壱
あまりの展開に秀麗は仰天し、怒り、呆れた。しかし、そこは姉である琳麗によってなんとか緩和されたのだった。
「さて、ご飯追加しなくちゃ駄目ね……」
室に戻れば、たくさん作っておいた菜がかなり減っていた。
隣室の長椅子に横になっている翔琳が食べてしまったのだろうか?当の本人はすやすやと寝息をたてていた。
琳麗は苦笑して、掛布をかけてあげると傷をつけた彼らを見た。
「その前に手当てしなくちゃ。秀麗、劉輝様を診てあげて。他は私がやるから。そしたら追加分作るわ」
せっかく久しぶりに会えた劉輝を思って、琳麗は秀麗の背を押したのだった。秀麗は、なんなの…といいたげに劉輝の手当てをしたのだった。
「──なんだってあんたまでいるわけ」
ぶつぶつ文句を言われ劉輝はしゅんと大人しくしていたのだった。
「……ちゃ、ちゃんと文は出した。邵可に返事も貰ったし! 琳麗も知っていたぞ」
「私は聞いてないの! まったく父様も姉様もなんにも言わないんだから。もう、あんたもほいほい出てこないの! はい、終わりよ! 私は菜作ってくるから」
秀麗は、手当てが終わるとさっさと追加分の菜を作りに厨房へと行ってしまったのだった。
しかし、劉輝はその後をいそいそとくっついて行ってしまった。途中「なんで付いてくるのよ!」と秀麗の怒鳴り声がしたが、劉輝が戻ってくる気配はなかった。
その様子を見聞きしていた面々は(尻に引かれすぎ…)と苦笑していた。
「──ところで、なぜ琳麗様はこちらにいらしてるのですか?」
静蘭に傷薬を塗っていた手がはたっと止まった。見れば、笑顔なんだがそれは笑っているのではなく怒っているというのが見て取れたのだった。
「……えっと、その……やっぱり心配で、その……ごめんなさい」
しょぼんとする琳麗に静蘭は盛大にため息をついた。
その様子に怒られる?と不安げな顔をしていたのか、燕青がまあまあ…ととりなしをしてくれた。…………くれたのだが、なぜか二人は口論?をし始めていた。
琳麗は、少し困り気味にそちらを見ていたが楸瑛が話し掛けてきたのだった。
「気にすることはないよ、琳麗殿」
「藍将軍……って、藍将軍も怪我されてるのでしたね! 私ったら! さ、座って下さい」
ある「援護」のおかげか楸瑛にもとばっちりの傷がいくつかあった。琳麗は手で傷薬をとり、そっと塗っていく。
「……痛くないですか?」
「琳麗殿に心配されて、こんな風に手当てされるならば痛みなんて吹き飛ぶよ」
片目を閉じて笑う楸瑛に琳麗はクスッと笑った。
丁寧に薬を塗っていると何かが飛んで来たのと「……っ!」と声がしたので琳麗は顔を上げるとぎょっとしたのだった。
「っど、どうなさったのですか!? 藍将軍!!」
「…………」
見れば楸瑛の頬にさっきまでなかった一線の傷があり、傷からは血が垂れていた。琳麗は慌てて手巾で楸瑛の頬の血を拭おうとして、白い手が触れようとした時
「琳麗様、私がやりますよ」
横から静蘭が手を出し、琳麗の手を取ったのだった。
「え? 静蘭?」
「いや、私は琳麗殿に看てもらい…………お願いするよ、静蘭」
琳麗からは静蘭の表情は見えなかったが、楸瑛が引き攣ったのに困惑したのだった。
「せ、静蘭? やっぱり、私が……」
「琳麗様、秀麗お嬢様の手伝いをなさらなくてよろしいのですか?」
「えっ……でも……」
「藍将軍は、私がみますから」
にこっと微笑まれ、琳麗は「……そう?」と言って立ち上がった。
「さ、藍将軍。消毒しましょうか?」
薬をつけた綿布を静蘭は傷口へと宛てていく。その容赦ない力加減には楸瑛は涙するしかなかった。
が、室を出て行こうとして琳麗は壁側にいる燕青を見れば、彼も怪我しているのに気付いたのだった。
「燕青さん」
「ん? なに? 琳麗姫さん」
「燕青さんも怪我してるじゃない! さ、こっち来て座って!!」
「えっ? い、いいよ、俺は…」
「だめ! かすり傷でも菌が入ったりしたら大変なのよ!」
ぐいっ!と手を掴み琳麗は燕青を椅子に座らせた。
「ほら、ここに傷あるわよ!」
大きな手を取り少し血が滲んでいる手の甲を見た。
「こんなもん舐めときゃ治るって! 琳麗姫さんって心配性だな」
「舐めたからって消毒にはならないのよ」
「じゃあ、琳麗姫さんが消毒して」
くいっと手の甲を目の前に突き出され「……え?」と困惑していると、いつの間に来たのか静蘭が燕青の手を叩いた。
「その汚い手をさっさとどけないか、燕青」
「うおっ! 痛ぇじゃねーか! 静蘭!!」
文句を言う燕青を無視して、静蘭は琳麗を見た。
「琳麗様!こんな奴の手当てなんてしなくていいですよ!!つける薬がもったいないだけです!!こんな奴は放っておいても自然に治りますよ、なんたって野生児ですから」
「それって俺に酷くね?」
「五月蝿い、コメツキバッタ」
そんな二人のやり取りに邸に戻っていなかった琳麗は、困ったように言い合いを見ていたのだった。
でもひそかにそんな二人を見て(仲良しなのね)と思っていたりした。
結局、追加分は秀麗が一人で作り劉輝を使って室に運んでくるまで静蘭と燕青のやり取りは続いていたのだった。
「ごめんね、秀麗。手伝えなくて」
「ううん、いいわよ。姉様、劉輝が手伝ってくれたというか、邪魔されたというか……」
「ひどいぞ! 秀麗! 余はここまで運んだではないか!」
「作ったそばからつまみ食いしてる人が何をいうのよ!!」
なんとなく厨房での二人のやり取りがみんなの頭に浮かんだのだった。
「秀麗は、余に会えて嬉しくないのか」
ポツリと言われた言葉に、秀麗は指先だけをピクッと動かした。実はここ半月、秀麗が王宮にいた事を劉輝以外は全員知っていたのだ。
「そうね。あんたがぞくぞく届けてくれる変な手紙やら贈り物やらでしばらくも会ってないなんて感じなかったから。でも、本人に会えてまあ嬉しいわ」
劉輝の顔がパッと輝いた。嬉しそうに破顔する。
「文、読んでくれたか」
「読んでるわよ。でも勿体ないからあんな高級な料紙に一行だけっていうのはやめなさい。しかもわけわかんないわよ。『今日は雨だから池の鯉が元気だった』ってのは何よ」
「楸瑛が、文はマメに書けば書くほどいいっていうから」
「……言っときますが、中身が大事なんですよ」
クスッと笑う琳麗を見て、自他ともに認める風流人の楸瑛は、変な文の責任を押し付けられないようにさりげなく口を挟む。
琳麗は、文や贈り物が届いた時の事を思い出して口の端を上げたのだった。
毎日のようにバラバラと文が届き、差出人は「匿名希望」
秀麗は、溜まりまくった高級料紙の裏を使って道寺の子供たちの勉強にあてるといい使い道をした。
「贈り物は? 氷はどうだった? 暑いから特別に大きいのを切りだしてもらったんだ」
「……最後はかき氷にして子供たちと食べたわ。涼しかったしおいしかった」
あの氷は大きくて、しまいには門ぎりぎりに置かれた上、みんなして塀に梯子をかけて邸に出入りしていた。氷は子供たちの格好の遊び場になっていた。
「卵は? 秀麗はゆでたのが好きだっていってたから茹でて届けた」
「近所の人とおいしくいただいたわ。おかげで食費が浮いたわね」
大量のゆで卵が届いた時は近所のおばちゃんたちを招集して、卵の処理にあたった。さすがに真夏だったため三日目には腐って大変だった。
「赤い花は? 調べたら曼珠沙華というそうだ。綺麗だったろう」
「ええ。押し花にして本の間に挟ませてもらってる」
別名、彼岸花を贈ってくるのは後にも先にも劉輝だけだろうと琳麗は思った。
「藁人形は?」
「室に飾ってあるわ」
さすがにそれが届いた時は、なんとか言ってやらなければならないなと思った。
でも秀麗は怒っても、文や贈り物を乱暴に扱ったりはしなかった。琳麗はそれが微笑ましく、秀麗を誇りに思うのだ。
何とはなしに二人の会話に耳を傾けていた燕青が、ご飯を食べながら眉根を寄せる。
「なぁなぁ静蘭、琳麗姫さん、あれって嫌がらせ? 藁人形ってナニ?」
それには静蘭も琳麗も顔を見合わせて苦笑した。そして、静蘭は何故か申し訳なさそうに応えたのだった。
「……主上は心の底から、本気でいいと思ってやってるんだよ」
それには楸瑛もこっそり訊いた。
「静蘭、琳麗殿。いま秀麗殿のいってること、本当かい? その…室に飾ってあるとか」
「ええ。いただいたものは全部きちんととってますよ。劉輝様が一生懸命考えて贈ってくれているのわかってますから」
「いろいろ文句をいっても、そういうものを捨てられるようなお嬢様じゃありません」
「……うーん。秀麗殿、佳い女性だなぁ。今のはちょっとぐっときたな。琳麗殿もそうかい?」
「え? そうですね、私も捨てる事は出来ませんね」
肩をすくめて笑う琳麗に楸瑛は目を見開いたが
「そういう台詞は、華々しい女性関係を全部きれいに清算してからいってくださいね」
「…………」
「バカめ。墓穴を掘ったな」
ばっさり静蘭に切られ、絳攸が鼻で笑った。隣ではまだどこか微笑ましい会話が続いている。