弐
風雅の高楼にて、霄太師は呟いた。久々に口に出した。約束に。口許だけで笑うと昊を仰いだ。
『──なぜそれほどまでに王にとらわれているのですか』
邵可の口から出た言葉は確かにうまいことを言っていた。
そう……わしはとらわれている。──“王”ではなく“約束”に
遥か昔からの違わぬ事が赦されぬ誓い
──仕えるに足ると認めた王にのみ忠誠を尽くし、野心なく私心なくこれを助け、訓え導くこと。
すべて王にのみ仕えること。かの王なしと判断したときは、すみやかに朝廷を辞すこと。
決して国や百姓に仕えようなどとは思わないこと。何があっても決して自らの意志と判断において政事を行わないこと。
ゆえにどれほど国が荒れようが、戴く王のない限り、何かをなすことは許されない──
何があってもその約束は守らねばならん。そして──約束はもうひとつある
かの彩雲国初代国王──蒼玄と天界から降りたし美しい娘の間に生まれし姫君
その姫君を探し出し、守る──それも約束であった。
だが、あの時、探しに行った下界には姿が見えなかった。それでもみな生きているのを感じていたのだ。
かの天女は失意の末、天帝によって戻され、蒼玄王が亡くなり、他の仙は留まる者もいれば、眠ったりしている者もいた。そして、ようやく見つける事が出来た若子
「──まさか、薔薇姫のところへ現れるとはな」
霄太師は、くっと口許を緩めた。ようやくもうひとつの約定が守られる時が来た。姫を守る。それはやつらからである。彼は、つと目を細めた。
「──しかし、ああなってはどこまで守れるか……」
先頃、歌う姿をみたがあの詩には不吉なものが垣間見れた。
伝承によって王家で密かに護られてきた話。しかし、あの神祇を司る一族にも姫君の話は伝承されている。
やつらは姫君を狙っているであろう。王位を継いだ者しか知らぬ話──だが、あの王ではまだ守れない。
霄太師は瞑目し、首を振った。
無理だ。あの姫君はなにも知らぬ、知らせてはならない。
我らは見守るだけなのだ。
となると…霄太師は目を細めた。が、そこで思考を途絶えさせた。
「やっぱりここだったか。監禁されてるのに抜け出してこんなところにいおって……」
上がって来た同僚に霄太師は、なんでもない様にぼやいた。
「わしも秀麗殿に別れの挨拶を言いたかったのに……閉じ込めるなんてひどいではないか。まったく近頃の若者は……ぶつぶつ」
ざぁっ──と風が吹き抜ける。霄太師は空を見上げた。青い青い──昊。
二人は並んで前を見た。そして、思い出す。鴛洵は、ここから国を見渡すのが好きだった。
はるけき彼方まで見渡せるここで、いつも三人で――時には王を交えて盃を酌み交わしたあの頃。
「……宋、お前の“花”は沈丁花だったな」
そう言うと、霄太師は剣の鍔に彫り込まれているその花紋を見遣った。
宋太傅は、腰に佩いた剣に目をやり琳麗から貰った手巾を思い出した。そして、口を開いた。
「──鴛洵の“花”は、菊花だったな」
沈黙ののち、ああ、と霄太師は呟いた。
「──誇り高く気高い、あいつそのもののような花だよ」
「バカなことをしたな、霄。だが──……よくやったな」
「宋……」
「なんだ」
「……お前は、あんまり早く、私を置いていかないでくれよ」
小さな子供のような声だった。
宋太傅は答える代わりに、剣の柄でゴンと霄太師の頭を殴ったのだった。
「なにをするっ!」
「お前が女々しい事を言ったからだ!くそじじい」
「なぁにおぅぅ!? 琳麗殿を引き止めるのに泣いておったではないかっ!」
「それはお前だろうがっ! 琳麗の梅饅頭が食えなければ、ポックリ逝ってしまうかもしれん〜〜などと言っていたのば誰だっ!!」
「むぅぅ! ならば貴様は梅饅頭を食うな!!」
「お前はどこのクソガキだ!!」
さっきまでのしおらしさはどこへいったのか、禁苑の一角にある塔のてっぺんにおいて下らない口論が繰り広げられていた。
最終幕/終
あとがき
ようやく終わりました。
しかし、ヒロインの過去?は全く書けなかった始末…
夢小説か?これは?
まあ、ちまちま謎の部分は出していきたいと思います…たぶん。
では、ありがとうございました!
2007/01/24