猛将と弟子
出会ったのは八年前の王位争いで荒廃した城下でだった。内乱が終わったとはいえ、街は安全なんかでは決してなかった。
「……はあっ…はあっ……」
「そっちだ! 捕まえろ! ガキだがなかなかの上玉だ! 逃がすなっ!」
黒髪を靡かせた幼いといってもいい少女が走っていた。変なゴロツキに絡まれたのは一刻前。
葉医師のお使いで知り合いの町医者のところへ行こうとしたら、ぶつかって来て因縁をつけられた。
「…こ、子供相手にっ……」
そうぼやきながら琳麗は文句を言った。逃げ足にはそんなに自信ないし、かといって家人から教えられた撃退法もこの人数では出来るはずもなく
「父様っ、静蘭っ! 助けて〜」
叫んだところで現れるはずもなく、ぐいっ!と衿首を捕まれ引っ張られた。
「きゃっ……」
どんっ!と後ろに尻もちをつき痛みに涙が出そうになった。
「ガキのくせにっ、逃げ足だけは立派だな」
「しかし、確かに上玉だな。これならいい値で売れそうだ」
いくら身なりがそれほどでもないとしても、実は国でも一、ニを争う名門中の名門 紅家の姫である者を売ろうなどとは一大事だ。
しかし、そんなことはゴロツキ共は知るはずもない。
伸ばされた手に琳麗はギュッと目をつぶった時、ドカドカッと何かが吹き飛ぶ音がした。そ─っと瞳を開くとゴロツキ共が目の前に倒れていた。
「なんだっ!! 貴様ら!」
上から掛かる声に琳麗はびくっとして振り仰いだ。そこには剣を帯びた老人立っていた。
老人といっても鋭い眼差しは、衰えてなどいない。むしろそこらにいる男たちより強さが滲み出ている。
その姿に圧倒されたのか倒されたゴロツキ共は仲間を連れ逃げていった。
「大丈夫か? 娘」
差し出された大きな手に琳麗は恐る恐る手を出した。
しかし、その男は琳麗の手首をぎゅっと掴むと上にぐいっと持ち上げた。小さな身体がふわっと浮き、琳麗の身体は男に抱えられた。
あまりの軽さにその男は眉を潜めた。食べる物も無くなり、道々には人が倒れている中、息を切らしながらも走っていた少女。
少女は限りなく生きていた。男──宋 隼凱は、口を開いた。
「怪我はないか」
「は、はい……ありがとうございます」
ペコリと頭を下げる所作はなかなかの態度であった。ただの街娘には見えない。が今度は、その少女は宋に向かって真っすぐな視線を向けてきた。
「あのっ────」
着飾れば、いや見た目だけでも美少女の言葉に宋は目を見開いた。しかし、それは冗談という訳ではない本気を垣間見る真摯な眼差しに宋は目をつぶった。
「(……こんな少女までもが)──わしは厳しいぞ。一度でも泣いたら面倒はみない」
その厳しいともとれる口調に琳麗は、はいっ!と答えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
言うだけ言ってみた。賭けだったといってもいい。ただ、守りたかった。それだけ。
父様と秀麗と静蘭を守る事が出来ればそれでいいと思っていた。大切な家族を。だから、突然現れた武官の人に言ってみた。
「──あのっ! 私に剣を教えて下さい!!」
「──理由は?」
「大切な者を護りたい。それだけです!」
琳麗は真っ直ぐと立っている男を見た。
怖くなんかなかった。ただこの人ならば決して甘えさせる事なんてせずに、真剣に教えてくれると確信が持てた。
彼は、頭をボリボリ掻いた後ジロリと見据えた。
「──わしは厳しいぞ。一度でも泣いたら面倒はみない」
「はいっ! 泣いたりなんかしません!」
その返事に彼はなぜか頭を撫でてくれた。キョトンと眺める
「わしの名は宋 隼凱。そなたはなんという?」
「──琳麗、私は琳麗と申します」
あえて姓は言わなかった。それでも宋 隼凱は聞いてこなかった。琳麗はちょっとホッと安心した。
きっと家の人たちにばれたら一大事だし。特にあの過保護で心配性の静蘭にはバレてはいけないと予感していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それから週に一度、宋将軍宅に訪れては武術を教えられた。
無論、家族には賃仕事と称してだったが、そんな理由をつけてやって来ていると聞いた宋夫人は琳麗にちょっとだけ侍女仕事をさせてくれた。
むしろ、あの夫のしごきに耐える少女に(夫の)迷惑料と称して払っていたようだったではあるが。
琳麗は彼が将軍だと聞いた時は、びっくりしたが教えてもらえるならば、強い人がいいと思った。さすがに女、しかも少女の腕には長剣など持てる訳がなかった。
「やはり長剣は無理だな、短剣ならどうだ? お前は護る剣が欲しいのだろう」
持たされた短剣を琳麗は眺めた。
確かに重さも長さもこちらの方がいいし、相手をぶった切りしたいわけでもない。大切な人を護る剣が欲しいのだ。
宋将軍の言葉に琳麗は頷いた。ゆっくりと鞘から短剣を抜き手に持った。
「さあ、かかってこい!」
その言葉に琳麗は地を蹴った。軽やかに跳ぶ少女に宋の眼は大きく見開いた。そして、意外にも少女に素質があるのを感じた。
(──面白い)
少なからずもそう思った。
筆頭武官としていくつもの武功を打ち立てていた歴戦の猛将と言われた自分のしごきに堪えてきたのは、たった一人きりだった。
だが、その弟子でさえぴーぴー泣いていた。泣くな!とはいったが、この少女は文字通り飛ばされても、転がっても泣きはしなかった。そして、着々と力をつけていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
まだまだとはいえ、かなりの腕になったのは出会ってから二年がたった。ある日の事、宋は邸を訪れた琳麗に男子の服装をさせた。
「あの? これは……」
キョトンとしている琳麗に宋は頭をがしがし撫でながら答えた。
「たまにはわし以外の奴と稽古した方がいいと思ってな、今から宮城に行くぞ」
「ええっ!? だ、だって私、女ですよ!!」
「だから、男装させたんだろうが!! いいから行くぞ」
ぐいっと腕を掴まれ、そのままズリズリと引きずられていく。
見ていた宋の妻は苦笑しながら、生き生きとしている夫とあわてふためいている弟子の琳麗を見て手を振って見送った。
「よほど気に入ったのね……」
息子たちでさえ、夫から剣を師事してもらうのを泣きながらだったというのにあの少女は、本当に泣くという事をしなかった。
それは強がりでもなんでもなく、ただ胸の奥にある強い想いの為に自ら泣く事を許さなかったらしい。己と闘っているのだろうと妻は想った。
──大切な者を守りたい。
その願いだけであの少女は力を身につけていく。それは強さにもなり、弱さにもなる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ズルズルと引きずられて、琳麗はとうとう宮城に来てしまった。
「ほれ、いつまでも駄々をこねるな! 相手が来たぞ」
駄々もこねたくなる!と琳麗は内心ぼやいた。
確かに自分はどこまで強くなったのかはさっぱり分からない。教えてくれる宋将軍としか稽古したことがないのだから。
それに闘いたい訳ではない。守りたいのだ。
むぅっとしながらも促された方をみると、紫色の禁色を纏った少年が立っていた。琳麗はぎょっ!として宋を見上げると、ニヤリッと笑った。
(ちょっ、この人ってもしかして──)
「おはようございます。劉輝殿」
「うむ、おはようなのだ。宋将軍。この者は?」
ちらっと見てくる公子様に琳麗はびくっとした。
大体年齢は、自分より二、三歳くらい上だろうか?まだ少年といってもいいのだが、驚くほど整った目鼻立ちをしていた。
静蘭と張る美少年だったが、どこか不思議に感じる。無表情な訳でもなく、冷たい訳でもない。どこか遠くをみているような感じだった。
「これは私が鍛えております、琳埜と言います」
「宋将軍がか? 琳埜、といったな、私は紫 劉輝だ」
「は、はいっ。私はり、琳埜…と申します」
琳麗は慌てて跪拝をしようと頭を下げたが、彼は手をとった。
「私は頭を下げられるような者ではない、いいから顔を上げてくれ」
その言葉に琳麗はおずおずと顔を上げた。その瞬間、風が吹き劉輝と宋は顔を袖で覆ったが、琳麗は目を見開いた。
(──なに? いま、少し懐かしい感じが…)
まるで初めて静蘭と会った時のような懐かしい風が琳麗を包んだ。
(──初めてなのに、この人を知っているような…)
琳麗は首を傾げそうになったが、風で飛んできたのか劉輝の頭に葉がついているのが見えた。
「すごい風でしたな」
「ああ、そうだな。琳埜?」
「劉輝様、頭に葉っぱが……」
頭についていた葉っぱを取り、琳麗は笑ってみせた。その笑顔に少しだけ、劉輝の顔が綻んだような気がした。
「すまない。……なんだか、琳埜は女みたいな顔をしているな」
それにはギクッとなったが、傍らにいた宋将軍は笑い飛ばした。
「何を言いますかな、劉輝殿! 確かに琳埜は女子のような顔してますが、このわしについてくる弟子ですぞ!」
「そ、そうだな。宋将軍のあのしごきに耐えられる訳がないな」
その場の雰囲気にアハハハ〜と妙な笑いがあった。
「して、今日はどうしたのだ?」
「そうそう、琳埜はわしとばかり打ち合っておったのでな、たまには他の奴と思いまして。ただ、琳埜はこの通り細いのでな長剣ではなく短剣を使うのだ」
「短剣?」
「さよう、身が軽いのでそれでもなかなかですぞ」
その言葉によって、劉輝と琳麗は剣を交えたが短剣と長剣では差があり、勝負は簡単についた。
「……参りました」
「いや、短剣であれほどの腕はなかなかだ。なあ宋将軍」
剣をおさめながら、劉輝は宋将軍をみた。宋もまずまずだと言うように頷いた。
琳麗は、短剣をしまいホッと一息ついた。
「では、行くか」
用事が済んだとばかりに宋は琳麗を掴んだ。それには琳麗も、劉輝も驚いた。
「もう行くのか!?」
劉輝が淋しげな瞳をしているのに琳麗は胸を痛めた。宋将軍を見上げようとして、琳麗はやめた。このまま王宮にいるのはまずい。
琳麗もその事は重々承知している。分かっているがこのまま離れることも出来ないと感じた。琳麗は、スッと劉輝の手を取ると
「いつか、また会えますよ」
「──必ず、か?」
曖昧な言葉なんか欲しくないのか、劉輝は琳麗をみた。琳麗は、笑うと頷いた。
「──はい、必ず会えますとも」
予感はあった。いずれ来る未来にて、またこの人と会うだろうと。
それに劉輝は、そうか…。と頷いた。そして、名残惜しそうにその手を離した。
琳麗は、そのまま宋将軍に連れられ来た時と同じ路を歩いていった。
傍らの宋はガシガシと頭を掻いた。右下を歩く琳麗に目線をやる。口を開こうとして遮られた。
「宋将軍、さっきのは嘘ではありません。多分…遠い未来で会いますよ」
にこりと笑う琳麗に宋は頭を撫でてやった。琳麗は、そのまま口を紡いだ。
「宋将軍、長い間色々ありがとうございました」
「──ああ、またなんかあったら来い」
「はい、本当にありがとうございます」
分かっていた。他人と打ち合う事で、教示はとりあえず終わりだという事を。
琳麗は深々と頭を下げ、走っていってしまった。宋はため息をつきながら、琳麗の後ろ姿を見送った。
「……あいつにどやされるかもな」
琳麗を可愛がっていた妻を思い出す。息子ばかりで娘がいなかった妻は可愛いらしい琳麗をとても気に入っていた。
明日から来ないと知れたら……同僚の妻、英姫ほどではないが妻の怒鳴り声を想像し、宋将軍はうなだれた。
そして、再会したのはもう何年か過ぎた春だった。
出会い〜猛将と弟子〜/終
あとがき
インターバル3つ目は[猛将と弟子]でした。
えーっと、なんか曖昧な話で申し訳ございません!
宋太傅と夢主の関係は師匠と弟子でした。宋太傅の嫁に関しては捏造です。かーなーりー設定に無理がありまして申し訳ございません。
そんな訳で宋太傅は夢主を知っておりました。
劉輝は、まさか琳麗が琳埜とは思っていませんし、顔も曖昧にしか覚えてないので宋太傅か夢主が教えない限り気付かないでしょう。
ぶっちゃけ劉輝の登場はどうしようかな?と思っていたのですが、宋太傅から離れるきっかけにもなったのでいっか!と登場させました。
ちょっと本編で支障きたすかな?大丈夫かな?ドキドキ…
果てしなく駄文で未熟で穴だらけな話でしたが、読んで下さって感謝です!
ありがとうございました。m(__)m
2007/01/28