秀麗たちは、事後処理を丙太守たちに任せ琥漣城に戻っていた。
事後処理を任せたとはいえ、無論石榮村の事の仕事には追われていた。
連日の激務で、秀麗と影月は疲れたのか、長椅子で眠っていた。それに毛布を掛け直していると、静蘭と琳麗が執務室に入ってきた。
琳麗の手にはお茶があり、静蘭は難しい顔をしていた。


「お、静蘭。何か手がかり見つかったか? 逃げやがった縹家の術者」

「いや、全くどんな術を使ったんだか跡形もなく消えたままだ。手掛かりすらない」


“邪仙教”の時に、最後まで『教祖』のそばにいた白装束の男たち。
おとなしく捕まったと思ったら、拘束されていた牢から消えたのだ。


「ハァ…。身元が割れるようなブツも?」

「ない。これで糸は全部切れた。この一件はここでおしまいだ。報告書を書くとしたら、一人の頭のおかしな少年が病に乗じて扇動・失敗・終わり、だ。まさしくトカゲの尻尾切りだな」

「この二人をあれだけ傷つけ、苦しめた張本人どもを――」


燕青は口を開いたが、琳麗の姿を見て口を閉じた。その様子に琳麗は苦笑するしかなかった。
この場にいる悠舜以外の人は、あの教祖と琳麗のただならぬ姿を見たからだ。


「燕青さん、私は善悪は弁えているわ。捕まえられないことは悔しいわね」

「…………こんちくしょう! 犯人わかってんのによぉ!」

「それがやり口だ。縹家の」


琳麗は悠舜の机案にお茶を淹れ、気配を感じて扉へと向かった。
そこには貴陽からの書面だろうか、次官が持って来た。


「貴陽から文が届きました」

「ありがとうございます」


琳麗はそれを受け取ると悠舜へと手渡した。
悠舜はそれを広げ、辞令であることを告げた。琳麗は秀麗たちを起こした。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「まさか、そんなっ…」


燕青の声が執務室に響き、秀麗も影月も辞令書を見つめた。


「仕方ないですよー。新米官吏二人の首なら、安いものですよねー」

「そ、その通りよね。第一、知っててやっちゃったもの。今さらだわ」


秀麗と影月への冷徹な処置に、二人は受け入れた。もともとそれだけの覚悟で事に相対していたのだ。


「それにしたって」

「確かに、僕はともかく秀麗さんが冗官というのはちょっと…」

「冗官って……なんですの? 何か良くない?」


『冗官』という言葉に香鈴が首を傾げた。
冗官というのは官吏とは名ばかりの何の職務もない者の事をいう。
仮にも厳しい国試に及第した者が得る地位ではない。
琳麗は貴陽にいる劉輝を思った。
香鈴は見損なったというが、きっと先手を打ったのだろう。悠舜も同じ考えだったようだ。
だが納得がいかないのか香鈴はあんまりですわ。と言って泣き出してしまった。


「酷すぎますわ」

「はいはい、ありがとう香鈴。大丈夫だから泣かないの。香鈴の知らない所で、かなり無茶苦茶やっちゃったから、妥当だと思うわよ」

「だけど何もしなかった僕が降格だけで、しかも櫂州牧の後見付きで、みんなを助けた秀麗さんがこんな……」

「大丈夫だって。気にしないでったら、きっと少し休めってことなんだと思うわ」

「「……」」

「言い様に解釈するわ。ね?ね?」


誰もが何も言えず、秀麗を見つめていたが本人はどこか空元気を見せていた。
夕餉の支度をすると言い、執務室から出ていった。
追いかけたくともなんと声を掛けたらいいのか分からなくなっている彼らに琳麗は声を掛けた。


「――私が行くわ」

「琳麗様」

「大丈夫、秀麗は強い子よ」

「琳麗姫さん、頼む」

「お願いします、琳麗さん」

「えぇ」


踵を返し、室を退出しようとする琳麗に悠舜は声を掛けた。


「琳麗殿、」

「はい?」


振り返れば、悠舜は何か文をこちらへと向けていた。


「霄太師からあなたへのようです」

「霄太師から?」

「えぇ」


差し出された文を受け取り、琳麗はその場では読まず、室から出ていった。
庖厨へと向かうがそこに秀麗の姿を見つけることはなく、気配をたどり、庭院へと出た。
丸くなっていく月の下に秀麗を見つけた。


「秀麗」


名前を呼ぶと少しだけ肩が揺れた。琳麗は秀麗の顔を見ることなく、隣へと並んだ。


「姉様……」

「綺麗な月ね」

「うん…………………州牧、クビになっちゃったわ…」

「後悔しているの?」

「え?」

「自分のした事に」

「そんなことないわ!」

「なら胸を張りなさい。私はあなたを誇りに思うわ、あなたは誰よりも頑張り、生命を救ったのよ。
茶州の民を救ったのは劉輝様でも彩八仙でもなく、他の誰でもない茶州州牧である紅 秀麗が救ったの。
それに冗官と言えど官吏は官吏よ。そこからどうはい上がるか、ここからなのよ」

「……姉様」


凜とした琳麗の姿に秀麗は眼を向けた。パチりとあった双眸は真っ直ぐと秀麗を見つめている。
何故か眼を逸らせないでいると、いつも見せる優しげで少し困った顔をされた。


「姉様?」

「ごめんさない、秀麗の気持ちも考えずにキツいこと言ってしまったわね」

「そんなこと!」

「でも今言うことではないわ」


急にしょぼんとする琳麗に秀麗は慌てた。


「そんなことないわ! 姉様はいつだって大事な事を教えてくれる…………本当は、少し驚いたの。影月は降格で、私はなんで冗官なんだろうって……」

「私は秀麗が茶州で頑張ってた姿を知ってる、そして貴陽で宮城で未だに他の官吏たちが女官吏を認めていないことを知ってる。先ほど悠舜さんが言ったように劉輝様たちが先手を打ったのよ」

「…………」

(きっと劉輝様は苦渋だったでしょうね…)


そう思うと孤独な玉座に座る王に琳麗はそっと眼を閉じた。
だがそれを逆手に取られないか心配ではあるが……。
琳麗はそんなことを思いながら、黙ってしまった大事な妹の手をギュッと握りしめたまま、また天を見上げたのだった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「え、姉様、一緒に出掛けられないの?」

「ごめんね、少し用事があるの」


数日後、秀麗が貴陽へ戻る前に茶州の観光及び、翌日の菜の材料の買い出しをする予定に琳麗も静蘭も燕青も用事がある為同行出来ずにいた。
ちなみに静蘭たちの姿はもうない。日が昇る前に出掛けてしまったのだ。


「あなたたちのだけで行ってらっしゃい。龍蓮がいるから大丈夫だと思うけど…」

「……龍蓮がいるからこそ嫌な予感がするのよ」


秀麗がやや肩を落とすのを見ながら、琳麗は苦笑するしかなかった。


「英姫様に呼ばれているのよ、本当にごめんなさいね」

「ううん、いいの。じゃあ、姉様も気を付けてね」

「えぇ」


パタパタと外套を羽織り、秀麗たちが出ていったのを見送ると、琳麗は霄太師からの文を広げた。
そこには英姫様に会ってみると良いというようなことが書いてあった。
琳麗はそれを確かめるべく、先に遣いを出してから、茶家へと向かったのだった。その際、黒い鞠のようなのがいないのに気づき、秀麗に着いていったのかな、と思ったのだった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「英姫様もお変わりなく」

「全くじゃ。して、今日はどうしたのじゃ」

「こたびの件、英姫様はどう思いますか?」


英姫は羽毛扇を口元へと持っていき、琳麗を見つめた。


「あの方々が何を思うているのかは知らぬが、おそらくは――」

「『陽月』を手にいれたかった…のでしょうか?」

「…………」

「秀麗をも、と考えていたようですが」

「そなたは大丈夫であったか」

「私は、…………私はようやく逢うことが出来ました」


琳麗は眸を閉じた。漣との出逢いは運命だったのだろう。それでもその運命は必ずしも結びつくものではない。
彼は彼であって彼ではない。
そして、自分にはもう愛する者がいる。


「英姫様、私は私。紅 琳麗として生きている私が今の私です」

「――それを解っていればよいのじゃ。――――あなた様の未来が幸せでありますように」


英姫はその場を立つと琳麗に跪拝をし、頭を垂れたのだった。


「ありがとうございます、縹 英姫殿…………っ?」

「っ!?」


何か二人は感じたが、一瞬にぞわりとした感覚はなくなった。


「「…………」」


二人は見つめ合い何もなければ良いと考えながら、また話をしたのだった。


「そういえば明日は州牧邸にて昼餐があるとか、茶家に野菜が届いてな、それを使うが良い」

「しかし、それは「大丈夫ですわ、琳麗様」春姫殿」


断ろうと口を開けば、鈴のような声が遮った。


「なんじゃ、克洵は戻ったのか?」

「はい、お祖母様。落ち込みの時間は終わりましたので只今お仕事をなさっております」


落ち込みの時間?と琳麗は小首を傾げたが、春姫がこちらを向いた。


「先程、秀麗様方にお会い致しまして話したのですが、お野菜を沢山頂きましたの。私も克洵様も嬉しくて、それに州城宛てにも送られてますが検閲がありますので明日には間に合わないのです。秀麗様も快く承諾して下さいました」

「それなら有り難く明日は使わせて頂きます。皆さんと料理は楽しみですね」

「はい。私も琳麗様や秀麗様とまた料理が出来るのを楽しみにしております」


少し前の事を思い出し、互いに笑いあった。
そして、自分の気持ちがはっきりした時の事を思い出し、静蘭に会いたいと思った琳麗だった。


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蒼天の華 / 恋する蝶のように