参
昼食を取る為に府庫に移動した劉輝と静蘭は、静かな戦いを繰り広げていた。
箸と箸の闘いである。カチカチと箸を鳴らし、二人は弁当を取り合っていた。
「あ・げ・ま・せ・んって!」
「もう、一口くらい良いではないか〜」
ぶうぶうと文句を言う劉輝に静蘭は目の前にある物を指差した。
「劉輝様には、そこに、五段重ねの立派な漆塗りの重箱に入ったお弁当があるじゃないですか!」
だが、劉輝は尚も食い下がった。
「こんなお弁当よりも〜秀麗お手製の麦が混ざった弁当が食べたいのだー! そうだ! この豪華弁当とその弁当交換しよう、さあ、さあ、ほら、さあ〜」
「いやです!」
「遠慮すんなっ!」
「遠慮しているわけじゃありません」
きっぱりと答える静蘭に劉輝は半泣きになっていた。よほど愛しの秀麗が作った弁当が食べたいらしい。
当たり前といえば当たり前なのだが、静蘭とて上げるのが勿体ないという訳ではない。
ただ、些か機嫌が悪いのだ。今朝の夢見の悪さで。
「そんなに秀麗の弁当余に食べさせたくないのか─? やはり静蘭は、秀麗の事がす、すすすすす…」
「す?」
「スイカ〜入ってないのか、秀麗の作った弁当にスイカは!」
何を訊きたいのやら、はっきり訊く前に頓珍漢な方向へいってしまう。静蘭は、呆れたように答えた。
「普通、お弁当にはスイカは入れないのでは?」
「静蘭は〜…好きな人はいるのか?」
「また突然ですね」
「いるのか?」
本当に突然で一瞬目を丸くした。我が弟ながら、どういう思考をしているのだろうか?
静蘭はにっこりと笑いながら答え始めた。
「ええ、たくさんいますよ? 邵可様に邵可様の奥様、あ、そうお嬢様の今は亡きお母上。それに彩雲国の王として頑張ってる人も大好きですよ」
「そっか〜余も静蘭のこと、結構……いやそういう綺麗事じゃなくてだな、好きな女性はいないのかって聞いてるんだ」
「好きな女性……」
劉輝はチラチラと静蘭を見ながら訊いた。
「静蘭は…秀麗の事をだな……ど、どう思って……」
「もちろん、大好きですよ。秀麗お嬢様はなんといっても大事な家族ですから」
「そ、そんな簡単に答えなくとも……で、では、静蘭は結婚、結婚したいような、結婚したいような! 結婚したいと思うような人はいるのか?」
「劉輝様はどうなのですか?」
「余は秀麗と結婚したい!」
「…ですよね。その気持ちが全面に出過ぎる程出てますものね」
その行動に一瞬、羨ましいとまで思ってしまう。自分の頭の中に緑かかった黒髪の少女が浮かぶ。
「静蘭、もし! 秀麗が余と結婚することになったらどうする?」
「そうですね、仮定の話には答えられませんが祝福いたしますよ。ただ…」
「ただっ?」
「秀麗お嬢様を泣かせたり、不幸と感じさせたりしたら赦しませんよ?」
穏やかな笑みで微笑む兄に劉輝はぞぞっと身震いさせた。静蘭は、ふと夢の事を思い出したように言葉を続けた。
「まあ、私に仮に特別に想ってる女性がいるとして」
「い、いるとして?」
「その人が私以外の誰かと結ばれそうになった時は」
「なった時は?」
「その時は、この剣が相手の男の血を見るまで鞘に戻らないかもしれませんね」
腰に佩いた剣を少し抜きにこにこと笑ってみせた。無論、目などは笑っておらず本気を漂わせている。
劉輝は今度こそ背中に冷たいものが流れるのを感じた。
「……にこにこしながら凄い事言うな〜」
「劉輝様はどうなされますか?」
「えっ?」
「もしお嬢様が他の誰かと結ばれそうになったら」
「そ、その時は……」
「その時は?」
「……いや、分からぬ。相手次第だ」
「そうですか」
「ところで静蘭…」
「はい?」
「静蘭の好きな、結婚したい女性は……その秀麗じゃないのか?」
未だ必死に訊いてくる劉輝に静蘭は苦笑した。この前の事でばれたかと思ったのだが、どうやら彼には秀麗以外は見えないらしい。
「秀麗お嬢様は大切な家族ですよ。もちろん好きですが、劉輝様が考えてるのとはちょっと違いますね」
その言葉に安心したのか、ホッとする姿がまた面白い。
「静蘭」
「はい」
「全部食べてしまう前にせめてひとくち!」
「嫌です」
「ひとくちっ!」
「嫌です!」
「ひとくちっ!!」
「嫌です!!」
なんとも見苦しい箸と箸の闘いがまた始まった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その少し前──琳麗は、重箱を持ちサラサラと回廊を歩いていた。
(──全く、あの方々は……)
先程までいた室での事を思い出し、琳麗はため息をついた。
(本当に昔は名を馳せた官吏と武官なのかしら?)
そう考えながら父がいる府庫へと歩いていた。お茶も用意せねば…と休憩処の一角に行けば父の姿があった。
「父様、お弁当持って来たわ」
「おや、ありがとう、琳麗。夕べは帰らなくて悪かったね」
「ううん。静蘭もいたし、家は大丈夫よ。父様、お茶なら私が…」
淹れるわ、と言おうとしたら、邵可が口許に人差し指をあてているのに気付いた。不思議がっていると、隣から声が聞こえた。
カチカチと何かがぶつかる音と、聞き覚えのある声……
(……静蘭と、劉輝様?)
そして、違う声も加わった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「主上、ここにいらしたんですか?」
「探しましたよ〜」
「ああ、楸瑛、絳攸」
やってきた二人の側近に劉輝は目を向けた。静蘭は二人……いや、むしろ現れた害虫其の一をギロリっと睨んだ。
「おや、静蘭。二人で何を話していたのかな?……ってなんでそんなに私を睨むのかな?」
「いえ、特に。あむ!」
否定するには恐ろしい程の視線を送ってきておいてそれは嘘だろう。とその場にいた彼らは思った。
「あ────っ!」
しかし、劉輝の叫びに周りは驚いた。
「主上? どうなさったのです?」
「静蘭が…」
「「静蘭が?」」
見れば静蘭は、手を合わせにっこり笑っていた。
「ごちそうさまでした」
「秀麗の作った弁当を一人で全部食べてしまったのだー!!」
「〜〜そんなことで……いちいち嘆くな──!」
ふるふると奮え声を上げる国王に側近である朝廷随一の才人・李 絳攸は怒鳴った。だが劉輝も負けてはいなかった。
「あっはっはっは……そんなこととはなんだ! 秀麗の作った弁当だぞ! 秀麗の!! 食いモンの恨みは恐ろしいというだろう〜」
聞いていた琳麗は邵可と顔を見合わせて苦笑した。誰だって好きな相手の作った物を食べたいであろうに。
(……全く、静蘭ったら…)
なんでそんな意地悪するのかしら?考えるがやはりよく分からない。今朝から静蘭の様子がおかしいのと関係あるのだろうか?
「申し訳ありません。例え、劉輝様といえども、今日は譲る訳にはいかないと思うんです」
例え、夢の中であろうとも弟に「恋路の邪魔をしてはいけない」と言われたのだから。自分勝手な考えだが仕方がない。
「静蘭! この〜〜意地悪めっ!! もういい!だがなっ、静蘭!! 余は決して諦めんぞ! 決して〜弁当は〜いや! 秀麗はっ! 余はっ、貰い受けるのだー!!」
劉輝の言葉に琳麗は、ぎょっ!としたのもつかの間、隣にいる父から恐ろしい殺気を感じた。
ガタガタンッ!
それを感じたのか、隣から椅子らしき物が倒れる?音がした。
急な殺気に武闘派の三人は、いち早く反応した。絳攸も護身術程度は身につけていた為、殺気を感じたらしい。
「今、確かにっ──」
「殺気が──」
「それも凄まじい殺気だった」
「何者だ──?」
緊迫した雰囲気の中、琳麗は父を見上げた。邵可は仕方ないとばかり茶器を持ち隣へ歩いていく。
琳麗もお弁当を持って後に続いた。