弐
「実は、今日も贈り物を持ってきたのだ」
「ええ?」
劉輝は袷の奥をごそごそとさぐった。取り出されたものに、秀麗は瞠目した。
「これ……?」
「桜の枝だ。苗木は大きすぎてもってこられなかったから、とりあえず枝だけ先に。前に、桜が咲かなくなったといっていたから。今日には苗木が届くと思う」
「……───」
不覚にも秀麗は言葉に詰まった。はた、とこぼれた涙に、劉輝は仰天した。
「え!? その、な、何か余は間違ったか!?」
「……違うわ。ありがとう──……嬉しいわ。今まででいちばん。その苗を植えて、いつか綺麗な花を咲かせてみせるわ」
琳麗は瞑目した。庭院は秀麗にとっても自分にとっても象徴だった。
ずっと昔、父様と母様と静蘭と秀麗との五人で植えた桜の木は、もう二度と咲かなくなった。桜だけではなく、他のどの木も。
けれど劉輝様が木の苗をくれるという。新しい──これから大きくなってたくさん花を咲かせる苗。
新しい時代がくる。琳麗はそう感じた。新しい苗木とともにここにいる王が新しい時代をくれる。
そして──秀麗もまた新しい時代を作るだろうと予感した。
──秀麗は、もう大丈夫。
涙を拭いつつ、秀麗は笑った。そんな秀麗に劉輝はそっと頬に手を伸ばすと、首を傾げる。
気付けば、秀麗は再び口唇を奪われていた。その様子に見ていたみんなはぎょっとした。
秀麗は呆然とし、劉輝は邪気なくにこにこしていた。まるで何も悪いことなどしていないとでもいうように。
琳麗ははあっとため息をつくしかなかった。
「……劉輝、あなた今自分が悪い事したっていう自覚はある……?」
秀麗のぷるぷると枝をもつ手を震えた。
「悪いこと? なぜだ? かわいいから口づけただけだ」
「説明しても理解不能だろうから省くわ。とにかくしたの。だからおとなしく殴られるわね」
「え」
劉輝の返事を待たずに秀麗の張り手が飛ぶ。しかし劉輝は素早く手首をつかんだ。
「秀麗、そういうのは理不尽というのだ。ちゃんと説明しないといけないぞ」
「あんったにだけは理不尽なんていわれたかないわ! この頓珍漢男────ッ!!」
一発殴ろうと猛然と暴れる秀麗を劉輝が驚いたように押さえ込む。
「やれやれ、相変わらずだね。あの二人は。しかし、今まで頓珍漢な贈り物を届けて気をゆるめておいて、いきなりど真ん中を射貫く贈り物か。ものすごい恋愛高等技術だよ。あれで意識してないところがすごい」
唖然として傍観していた楸瑛はいっそ感心したように呟いた。
「あそこで止めておけば良かったんだけどねぇ。もしくは二人きりになって口づけすれば少しは違ってたかもしれないのに。肝心なところで詰めが甘い」
「お前はそういうことばかり考えててるから頭が万年常春なんだ、このバカ。いいか、琳麗。こいつには近づくなよ!」
「……そうみたいですね」
絳攸の言葉に琳麗は楸瑛をちらっと見て、苦笑いをして頷くしか出来なかった。それには静蘭も頷いていた。
「絳攸殿の言う通りですよ、琳麗様。でもまあ、桜の苗木に関しては感謝ですね。無意識だから、秀麗お嬢様も素直に受け取れる」
「そうね、私たちでは無理だったからね」
静蘭と琳麗は顔を合わせて微笑んだのだった。そんな静蘭に燕青は眉を上げた。
「……怒ってないわけ? 大事な姫さんに手ぇだされたのに」
「別に? たいして大事でもないだろう」
つまりはまだまだ眼中外というわけか、と燕青は内心呟く。
「これで、秀麗お嬢様は庭院を見ても泣かなくなる」
静蘭は心からの微笑を浮かべた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その日は結局、全員で離れに泊まらせてもらうことになった。泊まるといっても、あと数刻ほどしか寝る時間はなかったけれど、徹夜よりは遥かにましだった。
琳麗は秀麗と一緒の室で貸してもらった寝間着に着替え、小さい頃のように二人一緒に寝台に寝そべった。
「……姉様…」
「なあに、秀麗……」
「あのね、さっき絳攸様に言われたの。『国試を受ける気はあるか』って」
「……うん」
「なんだか、絳攸様の目が怖いくらい真剣で最初答えられなかったの。女ということだけで差別されるとかろくな仕事ももらえない、意見は無視され、嘲笑や罵倒を浴びせられ、一人で頑張らねばならなくなるだろうって…」
「それでもやるのでしょう」
琳麗は秀麗の方にを向いた。真っすぐ見つめてくる姉に秀麗は頷いた。琳麗はそっと頬を撫で優しく言った。
「頑張って。大切な想いがあるのなら。あなたはきっといい官吏になるわ。でもなにもかも背負わないでね、私はいつでも秀麗の味方だわ」
「うん……うんっ…」
「母様に報告しなくちゃね…」
涙腺が緩んだ秀麗は琳麗にしがみつきながら、なんとか涙を堪えたのだった。琳麗は瞳を閉じ、秀麗の頭を撫でた。
「さ、寝ましょう。今日はお墓参りよ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌夕刻――王宮での仕事が終わったあと、秀麗、琳麗、邵可、静蘭、それに燕青とともに墓参りに再び山に登った。
劉輝から贈られた桜の枝を供え、母の墓前で手を合わせた。自然に笑っている秀麗を横目でみて琳麗は微笑を浮かべた。
吹いてくる風を受け、琳麗は墓前を眺めた。
──母様、秀麗は乗り越えました
──もう大丈夫です…