仮面
本当は、一週間前に『王の教育係』として後宮入りした仮の貴妃だった秀麗と出ていく予定だったのに、なんで、私は未だ後宮にいるのでしょうか?
琳麗はため息をつきながら府庫へと歩いていた。
「うぅ〜〜宋太傅ったら、本気で剣を振るなんてひどい……」
ありえない形で女官として毎日出仕させられている琳麗は、一週間目にして逃げていた宋太傅の「遊び」にとうとう付き合わせられた。
「前は鈍った腕を試そうとしてやむをえずだったけど……」
でも、実際は剣を使わなかったし秀麗も守れなかったし
「……だめねぇ、私」
ぶつぶつと言いながら歩いているが、もしその思考が邵可や静蘭が聞いたら「剣など使うな!」などというであろう。
しかし、琳麗はそういう事に関してはあまり深く考えないたちであった。
そんな事を考えていたせいか前から歩いてくる高官の姿など目に入らず、そして彼もまた何かを考えていたのか琳麗の姿が目を入っていないようだった。
どんっ!
「きゃっ……」「……っ」
宋太傅に鍛えられたとはいえ、いつもなら、他人とぶつかるなどありえない琳麗だったが、しごかれた直後だったせいか対処出来なくぶつかった御仁を倒してしまった。
「ひゃっ…も、申し訳──!?」
ございません!と謝罪を述べようと顔を上げたが、絶句してしまった。カランっとそばで何か音がしたが気にならなかった。
目の前にあるあまりにも美しすぎる顔に琳麗は目をぱちくりさせていた。
(なんっって、綺麗な人───男…?……男だわっ!!)
ついつい無意識にその人の胸元を触って確かめてしまう。
(な、なんて勿体ない!!)
そんな他人が見たら、引き攣ってしまう行動をしている琳麗に涼やかな美声が聞こえ、ハッとした。
「──どけてもらえないか」
「あっ! も、申し訳ございません!!」
パッとその美貌の男性から離れると、落ちていた書翰を拾った。そして、もうひとつある物を拾って首を傾げた。ちらっと傍らに立っている美貌さんを見上げた。
「あの、これ……」
「……ああ」
スッと手を出されたので、琳麗は流れるまま仮面を手渡した。彼は受け取るとそれで整い過ぎた美貌を隠したのだった。
その様子を見ていた琳麗に彼は顔を向けた。
「──なぜ、女官がここにいる」
「え、あ、府庫に用事がございまして──」
府庫は内朝よりだが、れっきとした外朝に当たる。
基本的に女官は内朝なのだが、琳麗は朝廷三師のお付き女官の為、特別に(異例だが)外朝にも来る事を許されていた。
琳麗は、拾った書翰を手渡した。書翰を受け取りながら、じーっと見てくる視線に男──黄 奇人は仮面の下で眉を潜めた。
「──なんだ、何か言いたい事があるのか」
顔に関しての事は自分でも嫌な事なのだが、珍しく昏倒することも魂魄を飛ばす事のない女官に多少なりと興味が出た。琳麗は、にこっと笑った。
「いえ、とっても綺麗な顔でしたのでつい羨ましいと思ってしまいました」
そう言って「では失礼致します」と一礼をしてその場から辞そうとしたが、なぜか袖を掴まれた。
「えっ?」
「──私は黄 奇人という。お前の名は何と言う」
「私の名は「琳麗っ!」
不思議に思いながらも名前を名乗ろうとすると誰かの声が遮った。はっとして二人揃ってそちらを振り向いた。
奇人は、彼の姿をみた瞬間仮面の下で嫌そうな顔をしていたのは言うまでもない。琳麗はというと、歩み寄ってくるまだ三十と少し程の男性を見て微笑んだ。
その微笑みに男性の端正な顔はにへらっと崩れ、琳麗の傍らにいた奇人を突き飛ばしてそばに寄った。
「琳麗、こんなところでどうしたんだい? ま、まさか、この変態仮面男になにかされていたのかっ!?」
「──何をする、紅 黎深」
突き飛ばされながらも体勢を崩さなかったが、奇人は殺気を出していた。しかし、彼──紅 黎深は扇子を開きフンッと笑ったのだった。
「私の可愛い姪の袖を引いておいてなにをいう」
「姪っ!? こいつの姪なのか?」
その声は、珍しくも驚愕していた。(不憫な…)とでも言い足そうにこちらを見ていたが、彼女は気にすることもなく頷いた。
「はい、紅 琳麗と申します。ところで黎深叔父様はなにをしていらっしゃるのですか?」
「え、あ、いや…散歩、そう散歩をしていたのだ!」
黎深は、少し慌てたように言ったがその様子に奇人は何をしていたかを悟った。
(──きっとこの姪の後を付け回していたに違いない)
「そうなのですか、私、今から府庫へ行こうとしていたのですが、よかったら一緒にお茶致しませんか?」
「ええっ! い、いいのかいっ!?」
その表情は、もはや氷の吏部尚書とは思えない程緩んでいた。精鋭なる吏部官吏たちが見たら、見間違いだと頭を揺らすであろう。
「はい、お時間がよろしければ」
「時間など、いくらでも暇だ!」
そう叫んで琳麗の手を取り、引っ張っていきそうな時横からくぐもった声がした。
「黎深、貴様は暇なんかなかろう。吏部に大量の書翰が山積みになっているだろう」
「なっ、君っ……」
うろたえる黎深を見ながら、聞いた事に琳麗は驚いた。もしや、自分は気を利かせてしまったのかもしれない。そう思い黎深を見上げた。
「叔父様、申し訳ございません。お忙しいのにお茶に誘ってしまって……」
「いや、琳麗、わ、私は仕事なんて」
「叔父様のお仕事が終わりましたら、私、疲れを取るお茶を用意致しますので、頑張って下さいっ!!」
その上目使いの必死な申し出に黎深は──呆気なく落ちた。
「り、りり、琳麗っ! 私の為にお茶を入れてくれるのかいっ!?」
「はい、沢山お仕事をしているお忙しい叔父様の為に用意します! 終わりましたら、府庫に来て下さいね」
にこっと笑う姿に黎深は、慌てて吏部へと走っていった。
傍らの奇人は(……見事なものだ)としばしその姿を見ていた。
「あの……叔父が大変失礼を致しました。先程は大丈夫でしたか?」
一瞬、なんの事だろう?と奇人は分からないよう首を傾げた。黎深にはいつも迷惑をかけさせられている。公私においてどちらもでだ。
「叔父様もなんで突き飛ばしたりしたのかしら?」
「──そのことか、お前が気にする事はない。それよりこちらもすまなかったな」
「いえ、ぶつかってしまったのは私のほうですから」
ふふっと笑う少女に奇人は仮面の下で笑った。そして
「──私の本当の名前は鳳珠と言う。今度からそう呼んでくれ」
「鳳珠様ですね、分かりました」
鳳珠は、琳麗の頭を撫でると「では」と言って歩いていった。琳麗は、キョトンとしながら撫でられた頭を摩りクスッと笑うと府庫へと歩き出したのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
鳳珠は、琳麗を撫でた手を見つめた。そして、思い出す。
まだ進士の頃、むりやり黎深に付き合わされ邵可殿の邸を訪れては、隠れて奴の『姪』たちを見たこと。本を読んであげたり、子守唄を歌ったこと。
──懐かしいにな、と思うと共に先程の笑顔を思った。
「……琳麗か」
あの黎深の姪とはいえ、素晴らしい娘だ。そう思うとくっと笑うと呟いたのだった。
それはまだ暑い夏が始まる初夏の頃の話。
出会い〜仮面〜/終
あとがき
仮面とのインターバルでした。
すいません!偽者ばかりで!!
なんでしょうか?設定上ありえない事が……。
つくづく文才ないんですいません!
彩雲国のキャラは濃いキャラばっかで書きにくいですね(苦笑)
駄文を読んで下さった方々にはお目汚しで大変申し訳ございませんでしたっ!!
初稿:2007/01/27
改稿:2007/11/17