから、あとはトカゲの尻尾を切るように、お前ごと切り捨てた。……そういうことだ」
ちらりと、リオウは龍蓮を見た。けれど龍蓮の視界にあるのは、今はただ影月と秀麗だけだ。