天上天下唯我独尊我儘大王
あれは十五年も前の事だった。その少女と出会ったのは。
「黎深、この子は私の娘の琳麗だよ。仲良くしてあげておくれ」
突然の敬愛する兄上が妻と娘たちを連れて帰って来た。
兄の妻など、よほどの女でなければ認めないと思っていたのに、兄上は赤ん坊とまだよちよち歩きの女の子を連れて来た。
しかも、そのうちの一人は養女であるなんて以っての外だった。
「なにを言っているんですか! 兄上」
「うん? だから、この子は私の娘の琳麗だよ。とても可愛いだろう」
黒髪の短い髪を撫でる兄上は、その幼女ににこにこと笑いかけていた。その幼女は、キョトンとしていたが笑う兄上を見て顔を綻ばせた。
「見たかい? 笑ったよ。さあ、琳麗こっちは私の弟の黎深だ。君の叔父にあたるよ」
ちろりと見上げてくる幼女に黎深はふんっと蔑むように見下ろした。
その態度に兄である邵可は窘めようとするが、琳麗がトテトテと黎深の元へ歩いたので開きかけた口を閉じた。
近寄ってくる琳麗に黎深は、一歩後ずさったがそれでもまたよたよた歩き近寄った。その様子に黎深は顔をしかめた。
「なんだ、お前は。私に近寄るな」
手を出しかけていた琳麗はまた一歩後ずさった黎深を掴み損ね、ボテッと倒れてしまった。
「ふぇっ……」
「琳麗!!──黎深」
邵可は転んだ琳麗を素早く抱き上げ、少し困ったように弟を見上げた。黎深は、兄の少し責めるような顔にうっ!となりながらも
「わ、私のせいではないでしょう。いきなり近寄ってきたこいつが……」
「黎深……なんでもないよ。さ、琳麗。泣かないでいいからね」
何かを言おうとしたが、邵可は首を振り、まだ少し泣いている琳麗を抱え直すと母屋へと連れていった。
黎深はなにか居心地の悪さを感じたが、兄である邵可に責められ落ち込んでしまった。
歩いていく兄の後ろ姿を見送ると、あの琳麗という少女がじっと見ていたのに気付き、顔を背けたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日、黎深は兄の邵可に会う為にこちらの庭院へ来ていた。家人に命じて兄の居所を調べさせた。
「邵可様はただ今庭院にいるとの事です」
そう報告を受けた。ならばと来てみれば兄の姿など見えず、いるのはあの琳麗だった。仕方なしに近寄って問いただした。
「おい、兄上はどこにいる」
見上げてきた幼女の顔は一瞬ポカンとしたが、みるみる内に笑顔になった。そして、トテトテとまた近づいてきて服の裾に掴まった。
「なにをする、兄上はどこだ」
そう怒鳴るように問えばまた離れるだろうと思ったが、琳麗は舌足らずな言葉で喋った。
「とうしゃま…あっちぃ…」
紅葉のような小さな手が方向を示したので、黎深はそのまま歩き始めた。
「あっちか……」
すたすたすた…と歩いていけば後ろからよたよたとした足音が聞こえた。
ふと振り返ってみればよろよろと必死に付いてくる琳麗の姿があった。目が合えば嬉しそうに笑っていた。
黎深は、またくるっと前を向き歩き始めたがまだ付いてくる気配に少し口の端を上げた。
微妙な距離をあけて少しずつ歩いて、時折振り返れば必死になって追いかけてくる琳麗がいたのだ。
──なんとも可愛いらしい
不覚にもそう思ってしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それから暫くしてから、薔君が庭院に秀麗を抱いて降りて来た。
少し病弱な秀麗はよく母である薔君の看病を受けて、室内にいることが多かった。その為か、琳麗は外でよく遊んでいた。
もちろん家人が面倒みたり、父である邵可と遊んでいたりした。
「黎深殿、どうじゃ、二人ともかわゆい娘であろ?」
琳麗は、後を追っていた黎深から母である薔君の元へ危なげな足取りで寄ってあった。
その様子にちょっとムッとして、黎深はそっぽ向いた。
「秀麗は妾と邵可……煎じ詰めればそなたの血も受け継ぐ姪っ子じゃ。そして琳麗も秀麗もまだそなたの底意地の悪さも、天上天下唯我独尊我儘大王性格もとんと知らぬ。ゆえに琳麗はそなたを慕い後を追いかけ──ほら、見てみぃ秀麗も笑っておるぞ。ふふふ、どうじゃ、むくむくと愛しく思えてきたであろ」
その言葉でさっきまで薔君にくっついていた琳麗は、黎深の裾を引っ張った。
彼は琳麗を見ると、くいくいと引かれそのまま視線を向ければ、なんとも小さなかわゆい手が、きゃっきゃっと嬉しそうに黎深に伸ばされていた。
傍らの琳麗もそれに笑っていた。二人とも黎深の本性を知らないからこそ丸ごと受け入れてくれる存在がそこにあった。
一人は、兄の血を継ぎ、この上なく愛らしい姪。もう一人は邪険にしようがにこにこと拙い足で後を付いてくる義理の姪。
うまくいけば自分を愛してくれる可能性のある二人の幼女。──黎深はあっけなく二人の姪っ子に陥ちた。
「ほんに我が背の君が言うたとおりじゃな。妾にもかわゆい義弟君が出来て嬉しいぞ」
赤子の扱いなど知らないながら、揺りかごの周りをうろつくようになった黎深に、薔君はそばにいた琳麗の髪を撫でそんなことを言ってのけた。
まだうろついている黎深に琳麗は面白そうに後を追いかけ、二人して揺りかごの周りを歩いていた。
「なんじゃ、琳麗は黎深殿が好きなようじゃな」
義姉の言葉に小さな琳麗は、黎深の着物の裾を掴みにこにこと笑った。
「ふむ、琳麗も秀麗も妾と邵可の娘じゃからの。長じてのちもそなた好みの姪になること間違いナシじゃ。気に入られるよう、全力で頑張るがよいぞ。笑顔・優しさ・思いやり、で得点上昇じゃ。まあとりあえず笑顔の練習じゃな。琳麗ばかりから与えられてばかりでは後で嫌われてしまうぞ。良き笑顔なら琳麗にも嫌われず、秀麗も笑い返すゆえ、今のうち練習するべし」
黎深は毎日真面目に練習した。微妙な笑顔でも、返せば琳麗は花が咲いたように笑ったのが可愛くて堪らない程だった。
琳麗と一緒に秀麗をあやしたりして楽しい一時を過ごした。傍らで流れる子守唄がわりの二胡を、今でも覚えている。
「のう黎深殿、いつかみなで幸せになれたらよいのう……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そう言っていた義姉君を思い出す。あの月日はたった二年で終わってしまったのだった。
あの頃から、琳麗は私を見てはいつも笑ってくれていた。そして──現在(いま)も。あの後を追い掛けて来てくれた時と変わらぬ愛らしい笑みで。
だが、あの忌ま忌ましい狸の妖怪──霄太師のお付き女官になっているのは我慢ならなかったが、宮城で琳麗に会えるのは何より嬉しかった。
黎深は溜まっていた仕事をありえない早さで片付けると、精鋭なる部下を無視し府庫で待っている愛しい琳麗と兄・邵可の元へ飛んでいった。
きっと、琳麗は変わらぬ笑顔で迎えてくれる。兄上も。これで秀麗がいたら彼は極楽浄土の気分になるだろう。
出会い〜天上天下唯我独尊我侭大王〜/終
あとがき
天上天下唯我独尊我侭大王こと黎深様と夢主の出会いでした。
こちらはどうしてもちみっこ夢主ちゃんが黎深様の後をちまちま追い掛けるのが書きたくて書きました。
ネタ自体は、第一章を書いた時には頭の中にありました。
どんなに邪険に扱われようと後を付いてくる夢主ちゃんに、黎深様は一定の距離を保ちつつ心の中はほんわか暖かくなっていたかと…
それでは、インターバルA〜出会い〜読んで下さってありがとうございました。
感想頂けたら幸いです。
2007/01/27