ある日、仕事を終えた琳麗は邵可と共に自宅へ戻ると見知らぬ客人に目を丸くした。
夕食の支度をしている秀麗に聞こうと、庖厨へ行けば菜はほとんど出来上がっていた。


「ただいま、秀麗。ごめんね、手伝えなくて」

「姉様、お帰りなさい」

「ね、あの熊みたいな方は誰?」


帰って来たら普通に食事をする広間に髪のび放題、髭のび放題、なりはボロボロの熊…もとい男がいたのに、琳麗は驚いた。秀麗は、菜を皿に盛りながら答えた。


「えっとね、家の前に行き倒れていたの。なんか静蘭の知り合いみたいだし」

「えっ、倒れていたっ? 大丈夫なの?」

「うん、でもお腹が空いて今にも死にそうだって言ってたけど食べたら元気になったみたい」

「そう……よかったわ。倒れていた人を助けるなんてさすがね」


静蘭が聞いたら(そういう事ではないだろう)と思うはずだが、紅一家は困ってる人に弱いのだった。
琳麗は菜を持ち、広間へと運んでいった。もう邵可は席に着き、行き倒れていた男性は静蘭に監視されていたが、琳麗の姿を見て寄ってきた。


「琳麗様、言って下されば運びましたのに」

「大丈夫よ、静蘭。秀麗の方をお願い」


静蘭は、はい。と返事をして庖厨へ出て行った。コトンと卓子の上に載せ、茶碗を並べていった。
ちらっと男性の方を向いて琳麗はニコリと笑った。


「いらっしゃいませ、私は紅 琳麗と言います。えーっと…」

「あ、俺? 俺は燕青。浪 燕青。よろしくな〜」


にかっと笑う姿に琳麗もクスッと微笑してしまう。どうなったらこういう人と静蘭が友達になったんだろう。


「静蘭のお友達なんですってね、是非ゆっくりしていってね」

「あははは……琳麗姫さんってすっげーべっぴんさんだな〜」

「褒めてもご飯のおかわりしかないわよ」


クスクス笑う姿に燕青はガシガシと頭を掻いた。食事の支度が調い、みんなで卓子を囲んでいた。


「燕青くん、といったね。貴陽にはどのような御用で?」

「ええ、人に会いに。会うのがちょっと難しい相手なんで、暫く滞在するつもりです」

「身分の高い方なのかい?」

「あ、ええ、まあ…」


食事の合間に邵可はにこにこと笑いながら問うと、燕青は戸惑いがちに微笑しながら答えた。聞いていた秀麗は邵可の方を向き


「だったら、朝廷の誰かを紹介してあげたら? 父様」

「どうしても駄目な時にはお願いするよ。一応内密の用事で来てるんで」


軽い調子でいう姿はぜんぜん内密には聞こえず、琳麗はクスクス笑ってしまう。邵可も笑みを浮かべ


「なら、用事が済むまでこの家に泊まるといいよ」


その言葉に黙々と箸を動かしていた静蘭の手が止まり、邵可を見た。


「旦那様っ!?」


反対だ。という静蘭の態度に秀麗は首を傾げた。


「静蘭のお友達なんでしょ?」

「いや、あの、友達では……」

「悪い人ではないのだろう?」

「それはそうですけど…」

「ならいいじゃない、ね。父様、秀麗」


にこにこと人を疑わない家族に静蘭は何も言えなかった。


「そうよね、姉様。友達は大事にしなくちゃ」

「はあ…」


もう決定してしまった事を覆せない静蘭は、珍しくため息をついていた。


「こんなぼろ屋だがいいかね」

「もう野宿には飽きたんで願ってもねぇ話です」

「遠慮せずに自分の家だと思っていいんだよ」

「では、お言葉に甘えて、おかわり〜」

「甘えるなっ!」



漫才のような二人に琳麗と秀麗は、顔を見合わせて笑った。
静蘭は物腰は柔らかいが人と一定の距離を置く癖があるので、友人と呼べる人をみたことなかったので、二人は嬉しかったのだった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


翌日、琳麗はサラサラと宮城の回廊を歩いていた。


「今日も暑いわね〜」


照り付ける太陽を恨めしげに見上げぼやいた。よいしょ、と抱えていたお茶請けの菓子が入った籠を持ち直すとまた歩き出した。


「えーっと、お茶は先に冷ましてあるから……」


ぶつぶつと言いながら歩いていると、前から意気揚々と歩いて来た宋太傅を見かけた。


「琳麗、ここにおったか」

「どうなさいました? 宋太傅」

「うむ、今から羽林軍へ行くぞ」

「は?」


そんな疑問も無視し、宋太傅は琳麗の腕を掴むとズリズリと羽林軍の方まで引きずっていった。
いくら外朝に来る事を許されているとはいえ、女官姿の琳麗が行ったら狼の群れに羊が飛び込むようなモノである。琳麗は、慌てて手を引いた。


「そ、宋太傅っ! いくらなんでも羽林軍へはまずいですっ!!」


てっきり一緒に稽古させられるのかと思い、琳麗は声を上げた。その考えが分かったのか彼は、振り返りもせず連れて行こうとする。


「違うわっ! 藍家の若造と両大将軍に話があるんだ」

「だ、だったら私はいなくとも…」

「あと、米倉門番についての話もあるからだ」



琳麗は、その言葉にジロッと宋太傅を見上げた。


「まだ諦めていないのですか?」

「当たり前だっ! あの腕で米倉門番などと無駄ではないかっ!!」


琳麗は額に手をあてた。全く、この人は…静蘭の素性を知っておきながら…


「いいから来んかっ! 他にも話はあるんだ」

「ですから、なぜ私も行かねばならぬのです!」


抗議しても無駄なのか宋太傅はそのまま琳麗を引きずっていった。
羽林軍の武官宿舎へ行く道中、稽古場を通れば、琳麗は見世物のように武官たちにジロジロと見られていた。


(〜〜〜〜私は見世物ですかっ!)


ムッとしながら歩くもその姿は凛として美しい。華やかな女官姿も映えていた。
官舎には、楸瑛がいた。彼は、宋太傅はともかく琳麗の姿に唖然としていた。


「これは、琳麗殿までいらっしゃるとは……宋太傅、いくらなんでもこんな所に女官を連れて来るとは……」

「ふん、女に見とれて稽古の手が止まるような奴らは、今頃大将たちに鍛え直されておるだろう」


その言葉を聞き、楸瑛は少し部下たちが哀れになった。この琳麗の姿を見ては、気になるだろう。
琳麗も傍らで苦笑いをしながら置いてあった茶器でお茶を出し、持っていたお茶請けを出した。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「宮中警護の羽林軍を賊退治に廻せと?」


最近、茶州から賊が入って来ているという話だった。楸瑛は少し目を見開いたが、宋太傅は茶を煽り頷いた。


「人手不足の紫州軍が猫の手も借りたがっているのは知っているだろ」


楸瑛は、頷きつつも答えた。


「うちもそれほど人手に余裕があるわけじゃないですよ」

「心配するな! わしも出る!」


そう言うと宋太傅は、剣を突き付けた。剣先を眺めながら、楸瑛と琳麗は顔を引き攣らせた。

((自分が暴れたいだけじゃないのか、この人…))

スッと剣を鞘に戻し、宋太傅はニヤリと口の端で上げると、ちらっと琳麗を見たあと口を開いた。


「それと…この機会に彼を羽林軍に連れ戻すというのはどうだ?」

「彼って米倉門番の彼ですか?」

「うむ、黒大将軍、白大将軍も是非にと言っていたぞ。ふっふっ」


またか……。琳麗は、さっき言ったばかりなのにこの老君は…っ!と、ため息をはくしかなかった。
楸瑛は、琳麗を見て声を掛けた。


「んー……琳麗殿はどう思いますか? 静蘭の主としては」

「私ですか? 私に言われましても……最終的には静蘭が決める事でしょう。無理強いしたら、ますます嫌がると思います」

「だったら、琳麗が説得すればよかろう!」

「無理ですよ、秀麗と主上が説得しても頷かなかったのですから。私も言ってはみましたが……今の仕事が気に入っているんですって」


琳麗は微笑し、肩を竦めた。楸瑛もその理由を聞いていたので苦笑せざるおえない。


「ふんっ! だが、今回の仕事はやってもらえると助かるだろ。そうだ、琳麗も手伝わんか!」

「〜〜わ、私が賊退治に出てどうするんですかっ!」


あまり見たことない琳麗の怒鳴る姿に、楸瑛はくっくっ…と笑っていた。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「琳麗殿」


夕刻──琳麗は、回廊を歩いていると声を掛けられた。


「藍将軍、絳攸様」


振り向けば、二人はこちらに向かって歩いてきた。


「琳麗殿はもう終わったのかい?」

「はい。これから帰りますが……ああ、今日は食事会でしたね」

「そう、ほら食材もこの通りだよ」


楸瑛は持っていた大きな風呂敷包みをみせたのだった。傍らの絳攸も同じくらいの風呂敷包みを持っている。


「いつも申し訳ございません。たくさんの食材をお持ち頂いて……とても助かってます」


申し訳なさそうに…でも嬉しそうに微笑む姿に二人は顔を見合わせた。これには理由があるからだ。


「……いや、気にするな」

「そうそう、美味しい手料理を頂いているんだから、このくらいたいしたことはないよ」

「そうですか?」


どこか乾いた笑いをする二人を見上げ、琳麗は首を傾げたのだった。楸瑛は笑いながら、琳麗の肩に手を置いて、促そうとした時


「琳麗様」

「静蘭」


静蘭は、にこにこしながら近寄ってきたのだった。


「お迎えに上がりました」

「わざわざいいのに…ありがとう、静蘭」

「いいえ、私の役目ですから」

チラリと横目で二人を見据えた。
特に肩に手を置いていた楸瑛は、どうしようもなく手を離すとわきわきと動かしていた。絳攸は、それを呆れたようにみていたのだった。


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蒼天の華 / 恋する蝶のように