弐
あの悪夢を見てから数日後、彩雲国の王 紫 劉輝は再び悪夢を見ていた。
ははは、うふふと笑う仲睦まじい静蘭と秀麗を劉輝は見ていた。そして、二人は衝撃的な事を彼に告げた。
「達者で暮らせ、愛する弟よ。私たちはこれから新婚旅行に出発するから」
「じゃーね、劉輝〜。立派な王様になるのよ〜」
「待て! 待ってくれ〜〜兄上〜、秀麗〜〜」
劉輝は必死になりながら追い掛けようとしたが、泥沼にハマったかのように足が動かない。次第に二人は遠ざかって行ってしまった。
そこで目が覚めた。ギュッと寝具を握りしめ、情けない声を出した。
「なっ……まさか…また、同じ夢を見た……はあっ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
同じ頃、米倉門番のシ 静蘭も悪夢を見ていた。
目の前には愛する弟と大事にしている主の妹姫がいた。二人は仲睦まじそうに互いにつっつきあっていた。
「ははは…」「うふふ…」
「りゅ、劉輝…」
「申し訳ありません、兄上。これだけは例え相手が兄上だとしても私は譲る訳にはいかないのです」
二人の雰囲気にア然としながらも、静蘭はにこやかに笑った。
「そ、それは別に構わないのだが…」
「え? いいんですか?」
「ああ、お前が秀麗お嬢様と仲良くするのはいいのだが……」
「静蘭、祝福してくれるのね! 嬉しいわっ! 姉様、姉様もきっと静蘭に祝福してもらえるわよ!」
その言葉にポンッと先程までいなかった秀麗の一つ上の姉・琳麗が出てきた。その横には(一応)上官である藍将軍の姿があった。
「り、琳麗様っ!?」
「やあ、静蘭。琳麗殿は私が頂くよ」
「そういう訳なの。静蘭、祝福してくれる?」
首を傾げ、じっと見上げてくる姿は相変わらず可愛く美しい。──しかし、今なんと言った?
静蘭の頭の中にありえない事が起きていた。
「あの……いま、なんと?」
「私、藍将軍と結婚する事にしたの。それでね、新婚旅行は秀麗たちと一緒に東の諸島に行こうかと思って…ね〜、秀麗?」
「そうなの、素敵でしょ。静蘭。姉妹揃って幸せになるのよ〜」
きゃっきゃっとはしゃぐ姿はいいのだが、琳麗の相手は気に入らない。というか赦さない。
琳麗を捕まえようと手を伸ばしたが
「おっと、静蘭! 私の物になにをする気だい?」
「そうです、兄上。琳麗は楸瑛のですよ」
「だめよ、静蘭。邪魔しちゃ」
立て続けに楸瑛、劉輝、秀麗に言われ、琳麗に振り返ると彼女は楸瑛の後ろにパッと隠れた。
「ごめんね、静蘭。私、藍将軍に決めたのよ」
「さあ、行こうか、愛しい人よ」
腰に手を廻して連れて行こうとするのを止めようとしたが、伸ばした手は届かずその場にて空をきった。
「そ、そんなっ……劉輝っ、秀麗お嬢様、琳麗様あぁぁぁ〜」
ガバッと起きた静蘭は、額に手をあてた。ありえないはずの夢なのだが、この焦燥感はなんなのだ。
「まさか、また同じ夢を見てしまった。私としたことが、……はあ」
ため息混じりに呟くとそのまま寝台から身を起こした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
今日も門前にて静蘭は琳麗と一緒に秀麗に見送られていた。
「あ〜 今日もいい天気ね。静蘭、米倉門番の仕事頑張ってね。はい、お弁当。姉様は…お弁当はいらないのよね」
「ええ、今日は庖厨を借りて宋太傅たちの食事を作らなくてはならないから…」
苦笑する姉に秀麗も大変ね…というか苦笑せざるおえない。しかし、材料が余ったりしたらそれをすかさず頂いてきたりするので家計的に助かっていたりした。
傍らの静蘭は、浮かぬ顔つきで秀麗から弁当と受け取っていた。
「……ありがとうございます」
秀麗の顔をじっと見つめ、今朝方みた夢を思い出した。愛する弟と秀麗お嬢様が結ばれるならば、それは嬉しく思う。だが────
「どうしたの? 朝っぱらから浮かない顔してるわね〜」
「本当、どうかしたの?」
不審に思った琳麗と秀麗は顔を見合わせて、心配そうに静蘭を見た。しかし、彼はそれでも「なんでもありませんよ」と呟いた。
「では、行ってきます。行きましょう、琳麗様」
「う、うん。じゃあ行って来るわね。秀麗も賃仕事頑張って!」
「はーい、姉様。行ってらっしゃい。……………変な静蘭?」
秀麗に見送られて、二人は宮城へと足を運んだ。
「……ねぇ、…ねぇったら! 静蘭? どうかしたの?」
いつもは琳麗の足に合わせる静蘭なのだが、なんだか今日はいつもと違っていた。
琳麗は必死に追い掛け、袖を掴んで静蘭を止めたのだった。
「なんですか?」
「なんですか? ってそれはこっちの台詞よ、静蘭! また何か気になる事とか心配事とかあるの?」
首を傾げ見上げてくる仕種に今朝の夢での事が重なる。琳麗の顔をじっと見つめた。
「なんか私の顔についてる? そんなにじっと見つめて……照れるじゃない」
「琳麗様っ!」
サッと朱色に染まった頬がどんなに可愛いらしくとも、ついつい大きな声を上げてしまう。琳麗はびくっとした。
「なっ、なに〜、そんな怖い顔して」
「琳麗様は、藍将軍と私の…」
「藍将軍と静蘭?」
キョトンとする琳麗に静蘭はふるふると頭を振った。
「いえ、なんでもありません。行きましょうか…」
「……う、うん」
いつもと違う静蘭に琳麗は首を傾げながら、また歩き出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
静蘭は米倉門番の仕事につきながら、尚も浮かぬ顔つきでだった。
(米倉門番のいいところは、暇で時間があることだ。訪れる者は鼠ぐらいなもの。ゆっくり考え事ができる)
そんな事を思いながら、いろいろと考え込んでいた。
(はあ、琳麗様も秀麗お嬢様のようにこの間のような偽装結婚ではなく、いつか本当に嫁ぐ時が来る。秀麗お嬢様には、是非劉輝の妃になって頂きたいとは思うのだが、こればかりは仕方ないだろう。しかし、問題は琳麗様だ!いくら『通い』の女官であろうと、女官は女官。いつ宮城にいる官吏などに目をつけられる…いや求婚されるか分からない。いくら鈍いからといってもいつでも危うい状態なのは違いない。……まあ、宋将軍がついておられるとはいえ……危険だ。もし、万が一……琳麗様が藍将軍なんかと───)
そんな考えるのも嫌な事が頭に過ぎり、静蘭は腰に佩いているなまくら剣に手を掛けた。
たぶんその時、楸瑛はくしゃみの一つ、いや悪寒が走ったであろう。
(フッ…そんなことあって堪るか!)
抜こうとしていた剣を放し、ため息を漏らした。
「その時がきたら、琳麗様は誰を選ぶのだろうか──そして、私は……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
琳麗は、女官仕事の傍ら今朝の静蘭の事を考えていた。
(…静蘭、何があったんだろ? 何か起こるような気配はあるけど……まだのはず…よね?)
少し何かが起こる気配は感じるが、それを静蘭が知ってるとも思えず琳麗は首を傾げながらダンダンダンと爼板に豚肉と海老を細かく切り、筍もみじん切りにしていた。
霄太師と宋太傅のお付き女官なのになぜこんなことを?と思いつつも、またしても海千山千のじじいたちに押し切られてしまったのだ。
でも、まあ、料理は嫌いじゃないからいっか。と考え、仕舞いには余った材料を貰って帰ってもいいと言われているので、それには喜んだ。
「えーっと、これは蒸して…後は梅肉と海老の炒飯でも……」
そんな風に考えて事をしながら作ってしまったら、たくさん出来上がってしまったのだった。
「…………あれ? 余っちゃった……あ、父様に持って行こうかな」
かなり余分に出来てしまった為、琳麗は重箱を借りて、健啖家の父に多めに入れたのだった。
それから、作った物を盆に載せ軽やかな足取りで朝廷三師の室へ昼餉を届けにいった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その頃、劉輝は庭院をふらふら〜と歩いていた。
「あー!目覚めが悪い!!それもこれも秀麗がいけないのだ!あれだけの熱い思いを文にしたためているのに、藁人形など素敵な贈り物をしているのに!そろそろ余の胸に飛び込んできてくれてはいいではないか!それで万事解決だ! …………ぶつぶつ」
ぶつぶつと訳の分からない事を喋り、なにやら一人芝居をしている愛する弟……彩雲国の王の姿に静蘭は声を掛けた。
「なにをなさっているのですか?」
「心弾む妄想!!」
「妄、想……?」
「あ、兄っ……静蘭……」
張り切った答えに静蘭は疑問を浮かべた。しかし、劉輝はしまった!という風に顔を引き攣らせ、空にはカァーカァーとカラスが鳴いていた。
劉輝は、気まずそうに人差し指と人差し指をちょんちょんと触れさせながら呟いた。
「いらいらと歩き回るうちにいつの間にか米倉前に来ていたのか…」
「やけに楽しそうでしたね」
にこっと笑う静蘭に劉輝はごまかし笑いをしながら答えた。
「そう見えたかっ…?」
「たぶん、おそらく…絶対誰が見てもそう思ったでしょう」
「んんっ、その──…、静蘭! 昼食でも一緒にどうだろう?」
はっきりと言われ、咳ばらいをして静蘭を昼食に誘うが彼は笑みを浮かべて答えたのだった。
「せっかくですが、秀麗お嬢様の作って下さったお弁当がありますので」
「秀麗の弁当ぉぉっ!? そらぁ〜、もう余と一緒に食べるしかないじゃないか〜」
「あげませんよ」
またもはっきりきっぱり言われ、劉輝は顔を引き攣らせていた。ただでさえ夢見が悪かったのだ。
まして、愛する弟に夢とはいえ邪魔まで言われたのでは大人げないと言われてもついいじめてしまいそうになった。