伍
「──っこのバカ三太! なんだってそんなのに加わったのよあんたは!!」
おどおどと現れた慶張の話に、秀麗は激怒し、ガミガミと説教を始めた。琳麗は秀麗の後ろで影月と胡蝶に挟まれ、妹の説教する姿を眺め、両隣と顔を合わせて苦笑していた。
少し離れて並んでいた男性陣は、叱られている慶張を横目に静蘭にこっそり訊いたのだった。
「……あの二人、どういう関係だい?」
楸瑛の問い掛けに静蘭はため息混じりで答え始めた。
「幼なじみのようなものです。商家の三男坊で、昔から秀麗お嬢様にちょっかいかけて追い払うのにてこずりました。上にもいるのですが、そちらは琳麗様に求婚をしつこくなさりまして……まあ、そちらの方はもう結婚なされたのですけどね。しかし、こちらは一度は冬の川に放り込んだりしたんですが──まさかまだ、近くをうろついているとは」
言葉の裏に刺がある。静蘭本来の性格の一端を知る劉輝は、一人背筋を寒くした。
……慶張という少年は随分根性がある。この兄の妨害工作にもめげないとは……と思いつつ、琳麗に求婚して邪魔された慶張の兄をほんの少し不憫と思ったのだった。
話を聞いた楸瑛と絳攸は顔を引き攣らせたのは言うまでもない。
そんな事があったとは知らずに琳麗は秀麗と慶張のやり取りを眺めていた。
「……ハクがつくじゃんか。好きな女に威張れて尊敬されるものを持ちたかったっつーか、ついでに恋敵を、見返したかったっつーか……」
妓楼の若い用心棒たちに挟まれた慶張はちらりと静蘭に視線をやった。それだけで秀麗と劉輝以外の全員が、事の次第を理解した。
「どういう意味だ?」
劉輝は不思議そうに楸瑛に訊くが、秀麗はまるで分かってはいなかった。自分の事には鈍い琳麗もさすがに気付いていたのに。
「はぁ? 何言ってるの。大体どこの子が好きだか知らないけど、あんたそれかなり的外れな考えよ。少なくとも私だったら『破落戸の幹部になったぜ! ウワハハハすげーだろ』って言われたら即縁切るわね!」
秀麗の言いっぷりに目を丸くしながら、確かにそうだと思い慶張をみれば、だいぶ衝撃を受けたようだった。
「で? 破落戸の片棒かついで、その恋敵見返せそうなわけ?」
厳しい秀麗の指摘に、慶張は力無く首を振った。
「……でしょうね」
まだ腰に手をあてたまま怒っている秀麗の後ろ隣にいた影月に三太は謝った。
「すまなかった……」
謝る慶張に手で制して影月は訊いた。
「はい。それで僕の木簡、青巾党の根城にあるんですか?」
「うん。あ、でも、あいつらここに拠点移すつもりらしいから──」
その言葉に楸瑛が確認するように言を継いだ。
「何時?」
「……今夜」
「木簡持参で引っ越してくるわけか?」
「好都合だ」
絳攸の不敵な言葉に楸瑛が頷くと、胡蝶が嫌な顔をした。
「ちょっと藍様、まさか手を出すつもりじゃないだろうね。青巾党はあたしらの獲物だよ」
「事情が変わった。出来れば預けて欲しいんだが……」
「無理だね。落とし前はきっちりつけないと、ケジメにならない」
「じゃ、こちらの目的のものを取り返すまでという条件では?」
「……まぁいいだろう。どうせ泳がしてもあと数日と思ってたところだ」
胡蝶が顎を上げると慶張を挟んでいた若い男たちは頷いて答えた。おろおろと戸惑いを隠せない秀麗に琳麗は苦笑して、胡蝶を見た。
それに楸瑛も気付き、胡蝶は仕方ないというように、ひとつ頷く。
「……秀麗殿、胡蝶は『組連』の親分衆の一人で、花街を束ねる頭なんだ。組連を影で牛耳る女傑と言われている」
予想外の答えに、秀麗と影月は絶句した。驚きを隠せずに胡蝶を見上げた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
琳麗も手伝おうかと思えば、夏の奇人邸同様、静蘭から駄目です。きっぱり言われてしまった。
それに胡蝶からも眉を寄せられ「……秀麗ちゃん達と隠れておくれ」と言われてしまった。
胡蝶に言われたならば、仕方ないと琳麗は諦めて、酒樽が置いてある倉に隠れていた。
「……ま、まさか胡蝶妓さんが親分衆の一人だったなんて」
「良かったぁああ、俺お誘いのんなくて」
「バカね三太。胡蝶妓さんがあんたなんか相手にするもんですか」
「こら、静かにしろ」
絳攸の叱責が飛ぶ。琳麗は苦笑混じりで隠れている三人を眺めた。
胡蝶の掛け声で外では騒然としていた。格子から覗き見れば、武装派三人は木簡探しに勤しみつつも、遠慮会釈なく青巾党をのしている。傍から見れば、まるで竜巻のようだった。
「誰にも何かしら取り柄はあるもんだ」
見ていた絳攸がかなり失礼なことを言うが、琳麗はその横で呟いた。
「私だって手伝えるのに……」
「……お前はまた…何を言っているんだ」
「だって……短剣なら使えますし、雪玉当てるのも楽しそうじゃありません?」
にっこりと話す琳麗に絳攸はガクッと来た。
「あのー……や、っぱり僕も行きます」
話す二人に、影月は酒樽から身を乗り出した。
「大切なものなんです。あれがなければ、貴陽にきた意味がない」
その真摯な眼差しに琳麗は苦笑し、絳攸を見た。
「……お前、喧嘩はできるのか?」
「……で、出来ません。すごく弱いです」
「俺も弱い。伸びている破落戸の懐を探るくらいしかできないぞ。あまり期待するなよ」
絳攸の言葉に、影月は顔を輝かせ、琳麗はあまりにもきっぱり言う絳攸に笑った。
「わ、笑うな! 琳麗」
「だって、絳攸様ったら当たり前に言うんですもん。でも、見栄を張らないで素直に認めるというのは、それはそれで男らしいかと思いますよ」
にこっと笑う琳麗に絳攸は真っ赤になりながら、そっぽ向いた。
「う、うるさい!……秀麗も一緒にこい。お前と影月は俺の目の届くところにいろ」
「あ、は、はい」
「え!? お、俺は!?」
「お前は知らん」
慶張の情けない声を、絳攸はつれなく切り捨てた。琳麗は苦笑して
「三太くん、大丈夫よ。私がいるし」
「……琳麗」
女に守られる。──男として、それはどうなのか?と絳攸たちは思った。
「いざとなったら急所を蹴り上げましょう」
某家人に教わった撃退法を口にすれば、なぜか秀麗は恥ずかしげに、絳攸、影月、慶張は顔を引き攣らせていた。
「……た、確かにいい考えかもな…」
同じ男としては、あまりやられたくない撃退法だった。