参
また霄太師を探すべく回廊や庭院を歩いて回った。府庫まで来ると、霄太師探しをやめて、休憩しようと邵可を探したのだった。
僅かに感じる父の気配を辿り、すぐに見つけた。
「どうしたんだい、琳麗」
「ん……ちょっと……」
「? 何かあったのかい」
一見分からないが、いつもより違う様子の琳麗に邵可は首を傾げた。琳麗は苦笑し、窓の外を見て口を開いた。
「……私より、秀麗の方が心配で……」
琳麗につられ外を見てみると、俄かに昊が暗くなってきているのに気付いた。邵可は苦笑しながら、立っている琳麗の手を取った。
「……秀麗も心配だけど、君も無理をしなくていいんだよ。怖くなくはないんだろう? 雷は」
「でも、秀麗の方が──」
「全く君もたまには甘えなさい。まぁ、無理もないだろうけどね」
ゴロゴロと鳴り響いてきた音と閃光に琳麗は微かに震えた。邵可は琳麗の肩をそっと寄せて背中を撫でてあげた。
いつもはなんとか我慢をしているが、今は邵可しかいないせいか琳麗は父の裾をきゅっと握ったのだった。
雷は嫌い──というより怖い
大事な母様が亡くなった時にずっと鳴っていたから。でも、母様は死の床に笑っていた。何度も何度も呟いてくれた。
『そなたは妾の娘ぞ、雷が嫌いなどと言うでない。のう、琳麗。妾は姿は変わるがいつまでもそなたや秀麗、邵可、静蘭の傍にいるのじゃ。だから、彼らを頼むぞ。外ならぬそなたなら妾も安心出来るのじゃ』
そう、言いながら笑い逝ってしまった母。とても大切で果てしなく自分を守ってくれた。それは今も続いている。
でも、やはり雷は怖い。
母様を失った時を思い出させるから……。それとも誰かを連れて行ってしまうのではないか?
自分が連れて行かれるような感覚もある。だから、記憶にはないが、怖いと身体が発しているのかもしれない。
それでも怖くても、誰かにしがみついたりしないのは、秀麗の方が自分より気掛かりだから。
自分を責める秀麗に母を知る私たちが何を言ってもダメなのが分かる。
どうか、それが今年で終わりますように……そう思うようにして、瞑目した。つぶった瞼の裏で白い閃光が見えた。
きゅっと裾を掴んだ琳麗の姿に邵可は、心の中で苦笑いした。
(娘ながら、上手く隠していたものだ。きっと静蘭すら気付いてはいないだろうね)
いつも雷が鳴る度、喚く秀麗を宥めるのは三人がかりだった。だからこそ、最初は気付かなかったのだ。
秀麗もあの静蘭すらも気付いていない。自分も気付かなかった。雷を口唇を噛み締めて睨む琳麗の姿を見なかったら。
いつも一歩引いて秀麗を立てる琳麗に邵可は不憫に思ったりもした。あの時、なぜ話してしまったのだろうかと。
怯えるように泣き出した琳麗をすぐに抱きしめたのは妻だった。
『そなたは妾と邵可の娘じゃ』
記憶の中にある恐怖で泣いていた娘は、その日を境に決して泣く事はなくなった。
それもまたしくじった事だったと妻はぼやいたし、自分もそう思った。だが、妻は何があっても守らなくてはならないと呟いていた。
あの最期の時、彼女はこの娘の秘密を話してくれた。始めはそんなお伽話のような話に眩暈がした。
そんな遥か昔の娘が、なぜ邸の前にいたのかと──。
『よいか、邵可。あの娘はもう妾たちの娘じゃ。あの子が何者であろうとなかろうと、妾たちの娘、“琳麗”じゃ。よいか、何があろうとあの娘は守るのじゃ……──まあ、あの娘には彩八仙の加護があるが、手に入れようとする輩がいるやもしれん』
あのくされじじいは、この娘の事を知っていたようだった。未だに掴みきれないあのくされじじいが手元に置きたがる、それだけでこの娘は“特別”なのだろう。
邵可が色々と頭を巡らせていた時、琳麗は撫でられるその心地よさに目を閉じていた。
──昔から、こうやって色々な人に撫でられていたような気がする
この記憶は、本物なんだろうか?
雷が終わるまでのつかの間、琳麗は邵可に撫でられていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あの後、秀麗が心配で風で気配を辿れば秀麗はなんとか大丈夫だったようだ。黎深と約束したお茶を準備すべく室に一度戻った。
「全く、いったいどこのどいつだ!!」
怒鳴り声を上げながら室に入ってきた宋太傅の姿に、琳麗は首を傾げた。賊退治をしてきたにしても早い戻りようだ。
「どうなさったのですか?」
「わしが城下へ賊退治に出ているのは知っているだろう。だが最近、朝になると路地裏にそやつらが縛られているんだ」
「よかったではないですか、賊が捕まっているならば」
「いいわけあるかっ!! こっちは張り切って出ているのに楽しみを取られては、つまらんではないかっ!!」
その言葉に琳麗は顔を引き攣らせ、やれやれという気分になった。しかも、話を聞いていると捕まった賊たちは揃って“頬に十字傷のある男”を探していたという。
琳麗は、その“親切な人”に心当たりがあったがあえていうことはしないでおこうと思った。
(静蘭が言わないなら別に、ね)
そんなことを思い茶器を取り出すと、湯呑みにコポコポと注いで宋太傅の前に差し出した。彼はそれを掴むと一気に煽った。よほど腹立たしいようだ。
「そういえば、霄はどうした?」
「霄太師はえーっと……かくれんぼしてます」
「はぁ?」
意味が分からないという宋太傅に琳麗はここ最近の王宮の様子を伝えた。
すると、宋太傅は「……あいつの梅好きも病気だな」と呟き、追い掛け回されている事に関してはいい運動だろうと笑っていた。
琳麗は、暑い中霄太師を追い掛け回す官吏たちを思うと苦笑していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夜、劉輝は執務室にて机案のに書物などを積み上げていた。
「まだ、机案に向かっていたんですか。粘りますね」
まだ吏部での仕事が終わっていないのか、偶然執務室へ来たのか分からないが絳攸が姿を現した。
「うむ、秀麗になかなか会えないのは淋しいが一刻も早く法案を通したいのだ」
机案に向かって、草案を作りながら劉輝は答えると絳攸は呆れながら呟いた。
「ある意味不純な動機ともいえますが」
「何を言う! この世は男と女で成り立っているのだ! 政事は男のものという考えはもう古い!!女人に官吏への門戸を開く事は引いては国の為になるのだぞっ……ああああっ」
彼の言葉に劉輝は勢いよく、机案に身を乗り出した。その反動で高く積み上がっていた書物や書翰の山は崩れ、劉輝は書物などの山に埋もれたのだった。
「っ主上!?」
「待っててくれ、秀麗っ!」
驚いて覗き込めば、埋もれてもなお笑う劉輝に絳攸は顔を引き攣らせた。
「いいから、さっさと起き上がって書翰を片付けろ〜〜!!」
絳攸の声が王の執務室に響いたのであった。
しょんぼりしながら、劉輝は散らばった書翰や書物を拾い集めていると、トントンと扉の叩く音が聞こえた。絳攸は、こんな夜になんだ?と訝しげだったが扉を開けた。
「あら、絳攸様」
「な、琳麗っ!? どうしたんだ、こんなところで」
「はい、主上のお夜食をお持ち致しました」
そこには、籠を持った琳麗の姿があった。ニコニコと笑みを浮かべ、持っていた籠を掲げた。
「おぉ、琳麗。今夜もすまないな、入ってくれ」
「……劉輝様? どうなさったのですか?」
劉輝がせっせと書物などを拾っている姿を見て琳麗は首を傾げた。卓子に籠を乗せ、落ちている書物に手を伸ばした。
「ああ、すまない。いや、ちょっとした雪崩が起きただけなのだ」
「そうですか、ここは私がやりますから食事を取って下さいませ」
「琳麗、甘やかすな! 自分でやらせろ」
そう言いながらも書物を拾う絳攸の姿に琳麗は、微笑していた。ようやく片付いたので、琳麗は持って来た弁当を出し、器に盛っていく。
「さ、主上、お召し上がり下さい。絳攸様もどうぞ」
「うむ、戴くとするか。絳攸も座れ」
「え、あ、はい……」
二人のやり取りに絳攸は勧められるまま座った。
にこにこと笑みを浮かべて琳麗のお弁当を食す劉輝に絳攸は、戸惑いながら箸を口に運んだ。
コポコポと茶を差し出されゆっくりと口に含んだ。
「どうだ、絳攸。琳麗の作るのも美味いと思わないか?」
「そうですね……美味いぞ、琳麗」
向けてくる笑みに琳麗はクスクスと笑った。ふと、琳麗は窓の外を眺めた。月を眺め、風が運んでくる気配を感じた。
……秀麗。
でも、今は父様と静蘭、そして燕青さんがそばにいる。
彼は、本当に凄い人ね。静蘭の中に入れるだけはあるわ…
ごめんね……そばにいてあげられないなんて…
今は傍にいられない秀麗を想いながら瞳を閉じたのだった。
第三幕/終
あとがき
なんか今回は尻切れトンボになってしまって申し訳ございません!!
夢主さんは後宮に留まることになりました。
いや、だって官吏が暑さで倒れるならばもっと体力のない女官も倒れるだろう…と思いまして。
それに某ボウフラ将軍のせいで女官らが辞めていくような話も原作でありましたので取り入れました。
とりあえず、劉輝のお夜食を作っているのは密かに夢主さんでございます。
静蘭にバレたらちょっと大変かもしれませんね(笑)
さてここからは先はちょっとオリジナル色が出るかと思われます。
原作のイメージを壊さないよう頑張りたいと思います。
では読んで下さってありがとうございました。
感想頂けたら幸いですv
2007/02/26