壱
夕食会から翌日。秀麗は、門前にて邵可、静蘭、燕青に見送られていた。
「よーく似合うよ」
「ええ、とても女性には思えませんよ」
「立派な男の子だな」
にこにこと笑顔で、次々に発せられる言葉に秀麗は苦笑いをした。
「(喜ぶべきか悲しむべきか…)では、行ってきます」
「「「いってらっしゃい」」」
少し落胆しながらも三人に送り出され、王宮へと歩いていく秀麗は、髪の結い方を変え、男物の衣服を身に着けていた。
どこからどうみてもかわいらしい少年にしか見えなかった。
出るべきところも引っ込むべきところも、年の割には未発達だったために出来た荒技だと思うと、ますます情けない気持ちになる。
(せめて、姉様くらい……とまでは言わないけど…)
今頃、後宮で働いている琳麗を思いながら悲しくなってため息をついた。
「おいっ!」
「うっおっ…」
秀麗を見送っていた燕青は、隣から肘打ちを喰らった。腹を摩れば、静蘭から横目で睨んでいた。
「お前も行くんだ!」
「あ? 俺も〜?」
「当たり前だっ! お嬢様の側にいろ! 何かあったら…」
「この首をかっ飛ばすんだろ。分かった、分かったよ」
怒鳴る静蘭に燕青は首切りの真似をして、秀麗の後を追い掛けた。
「おーい! 待ってくれ〜姫さ〜ん」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
再び王宮に来た秀麗は、頭一つ分背が高い絳攸の後をてくてくと付いていった。
「……それで、戸部尚書ってどんな方なんですか?」
秀麗の後ろには燕青が、長い棍片手に物珍しそうにあちこちを眺めまわしていた。
「そうだな……簡潔に言えば有能、変人、謎な人だ」
「……は?」
「有能さは誰もが認めるところだ。うちの上司と並んで未来の宰相候補とまでいわれてる。名前は黄 奇人。黄家の人間だ。性別は男。年齢、顔、声ともに不詳だ」
「……………………は? い、今なんておっしゃいました?」
「黄 奇人。黄家の人間。性別は男。年齢、顔、声ともに不詳」
絳攸はいたって淡々と繰り返した。秀麗はどこからつっこむべきか悩んだ。
キョロキョロと周囲を見回していた燕青も、その突拍子もない情報に思わず振り返る。
「……えーと、キジンて、もしかしてあの奇人ですか? 変な人っていう意味の」
「そうだ。よくわかったな」
「……冗談でいったんですけど」
「紛れも無い事実だ。ただし、本名は別にあるらしいな。周りに奇人変人と言われ続けたため、ある日そんなら名前にしてやると、奇人と改名したそうだ。以後、署名でも判でも名を名乗るときでも黄 奇人で通してるから、今では彼の本名を覚えている者はほとんどいないそうだ。俺も知らん」
その話からしてすでに相当変である。これ以上訊くのも怖かったが、一応期限付きてはいえ、主人になる人だ。秀麗はおそるおそる続きを訊いた。
「……で、年齢、顔、声ともに不詳ってなんですか?ありえないじゃないですか、そんなの」
絳攸は顎に手をやったが、ややあって首を振った。
「説明するより、実際会った方が早いだろう。会えばわかる」
「……???」
「へぇええ。なんか朝廷っておもしれー人がいるだなぁ。で、李侍朗さん」
おとなしくくっついていた燕青がにかっと笑って訊いた。
「四半刻で戸部につくっていう話だったけど、そろそろ一刻になるぜ。まだつかねーの?」
その言葉に絳攸はぴたっと足を止めた。周りにはそれらしく建物はない。絳攸はプルプルと震えると怒鳴ったのだった。
「戸部はいつ引越したのだ〜〜っ!」
秀麗と燕青は、苦笑いしながら思うことは同じだった。
((……迷ったんだ…))
さすがの秀麗も王宮にいたとはいえ、戸部の場所は分からず困っていると聞き慣れた声がした。
「……秀麗? 燕青さん、絳攸様……どうなさいました?」
見れば女官姿の琳麗がいたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
琳麗は、霄太師に頼まれたお茶と菓子を持ち回廊を歩いていた。外朝ではあるが、女官としては特例の地位にいる琳麗はこの場にいるのを許されていた。
不意に聞こえた怒鳴り声が聞いたことがあったので、そちらに目を向けると見知った姿が三人いた。
「……今日から戸部で働くって、絳攸様ったら、また…」
はぁ〜とため息混じりの苦笑をして近寄れば、可愛いらしく男装をした秀麗がいた。
「……秀麗? 燕青さん、絳攸様……どうなさいました?」
「姉様っ!? どうして外朝にっ!?」
「……琳麗姫さん」
いきなりの琳麗の登場に秀麗と燕青は驚いていた。琳麗は、肩をすくめてから絳攸を見ると困ったようにこちらを見ていた。
「……戸部へ行くのでしょう? 私、霄太師に頼まれて今から参りますがご一緒してもよろしいですか? 絳攸様」
「あ、ああ。別に構わん」
ゴホンと咳ばらいをする絳攸に微笑しながら、琳麗は三人の先導をした。
「ね、姉様って外朝に来てもいいの?」
「? 秀麗、琳麗は春の時から外朝へ来ていたぞ。大体は、三師たちと一緒だったが」
「そうなんですかっ!?」
「……お付き女官だからね、たまに雑用もさせられるのよ」
「……へぇ」
琳麗は苦笑しながら秀麗を眺めた。色々会話をしながら、琳麗に案内をされて秀麗たちは戸部へ到着したのだった。
「頑張ってね」
そう囁かれ、秀麗は頷くと景侍朗に案内され室へ入っていった。
琳麗は、景侍朗に持っていた梅饅頭(霄太師にせがまれて作った)を四つ渡しておいた。
秀麗と燕青が仮面をつけた戸部尚書にア然としている頃、絳攸を連れて戻ることにした。
「……すまなかったな」
「? 何がですか?」
「いや、なんでもない」
琳麗は首を傾げ絳攸を見て微笑した。執務室まで送ると、絳攸にも持っていた梅饅頭を三つ手渡した。
「主上と藍将軍とでお食べになって下さい。では」
一礼して去ろうとする琳麗に絳攸は声をかけた。
「琳麗、秀れ……秀の事は主上には……」
「もちろん、言ったりしませんよ。絳攸様たちが何を考えているかは分かりませんが、色々な意味でありがとうと申しておきます」
──この季節においても
──これから先においても
──秀麗にとって成長させてくれて
絳攸が不思議そうに見つめてくるので、琳麗は苦笑した。
「絳攸様も暑さに気をつけて下さいね」
「あ、ああ。琳麗もな」
「はい」
ぺこりと頭を下げて、琳麗はサラサラと回廊を歩いていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
朝廷三師の室へ入ると、そこには霄太師と宋太傅がいた。
「遅かったな、琳麗」
「申し訳ございません。ちょっと案内をしていたもので」
持っていた籠を卓子へ置くと、琳麗は申し訳なさそうに霄太師を見た。
「ん? どうかしたんですかな、琳麗殿」
「……実は、頼まれておりました梅饅頭なのですが」
「おおっ、作って下さったのか」
霄太師は少しうきうきとして、身を乗り出して来た。だが、琳麗は困った顔をしていた。
「実は、三つしかないのです。途中、戸部と主上の執務室に寄りましておすそ分けを」
「な、なんじゃとおぉぉ〜〜楽しみにしておったのじゃが……」
「阿呆か! たかが梅饅頭ごときで喚くな、クソジジイ!!」
そう言い放つと、宋太傅は梅饅頭の一つをひょいと掴み、自分の口へ放り込んだ。
「ああぁぁぁ〜〜!! わしの梅饅頭を〜〜この剣術馬鹿がっ! 賊にでもやられろ!!」
「はっ! このわしが賊なんぞにやられるかっ!! おっと、そろそろ行かねばならん、じゃあな。琳麗」
「お気をつけて下さい」
一礼する琳麗に宋太傅は、頷くとそのまま室から出ていってしまった。霄太師は、ふんっ!と言いながら二つしかない梅饅頭を食べていたのだった。
琳麗はそれを見て微笑するしかなかった。