蒼天の華は美しく
秀麗たちが貴陽に帰還してから数日、秀麗は謹慎処分となったが、琳麗、静蘭、邵可は出仕していた。
琳麗はいつもの様に三師たちの世話をし、仕事をこなしていた。
茶器の入った籠を持ち、外朝から内朝へと慌ただしく動いていた。
珠翠などは琳麗の姿を見つけると足速に近づき、無事であることを喜んでいた。
「秀麗様もご無事のようで、本当によろしゅうございました」
「ええ。珠翠も、あまり無理をなさらないで下さいね」
珠翠はビクッと身体を震わせたが、琳麗は微苦笑しながら父から聞いたことを告げると、彼女は困ったような顔をした。
「では私は主上にお茶をお持ちしますので、こちらの方をよろしくお願いします」
渡されたのは饅頭と茶器。
「父様に渡してあげてね」
「は、はい」
顔を染めた珠翠を可愛いなどと思いながら、琳麗は回廊を渡り、執務室へと向かった。
扉を叩こうとした時、中から声が聞こえた。
「楸瑛」
「はい」
「秀麗が貴陽に戻ってきたのだ」
「無事で良かったですねぇ。でも宜しいのですか? 顔を合わせづらいのではないのですか? 冗官に更迭したんですから」
気配で劉輝が詰まるのを感じた。
琳麗は苦笑するしかない。
「秀麗殿、怒っているかもしれませんねぇ」
「……うぅっ…」
なんとなく苛めているような気がして、琳麗は扉を叩き、中へと入った。
「藍将軍、そのように主上を責めないで下さいませ」
「「琳麗(殿)!」」
「お久しぶりでございます。長の休み、申し訳ございませんでした」
「お帰りなさい、琳麗殿」
「ただいま戻りました、藍将軍。主上もお変わりはございませんか」
「琳麗、お帰りなのだ。そなたも変わりないようだな」
久方ぶりに会う琳麗に劉輝も楸瑛も笑みを浮かべた。
「絳攸様は……吏部ですね」
琳麗は慣れた手つきでカチャカチャとお茶の準備を始めている。
その姿はまるで数ヶ月いなかったようには思えない程だ。
笑みを浮かべ、その所作を見つめていると琳麗が振り向いた。
「劉輝様、お茶とお饅頭です。私の作ったので申し訳ないですが」
「いや、琳麗のも美味い。悪くなんてないぞ」
「良かったです。藍将軍もどうぞ」
「ありがとう、琳麗殿」
はい、と手渡され、楸瑛も笑みを浮かべた。
「劉輝様」
「む、なんだ?」
口元に餡を付けてこちらを見る劉輝に琳麗はクスクスと笑いながら、手巾で拭いてあげた。
「すまない。で、どうかしたのか?」
「うー様はどちらに?」
その名前に劉輝は身体をびくつかせた。
去年からうー様こと、仙洞省、非常駐の仙洞令君のかわりに次官・仙洞令尹として実質仙洞省を束ねている羽官吏は主上の結婚を迫っていた。
「羽官吏がどうかしたのですか、琳麗殿」
「ええ、ちょっと。……では絳攸様の分はこちらに分けておきますので、私はこれで」
琳麗は退出の礼をし、執務室から出ていった。楸瑛は少し気になっていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
琳麗は回廊を歩いていると見知った姿を見つけ、声をかけた。
「静蘭」
「琳麗様」
「今、大丈夫? 先に父様のところへ行きましょう」
「はい」
二人が連れ立って府庫へと足を向けると、主である邵可は笑顔で二人を迎えた。
「やぁ、待っていたよ。それじゃ行こうか」
邵可には先に結婚の意を告げていた。邵可は喜んでいた。邵可に異論などあるはずもない。だが問題がひとつあった。
琳麗は養女とはいえ、彩七家の名門紅家の長姫である。
静蘭といえば以前の身分は別として、紅家に仕える家人なのだ。
王家及び主要大貴族の婚姻は仙洞省が司っている。
この結婚を告げなくてはならない。
仙洞省へと訪れた三人は仙洞省の現在、主である仙洞令尹の羽官吏に目通りを頼んだ。
昼間でも灯りがある室で羽官吏は声を上げた。
「ご結婚ですと!? 琳麗殿とシ武官がですか?」
「はい」
二人の返答に羽官吏は驚いている。
彼にとって、琳麗の存在は特別でもあった。願うならば彼女程、后妃に相応しい者はいないからだ。
表立っての血筋も、“本来”の血筋も。
「羽殿、私は娘が望むならばその婚姻に意を唱えるつもりはありません」
「……邵可殿」
羽官吏は邵可をじっと見つめた。
羽は知っている、邵可が黒狼であったことも、仙女である薔薇姫を妻にしたこと、静蘭が清苑公子であること、琳麗が蒼玄王の姫君・蒼華姫であること。
「…………」
「よいではないか、羽殿」
いつの間にか、霄太師と宋太傅が室内にいた。白く長い髭を扱きながら、フォッフォッフォッと笑っている。
一瞬、邵可は嫌な顔をしたが、それは綺麗に隠した。
「霄太師、」
「羽殿。よいではないか、彼女は紅 琳麗殿じゃ」
「そうだ、こんなめでたいことはないぞ」
宋太傅は笑いながら、琳麗と静蘭の肩をバンバン叩いている。彼は純粋に弟子の婚姻を喜んでいる。
琳麗は苦笑しつつ、つい、と前へ出た。
「羽様……これからの事を考えますと申し訳ないのですが、私はもう決めたのです」
「琳麗殿、」
琳麗は微笑しながら羽を見つめた。
羽も琳麗の身の上に起きたことは大体把握している。
霄太師の言うように彼女は現在は紅 琳麗として生きている。
薔薇姫が名を与え、生きてきた。
「……分かりました」
羽の返答に琳麗と静蘭は顔を見合わせて、笑いあった。
「「ありがとうございます」」
礼をする二人に羽は静蘭を見つめた。
「……羽様?」
「静蘭殿、琳麗殿を幸せにしてくだされ」
「勿論です」
その誓いのような言葉にその場にいた邵可、霄太師、宋太傅は微笑した。
あの姫君は幸せになれる、愛する者と一緒になりて。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
二人の結婚の報告は先ずは秀麗に告げた。
秀麗には夕飯の時に告げれば、カシャーンと茶碗を落とす程の驚きを見せた。
「し、秀麗……?」
「お、お嬢様?」
声をかけた途端、秀麗はバッと静蘭を見つめた。
「ダメよ、静蘭! お嬢様だなんて」
「お嬢様?」
「だから、お嬢様だなんて呼んでダメってば! っていうか、なんでそんな大事なことをご飯の時に言うの!? こんな普通のおかずじゃお祝いにならないじゃなーい!」
「秀麗、落ち着きなさい」
「落ち着いてられないわよっ! こんな大事なこと! 姉様と静蘭が結婚するのよ……ってもう静蘭だなんて呼べないわね、義兄上って呼ぶべきよね……きゃー、お祝いもしなくちゃ」
一人で盛り上がる秀麗に琳麗も静蘭も邵可も苦笑しながら見ていた。
「そ、そのことなんだけど……特別にお祝いとかはしなくてもいいの。これまでと変わりは「ダメ、姉様の結婚なのよ! お祝いはするに決まっているじゃない」」
「そうだよ、琳麗。君は紅家の娘なんだから式もお祝いもしなくてはならないよ」
「で、でも……紅家の方は…」
あの黎深と、琳麗を王の妃にと考えていた玖琅が許してくれるだろうか?
琳麗がそう思うと邵可は頭を撫でた。
「――大丈夫だよ。玖琅は君が幸せになるならそれを願うし、許してくれる……もう一人は、まあ、大丈夫……じゃないかな」
問題は黎深だ。琳麗も静蘭もそう思うのだった。
「大丈夫よ、姉様! 玖琅叔父様ならきっと許して下さるわ!」
「ありがとう、秀麗」
「あ、まだ言ってなかったわ! 姉様、静蘭、おめでとう」
「「ありがとう(ございます)」」
その夜はみんな笑顔で過ごしたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
後日、琳麗の結婚について彼女を知る者に連絡が行った。
喜ぶ者、驚く者、憤慨する者、諦める者……様々ではあるが御祝いの品物や手紙を頂くと琳麗と静蘭は自ら会いに行き、とても幸せそうに笑いながら、礼を述べていた。
「ありがとうございます、幸せになります」
それはとても人を魅了する程の幸福な笑顔だった。
「静蘭……」
「なんです、琳麗?」
「これからも愛してるわ」
「私もです」
二人のとりまく空気はとても甘く、幸福に包まれていた。
――昔昔の物語の続きは、攫われた姫君は行方知らずになったが、きっとどこかで、愛する者と幸せに暮らしているという。
終
あとがき
完結でございます。
終わりがあまりにも味気なくて申し訳ないです。
もう、なんかどう終わらせたらいいのか分からなくなった……というのもありますが、当初から決めていた結婚で終わりとしていたのでいいかと。
茶州影月編で終わりと決めていたのはその後の『紅梅〜』だと終わる気配がない上に、ややこしくなるからです。
琳麗姫にはこの辺でフェードアウトしてもらおうと思いました。
縹家に関する事も、紅家に関する事、また仙人に関する事なども詳しく分からないというのもあり、ただでさえかなりの月日をかけて書いていたので更新が滞っていたりしました。
連載を始める前、最初に頭に浮かんだのは琳麗は半々神であり、かつギリシャ神話でコレーを連れ去るハデスの事が過り、少し基としました。
琳麗を連れ去った男は琳麗の母親に恋い焦がれてましたが、半神だったので手が出せず、娘を代わりに連れ去ったのですがいつしか想うようになった時、父である蒼玄王が彩八仙と共に連れ戻しに来たのを、再び蒼玄王に奪われるのを意趣返しとして琳麗をどこかに飛ばし隠します。結局は薔薇姫の元に現れますが……琳麗を攫った男の魂がいつしか愛を求める漣と同調して、漣が眠る夜に琳麗を想い話し掛けていたのを琳麗がキャッチしてました。
それを知っていたのといずれの先見の力で会えることを楽しみにしていましたが、肝心の漣が死に少しの魂でしかない彼との合間で終わるという、なんとも曖昧な終わりしか漠然と浮かびそれで書きました。
途中、全く書けず、続きが書いてる本人すら分からなくなったのに、根気よく読んで下さった皆様、本当にありがとうございました。
長い間、本当にありがとうございます。
2011/05/05 完結