弐
宋太傅と話が終わり、琳麗は後宮へ戻ろうと歩いていた。すると前方にてウロウロとしている見知った男性を見かけた。
(また、迷っているのかしら?)
琳麗は、クスッと肩を竦めると声をかけた。
「絳攸様、どうかなされました?」
その声に驚いたのかビクッとしながらこちらを振り返った。
「り、琳麗か…おどかすな」
「あ、申し訳ございません」
「いや、別に謝らなくてもいい。と、ところでお前は何しているんだ」
その言葉の裏にはあわよくば連れて行ってもらおう。というような感じがあったから琳麗は後宮ではなく府庫の方を指差した。
「府庫へ、父様のところへ行こうかと思いまして」
「そ、そうか! それは奇遇だな。俺も府庫へ用事があるんだ」
「では、一緒に参りましょうか」
「ああ」
琳麗は内心クスクスと笑いながらも矜持が高い“従兄弟”殿を連れて府庫へと足を向けた。
二人、会話をしながら歩いていると琳麗は急に思い出したように立ち止まった。
「どうした、琳麗?」
「そういえば私、絳攸様にお渡ししたい物があったんです」
「渡したい物?」
「はい、えっと取って参りますので…あそこの四阿で待ってて頂けますか?」
さすがに回廊で待ってろとはいえず、だからといって一人で府庫に辿り着けない彼をすぐそばにある四阿へと促した。
「あ、ああ。わかった」
「すぐ戻りますね」
そういうと琳麗は、やや早足ながらまサラサラと優雅に回廊へと消えていった。絳攸は、それを見送って言われた通りに四阿へと向かった。
椅子に座り、夕暮れ昊を眺めながら、今日一日の事を振り返った。
「……結局、宋太傅は何が目的だったんだ?」
いきなりの武芸大会で進行を任せられ、仕舞いには楸瑛が戦った相手、孫武官に巻き添えを喰らって…散々な日だった。
はあ〜とため息をついて昊を仰いだ。
まだ太陽は沈まないが、うっすらと昊が紅から藍色へと染まろうとしている。それをみてふと呟いた。
「優勝は、楸瑛か……」
だからなんだという訳ではないが、なんとなくそう口に出ていた。
そこで思い出したのは、巻き添えを喰らったのは楸瑛のせいだ!となんとなく責任転嫁してしまいそうだった。
その時の頭の痛みを思い出し、後頭部に手を回した。少しコブが出来たのか腫れているような気がする。
「頭痛いのですか?」
「どああぁぁっ!?」
急に声をかけられ、思わず絳攸は叫んでいた。驚いたのは琳麗もであって目を白黒させた。
「ど、どうしたのですか!? 絳攸様」
「り、琳麗っ! 急に声をかけるな!」
「す、すみません! えっと頭痛いのですか? 今日、なんだかぶつけてましたよね」
謝りながらも心配そうに見上げてくる琳麗に、絳攸は訳もなく鼓動が早くなった。手を伸ばしてきて頭を撫でられたのにビクッとした。
「…コブ出来てますね、大丈夫ですか?」
「このくらい、平気だ」
ついっと絳攸はそっぽ向いた。琳麗は、失礼な事をしてしまったのではないかと俯いた。
(…そういえば、絳攸様って女嫌いって言ってたっけ──やだ! 私、触れたから怒っているのかしらっ!?)
どうしようどうしようと悩んでいる琳麗の横では、絳攸は少し顔を赤らめていた。
なんとなく気まずくて、恥ずかしかった。琳麗に自分が倒れたのを見られていた事に。巻き添えを喰らったとはいえ恥ずかしいのだ。
(くそっ!元はといえば楸瑛が──)
後で会ったら殴ってやる!と言わんばかりだが、やはり責任転嫁というか八つ当たりだ。
ブツブツと楸瑛に対して文句を零していると、目の前に手巾が差し出されていた。不思議に思って顔をあげると、戸惑ったような琳麗の顔があった。
「えと、前に秀麗たちと縫ったんです。いつも秀麗の勉強見ていて下さっているのでお礼です」
「俺に…か?」
「はい。あまり上手くはありませんが…」
そんな風にいうが、薄翠の手巾に白い花、それはとても美しい“李の花”が描かれていた。
「絳攸様の“李”です。よろしかったらお使い下さい」
「……ああ、大事にする」
にこっと笑う姿が眩しく見えた。絳攸は、顔を少し朱く染めながら礼を言った。
「じゃあ、府庫に参りましょうか。絳攸様」
くるっと踵を返して、琳麗は回廊を指差した。「ああ」と絳攸も返事をして二人仲良く歩き出した。
昊はいつの間にか藍色になっていた。