参
翌朝、毒が抜けたのか主上は体調を戻していた。
そして、持っていた金銀細工の簪を座ったまま寝ている秀麗の髪にスッと挿した。
「んっ……劉輝! 具合は?」
「もう大丈夫だ…」
何かしゃらしゃらと鳴り挿された物に手を触れた。
「なに?」
「本当は昨日渡そうと思ったのだか…お返しだ。楸瑛たちが、贈り物をもらったら返すものだと」
「お返し……って、ああ手巾の」
思い出しながら髪からそれを抜いた。そして、あまりにも見事な品にぎょっとした。
「ちょ、これって下手したら国宝級の」
言いかけ、けれど劉輝の顔を見て口をつぐんだ。涼やかに鳴る簪に目を落とす。
「……きれいね。あなたが選んでくれたの?」
コクりと頷いたのをみて秀麗は思わず笑った。
「ありがとう」
贈り物をもらったことがないといっていた。きっと、誰かに贈り物をするのも、それを選ぶのも初めてだったはず。一生懸命選んでくれたのだろう、そう思うと嬉しくなった。
もう一度髪に挿して、劉輝をみた。
「似合う?」
「……きれいだ」
嬉しそうに微笑する劉輝に秀麗は真っ赤になる。
「…まだ、寝ていなさい! 二胡弾いてあげるから」
そう言って寝台に劉輝を押し込み、秀麗は二胡を奏で始めた。
「…そういえば、なんであの盃に毒が入っているって気付いたのかしら…………」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
朝廷三師の室にて、琳麗は三人に梅茶とお茶請けの梅饅頭を出していた。
「おお、梅茶と梅饅頭とは琳麗殿は気が利いてるのう」
「琳麗、こいつの好物なんぞ作らんでもいいぞ。増長するからな」
「そうじゃ、こいつに梅は与えんでよいぞ」
「ならば食うなっ! わしが全部貰うわい」
宋太傅と茶太保の前に置かれた梅饅頭を霄太師が取ろうとするが、それは呆気なく阻まれた。
「誰が食べんなどと言った」
「そうだ、せっかく琳麗殿の手作り饅頭じゃぞ。食べない訳なかろうが」
なんだか、この三人のやり取りにも大分慣れたと思っていた琳麗だった。
「……ふふっ」
おもむろに霄太師が笑い出し、横から訝しげに宋太傅が眺めた。
「思い出し笑いか? 霄」
「いや、わしの策は見事に功を奏したと思ってな。主上は政事を学び始めた。妃である秀麗殿の危機まで救った」
「紅家の娘がこれほどやるとはなあ」
「しかし、やる気のなさも愚鈍な様子も全て装っていたものだとは…」
「侮れぬよのう…主上は」
「まあ、なんとか主上が王らしくなってきて一安心だな」
「安心するのは早い」
宋太傅の言葉に霄太師は、強めに答えていた。なんだか、聞いてはいけないだろうと思い琳麗は退室しようとしたが、霄太師に止められた。
「秀麗殿に毒を盛った者の割り出しを急がねば」
「んぅ」
「その事は誰にも漏らさぬよう秀麗殿に口止めはしたのか? 漏れれば王宮の者たちが不安に陥る」
茶太保が、問うてきたので琳麗は是と頷いた。
「せずとも誰にもしゃべるまい。邵可を心配させることじゃからな」
それにも琳麗は頷いた。秀麗は知らないのだ、琳麗が知っている事を。
「一体誰が」
その言葉に琳麗は、とある人物を見るも平然としていた。
(やっぱり狐裡妖怪ね)
「しかし主上も清苑公子がいれば馬鹿な王のふりをしたりせずにすんだのにな」
「清苑公子…」
聞いた事ある名に琳麗は、瞳を閉じた。
「公子の中で誰よりも優秀だった清苑公子がいれば、王位争いなど起こらなかったかもしれん」
隅に控える琳麗を宋太傅は視界の端で見た。
「流罪にされてから行方は分からぬ。いや、生きているかどうかも分からない」
(────霄太師はどこまで)
考えた時、琳麗はハッとして扉を見ると次の瞬間、バターン!と扉が開いた。
そこには秀麗の姿があり、『いけません! 紅貴妃様!!』という侍官を無視し、後ろ手でバタン!と扉を閉めた。
「しゅ、秀麗!?」
「これは秀麗殿、どうなされた」
「霄太師っ!!」
秀麗は鬼のような形相で叫んだ。
「私、ただ今この時を持ちまして後宮を退かせていただきますっ!!」
ふん!と踏ん反り返って宣言する秀麗に、霄太師は白い髭を触りながら淡々と聞いた。
「それはまた、なにゆえですかな?」
「あの人、昏君なんかじゃない! 昏君のふりをしていただけだったのよ!!」
「それで」
それがどうしたんだと促す霄太師に秀麗は、顔を逸らした。
「実家に帰らせて頂きます」
「秀麗殿のおかげで主上は最近変わった。と宮中ではもっぱらの評判じゃ。しかし、今、秀麗殿が主上を放り出したらもとの木阿弥になりかねん」
「…うう」
秀麗はちらっと三師を見ると、霄太師はニヤリと笑い言葉を続けた。
「もう一つ、皆が噂しておるのはやっと主上と秀麗殿が夜をお過しになられたという事」
途端に真っ赤になる秀麗に、琳麗は霄太師を眺め
(老獪ってこのことだわっ!!)
「金 五百両の報酬ですぞ。お願いしたことは最後までやり遂げていただかんとのう」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後、追い掛けて来た主上は、秀麗を寝室へと連れて行ったが、そこで秀麗が仮の妾であることを知った。
秀麗は怒りに任せて刺繍針を布にブスブス刺し、矛先となった布はボロボロになっていた。
「しんっじらんない!!」
「はあ、主上が、お馬鹿なふりを……」
監視役の珠翠がお茶を注ぎ、秀麗はガッとそれをつかむと一気に飲み干した。
「馬鹿にして馬鹿にして馬鹿にしてぇっ」
琳麗は苦笑し、珠翠も困惑していた。
「あのクソバカ王、私が一生懸命なのを見て、面白がってたのよ!!」
「面白がってはいないと思いますが……」
「……秀麗、きっと何か理由があるのよ」
「理由って、姉様!!」
琳麗も珠翠もひどくうろたえた王の姿をみていたので、やや主上に同情気味だった。キッと睨みつけてくる妹に琳麗はため息をついた。
「それは私にも分からないわ。どうして昏君のふりをしていたのか……でも、それでも半年もそれをしていた。何か主上なりに理由があるのよ。きっと考えがあるからこそ長い間そうしてきたんだわ。人を騙すのはきっと主上も辛かったかもしれないわね……」
その言葉に秀麗は、口をつぐんだ。怒りすぎたのかもしれない。と思っているのか……
琳麗は、ため息をつくと秀麗の肩に手を置いた。
「秀麗、後で気分転換に府庫にでも行きましょう、ね?」
コクリと頷く姿を見て、琳麗は微笑した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
琳麗は、庭院の一角で落ち込んでいる主上を見つけた。フッと笑い近付くと気配に気付いたのか、こちらを振り返った。
「琳麗…」
「このような場所でお一人とは……余程、紅貴妃様のお言葉が効いたみたいですね」
うっ!とした顔をしたのち、劉輝はコクン…と頷いた。そして、ちらちらと窺うように見るので琳麗は苦笑した。
「……紅貴妃様なら少しは落ち着かれましたよ」
「まだ、怒っていたか?」
「…………劉輝様は、間違った時相手になんて言うか分かりますか?」
「…………」
「間違ったり、怒らせた時はまずは謝る事です。馬鹿な振りをしていた理由があったとしても『人』として、それが大事だと私は思います」
「そうか……すまなかった…」
「それは私にいう言葉ではないでしょう」
クスクスと琳麗は笑い、劉輝は困ったように顔をしかめた後ボソリと呟いた。
「……こういう時は、ありがとうだな」
「主上は大切な事をきちんとご存知ですね」
琳麗が笑うと劉輝も今度は嬉しそうに笑った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夕暮れ時、府庫へと秀麗を迎えに行くと、そこには父様と秀麗の姿しかなかった。
「おや、琳麗」
「姉様っ!」
抱き着いて来た秀麗を受け止め、琳麗は父をみると頷いた。再び、秀麗をみると琳麗は頭を撫でてあげたのだった。
第四幕/終
あとがき
原作とアニメを足してりして書いたものですから、展開がごちゃごちゃになってしまいました。
台詞の時系列が変わったりね。
夢主ちゃんと劉輝の初やりとり。
意外に難しかったですが、ちょっと楽しかったり。
ちなみに劉輝は夢主が秀麗の姉とは知りません。
刺繍布は、静蘭の他にも縫いましたが差し上げるシーンが書けませんでした。
短編扱いになりそう(かも?)
サイトup:2007/01/10