弐
邸に戻り、庖厨にて秀麗は叫んだ。
「朝廷三師の──霄太師ですってぇっ!?」
客人が誰か、言い渋る静蘭を問い詰めた結果、出てきた言葉に秀麗は仰天し、琳麗も唖然としていた。
「な、な、なんでそんな人が私たちに会いに来るのよっ!!」
「さぁ」
「……ねぇ、そんな人相手に、今あの父様が一人でお相手しているの……?」
「……ええ」
「お茶も出さずに」
「……お茶器の場所がわからなかったんですよ」
静蘭は疲れたように笑い、散らかった庖厨を見て散乱している物を拾い集めていく。琳麗は苦笑しつつ、お茶請けの饅頭を皿に盛り盆に載せた。
「……まあ、お客様がきたからお茶を出そうと思ったその行動は評価してあげてもいいわ」
「そうね、いつもの父様を考えれば上出来だものね」
深い溜息をつきながら、すっかり用意が整った盆を持つと途端に二人の動きが変わる。
ぴんと背筋が伸び、すべるように歩き出した姉妹。その見事に優雅な所作に、いつもながら静蘭は感心する。
客間についたとき、室から聞こえてくる談笑に秀麗は意外そうに眉を上げ、傍らの姉を見た。琳麗も秀麗を見ながら呟いた。
「……話がはずんでるみたいね」
「父様に話術の才なんかこれっぽっちもないはずなのに。趣味でも合ったのかしら?」
秀麗の呟きに琳麗は肩を竦めるだけだった。秀麗は、きっと霄太師が話を合わせて下さっているんだわ。などと零していた。
二人が再び表情を引き締めると同時に、静蘭は琳麗と秀麗の戻りを告げた。父である邵可はそれを受け、しばし会話をした後、静蘭は扉をゆっくりと開いた。
二人のはすべるように中に入っていくと、琳麗はもっていた盆をいったん卓子の上へと置いた。そして、三歩下がり、二人同時に跪く。
「──私、琳麗、そして「私、秀麗、ただいま戻りました。霄太師におかれましては、此度の私共の留守、まことに申し訳なく思っております。長らくお待たせいたせましたこと、深くお詫び申し上げます」
「さしたるおもてなしもできませんが、どうかごゆるりとおくつろぎくださいませ」
両手を胸の前で組み合わせての、完璧な跪拝の礼。その一挙一動を注意深く見守っていた老君は、ゆっくり頷くと腰を上げた。
「……お立ちなされ、──琳麗殿、秀麗殿」
二人は顔をあげ、霄太師の姿を見た。秀麗は、その存在感に頭が下がったのか
「お会いできて光栄です、霄太師」
「さぁ、さぁ、挨拶はもうよいから、卓子へおつきなされ。琳麗殿、秀麗殿、──静蘭殿もじゃ」
秀麗や琳麗、静蘭は思わず顔を見合わせた。
───いったい、なんの話なんだろう?
「茶を、いれてくれるかの? さすがに水ばかりでは腹がちと冷えての」
ちょっと悲しそうに語る霄太師に不思議がりながら、卓子の上を見て三人は絶句した。いや、秀麗は心の中で絶叫していたのだか……。
それが安易に想像出来、尚且つ父の誇らしげな顔を見て、琳麗は霄太師には悪いが心の中でクスクス…と笑っていたのだった。
霄太師はすぐに用件に入らず、秀麗手作りの饅頭を食して満足気な様子だった。コポコポと注いだ茶を飲み、霄太師は、軽く咳ばらいをすると湯呑みをおいた。
「──琳麗殿、秀麗殿そして静蘭殿。……突然で申し訳ないが、そなたらに頼みがある」
三人は背筋をただした。
「もし、これを引き受けてくれたなら──謝礼として、これだけ払おうと思うておる」
霄太師はずい、と皺くちゃの右手をつきつけた。
(………は?)
琳麗は話についていけずに、キョトンとして静蘭と父を見るが、二人も目を点にしていた。
しかし、秀麗は違った。──彼女は一家の貧しい家計をやりくりする主婦である。残念ながら、琳麗より秀麗の方がやりくり上手なのだ。
琳麗は、外見はともかく中身は父──邵可と似ている部分が多いのだ。
邵可と比べたら全く悪くはないのだが、どこか抜けていたりする。そこがまた彼女の魅力でもあったりするのだが。
だが、秀麗の中ではいま算盤がパチパチと激しく動いていたのだ。
霄太師とじりじりと交わす言葉の雰囲気に、琳麗、邵可、静蘭はそろそろと身を退いていた。
(……しゅ、秀麗…)
姉が少し引き攣りながらも、霄太師が提示した金額の多さに秀麗の目の色が変わったのだ。
「やります──!! なんっっでもお任せくださいっっ」
「ちょっ……秀麗っ!?」
琳麗及び静蘭が慌てるも秀麗の頭の中は『脱・麦ご飯、脱・雨の日の桶はこび競争』だった。
「………秀麗…」
「………お嬢様…」
何を言っても無駄だ。という雰囲気のなか、霄太師は言葉を続けた。
「ならば──静蘭殿には一時的に羽林軍に特進し、主上付きになっていただく」
静蘭を始め、琳麗も秀麗も目を見開いた。ありえないほどの大出世だ。
「──秀麗殿、そなたには後宮に入って、王の妃になってもらいたい」
「最後に琳麗殿には、貴妃付きと我等三師付きの女官になって頂く」
その瞬間の秀麗の顔といったらそれは見物で、琳麗は展開についていけずにキョトンとしていたのだった。
「……………え?」
二人の顔といったらそれは見物だったと、静蘭はのちに語った。
第一幕/終
あとがき
意外に短く済んでホッとしましたが、大丈夫でしたでしょうか?
とりあえず、夢主ちゃんは天然という訳ではないと思います(え)
周りに対しては気が利いたりしますが、自分が関わると全く気付かないという、女の子です(それが天然か?)
街中の男たちから熱烈コールを浴びようが、全く本気で受け取りません。笑い飛ばしてしまいます。
2007/01/10