薬を煎じてもらうはずだったが、葉医師いわく、夏にあった美人さんに秀麗の事を聞き煎じて持たせた。と言われた。
琳麗は黎深や奇人がいた事を察知していたが、まさか薬があるのを知らなかった。仕方なしに邸に戻ろうとしていると声をかけられた。


「琳麗嬢ちゃん!!」

「柳おじさん? どうしたんですか?」


走り寄ってくる柳おじさん──秀麗が川に落ちる原因をつくった柳晋少年の父親が琳麗を止めた。


「い、今、紅師のとこへ行く所だったんだ! うちの馬鹿息子行ってないかっ?」

「────えっ?」

「いや、あの馬鹿、山に行くって言ってて冗談だと思ってたんだが、この時間になっても帰って来なくて、道寺に行ったら秀麗嬢ちゃんの事聞いて……すまなかった!」


謝ってくる柳おじさんに琳麗は慌てた。


「い、いいんです! 秀麗も単なる風邪だし……それより柳晋が山に行くって?」

「いや、子供の戯れ事かと思ってたんだが、アイツ行ってないのか?」

「えっと……私、葉医師の所へ行ってて……もしかしたらいるかもしれないわ。私も捜すから、とりあえず父様のところに行ってみて下さい。柳晋いるかもしれないし」

「す、すまねえ!」


琳麗は柳晋の気配を辿った。僅かに龍山への道から柳晋が通ったのを感じた。もう日没に近い時刻に昊を仰げば、灰色の雲が重い。


「……雪…」


こうしてはいられない!と琳麗は母、薔君が眠る龍山へと駆け出していった。
ちょうどその頃、柳おじさんは紅邸の扉を叩いたのだった。
柳おじさんから話を聞いた邵可は、顔つきが変わった。そして、静蘭や絳攸、楸瑛に馬で捜すように頼んだ時


「そういえば、さっき琳麗嬢ちゃんに会いまして…」

「琳麗に?」

「晋を捜すと言って……ああっ!!」

「どうしました?」

「も、もしかしたら、琳麗嬢ちゃん。晋を探しに山に行っちまったかも……」

「「「「「「……えっ」」」」」


一斉にみんな声を上げた。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


山道を上がっていけば、柳晋の足跡などはなかった。しかし、気配は感じる。まだこの山にいる。そう思い、キョロキョロを辺りを見渡した。


「りゅーしーんっ!」


しかし、雪が音を吸い込みあまり響かない。はらはらと降りはじめた雪に琳麗はもう一度風を遣い気配を辿る。


「…………あっちかしら?」


そう呟き、なにやら足場の悪い雪面を歩いた。
その頃、龍山のとばくちに着いた三人はすっかり日も落ち、だいぶ積もった雪をみた。しかも降る雪は視界を真っ白く染めるほどだ。


「参ったな……これは捜すのも難儀そうだ」

「…………ほ、本当に琳麗もいるのか……」


吐く息さえ凍りつきそうな厳寒のなか、さすがの絳攸もガチガチと奮えながら呟いた。


「たぶん、琳麗様も来ているかもしれませんね。それにほら女性の足跡が……」


静蘭が微かにある子供にしては大きい女性らしきの足跡を示した。


「きっと、来ているでしょうね。ああ見えて琳麗様はこういう事には勘が鋭いですから。多分柳晋が山に入った理由も察しているはずです」

「理由?」

「柳晋は無鉄砲なところがありますが、考えなしではありません。この時期に一人で雪山に分け入った理由は多分──」

「なるほど。薬草さがしか」

「薬草の生えている場所を重点的に探せばいいわけだ」

「ええ、行きましょう。きっと琳麗様もいるはずです」


三人は手綱を引き、微かに残る琳麗の足跡と柳晋を探し始めた。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「りゅーしーんー!」


でこぼこした感覚の雪面を琳麗は声出して柳晋を探していた。次第に見えづらくなる視界に額の髪を上げた。


「……さすがにまずいわね…」


呟いた時、背後から馬のいななきが聞こえた。


(……馬? それにこの気配は…)


くるっと振り向くと馬に跨がった絳攸の姿があった。

(え? まさかこんなところでまで迷ったの?)

そんな風に違う意味で驚く琳麗の姿に、絳攸は声をあげた。


「琳麗っ!! おいっ! 静蘭、楸瑛!!」


そう叫ぶと、絳攸は琳麗の方へ馬でかけてきた。


「絳攸様、どうしたんですか?」

「どうしたじゃないだろう! そういうお前こそなぜこんな所にいるんだっ!」

「え、私は柳晋を「琳麗様っ!!」」


馬から降りて来た絳攸に怒鳴られて雪山にいる理由を述べようとした時、静蘭の声が遮った。そして

────パンッ!

頬に熱い衝撃が襲った。


「お、おいっ! 静蘭っ!!」

「静蘭、何をっ!?」


傍らでみていた絳攸は焦り、やってきた楸瑛は静蘭を肩を押さえた。琳麗は、熱い痛みが襲った頬に手をあてた。


「…………せ、いらん?」

「……なんです」

「…………ごめんなさい……」


静蘭の声音に怒気が含まれていたのを察し、琳麗は謝った。
分かっていたのだ、なぜ叩かれたのかを──どれだけ心配かけたのかを。
静蘭は、横を向くと楸瑛を見た。


「──藍将軍。さっ、柳晋を探しましょう。手を離して下さい」

「おい、静ら──」


絳攸がなにか言おうとした時、それを琳麗が制した。


「さ、早く柳晋を探しましょう! 近くにいるような気がするわ」

「あ、ああ……」

「そうだね。じゃあ、琳麗殿は私の馬に」


楸瑛は馬に跨がると琳麗の手を取り、馬上へと引き上げた。


「ありがとうございます。藍将軍」

「いやいや、琳麗殿と相乗り出来るなんて嬉しい限りだよ」


そんな二人を横目で見た静蘭は、ふいっと目を逸らした。そして、洞穴があるのを見つけた。
四人はその洞穴へと向かうとやや奥まった場所に柳晋が力尽きたように倒れてる姿を見つけた。
ホッとしたのもつかの間、琳麗は柳晋に駆け寄り頬に手を触れた。慌てて剥きだしの手足を触ればかなり冷たい。琳麗は振り向くと叫んだ。


「早く、お医者様にっ!!」

「では黄尚書の邸に!」


静蘭は柳晋を持ち上げると馬に乗せかけていった。琳麗も楸瑛の馬に乗せられ、黄尚書邸へと向かった。
奇人の要請を受けて待機していた葉医師は、直ぐさま凍傷になりかけていた手足を診た。名医に恥じぬ腕前の持ち主で、切り落とすことはないだろうと保証した。
ようやく安堵して、邸にいるのが邵可と黎深、そして秀麗しかいないのが心配になった琳麗はいそいそと帰ろうとした。


「琳麗嬢ちゃん、これを持っていけ」

「葉医師? これは?」


帰ろうと室を出ようとした時、葉医師から小瓶を手渡された。首を傾げ葉医師を見た。


「琳麗嬢ちゃんも今夜は暖かくせんと秀麗嬢ちゃんと同じになるぞ」

「……熱が出るってこと?」

「まあ、備えあれば。ってヤツじゃ」


皺くちゃな手で琳麗の背中をぽんぽんと叩くと、彼は笑ったのだった。琳麗は微笑すると、ありがとうございます。と頭を下げ静蘭たちと邸へと馬を走らせたのだった。


   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


黄尚書邸から邸へと馬を掛け戻ると、まずはお小言というか過剰に心配していた黎深に抱きしめられた。


「りりり、琳麗っ! 一体どこにっ!? まさか、山にいたのではないだろうねっ!?」

「……えっ…と、」


ちらっと静蘭や絳攸、楸瑛を見るもややあって顔を逸らされた。今度は父である邵可を見れば、どうなんだい?と無言で聞いてきている。


「琳麗?」

「えと……はい。山に……柳晋を捜しに……」

「なぜだ! そんな子供どうでもいいじゃないか!! 琳麗が山に行く事など──」

「そんな子供だなんてっ! だって心配だったのよ! ましてや秀麗の為に薬草探しに行ってそれでなんて……心配しないわけないじゃない」


しょぼんとする琳麗に邵可は、黎深の肩に手をおいた。


「そんな風に言うものではないよ、黎深。琳麗も探しに行ってはいけないなんて言わないよ。でも、そうだね。せめて知らせるなりなんなりしておいて欲しかったな」

「…………ごめんなさい。父様、叔父様。静蘭も絳攸様も藍将軍も……心配かけてごめんなさい!」


頭を下げて謝る琳麗に邵可はよしよしと頭を撫でたその時


『うっぎゃあああぁぁぁっ!!』


秀麗の室から凄まじい悲鳴が聞こえたのだった。ぎょっ!としてその場にいたみんなは雪崩れ込むように秀麗の室へと飛び込んだ。


「お嬢様っ!?」

「秀麗っ!?」

「秀麗殿!?」

「どうした何かあったのか!?」

「秀麗、どうしたんだい!?」


そこにあったのは、涙目で顔を歪め、薄い夜着の胸元をぎゅっとかき合わせた秀麗とおろおろとうろたえる劉輝の姿であった。……なぜかその袖がひきちぎられている。
どう見ても『動けない秀麗を無理矢理襲っている夜這い男之図』であった。
瞬間その場に渦巻いた殺気に琳麗は額を覆った。さすがの琳麗でもこの人たちの殺気を止める事は出来ず、縋るような目で見てくる劉輝に苦笑いするしかなかった。
傍にいた絳攸と、羽林軍屈指の武将である楸瑛はその殺気に芯から凍りついたために誰の殺気なのかは分析不可能だった。


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蒼天の華 / 恋する蝶のように