参
「うぇ〜、はぁ…ふーはっはっはっはっ! 競争はわしの勝ちのようですな、静蘭と秀麗殿は、まだ、岸からあんなに遠いわ〜〜、はっはっはっ」
バシャバシャバシャと水飛沫を上げながら、泳いで岸まで来た宋太傅は、湖を眺めると小船の位置をみて笑っていた。そこへ呆れたように霄太師と茶太保がやって来た。
「無駄に元気だな、宋」
「少しは年寄りらしくせい」
「おお、鴛洵、霄。お前らも泳ぐか?」
「「遠慮する」」
「はっはっはっ…遠慮するな! ホレッ!!」
きっぱり拒絶する二人にお構いなく、宋太傅は二人の服を掴み引っ張った。
「お、おい! 引っ張るな!!」
「や、やめんか〜」
「「あ〜〜〜…」」
だが、力で敵う訳もなく二人は体勢を崩した。
──バシャーン
浅瀬に落ちた二人に、宋太傅は水を掛け始めた。
「それ、そーれ」
「った……こら、やめろ!」
「水をかけるな!」
「ええーい! 子供じゃあるまいし!」
それでやめるはずもなく、笑いながらバシャバシャと水しぶきはあがった。
「それ、そーれ」
「やめろと言っとるだろう!」
霄太師が文句を言っていると、今度は違う方向から水をかけられた。
「それっ!」
「鴛洵まで!? やめんかー!!」
茶太保も加わった事で、宋太傅は生き生きとしていた。
「はっはっはー、それ、それ」
「こうなったらヤケじゃあ〜それ、それ、そーれ!」
「あーやれやれ、うぬっ」
もうほとんど濡れてしまった為にやけになった霄太師も、水かけに参加していた。笑いが飛び交う中、子供のようにビシャビシャと水の掛け合いっこをする三老人
「やったな! っほれ! こぉれっ!」
「こ、このくそじじい共、いい加減にしろ!!」
「くそじじいは鴛洵、お前だろうが!! 溺れろ! この干物がーっ!!」
「なんじゃと〜貴様が溺れろ! この妖怪めぇ〜ったく! 霄よ! そもそも貴様さえいなければ〜」
「なーにを言うこの馬鹿者めがぁ〜」
「なっ!?」
始めは軽くかけている程度だったが、いつしか本気で水を掛けていた。
「はっはっはっはっは〜仲がいいのう。二人共」
「「ぬぅ〜このこのこのこの〜」」
宋太傅たちに着替えと綿布をと思い支度をしていると、隣にいた香鈴は愛らしい声で呟いたのだった。
「まあ、鴛洵様ったらあんなに楽しそうに。うふふ、お可愛いらしいですわ〜」
それを聞き、琳麗はその光景を見て笑うしかなかった。そして、岸辺に小船が着くのが見え琳麗は綿布を持ち秀麗たちの元へと歩いていった。
「お嬢様、足元に気をつけて船から降りて下さいね」
「ありがとう、静蘭。それにしても宋太傅の泳ぎ、凄く速かったわね。あっという間にこの船を追い抜いて行っちゃった〜」
静蘭の手を借り、小船から降りた秀麗はしみじみと語った。しかし、静蘭は
「敵いませんでしたね〜──ああいう無駄に体力の余った年寄りには、いっそのこと後ろから一思いにこの櫂で」
櫂を片手ににっこりと笑っているようである。
たまたま近くに来ていた琳麗はその言葉が耳に入り、ひくっと引き攣ったのは言うまでもなかった。
(……静蘭って、実はこんなに一癖もニ癖もある人間だったのね)
しかし、その腹黒い発言は秀麗には聞こえなかったらしく首を傾げた。
「へ? なんか言った?」
「いえ、なんでも」
「…?」
いっそ清々しい程の声音に琳麗は苦笑せざるおえない。
「あら、姉様」
「秀麗、楽しかった?」
「うん、とっても気持ち良かったわよ。姉様も一緒に乗ればよかったのに」
「うーん…でも私まで乗ったら静蘭が漕ぐの大変でしょ」
ちらりと静蘭を見て琳麗は微笑んだ。静蘭は違う意味で苦笑していた。
そこへ、なにか興奮気味の劉輝がやってきた。
「しゅう、秀麗…」
「何?どうしたの、劉輝?……そんなに興奮して」
その様子に秀麗は少し後退りせざるおえない。琳麗は少し頭を押さえた。
「ぅ…い、今から……余と親睦を深めるのだー!」
「え、何を?……なんか、怖いわね…」
「さぁ、秀麗〜」
ジリジリと寄ってくる劉輝に秀麗は手で構えていた。
「ちょっと、劉輝? なんか嫌な予感がするから…へっ…やだ! 近寄らないでくれる?」
「さぁ、さぁ秀麗…秀麗、さぁ、秀麗〜」
「近寄らないでって言ってるでしょう!」
「秀麗〜っ!!」
「いゃ────っ!!」
興奮気味にニヤニヤと笑いながら寄ってくるのに耐え切れなくなったのか、秀麗は裾を少し持ち上げると逃げ出した。
その様に劉輝は、嬉々として走り出した。
「ふはははは…早速追いかけっこか〜あははは……待て待て待て〜待てーこいつー!!」
「待たないわよ! アンタ、一体何するつもりよー」
「追い掛けて、捕まえて、砂の上で愛を交わすのだー!!」
「なに、訳の分かんない事言ってんのう〜いや――! 気持ち悪―い!! 追って来ないでぇぇ〜!!」
「逃げるなと言っておるだろうがぁぁ〜」
ギャーギャーと秀麗は悲鳴を上げながら逃げていってしまった。
「……劉輝様」
琳麗は頭を押さえながらその行く末を見守った。隣にいた静蘭は、傍らの琳麗に尋ねた。
「劉輝様は何をしたいのですか?」
「……あちらにいる藍将軍にお聞きになるといいわ。私はこれをあの方々へ持って行くから」
持っている綿布を片手に琳麗が顔を向けた方向を見ると、朝廷三師が未だに水の掛け合いをしていたのだった。
「………あちらも何をしているのですか?」
「童心に返って楽しんでいるんじゃないかしら?」
クスッと笑う琳麗に、静蘭は心の中で(……気持ち悪いな)などと呟いていた。
琳麗はじゃあ。と言って綿布を持ちそのまま三師の所へ歩いていった。
静蘭は、走り回る秀麗と劉輝を見て楸瑛と絳攸の元へ歩み寄ったのだった。
「劉輝様は、いったい何をしたいのでしょうか?」
「秀麗殿となんとか親睦を深めようとしているらしいんだけど、ダメだね、あれは」
「ああ、ダメだな」
「ダメですね」
先程の質問を今度は楸瑛にしてみるも、その成果は誰がみてもダメダメっぷりだった。
三人は、劉輝の姿を見守っていたが、突如聞こえた水音と悲鳴にそちらを向いたのだった。見れば琳麗が朝廷三師達が水かけしていた浅瀬にいるのが見えた。
「「「琳麗(様/殿)っ!?」」」
三人はぎょっ!として声を上げるが、静蘭は、傍らの楸瑛の上衣を剥ぎ取ると走って行ってしまった。
「……す、素早いな」
「なぜ、私のなんだろうね」
その行動の早さに絳攸と服を剥ぎ取られた楸瑛は、引き攣り笑いをするしかなかった。
「大丈夫か? 琳麗」
「は、はい。申し訳ございません」
浅瀬に座り込んでしまった琳麗に宋太傅は手を差し出し、琳麗もその手を取って立ち上がろうとしていた。
「いや、なに。いきなりでこちらもすまなかったのう」
「本当にのう…鴛洵が止めなかったもんで、随分かかってしまったみたいだの」
「なにを言うか! 霄!! 貴様もわしと同じじゃろうが!!」
済まなそうに謝る茶太保だったが、自分一人悪者のような言い方をする霄太師にムッと顔を向けた。琳麗は苦笑いをし、
「あ、あの…私が躓いて転んでしまって落ちたせいですから……」
だから、誰も悪くない。と言おうとしたが、霄太師と茶太保はむむむぅ〜と睨み合いをしていた。
「琳麗様っ!!」
静蘭の声がして、そちらを向けば藍色の服を片手に駆け寄ってくるのが見えた。
「静蘭」
「大丈夫ですか? 琳麗様!」
過保護である家人を前に琳麗は、大丈夫!と笑って見せた。
しかし、まだ水は冷たい為琳麗の朱い口唇が少し蒼くなっているのが分かり、静蘭はジロリ!と朝廷三師相手に睨みつけたのだった。
その殺気に、なんだか三師は苦笑いをするのだが、琳麗は慌てて静蘭の顔を自分に向かせた。
「せ、静蘭! そんなに怒らないで!! 浅瀬に落ちたのは、私が転んだだけなんだから! ちょっとは水掛かっちゃったけど、平気だから───くしゅん!」
「どこが平気なんですか! 風邪をひいてしまいますよ!!」
バサリっと、剥ぎ取った服を琳麗に掛けてやるとその上から、違う衣が掛かった。見れば、いつの間にか絳攸と楸瑛もそばに来ていたのだ。
「静蘭の言う通りだ。顔色が悪いぞ」
「あ、ありがとうございます。絳攸様、藍将軍も」
琳麗は、掛けられた衣を見ながら楸瑛に礼を言うと彼は苦笑するしかなかった。なぜなら、奪って琳麗に掛けたのは静蘭なのだから。
「いやいや、琳麗殿の役に立つなら全く構わないよ」
にこっと笑うと、琳麗も微笑み返してくれたのだが、それはあっという間に優秀な部下であり、彼女の家人によって遮られたのであった。
「琳麗様、そんなことより早くお召し替えを」
「あ、そうね。着替えなきゃ」
どこかのんびりした様子に静蘭たちは、なぜだかため息をついたのだった。