参
「じゃあ、姉様。私、劉輝の所へ持って行くわね」
「ええ、府庫へは私が持って行くわ」
武芸大会が終わってしばらく経った頃。
作った胡麻団子を皿に盛り、秀麗が歩いて行ったのを見送った。琳麗も作った胡麻団子を籠に入れ、府庫にいる父の元へと歩き出した。
先程降った雨が、花の香りを漂わせていた。不意に風を感じ琳麗はハッとしたが、そのまままた府庫へと歩き出したのだった。
胡麻団子を作りながら秀麗の言っていた事を思い出す。
『最近、よく物がなくなるの』
だが、無くなったと思えば新品になって戻ってくる。とも言っていた。
──なりふり構っていられないのか、気付いていないのか…
琳麗は、その人物を思うとため息を吐いた。
──間違わないで欲しい
そう願っていたのに。
そして、彼は気付いていない。
彼女のひたむきな想いを…そして、彼女もまた気付いていない。彼の想いを。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「父様」
「やあ、お座り」
声を掛けると邵可は嬉しそうに振り向き、椅子を差し出した。
「今日は胡麻団子を揚げたのよ」
琳麗はニコリと笑い、籠から胡麻団子と茶器を取り出した。
「そうかい、それは嬉しいよ。とても」
コポコポとお茶を注ぎ、コトリと父の前に差し出した。
「いただきます」
「…はい。どうぞ」
改めて言う父にクスッと笑い、促した。琳麗は、自分で入れた茶を飲み瞳を閉じた。
「なにか心配事があるのかい?」
「……父様、私──ううん。なんでもないわ」
色々と思う事はある。だが、一番に考えなくてはいけないのは現在起きていること。
自分の心配事は後回しにしておくべきだ。そう思い、顔を上げるが、父である邵可は苦い顔をした。
「なんでもないという顔ではなさそうだよ」
「……ちょっと、ね。私、そろそろ仕事に戻るわ」
手に持っていた湯呑みを机上に置き、琳麗は立ち上がった。その様子を邵可はそのまま眉を寄せて見ていた。
しかし、これ以上問いただしてみても話さないだろうとため息をつき、出ていく後ろ姿を見送った。
サラサラと衣擦れをしながら朝廷三師の室へと回廊を歩いていた。近くまで来ると室から三師の騒ぎ声が聞こえた。
「くそ〜〜勝ち逃げとは…」
「藍将軍の弟とか言ったな」
「あれが“藍 龍蓮”か……やはり一筋縄ではいかない辺りが“藍 龍蓮”という訳だな」
琳麗は、首を傾げながらその場に立っていた。
(──藍 龍蓮…?)
その名前をどこかで聞いた事があるような気がした。
ついっ──と誰にも感じる事のない風を感じた。クルッと歩いて来た方とは別の方向に目を向けた。
(……そう、か…)
でも彼は自分にとっては、拘わらない人だと判ると琳麗は少し笑った。
(──私は何を求めているのかしら)
「そこにいつまでいるんだ? 琳麗」
不意に声を掛けられ、ハッとすると扉の所に霄太師たちが立っていた。
「あ、申し訳ございません。つい、ぼぅっとしておりました。霄太師たちは何をなさって…」
いたのですか?という疑問は、吹っ飛んだ。なぜか彼らは札を片手にギラギラとした目をしている。
「さあ! 琳麗も混ざれ!!」
「あ、あの……?」
「ふん、さっきは藍家の笛吹き男に負けたが、おぬしら相手ならわしが勝つぞ」
「甘いわ! 霄! わしが負けるはずがなかろう」
珍しく茶太保までが燃えていたので、琳麗は苦笑いをするしかなかったのだった。
「あ、あの…札もよろしいですが、一息なされたらいかがでしょうか? お茶をお持ち致しましたし…」
「「「勝負が先じゃっ!!」」」
ガルルルル…と闘争剥き出しにしている三人を見て、琳麗は額に手を当てたのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
夜、眠れなくて琳麗は、庭院へ降りていた。ふと、回廊を見ると劉輝と茶太保の姿が目に入った。
何かを話し、離れていく劉輝をじっと見ている茶太保。
風が起きる──琳麗はため息をついた。
(──注意しなくては)
翌日、琳麗は庭院の奥にある四阿に朝廷三師といた。
「……あのぅ、私このような事をするといいましたっけ?」
「昨日の札の勝負でわしが勝ったからのぅ」
「わしは剣舞の方がいいんだが」
「いやいや、剣舞よりは舞いの方がよかろう、さ、琳麗殿」
琳麗は頭が痛くなった。いったい、いつの間にこの三師たちは自分の舞を賭けの対象にしていたのだ。
ちなみに勝ったのは霄太師であり、唄と舞いがみたいと言ってきたのだ。
嘆いたところでやらなければいけないらしく、こうなったらさっさと終わらせて仕舞おうと四阿から少し離れた。
薄紅の肩掛けを纏い、琳麗は鈴のような声で歌い、舞い始めた。
『 遠くから聞こえてくる声
なつかしさに手を伸ばす
いつしか迎えに来て
我が心は貴方を待ってます
どれほど月日が流れようと
ずっとずっと待ってます
愛をくれし貴方の
姿を待ち侘びています 』
その歌声に宋太傅と茶太保は、うっとりと聴き入っていたが、霄太師はその詞に驚愕し立ち上がった。
「…霄?」
「どうかしたのか?」
宋太傅と茶太保は、傍らでどこか驚愕している霄太師に目を向けた。霄太師が声を掛けようとした時、耳を塞ぎたくなる笛の音が響いた。
見れば、そこには昨日札で負けた派手な服を着た“藍 龍蓮”と秀麗、絳攸、楸瑛が立っていた。
龍蓮はそのまま笛を吹き、琳麗はそのまま唄い舞い続けていた。
歌によってなのかは定かではないが、笛の音はそのままの音で聞くならば不愉快極まりないのだが、なぜか悪くはなかった。
そのまま二人が唄い奏で終わるまで、柔らかい風が吹くように優しさに包まれていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
しばしの、本当に短い時間だったが、秀麗たちは夢心地になっていた。
「秀麗、秀麗ってば!」
「……えっ? あ、姉様…」
見れば、目の前に姉の顔があり秀麗はびっくりしていた。
「どうしたの? 秀麗、惚けちゃって」
「え、……っていうか、姉様の歌を聞くの久々すぎて圧倒しちゃったわ」
まだ少しぼうっとしている可愛い妹に琳麗はクスッと笑った。
「笑い事じゃないわよ! あの笛の音が霞むなんて……って龍蓮っ!? な、なに、姉様に抱き着いているのよ〜〜!!」
見れば、琳麗の後ろに背後霊よろしく張り付いていた。それには楸瑛と絳攸もぎょっ!とし、引きはがそうとしたがなかなか離れない。
「龍蓮! 離れなさい!!」
「そ、そうだ! 琳麗から離れろ!!」
「愚兄其の四、私と琳麗は同類なのだ。決して離れる事はないぞ」
べったりと後ろから抱きしめられ、琳麗は苦笑していた。
「……同類って……う〜ん、なんかね〜懐かれちゃったみたい?」
「そなたは私と同類だっ! このまま一緒に旅に出たい所だが──」
ガシッ!と肩を掴まれ、向き直るが呟かれた言葉に、琳麗はハッとした。秀麗たちにはその言葉は聞こえなかったらしく、首を傾げている。
琳麗は、龍蓮と向かいあった。彼もまた琳麗を真正面から見つめている。口を開きかけたが、琳麗はフルフルと首を振った。
その様子を一緒に見ていた霄太師は、少し苦い顔をしていたが、誰も気付かなかった。
その日、龍蓮は秀麗の勧めで邵可邸に泊まるという事で、琳麗も実家に帰る事にしたのだった。
しかし、龍蓮に止められたのだ。
「一緒にいたいが──そなたは今はここにいた方がいい。貴陽は彩八仙の加護があるのは確かだが、ここはそなたを護るには一番適している」
「──あなたは何を知っているの?」
「私は“藍 龍蓮”。だが人だ。そなたに関してはすべては見えない。ただ、闇には近づかない方がいい」
琳麗の瞳が翳ったのを見て、龍蓮は抱き寄せた。
「そなたは美しい──だから闇に魅せられるのかもしれない。闇は光りを求める、されど、光りも闇を求める」
そう言葉を残し、龍蓮は秀麗と宮城を後にした。