絳攸と楸瑛が帰ろうとして外へ出た時、見送りで出てきた秀麗と静蘭は一緒に出て行こうとする琳麗を声を掛けた。


「ちょっ、姉様? どこへいくの?」

「え? うん、ちょっと王宮まで忘れ物があって」

「明日では駄目なのですか? もう夜も遅い事ですし…」

「そうよ、姉様。明日でも」


止めようとする秀麗と静蘭を琳麗は眺めてから、微笑した。


「う〜ん……明日では駄目なのよ」


琳麗は月を見上げながら呟いた。さぁっと風が吹き、髪が靡いた。


「だから今夜はそのまま王宮に泊まるわ。父様に許しを頂いたし」


にこっと笑う琳麗になんだかこれ以上引き止められないような気がして、二人はなんだか顔を見合わせた。


「だったら私たちが送って行くよ。ね、絳攸」

「そうだな、一人では危険だろうし、楸瑛だけに送らせるのはもっと危険だろう」

「……別に平気だけど」

「駄目よ! 姉様は自分がどれだけ美人か分かってないんだからっ!!」


秀麗の言葉に頷く三人に琳麗は首を傾げた。


「もう、褒めても何も得しないわよ」


クスクス笑う琳麗にみんなは肩を落とした。本当に分かっていないらしい。


「でも送って行くよ。最近は賊も増えているからね」

「そうよ! 姉様!!」


秀麗にまで言われては仕方ないと琳麗は肩を竦めた。


「……それではお願いいたします。藍将軍、絳攸様」

「ああ」


絳攸と楸瑛は頷き、琳麗は秀麗と静蘭に手を振って歩き出した。三人揃って歩いていく姿を静蘭はしばし見てから、邸に入っていった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


月明かりの中、三人は歩いていた。


「お二人共、本当に申し訳ございません。往復させてしまって」

「いやいや、こうして月明かりの下、琳麗殿と歩けるなんて嬉しいよ。出来れば二人きりだともっといいんだけどね」


パチンと片目をつぶり笑う楸瑛に琳麗は苦笑した。隣の絳攸は、その物言いに怒鳴った。


「貴様の頭の中はそんな事ばっかりかっ! この常春頭が〜〜」

「絳攸、夜にそんなに声を上げるものじゃないよ」

「……ぐっ…」

「絳攸様、落ち着いて下さい」

「あ、ああ……それより琳麗、本当にこんな時間に王宮に行くなんて何があるんだ?」


絳攸は、咳ばらいをすると傍らを歩く琳麗を見遣った。それには楸瑛も気になっていたらしい。


「そうだね、わざわざ戻るなんて何かあるのかい?」

「……呼ばれたような気がして」

「「…………は?」」

「いえ、何でもないです。ちょっと思う事があるだけです」


もうこれ以上は聞いてくれるな。と言わんばかりに琳麗は少しだけ微笑した。月明かりの下、見るその微笑みに二人は何も言えなくなってしまった。


「そういえば、絳攸様!」

「な、なんだ?」

「先ほどの秀麗に対して『絶対、女とは気付かれない』なんて失礼ですよ!!」

「そ、そうか?」


少しうろたえる絳攸に琳麗は大きく頷いた。それには楸瑛も苦笑しつつ同意した。


「確かに女人にあのような事はいただけないよ。秀麗殿は可愛いらしい女性ではないか」

「しかしだな……あー、いや、確かに失言だったな……すまない」


反論しようとしたが、琳麗に睨まれて絳攸は自分の発言を省みて、謝った。その姿に琳麗と楸瑛は顔を見合わせて、クスッと笑った。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


王宮に琳麗を送った後、楸瑛と絳攸は、家路に向かっていた。


「戸部尚書なら秀麗殿が女だって気付くんじゃない?」


先ほどは、琳麗がいたから出さなかった話題を楸瑛は口にした。絳攸は、フッと笑った。


「そうかもしれんな」

「え?」


不思議そうな楸瑛を無視し、絳攸は月を見上げ呟いた。


「しかし、彼女ならきっと──」


大丈夫だ。という確信が絳攸にはあった。ふと、絳攸は夕食の時に琳麗が言っていた事を思い出す。

『──もしかしたらいいことあるかもしれないし』

琳麗はなにか知っているのだろうか?ふとそんなことを考えてしまう。ついさっきまで横を歩いていた少女を思ったのだった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


王宮の中、庭院を琳麗は歩いていた。ふと、池のほとりまで歩いていくと人影に気付いた。


「王の行く末が楽しみじゃのう、なあ、鴛洵」

「……霄太師?」

「っ!? これは琳麗殿……このような時刻にどうなされた?」

「……その、壷」


驚いている霄太師をよそに琳麗は、彼が抱えている壷を見た。
知っているような気配を感じる。まだまだ薄く靄のように微力だが、知っているような気がする。


「こ、これは……梅干しが入っておるんじゃ」

「梅、干し……」

「そうじゃ。琳麗殿はどうなさったんじゃ? 帰ったのでは?」


梅干し壷から目を離し、琳麗は池に映る月に目を向けて呟いた。


「……なにかに、呼ばれたような気がして──」


さぁっと風が吹き、池の月が揺らいだ。霄太師は、スッと目を細めたが池の月はゆらゆらと揺らいでいた。


「──きっと、ただの思い過ごしですね」

「……そうですな、琳麗殿」


微笑する琳麗に、霄太師は一旦瞑目して答えた。次に目を開いた時には、ニヤニヤと笑い言葉を告げた。


『明日、梅饅頭を作って下さらんか?──それと』


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


深夜、琳麗は暗くなった王宮の一室へと足を向けていた。コンコン…と扉を小さく打つと中から声がした。


『――誰だ』

「琳麗です」

『琳麗っ!?』


驚きの声と共にカタンっと音がすれば、扉が開いた。


「どうしたのだ? 今日は帰ったのでは?」


琳麗は微笑すると、持っていた重箱を掲げてみせた。


「お夜食はいかがですか? 劉輝様」


途端にぐ〜〜っと劉輝の腹が鳴ったので、彼は少し顔を赤らめ、琳麗は苦笑したのだった。


「う、うむ。貰おう……よかったら入らぬか? 一人で食べるのは寂しい……」

「……よろしいのですか?」

「うむ」


琳麗は、苦笑すると頷いて執務室へと足を踏み入れた。

机案にある書翰の山を眺め、卓子に重箱を置いた。茶器の準備をし龍泉茶を煎れた。懐紙に肉饅頭を載せ、劉輝の前へ置いた。


「私の手作りで申し訳ございませんが……」

「何をいう、琳麗の饅頭も余は好きだ」


そう言って食べ始める劉輝に微笑んだ。琳麗は自身にも茶を煎れて呑んでいた。
パクパク食べていた劉輝は、そんな琳麗を眺め口を出した。


「……ひんへい」

「……劉輝様、食べてからにして下さい」


呆れたように湯呑みに茶を注ぐと劉輝は、それを飲み干した。


「す、すまぬ……」

「どうかなさいましたか?」

「いや、そなたこそどうしたのだ? こんな時間に」


またか……と先ほどから会う人に同じ質問をされていた。
自分でもよく分からないのだ。呼ばれたような気がしたのは事実だったが、曖昧すぎて理由にならなかった。


「……そうですね、頑張ってる劉輝様がいたから。では駄目ですか?」


うーん…と考え、咄嗟に出た言葉がそれだった。劉輝は、目をぱちくりさせ次の瞬間、微笑した。


「……余の為、か?」

「──そうですね、このお饅頭は劉輝様の為ですね。珠翠さんからまだお戻りになってないと聞きましたので、頑張っていらっしゃると思いまして」

「……そうか、余は嬉しいぞ! 琳麗」


また、素直にまぐまぐ食べる劉輝に琳麗は笑ってしまった。
頬に付いている皮を取ってあげると、少し照れた劉輝が可愛くらしく思えた。食べ終わり、まだ机案に着こうとする劉輝に声をかけた。


「まだ続けるのですか?」

「……ああ、色々やらねばならぬ事がある」

「あまりご無理をなさいませんよう。この暑さで劉輝様が倒られては困りますでしょう」

「……だが、余は頑張らなくてはならない」


そう呟く劉輝に琳麗はため息をついた。


「劉輝様は常に頑張っておられますよ。大丈夫です、あなたの周りには皆がついております」

「──琳麗は、優しいのだな」

「そんなことありませんよ。当たり前の事を言っているだけです」

「しかし、キリが良いところまでやりたいのだが──」


ちらっと見てくる劉輝に琳麗は肩を竦めた。


「無理せず休むと約束して下されば、キリのよいところまで頑張って下さい」

「うむ。やはり、琳麗は優しいのだ」


琳麗は微笑すると、残った饅頭を包み、茶器を置いた。


「劉輝様、徹夜は駄目ですよ?」

「ああ、分かっている。すまない」

「では、私はこれで」


一礼をし、執務室から辞そうとすると


「──秀麗は、元気か?」

「はい、元気ですよ」

「そうか──呼び止めてすまなかった」

「いいえ、では」


もう一度、一礼すると琳麗は今度こそ執務室から出たのだった。後宮の与えられた室へと回廊を渡り、降り注ぐ光りを眺めた。


遠回りだけど……。秀麗の意思を尊重してくれる王に琳麗は、小さく声援を送った。


──彼は、ある落とし穴というべきものにいつ気付くのだろう


そう思いながらまた回廊を歩き出したのだった。




第ニ幕/終




あとがき

やっと燕青出せました。
しかし、残念ながら夢主とはあまり絡まないのですよ!
ついでにあまり邵可邸にもあまり帰らなくなるかもです。
さて、どうしましょう(笑)

とりあえず、読んで下さってありがとうございました。

2007/02/13


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蒼天の華 / 恋する蝶のように